元勇者、大量の魔物に相対し剣を振るう
ミカエル。
とある一神教の神の使徒……俗に言う天使の一人。
天使九階第八位、『大天使』の位に属し、第九位『天使』を統率する者である。
代表的な伝承は、天使九階第一位、熾天使の更に上、現在は失われし階位である、言うなれば天使九階第零位『熾天使長』であって、堕天した元熾天使長Satanとの戦い。
悪魔の長とも語られるSatanが神への反逆を始めた時、ミカエルはかの地の言語でこう叫んだという。
『誰が神の如き者か!?』
と。
ミカエル。それは、天界の軍事力の強さを示す恐ろしき象徴であり、天使九階第八位にも関わらず、熾天使とも混同されることもある、天使の代表格とも言える存在である。
「つまり、天使を統べるという伝承に基づいたミヒャエルの『模倣神技』は、自軍指揮下の人間を全て強化する、という効果を持っている。具体的には、人間全てのスペックの強化と、敵対者への特効効果付与。これによって、王国は完璧といえるほどの軍事力を手にいれたんだ」
魔物と会敵するまでの数十秒で、エギスへさらに詳しく説明をした俺は、1年前、ちょうど召喚された当初のことを思い出していた。
召喚された直後の俺は、当然戦う方法を知らない。
『敵』として設定された魔族を絶滅させるための力持っているとされても、それが扱えなければ意味がない。戦闘方法の確立と、『レーヴァテイン』の制御を覚えてからも、初期は保険とてこの『模倣神技』が掛けられた上で戦っていた。
ちょうど、一年ぶりくらいだろうか。
「つまり、いつもより力が出るから制御に気をつけないといけないってこと?」
「いや、それを受け取る思考の方も加速されているから、相対的にいつもと同じ感覚で使えるはずだ。ただ、特効のおかげで威力は上がってると感じるかもしれない」
「まあ……ものは試しだね」
エギスがそう言うと同時、相手の方もこちらに気付いたかのように咆哮する。
「そうだな」
俺もそう言って、剣−『Levatein』ではなく騎士団団長から借りた方−を抜いた。
転輪の食屍竜。
ランクは撃破の大熊と同じくAマイナス。小型の屍竜の一種で、平原の大喰らいと言われる。全長は5メートル程度、飛行能力はそう高くなく、複雑な挙動はしないが、死するまで一度も揺らがない、と言われる通り、どんな状態でもバランスをとり続け、自ら降りた時以外、墜ちることはない。
平原で、遠距離攻撃を主体とするパーティーが戦えば、いくら攻撃を撃っても突っ込んで来て、瞬く間に屍竜の腹に収まってしまうほどの凶悪性を持つ。
「Aigis」
まるで清純な儀式の、式句を抜き出したような呟きが放たれる。それは、エギスが戦闘準備を行う合図だ。
「さて」
俺は『レーヴァテイン』を使わない。どこに誰がいるか分からない混戦状態で、他の冒険者が一瞬前にいなかった場所へ後退していることだって十分にありえる。広範囲殲滅はむやみに使うべきではないからだ。
だから俺は足に、腕に、力を込める。
『トルの寵愛』。
力のステータス超高補正という、俺が持つチート。
『雷神の重鎚』を使うように、『トルの寵愛』を剣での攻撃へと転化するために。
黄土色の鱗を凶悪に煌めかせ、低いところで滞空する転輪の食屍竜を見据え、俺は攻撃を開始する。
「行くぞっ!」
どちらかというと、雄叫びとい言うよりもエギスへの言づてという側面の方が大きい声を放ち、俺は地を蹴り砕いた。
爆進。
撃破の大熊を倒そうとした時には、不意の一撃に対する耐性が無いために反対された戦闘法。魔法と物理、その二つを併せ持つチートを構成する片割れの力は、俺の体を認識が不可能な領域まで加速させる。
だが。
それは、通常の場合。今は、さらに『Mikha'el』の『模倣神技』が掛かっている。
よって。
「うんっ! ……え?」
俺の声に反応したエギスが言葉を発する前に、転輪の食屍竜は破裂し地に墜ちていた。
やったことは単純だ。
ただ、足で踏み込んで、剣を一閃させ、切り捨てただけ。
