元勇者、待ち望んだパーティーを組む
「ヒロ……」
エギスが不満げに、怒ったように俺の名前を呼ぶ。
「ごめん、悪かったって……」
俺は本当に謝意を込めてそう言うが、エギスはつん、と他の方を向いてしまっている。
「わたしをヒロの『模倣神技』に巻き込むなんて……」
エギスが不機嫌な理由は、つまりはそれだった。
撃破の大熊を倒す時、俺はエギスを巻き込まないように『レーヴァテイン』を最小サイズで振るった。
それが、思ったよりも大きくてエギスを巻き込んでしまったのだ。
もちろん、エギスの『アイギス』が発動中だったので、実質的な被害は何もない。エギスは火傷などしていないし、持ち物が焼け焦げたということも無かった。
だけど何も無かったから良い、という事ではないことは、流石に俺でも分かる。
感情的な『なんとなく嫌』、というのは機嫌を取るのが難しい。
(どうしたら許してくれるだろうな……?)
俺は少し考えた。
エギスは冒険者ギルドのエースだしお金には困っていないだろう。だとすると、前に買ったブローチみたいに何か買った方が良いのだろうか。いや、それはワンパターンだし、そもそもいろいろおごれる程今の俺はお金を持っていない。
なら、そうだな……と、俺は思う。下心が半分ほど混じっているが、今の俺にはこれくらいしか出来ることはないらしい。
「なぁエギス」
「なに?」
まだ少し刺の残る声で答えるエギスに、俺は恥ずかしい気持ちを抑えながら照れ臭そうに言った。
「パーティーを、組まないか?」
パーティー。
行きずりのメンバーではなく、ある程度いつも一緒に依頼を受ける仲間の事を言う。
冒険者ギルドで登録が必要になり、一緒にクエストを受けただけの一回だけの仲間、コーペレーターとは区別される。
つまり、パーティーはお互い気心の知れた信頼できる仲間と組むものだとされている。
エギスはパーティーを組んでいる訳ではない。もし組んでいれば、何も連絡なしに俺と一緒に護衛依頼を受けているはずが無いからだ。
公式上、書類上では、今の俺とエギスの関係は、協力者ということになる。
「……え?」
エギスはきょとんとした顔で、俺の声に俺の顔を見た。
俺の、この世界の常識をよく知っている人と行動したい。……それとエギスが一緒ならなお良い、という下心が見破られないと良いな思って、俺は言葉をもう一度繰り返してからエギスの言葉を待った。
「だから……、一緒にパーティーを組まないか?」
エギスのきょとんとした顔が、理解の色に染まっていく。
「わたしとで、良いの?」
エギスがそう聞き返してきた。
「ああ、というか……エギスが良い」
その声に、俺は下心まで告白してしまう。しかし、それはエギスにとって嫌な事ではなかったらしい。
その顔を嬉しさと、思いもしなかった望みが叶った歓喜に上気させ、本当に嬉しそうに、嬉しそうに顔を綻ばせてエギスは言う。
「わたしも……ヒロとパーティーを組みたい。……よろしくね……? ヒロ……?」
その表情に、俺の顔が赤くなりそうなのを俺は抑えながら、そのエギスの確認に応える。
「ああ、よろしくな、エギス」
こうして俺とエギスは、とりあえず一緒に活動することが出来るようになったのであった。
「とりあえず、冒険者ギルドでやることが増えたな」
「そうだね。パーティー登録してから受け取ろうよ、わたしたちのパーティーの初めての成果だよ!」
そう話しながら、俺達は冒険者ギルドへと向かっていた。そもそも、エギスとパーティーを組むという話も、その道中で行っていたのだ。
「パーティーを結成する利点って何だっけ?」
「ええと……」
エギスは少し考えると、考えがまとまったのか答える。
「ええと……、パーティー単位で受注できる依頼が、ランク平均前後だけになるけど、依頼の成功率が上がって、報酬を受け取るときに、あらかじめメンバーの数で報酬を分配してくれること、パーティーが有名になれば指名依頼も来るけど……今は関係ないよね」
「なるほど、パーティーを組んでも、依頼の流れにはあまり関係ないのか」
「わたしたちにとってはそうだけど、ギルド内での扱いは変わるらしいけどね」
俺の呟きに、エギスはそう応えた。
「じゃあ順番的には、トマスの『護衛』依頼完了の報告、パーティー編成の申請、 撃破の大熊討伐の申請と報酬受取……」
「そうだね、それでいいと思う」
そうしてエギスのお墨付きを貰った訳だが、続けて俺はこう告げた。
「それで鎧を王都まで運んでもらうように輸送サービスを使わないとな……」
◆ ◆
最初の三つ、トマスの『護衛』依頼完了の報告、パーティー編成の申請、 撃破の大熊討伐の申請と報酬受取はなにも問題なく終わった。
セーラムの街の冒険者ギルドは、王都より大きいということは無かったが、それでも大きいと思えるものだった。
神跡という、元の世界の知識で言うとダンジョンようなものがあるおかげで、冒険者の往来が激しいのだろうか。
