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元勇者、絶対的存在と邂逅する

 更に不自然な事が発生した。


 ある一点を基点に、魔物との遭遇がなくなったのだ。


 「なあ、エギス。最後にB+相当の魔物を倒してから、もう三時間経つよな……? 流石におかしくはないか……?」

 「うん、前に来たときは、大体一時間に一回のペースで倒してたから……」

 「やっぱり、何らかの異変が森に起きていると考えるのが普通か」


 俺は一つため息をつく。


 「魔物が出ないのなら楽でいいのではないですか?」


 御者がそんな言葉を漏らすのを訊いて、エギスが説明する。


 「いつもと違うっていうことは、何らかの前触れの可能性が高いから……、楽観できる訳ではないよ?」

 森は、平原は、静かだ。


 生命の匂いが見当たらない。しぶとく人間を目の敵にする魔物の気配すら掴むことができない。


 「マズいな……」

 「うん……」


 俺は、前に行った考察を思い出す。


 (もし、より強大な存在が現れて、それから魔物が逃げているのだとすれば……)


 最悪の事態を想像する。


 (昨日までの、魔物の遭遇確立の増加が魔物が逃げてくる方向に俺たちが進んでいることによって起きているのなら……)


 本当に、元勇者としての索敵能力を全開にしながら思う。


 (Bランク、Aランクの魔物が逃げるくらいの存在が、俺達の進行方向にいる可能性が高い……!!)


 「エギス」

 「……ヒロ?」

 「ルートを変えよう、多少遠回りになったとしても、ここよりは安全なはずだ」

 「わたしもそう考えていたところ。やっぱりここは危険すぎる……」


 とりあえず、馬車が旋回できるスペースを作ろうと馬車を止め、俺とエギスが武器を片手に周囲の石や木の根の位置を把握しようとして。




 ィィイイイインッッ!!




 と音を立て何かが高速接近するのを耳が捉え、全力で警鐘を鳴らす。


 「エギスっ、下がってろっ!」


 果たして。


 全身を薄く光らせ、角を生やし、悪魔のような風貌を持った大男が砂煙を上げて着地した。




 ◆ ◆ ◆




 場所は広い。


 もともとここは草原だ。車輪ではなく人の足なら戦うには問題ない。


 まるで悪魔の様な容貌を持ち、そこに白い光を纏う姿は違和感ばかりを突き付けてくるが、その姿に俺は悪寒ばかりを感じていた。


 元勇者としての経験が、男の戦闘力を見抜いていたから。


 (強い……!!)


 俺は愕然とする。ここまで強い者は敵味方問わず見たことがない。


 「人間、か……?」


 初めて男が言葉を発した。その問いかけに、俺は反射的に答えてしまう。


 「そうだ」

 「なら……、殺さないとなっ!」


 ボァアンッ!


 と、何かが急激に膨張し破裂したかのような爆音とともに、男が凄まじい速さで突っ込んでくる。


 咄嗟にその進路上に巨鎚を置き、前傾姿勢で衝突に備えた。


 直後。


 大音響とともに男の体と巨鎚が激突する。


 結果、立っているのは当然の様に俺だった。当たり前だ、単純な質量比でも十倍はあるのだ、この俺を倒させるのは不可能に近い。


 自らの威力で吹き飛ばされた男は、すぐに立ち上がって言う。


 「見かけよりもはるかに重い槌と鎧……、人間側の勇者、ヤハシナオヒロですか」

 「それを知っているということは、お前は魔人側か?」


 俺の言葉に、男はニヤリと笑って宣言する。


 「あなたに僕は倒せない」

 「ほざけ、俺は魔人を絶滅させるに足る能力を持っているんだぞ?」


 そうして、魔人との戦いが、始まった。






 「Baldr」

 「Levatein」


 『模倣神技』の呟きが、互いを滅ぼそうと魔力とともに浸透する。


 はっきりと聞こえた。相手は神『バルドル』に似通っている。マイナーな神なのか聞き覚えはないが、そんなものは関係ない。世界ごと焼き尽くすレーヴァテインの前に、(ザコ)一匹二匹、何の問題もなく滅ぼせる。


