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第5話:ゾンビでも泊まれる宿屋

 今の時刻は……夕方前だろうか?

 1番暑い時間帯だ。

 蜃気楼が見える。

 だが、蜃気楼は遠くにあるものが近くに見えたり、上下反転して見えるだけのはずだ。


 ここには、それなりに広い砂漠にはありえない、小さな宿が建っていた。

 砂けむりが吹き荒れる中、比較的新しい白い壁が異様な存在感を放っている。

 どういう仕組かわからないが、砂は建物を迂回しているようで、壁に砂粒がついていることもない。


「いったい何だこりゃ」


「うわ! すごい! すごいよ、ご主人!! 砂漠の中に宿があるよ。身体砂まみれだしお風呂に入りたい!!」


 だからお前は水に入ると、浄化されてしまうんだよ。

 何度言ったらわかるのだろう。

 風呂への期待で目を輝かせているエリスの横で、俺は深いため息をつく。


「風呂はだめだ。コーティングできるようになれば、水に触れても平気かもしれんが、とにかく今はだめ」


「けちー! 大丈夫だって。ほら、コールド唱えがら入るから。それなら、水が触れることもないでしょ?」


「まったくもってその通りだな。ただ、それをやるとお前の思っている温かい風呂ではなくて、氷山の溶けた水に入ることになるぞ。それに、他のお客さんの迷惑になるから止めなさい」


 「それは考えていなかった!」という顔。

 頭が痛い。

 何故、こんなやつがSランクの勇者になれたんだ?

 勇者というのは知能資質は特に関係ないのか?


「それに風呂どうこう言う以前に、この宿に泊まれるかどうかが問題だ。いくら元勇者とはいえゾンビを泊めてくれるか? 駄目だったら、お前はそこの宿の側で寝てろ。道具は貸してやるから。俺は泊まる」


「は、は、薄情ものー! ご主人がそんなやつだって知らなかった! 私知らなかったよ。私の心がわからないなんて……」


「会ってまだ3日ほどだ。当たり前だろ。ただ言っとくが、お前の心はだいたい分かる。どうせ、風呂に入れないんなら旨い料理でも食おうと考えているだろ」


 エリスがビクッと反応する。

 これが人間なら、汗をだらだらと流しているかもしれない。


 ゾンビが宿の料理を食う。

 ここに至るまでは、いくつかの難関がある。

 まず泊めてくれるか、部屋での食事にしてくれるか、そして、そもそも人間の食い物を消化できるか。

 人間の肉をむさぼるというが、果たしてそれ以外のものは?


 エリスじゃ表面上の腐敗は少ない。

 腕や足が取れるが、内蔵もたぶん形をとどめているだろう。

 ただ動いていない胃に食物を詰め込んだら、内部からさらに腐っていくような気がする。


「と、とにかく宿に入ってみようよ。私、顔見えないようにフード深く被ってるからさ。受付はお願い! あ、男女だけど部屋は同じでいいわ」


「誰がゾンビ用の部屋をとるか! いつ何が起こるか、というかお前が起こすかわからないから、同じ部屋にいないと心配でたまらない。エリスの心配ではなく、従業員さんや、お客さんの心配だぞ」


