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元勇者、そして全てを焔に包む

 カカンカン、カカンカン、と渇いた金属音が俺の耳に届いた。


 それは、連絡を始めるという合図だ。勇者時代に何回も聞いた音で、俺はこの音の指示に従って動いたものだ。


 続いて鳴らされたのは、カーンッ、と一つだけ響いた金属音。そして最後に、カカンカン、カカンカンともう一度合図が鳴らされる。


 総じて意味は、『あと一人』、というところだろうか。正確には1、という数字が伝えられただけだが、文脈から見ればそれ以外に解釈しようが無い。


 「ヒロ、なんの合図だったか分かる?」


 エギスもあれが合図だったということは分かったのだろう、俺へと確認して来る。


 「ああ、あと一人で冒険者の後退が終わるって意味だろうな」


 「なるほど! 騎士団の人も来ているし、なんとかなりそうだねっ!」


 エギスの嬉しそうな声を聞きながら魔物をまた一体切り捨て、最後の一人を探す。


 広大な戦場で最後の一人を探すのは大変だが、やるしかない。それでも魔物の密度が薄い方向をピックアップすれば行けるはずだ。


 「ヒロ、あそこっ!」


 そして、エギスが最後の一人を見つけたようだ。エギスの指差した方向を見てみると……魔物の大群の中心方向。最も魔物の数が大そうな部分に、オレンジ色がちらりと見えた。


 「まさか……」


 俺は浮かんだ考えを打ち消せないまま、一撃で魔物を切り捨てて一直線にオレンジ色へと進む。


 使い慣れた巨鎚ではなく剣での戦いだったが、『Mikha'el』の『模倣神技』のお陰か、不思議と戦いにくさはなかった。操剣技術も強化されているのだろうか?


 「あっ! さっきの人だ……」


 近づいてみれば、結果は一目瞭然だった。エギスも気付いたように、冒険者ギルドで面倒臭い言い回しをして俺達に神跡についての説明をしてくれたオレンジ色の少女だった。


 「おいっ! 後退だ、騎士団が広範囲殲滅系の『模倣神技』を使うらしい、巻き込まれるぞっ!」


 オレンジ色の少女の下へたどり着いた俺とエギスは、オレンジ色の少女へと声をかける。


 だが。


 「ちょっと待ってくれよ、私はすくなくともあと10匹狩っておかないと、今日泊まるお金も無いんだ」


 オレンジ色の少女が穂先に矛だけでなく小さな鎚と斧までついている槍を操りながら言う。たしか、ポールアックスと呼ばれている武器だったはずだ。


 「そんな……!」


 エギスがオレンジ色の少女の言葉に憤慨したように言うが、オレンジ色の少女が止まる様子はない。


 「ヒロ……」


 少し困ったような泣き顔で、俺を見上げてくるエギスはオロオロとしていたが、その表情に俺は一瞬心を奪われていた。


 「あ、ああ。仕方が無い。10匹程度残ってれば良いんだろう? ……使うぞ」


 意識を現実に戻した俺は、ここですぐさま使うことを選択する。騎士団を含めた防衛戦線を抜けられるとは思わないが、これ以上時間が経って、さらに魔物が増えたら面倒だからだ。


 「……そうだね、ヒロ。使って?」


 エギスも同じ考えにたどり着いたのだろう、賛同を得られた俺は、持っていた騎士団団長の長剣を、地面に突き刺した。


 そして腰から引き抜くは、ある意味美しい長剣だ。


 暴力的にまで機能美に彩られたその剣の銘は、『Levatein』。


 そして俺は、終焔の到来を告げる。




 「Levatein」




 よって。


 いっそおぞましいとさえ言える濃度の魔力が、爆発的に拡散した。


 それは、死した者から滲み出る残留魔力や、冒険者が放ち『模倣神技』と成り切れなかった余剰魔力まで巻き込んで、信じられないほどに膨れ上がっていく。


 もはや、障気と紛うばかりの魔力は、戦場のほぼ全てへと絡み付いていく。


 「……うっぷ」


 オレンジ色の少女が、喉奥からせり上がってくる何かを抑えようと努力していた。それも仕方が無いことだろう。魔力に慣れた後衛、『模倣神技』を連発することに特化した者でも酔うほどの濃度なのだから。


 ここまでが、『Levatein』だ。


 ならば、この先は『Mikha'el』の影響に違いない。


 魔力の濃度が、一時的に低くなる。それは、魔力が無為に散ったとか、そういった理由ではない。


 質が、高くなっているのだ。あたかも、『Levatein』という『模倣神技』を使うのに、最適化されて行くように。


 生木より薪の方が燃えやすい。薪より炭の方が燃料としては優れている。


 手を加え、調整することで、かの焔の威力を上げていくかのように。


 一時的に、と明記した。


 とすれば、次に起こる現象は予想されたものだろう。


 質の高い魔力の濃度が、どんどん上がっていく。魔力の濃度だけで見れば、既に先のものを超えている。もうこれは障気とは呼べないだろう。これは、空気や空間に希釈されることのない純粋魔力と言うべきだ。


 「……お、ぇえええ」


 オレンジ色の少女は、ついに耐え切れなくなって ☆モザイク☆ が口から溢れ出る。純粋魔力は、それに当てられたものを平等に叩き伏せるのだ。術者である俺と、術者を理不尽なまでに守り尽くす『Aigis』の『模倣神技』を持ったエギスを除いて。


 魔力が拡散してから、正味10秒もなかっただろう。


 まるで、純粋魔力が存在すると思っていた事が、勘違いだったかのようにあっさりと、魔力はゼロへと転位する。


 ほんのわずかにも魔力を残さず、カラカラに渇いた空気と共に、それは現出する。




 業焔の灘は。




 それは、海となぞらえるのは不適当だ。誰も彼もをその深海の腹へと収めた、航海すら出来ぬ灘の名こそが相応しい。


 荒れ狂う……、否。全てを海へと還す焔は、その中に秘める凶暴さを現しながら、決定的に魔物達を例外などなく焼き尽くし、一瞬にして消滅させる。


 魔物が残ったのは、効果範囲を絞った防衛戦線の付近のみ。


 その程度ならばならば、騎士団と冒険者の力があれば、十分に対処できるどころか敵ではない。


 「あ、んたは……?」


 足元に ☆モザイク☆ を撒き散らし、へたりこんで具合が悪そうに顔を青くするオレンジ色の少女は、目の前で繰り広げられた光景にその青い顔をさらに青ざめさせる。


 「ヒロっ! やったねっ!」


 興奮したように顔を上気させて、そう言ってくるエギスに、俺も感慨を込めて応えた。


 「ああ、そうだな」


 その場には、オレンジ色の少女の驚愕だけが残っていた。


 「あ」


 「どうしたの?」


 「10匹魔物残しておくの忘れた」








 「でも、やっぱりおかしいよな」


 「そうだね」


 オレンジ色の少女を置いて城門へと戻るその道すがら、俺とエギスは話していた。


 「ここの所の、魔物の大量発生……。魔勇者を倒したところまでは、まだ理解できる。魔勇者から逃げ出した魔物が、ここに雪崩込んだ……というシナリオならまだ分かる」


 「でも、魔勇者は何日か前に倒した……。だから、もう魔物は逃げる必要は無いから元の場所に戻っているはずなのに」


 俺とエギスの意見は一致する。


 明らかに、この魔物の大量発生はおかしい。


 そして、俺とエギスは魔物を意図的に発生させる現象を、既に目にしている。


 「「エインヘリヤル……?」」


 魔勇者に刻印された魔法陣を思い出しながら、俺とエギスはそう呟く。


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