 魔力濃度が、気持ち悪いほどに上昇する。並の魔術師なら酔って倒れる程の濃度はしかし、一瞬の後にゼロへと転じる。


 直後、焔海が出現した。


 まるで時化の海の様に荒れ狂う焔の海は、あたかも巨大なアギトに押し込むように男を焼き尽くす。


 だが。


 突如、攻撃的な閃光が瞬いた。


 それは、世界をも燃やし尽くす焔を貫通し海の術者へと突き進む。咄嗟に回避した俺だったが、その頭は疑問で一杯だった。


 (なぜ『レーヴァテイン』を食らっても倒れない? なぜ光を放った……? それよりも何より、何故光を避けるなんてことが出来た?)


 レーザー。


 もとの世界にいたころのように表現するならば、あの光はそう言うことになるのだろう。だがおかしい。レーザーは、光が見えたということはすなわち着弾を意味している。つまり、見てから避けるなんてことが出来る訳がないのだ。


 (つまり、眩しい光を放って攻撃する、光神系統の『模倣神技』か……っ! 光を操る魔法だとすると、陽炎かなにかで幻影を出して、照準を狂わされたのか、とか言うことだろうっ! 避けられたのは、『高速の攻撃』の劣化版だからと考えれば辻褄が合う)


 「だから言ったでしょう、僕は倒せないって」

 「言っていろ。トリックが暴かれた時がお前の終わりだ」


 短く言葉の応酬を交わし、俺と男はもう一度交錯する。


 「Levatein」

 俺は再びその銘を呟く。男が呟かない、ということは、光神の『模倣神技』は『光を操作する能力を一定期間付与する』ものなのかもしれない。


 今度は『レーヴァテイン』の照準を、一箇所にあわせるのではなく、エギスたちを巻き込まないギリギリのラインにまで広げる。


 広範囲爆撃。


 これをしても威力は変わらない。世界を焼き滅ぼす威力を持っているのだ、世界中を焔で包んだとしても十分ない力を持つのに、それよりはるかに小さい範囲で十分な火力を持たないはずがない。


 焔海が渦潮の逃れられない引力を以って、全てを焔の中に引きずり込み、その火力を以って全てを平等に灰燼に帰させていく。


 それを以ってしても。


 ボァアンッ!


という爆音とともに男が俺の所へ突撃してきた。


 (なっ、効いて……っ!?)


 意識が驚く中でも体はきちんと反応し、この鎧の絶対的防御力で男の体が止まった所を叩き潰そうと巨鎚を掲げる。


 「......っし!」


 だが、迫り来る男の勝利を確信した顔を見て、なんとか地を蹴り回避へ移行した。


 瞬間。


 まるで塗れた紙を手で裂いたように、かすっただけの男の手に、鎧の一部が食われた。


 数トンの重さを誇る鉄塊を、いとも簡単に引き裂いた?


 「ありえないっ!」


 後れて響く絶叫に、男は薄笑いだけを俺に返す。


 「だから言ったろう? あなたに僕は、倒せない」


 その言葉に、俺に向けられた王女のセリフがフラッシュバックする。


 『旧世代のあなたに、倒せる訳がないです』


 リフレインする倒せない宣言に、俺は最悪の事実に気付いてしまった。


 「お前が、魔人側の勇者なのかっ!?」

 「はい、そうです」


 肯定の言葉に飛びかけた意識を、何とか引き止めて俺は魔勇者と相対する。




 


