元勇者、この世界の迷宮、神跡を知る
「という訳で金を稼がないといけない」
「どうするの、ヒロ……? あれだけの額を稼ぐのは大変だよ?」
俺とエギスは輸送依頼を保留してもらい、冒険者ギルドの机と椅子が乱立しているエリアへとやって来た。
机の横に大量の袋を置いて、エギスと向かい合って座った俺は、比喩でもなく頭を抱えた。エギスも思案顔で視線を宙にさ迷わせている。
「たしかにあれは多過ぎるよな……」
提示された料金は、莫大なものだった。さっきもらった撃破の大熊討伐報酬程度では全然足らないほどの高額だ。たぶん、この町に一度腰を落ち着けて、一年ほど効率重視で依頼を受けても、貯まるかどうかはかなり微妙な額だ。
魔族の勇者、討伐特別報酬も、あてにならない。こんな支部の冒険者ギルドでは信じてもらえないからだ。王都に戻ってからエギスと顔見知りのギルド職員から報告し、確かめるために詰問に来るであろう騎士団団長を俺の顔で納得させるという過程が必要になる。
つまり、その報奨金で鎧を王都に運ぶことは出来ない。
「どうするべきかな……」
「そうだね……」
俺はどうにか稼ぐ方法を考えて……エギスに訊いた。
「エギス……。神跡に、なにかドカンと稼ぐ方法はないか?」
それは、神跡を元の世界の知識で言う迷宮だと捉らえて、なにかドロップするもので大金を稼げないかと考えたからなのだが。
「ダメだよヒロっ!」
俺のそんな言葉は、エギスによって遮られる。
「神遺物を取りに行くのは、危険過ぎるよっ、鎧があるならともかく、そんな状態じゃ潜れないっ!」
どこか怒ったような表情のエギスに、俺は恐る恐る言った。
「エギス……?」
「ダメだよヒロ、こればっかりは反対する」
「れ、レリックって……?」
その言葉に目を一度瞬かせたエギスは、気付いたように一つ頷くと、申し訳なさそうに切り出した。
「あー、ごめんヒロ……。レリックを取りに行きたいって言った訳じゃなくて、ほんとに稼ぐ方法を聞いてただけなんだね」
「ああ。まあ俺も、神跡やレリック? に関して、ほとんど知らないからな」
「うん、ええっとね……」
エギスは記憶にある知識を探り、説明するために再構築するように視線を虚空へと向ける。
そして再び戻ってきた視線で俺を見つめ、エギスは凛々しく説明を始めた。
「神跡は、前言ったとおり『神話時代の遺跡』の略なの。神話時代の出来事によって何かが起きて、その影響が現在まで残ってしまっている。例えば、神話時代に、神話にも残っていない小競り合いがここで起きて、武具のかけらが落ちた、とかね」
「その例えで行くと、落ちた武具のかけらに当たるのが……」
「うん。神遺物だよ」
俺の言葉に、エギスはしっかりと頷いた。
「神跡は、神遺物から溢れ出した神力が、周りの生物や魔物に干渉してそれらを変質させた場所を指すの。神遺物ほどの力が無いけど神話世代から存在する遺物とは区別されて、神遺物は神跡の最奥にあるって言われている」
その言葉に、俺は神遺物を売って稼ぐという考えを即座に捨てる。
「へえ。たしかに、神遺物を探すのは現実的じゃ無いな。最奥に行けるかも分からないし、そもそも今まで沢山の人が探しているんだろう? 俺達が確実に見つけられる保証がない」
元の世界のネット小説や、ラノベでは、こういう限定アイテムは主人公が総取りと相場が決まっていた。
だが、今の俺の状況は明らかにラノベとは違うし、なによりも俺はそんな豪運が自分にあるとは思っていない。
……いや、あるのかもしれない。エギスとパーティーを組めたことは、十分それの範疇だと思う。でもそれが運の賜物だとすると、もう運は使い切っているに違いない。