俺とエギスはつつがなくトマスの『護衛』依頼の報酬をもらい、少し話して二等分し、ちょっと照れて顔が赤くなりながらも、ギルド職員にパーティー編成申請をし、そしてギルド建物の中にいる冒険者から驚愕と羨望の視線にさらされながら、撃破の大熊討伐報酬を手に入れた。
それから向かったカウンターは、『都市間輸送』と書かれた所だ。
この世界で戦う手段を持たない市民は、外壁と騎士団、冒険者に守られた街の中から出ようとしない。
一部の例外が、商人といった都市間移動で稼ぐ者なのだが、それだと市民が別都市の者へ個人的に荷物を送りたい時の手段が無い。
商人も余計な荷物を大量に運ぶ余裕は無いし、安定して儲けられる確証のない事業を始める数奇者もいない。
そんな訳で、都市間の移動が可能な、かつ時間にゆとりがある者が沢山所属する、冒険者ギルドがその業務に手を出すことになったのだ。ちなみにカテゴリは、不人気であるがエギスの好きな『護衛』カテゴリである。受けやすいように、報酬は高めに設定されているらしい。
「ヒロの鎧、普通の鍛治屋さんじゃ直せないんだっけ?」
「ああ、製法が製法だからな……」
普通の鍛治師に、圧縮した金属の扱いは手に負えない、と俺は思う。もしかしたら出来るかもしれないが、正規メーカーに修理を依頼した方が良いという判断は間違っていないはずだ。
「というか、おやっさんに頼まなかったら、あとで拗ねられそうだからな……。いい年したおっさんがツンデレっぽく立ち回るのは誰得だよ」
「つんでれ?」
エギスの不思議そうな顔を苦笑でスルーして、俺はそのカウンターの前に立つ。
「配達をお願いしたいんだけど」
「重さと大きさ、目的地、お相手様の名前をご記入願います」
ギルド職員のその言葉に、嫌な予感を感じながらも、俺は立ったままその四項目を書いた。
渡した紙を職員は一瞥すると、確認するように読み上げる。
「大きさは全身鎧程度、目的地は王都、届け先はドワーウ゛ズ鍛治工房。重さがわからない、と。ではこちらで計りますので、現物はありますか?」
「一応……」
職員の声に、俺は頑丈な袋に小分けにして持ってきた、鎧と鎚の残骸を床に下ろす。
接地面は足下だけではなく、分散しているので床は抜けないと信じたい。
「これです」
職員はカウンターの向こう側から身を乗り出すようにして、10個以上はある袋をまじまじと見つめた。
「鎧が壊れたから、そこの工房に修理を依頼しようとしてるんだ」
「……わかりました」
職員さんはそう言うと、乗り出していた体をカウンターの中に戻し、その中から大きな天秤を取り出した。
職員さんの肩幅より大きいサイズの天秤を。
「その中の一袋を片方に置いてください」
「……分かりました」
職員さんの指示にしたがって、俺は袋の一つを持ち上げて、天秤の片側に置いた。
ドガッ! と、水平に近いところでゆらゆらしていた天秤の片側が、衝突によって壊れたんじゃないかと心配になるぐらいの音を立てて、カウンターに激突した。
「……ヒロ、大丈夫?」
俺が職員さんと話している間、俺の肩越しに見守っていたエギスが流石に口を出してくる。
「たぶん大丈夫だと思うが……。でも、壊れた鎧と鎚を、安全に王都まで運ぶ手段は、これくらいしか無いよな?」
「うん、それはそうなんだけど……」
歯切れの悪くエギスと話している中、職員さんは顔を真っ赤にしながら、これまた巨大な分銅を両手で持ち上げて反対側の皿に載せようとしていた。
「……よいしょ」
その瞬間、俺の脳内に嫌な予感が飛来した。それもそう、あの時、王都の冒険者ギルドで、椅子を爆砕した時と同じくらいの危機感が体を貫いていく。
(なんだっ!?)
やっと思考が危機感に追いつき、具体的な発生源を探そうとしたその時。
職員さんが天秤に巨大な分銅を置いた。
瞬間。
ミシイィィィイイイイイッッッ!!
という音を立てて、天秤が真っ二つに裂けた。
「え?」
「なに?」
職員さんとエギスが不思議そうな声を上げる中、俺の思考だけが高速回転を続ける。
(おそらく、鎧の破片と分銅の重さに天秤が耐え切れずに折れたんだっ!)
分かりきっていることを言うほど慌てる俺に、現実を認識した職員さんが天秤から俺へと視線を移す。
「……」
咎めるように俺を見詰める職員さんだが、俺が何かを言う前にはぁ、と一つ溜息を付くと壊れた天秤を前にして告げた。
「ええと……袋は全部で何袋ですか?」
「え、ええと、15袋です」
「では料金は……」
どうやら、天秤が壊れたということで、今の分銅よりも重く計算することにしたらしい。きちんと仕事しろよととも思うが、確かに天秤が壊れたらこれ以上の仕事はできない。さっさと料金払え、と思うのは当然なのかもしれない。
そして。
告げられた金額に。
「え……?」
俺は、愕然とした声を上げた。
何故なら、その金額は……王都の高級宿屋代三ヶ月以上分と等しかったからだ。
俺はその結果に呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。