 考えてみればすぐ分かることだった。ただ、俺が信じたくないだけだった。プライドを守りたかっただけだった。


 勇者召喚魔法。


 それは術者が知る限り最強の敵対存在を基準に、目的種族を絶滅させる能力を持った存在を召喚する魔法。


 つまり。


 『最強の敵対存在』として登録されている、仲間を数十人以上殺した俺を、『確実に』倒すことが出来なければ意味がない。


 相手が俺を基準とした魔勇者である限り、俺に勝ち目は全くない。


 (ここまで高防御だとは……。くそっ、似通っている存在はなんだっ!? 聖楯『アイギス』は光を放たないから違うことは分かるんだが……)


 それでも俺は方法を探す。俺の後ろにはエギスがいるから。


 (俺が高火力に寄っているから、絶対防御系統の能力を召喚勇者魔法が選んだというなら理解できる。仮にあいつが絶対防御能力を持っているとしたら、それはどんな性能だ……? 任意のタイミングに指定した場所とかだったら最高だ、裏の裏をついて倒してやる……!)


 しかし。


 もう一度言おう、勇者召喚魔法の敵と設定されているならば、善戦こそすれども、倒すことは原理的に不可能である。






 「まずいな、ナオヒロ君だったっけ? 彼は『バルドル』を理解してない」


 トマスは言った。


 「どういうこと?」

 「光神『バルドル』。その一番有名で特徴的な伝承が示すのは、『バルドル』に対する攻撃不可能性だ」

 「攻撃……不可能性?」


 防御力でも、回避力でもない聞きなれない言葉に、エギスは耳を傾げた。


 「そう、攻撃不可能性だ。正確に言えば『バルドル』が備え持った性質ではなく、他者に後付けされた特性ということになるのだが……バルドルの母Frigg(フリッグ)は、彼が死ぬという悪夢を見て、世界のすべての事業、物質を呼び集めこう命令した」


 そしてトマスは絶望の言葉を告げる。


 「バルドルを絶対傷付けるな、と」

 「っじゃあ、バルドルを殺すことは、どころか傷付けることは絶対に出来ない?」

 「もし殺せたとしてもバルドルにはRagnarok(ラグナロク)の後に冥界より復活し、新たなる神々としてその後の世界を統一した、という伝承がある。あの『模倣神技』の抽出の仕方を見る限り、その技術があるとは思えないが」

 「ちょっと待って.....?」


 しかし、そこでエギスは気付く。希望を見出す。


 「冥界から復活する...? つまり、『バルドル』は一度死んでいるの...?」

 「そうだ」


 トマスはその言葉を肯定する。


 「そこには唯一の例外があった。こいつにはバルドルを殺せないだろうと判断された一本のヤドリギの枝。それこそがLoki(ロキ)の策略によって『バルドル』の弟、盲目のHodhr(ヘズル)が射た事によってバルドルを殺した、ミストルティンだ」


 ヤドリギの枝、ミストルティン。


 トマスの言葉によれば、それを使えば『バルドル』の『模倣神技』を宿す男には勝てそうだったが……。


 しかし。


 事態は好転しなかった。


 そこでエギスは見たものとは……。







 鎧が、抉り取られる。


 まるで触れられた鎧が、魔勇者に触れられることを恐れるように男の腕から逃げようとしているかのようだ。


 まだ魔勇者の攻撃は俺に届いていない。が、徐々に鎧が削り取られている。やはり俺にとどくのは時間の問題だろう。


 逆に、俺の攻撃は全く届いていない。全ての攻撃を涼しい顔で受けきられているから、防御膜の上からの貫通ダメージもないだろう。


 「はあっ、はぁっ...!」


 苦しい息だけが口から漏れる。


 (『レーヴァテイン』防がれたのなら、魔法に対しては絶対防御があると考えていい。後は物理攻撃だ。無効化できる範囲に限界があるならば……)


 俺は覚悟を決める。


 (刺し違えてでも、倒すっ!)