「そうだね。それに、もし神遺物が神跡から取り除かれると、神跡の中の魔物は、神力があることを前提に変化して来たから、段々弱体化して最後には死んでしまうって言われているんだ。セーラムの人達のことを考えると、神遺物は残しておくべきなんだと思う」
「なるほど……」
俺は一つ頷いた。
そして、エギスの言葉を総合して言う。
「神跡で稼ぐのは、難しそうだな」
「うん、わたしもそう……」
エギスがそう言いかけた、その時。
「え? あんた達も遺物狙いの出稼ぎ?」
俺とエギスが座る机の隣を歩いて行こうとした冒険者が、俺達に声をかけてきた。
「いや、別にそういう訳ではないんだが、金が必要なんだ。遺物目的の神跡潜りは儲かるのか? こっちは今日セーラムに着いた所で、その辺全くわからないんだ」
「ふうん、まあ良いけどさ」
冒険者の少女……、鮮やかなオレンジ色の髪を後ろで束ね、真っ赤な瞳でこちらを見る、赤みがかかったエギスよりも軽装の鎧、というかプロテクターに近い装備を纏って槍を背負う彼女は、近くの机から椅子を引き寄せて座る。
「遺物は見つかれば儲かるけど、見つからなかった時は神跡の魔物の素材を売るしか無いから、波が激しいんだよ。見付かれば一ヶ月は遊んで暮らせるけど、その前に1年の困窮があるんならやらないでしょ? コンスタンスに見つけられる自信がなきゃ手を出す価値はないさ」
「……ほらヒロ、やっぱり神跡には手を出さないでおこうよ」
オレンジ色の少女の言葉に、エギスは俺へとたしなめるように言う。
しかし、俺はオレンジ色の少女の言葉に少し引っ掛かりを覚えていた。
「自信があれば……? 何か、遺物を捜し当てるための方法があるのか?」
「そうさ。その『何か』、があれば、安定はするよ。まあ、今稼ぎたいなら神跡になんて潜る必要無いけどね」
「どういうこと?」
不思議そうなエギスの声に、オレンジ色の少女ははぐらかすように笑う。
「今日は大きなのが一度来てたみたいだけど、いつもと同じならもうそろそろ来るはずだよ」
「何が?」
「そもそも、私みたいな神跡探索の冒険者が、こんな所で待ってるってことが証拠でしょ? そっちの方が実入りが良いからに決まってるじゃない」
「だから、何がだ?」
痺れを切らしてせかすような俺の言葉にも動じず、オレンジ色の少女は黙って笑ったままだ。
「……面倒臭いな」
俺がそう呟こうとした、その瞬間。
『緊急依頼ですっ! この言葉が聞こえた冒険者のみなさんは、直ちに正門へと集合してくださいっ! 繰り返します、緊急依頼ですっ!』
耳に残るサイレンと共に、そんな放送が発された。
「な……にっ!?」
いきなり発せられた大音量に、エギスは驚いたように声を上げる。
「なんでも、ここのギルド職員の『模倣神技』らしいよ? 音を増幅する『模倣神技』で、響かせているって話さ」
いや、この『放送』ということ自体に驚いたらしい。例え異世界といえども、これくらいはあると思ったが……いや。『模倣神技』という形で、魔法が普遍化し体系化されていないこの世界では、逆に無いのが当たり前なのかもしれない。
「ここんとこ、毎日のように魔物が押し寄せてきてね。王都の騎士団に救援要請をしているらしいけれど、とりあえず討伐しないといけないからさ、ギルドが大盤振る舞いで緊急クエストを出してる。つまりこっちの方が儲けやすいってことさ。まあギルドにも無制限に報酬がある訳じゃ無いし、歩合制なんだけどさ」
オレンジ色の少女がそんな説明を終えると同時、俺はエギスの名前を一言呼んだ。
「エギス」
「うんヒロ、行こうっ!」
打てば響くように帰ってくる心地良い返事に、俺はエギスと連れ立って走り出したのだった。