しかし、その行為に莫大な速度が付随するだけで、転輪の食屍竜が一撃でやられる、という異常事態が発生したのだ。
俺は、きちんと力を制御できている。操作される能力と、操作する精度が両方等倍の倍率が掛かっているため、体感的にはいつもと同じ感覚で使える訳だ。
あまりにもの速さに、鎧が圧力を受けて不気味に蠕動する中着地した俺は、魔物と戦い続ける冒険者のパーティーを捕捉した。
いや、捕捉自体は元々していた。転輪の食屍竜が邪魔で接触出来なかっただけで。
そのパーティーは、四方を魔物に囲まれながらも、未だ均衡を崩す事なく戦い続けていた。
「あ、ありがたい、救援かっ!?」
パーティーリーダーらしき男がこちらに視線をも向けずに言う。魔物への対処へかかりきりなのだ。
「ああ、騎士団が到着したっ! 広範囲殲滅系統の『模倣神技』を使うらしいから、少しずつ後退しろ! 冒険者が散らばりすぎて使えない!」
その言葉を聞いて、その5人組パーティーメンバーから口々に安堵の声が漏れる。
「後退ラインは、城壁からおよそ100メートル、騎士団の人が立っているみたいだから、それを目印に、少しずつ後退してっ!」
「了解した! お前ら聞いたな、下がるぞっ!」
エギスの指示に、そうパーティーリーダー言った瞬間、目に見えて彼らの魔物を倒す効率が上がった。
「な、なんだ……? 力が……?」
パーティーメンバーが不思議そうに呟く。その現象が起きた理由は、俺もエギスも理解していた。
『Mikha'el』。
ミヒャエル・カリバーンの『模倣神技』は、自軍指揮下にいる人間の強化だ。俺とエギスは、ミヒャエルの指揮に従って、冒険者に後退の指示を出す、という作戦通りに動いているから、最初からその恩恵を受けているが、今の今ままで各個の判断で魔物を攻撃していた冒険者達には、影響していない。
しかし、今俺とエギスの指示に従うことを決めた、つまり間接的にミヒャエルの指揮下に入ったことにより、彼等にもミヒャエルの『模倣神技』が効果を表し始めたのだ。
「じゃあ、そういうことで!」
「がんばって!」
しかし、そんな事を説明している暇はない。
俺とエギスは、言葉少なくそう言うと、次のパーティーの元へと駆け出した。
◆ ◆
「団長、先走らないでくださいって何回もいってますよね?」
「そんな事言ったらお前、間に合わなくなったかもしれないだろ、ここは。見ろよ、この量は異常だぜ?」
「ああもう、鎧と剣までどこに置いてきたんですかっ? こんな場所で鎧と剣を手放すなんて酔狂が過ぎるでしょうっ!」
その頃、ミヒャエルは部下に怒られていた。
「あなたも一応狙われているという自覚を持ってくださいっ! 魔族からしたら、あなたは勇者の次に狙うべき人間だと言うことを理解していますか!?」
団長よりも背の低い、茶髪の青年だった。苦労人の匂いがあからさまにまで漂っている。これからも団長に振り回されて行くのだろう。団長も面倒臭そうにあしらっている。
「ああ、分かってる分かってる。そんな事より、さっさとお前らも散会しろよ。冒険者に国防を任せてたら騎士の名が泣くぜ?」
「冒険者にこの量の魔物を裁ききれる訳が無いでしょう、団長の『模倣神技』を受けた我々でもやっとなのに」
「いや?」
その言葉に意味ありげな言葉を返した団長に、青年は訝しげに訊く。
「なんです、未スカウトの強力な『模倣神技』持ちでもいましたか?」
「おしいな」
団長はニヤリと笑うと、青年の自信を折るように答えを叩き付ける。
「ヒロだよ、ヒロ。勇者様がここにいるんだ、例の『アイギス』と一緒にな」
「……本当ですか、それ俺達必要なくないですか?」
やる気をなくしたようにぼやく青年に、団長は得意げな声で指示を出す。
「そうでも無いぞ、戦場が混沌としすぎているから、ヒロも『模倣神技』を撃てないらしい。という訳で避難誘導だ。後退しやすいように適当に魔物を減らしてやれよ?」
その言葉に。
団長との後ろから、いくつものガチャリという金属音と、ザッという地を踏み締める音が響いた。