 俺はゆらり、と巨鎚を構え、足に力をこめる。


 『トルの寵愛』。


 『力』の能力に対する超高補正と訊けば、腕力の増強を最初に思い浮かべるかもしれないが、『筋力の』の増強と解釈することが出来れば、他の活用法もあることが見えてくる。


 そもそも。


 数トンの巨鎚を自在に操ることが出来ているというだけで、腕力のみの増強されている訳ではないことが理解できるだろう。


 広背筋が無ければ背骨が折れる。大殿筋がなければ腰がイカれる。三角筋がなければ肩が外れる。


 ならば。


 足の筋肉だって、増強されているのが当然だろう。


 魔勇者は、余裕を持ってこちらを見つめている。


 「……っ!」

 「ふっ……!」


 瞬間、両者同時に地を蹴った。


 ボァアンッ!! という、光の熱量で空気を爆発させる加速で、魔勇者は俺に肉薄しようとする。


 それに対して俺は。


 ッッッッドドンッッ!!


 と。『重力分散』の効果付与(エンチャント)があるにも関わらず、俺が踏み込んだ地面が大きく陥没した(・・・・)。踏み砕いた拳ほどもある石が後方へと流れていく。


 ギリギリ反応できる速度? ふざけるな。


 戦闘で求められ(・・・・・・・)る速度は(・・・・)そんなもの(・・・・・)ではないだろう(・・・・・・・)


 衝撃波すら引き連れて、俺は一瞬で魔勇者と交錯する。


 ただ、知覚が不可能だっただけで。


 およそ0.15秒後に着地、切り替えして50メートル先に未だ俺の構える残像を見て突っ込む魔勇者に、俺はもう一度地面を砕いて加速する。


 この速度域では、この程度の距離は一瞬すら生ぬるい、刹那と同義。


 俺自身のスピードと、巨鎚が振り下ろされるスピードが加算された一撃は、戦闘機との衝撃に等しいだろう。


 超高速機動による、認識不可能な接近と、速度による威力の上乗せ形態。


 『レーヴァテイン』が魔法による必殺というならば、これは物理による必殺。


 『トル』の力を十全に使った、一人で二つの性質を持つチート。名付けるならそう……。


 『雷神の重鎚(Mjöllnir)


 ミョルニル。


 どんな敵でも一撃で倒す鎚にして、絶対に欠ける事無き不壊の武器。その重さゆえに扱えるものはトルを含めて二人しか存在せず、そして神々の神宝のうちでも最も貴重だと判定された宝具。


 振りかぶられた巨鎚は、心なしか黄金の雷を纏う様に見える。それは寵児に対するトルの祝福なのだろうか。


 金雷と共に衝撃波を置き去りにした巨鎚は、凄まじい威力となって着弾する。



 大爆砕。



 時間としては数秒、俺が踏み砕いた地面の破片が落ちる音が遅れて響く中、振り抜かれた巨鎚はその半分以上を地面にめり込ませている。


 「……っ、……」

 張り詰めていた息を吐く。今の一撃『雷神の重鎚(ミョルニル)』を放つには、力の繊細なコントロールが必要だった。強力すぎるパワーで細かい操作を行うのは難しいのだ。


 「やったか......?」


 ……だが。

 もう一度確認しよう。


 勇者召喚魔法で『敵』とされた以上、勇者に『敵』として設定された存在が勝つことは、絶対に――いや。原理上、前提として、世界の摂理ゆえに、ゲームのルールと同じく、生物が死を超越できないように―――不可能である。


 「ふんっ!」


 突如、一本の腕が地面に埋まっている巨鎚から生えた。


 「え……?」


 その腕は、俺の鎧が、まるで抵抗というものを持たずにその存在を受け入れたかのように、あっさりと俺を貫いている。


 俺の胸を。



 体に力が入らない。あたかも俺の物ではないかのように、俺の体がゆっくりと崩れ落ちていく。


 ねつが、ぬけていく。


 しこうが、きえていく。


 そんななかで……。

 「ヒロっ!」

 えぎすのこえがきこ……。

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