 後ろで文句を言っているエルスを放置して、俺は宿へと入ってみた。

 見た目はきれいといえど、怪しい所には違いない。

 念のため、聖剣をいつでも抜けるようにしておく。


「あらあら、いらっしゃいませー」


 赤毛で豊満な胸の女性が笑顔で迎えてくれた。

 受付、廊下、階段ともに清潔に保たれていて嫌な気配は感じられない。

 正義よりは悪によった職業である死霊使いは、こういう場面では便利だ。

 自分に近しいにおいの者がいれば、それは同じ死霊使いか、あるいは魔に属するもの。


「宿泊ですか? それともお食事ですか? 宿泊は銅貨4枚、食事のみだと銅貨1枚になります」


 なんとも普通の対応だな。

 構えをとき、少し身体を楽にする。


「宿泊をお願いします。あー、後ろのこいつと2人分払いたいんですが、大丈夫ですか? かなり汚れているので、きれいな廊下の上を歩かせるのは少々気が引けまして」


 すねの辺りをエリスががんがんと蹴ってくる。

 そんな事されても、これ以外に方法はない。

 なるべく『汚い』ことを強調しなければ。


「まあ、本当に大変でしたのね。もちろん、宿泊は問題ありません。今タオルをお持ちしますわ。宿泊用の簡易な靴もあるといいでしょうね」


「お気遣い、ありがとうございます」


 思ったよりも、すんなりと入ることができた。

 持ってきてもらったタオルで雨具兼砂よけを拭いてやってから、靴をはき、部屋へと案内してもらう。


 部屋はシンプルに木製のベッドが2つと書物用の机・椅子が1つずつ。

 飯を食べるためなのか、大きめのテーブルが1つ置かれていた。


 窓は少し小さい。

 これは当然だろう。

 強度の面でも心配があるし、誰も砂漠の景色を楽しもうとは思わない。


「それでは、もう少ししましたら夕食をお持ちいたしますね。肉料理と魚料理がありますが、どちらがよろしいですか?」


「肉っ!」


 エリスが間髪入れず答える。

 ゾンビだから肉を食べたいというのは当たり前の欲求か。

 人間を食おうとしないだけ、ましと考えよう。


 宿の人が戻った後、エリスがベッドに飛び込もうとしたので慌てて止める。


「真っさらなシーツが汚れてしまうだろ! ベッドカバーとして、テント用の布を使おう。雨が染み込まないものだから、お前から出てくるなんか変な液体も跳ね除けてくれるはずだ」


「えー、柔らかいベッドで寝たいー。そんなのしいたら、もさもさで気持ち悪いよー」


 ふうむ。

 これは意外な発見だな。

 ゾンビでも、それなりに繊細な触感があるようだ。

 もしかすると、人間の五感をすべて持っているのか?

 ゾンビ勇者なら……ありえないこともないか。


 布をベッドに敷きながら、これでエリスをぐるぐるとまいてしまえばいいのでは? と考える。

 それこそミイラのようになるが、人間と言い逃れることも容易い。

 マルス村にあったら買ってみるか。


 しばらく俺は荷物を点検し、エリスはベッドに腰掛け、貸してもらったタオルで身体を拭いていた。


「ご主人、こっち見ないでよ!」


「お前の裸など見ないから安心しろ。俺は荷物を整理するので忙しい」


「それはそれで、なんか腹立つ! 見たいけど我慢している、ってポーズぐらいとってくれてもいいじゃない」


「はいはい、後でな。それよりも貸してもらったタオルはきちんと洗って返すんだぞ。臭いもきっちりと取るようにな。ウォーターの後に軽くファイア。あと臭いは……臭いは……まあ、臭いが取れるまでウォーターを繰り返してくれ」


 この前作った毒キノコ入り消臭液は残っているが、それをかけて返すわけにもいかない。

 宿で大量殺人事件が起こってしまう。


 臭いについては、別の方法を要検討、か。


「夕飯をお持ちしましたー!!」


 元気のありあまった声で、赤毛の娘がトレイを運んでくる。

 エリスが待ちきれないと言った様子でそわそわと動いているのがわかる。


 さて、今晩の料理は何かな?

 久しぶりのまともな食事だ。

 

 が……そこには何ものっていなかった

 娘を見るとニコリと微笑む。

 さも当然であるかのように。


「やっぱりラング外の俺の勘は当たらないってことか」


 いや、「怪しいですよ」と看板を立てているような店に入ってきた俺たちが悪かったか。


「ご主人、どうしたの!?」


「エリス、もう姿は隠さなくていい。ここにいる従業員全員を魔法で縛り上げろ。俺は、他に残った人間がいないか見てくる」


 宿の服を来た娘の頭が割れて、中から細かい牙の生えた大きな口が現れる。

 同時に身体も不定形のぶよぶよとした塊に変わる。


「きゃーっ! ウインドスラストッ!!」


 真横を風の刃が通り抜けていく。

 壁を突き抜け砂漠が見える隙間ができた。


「もう少し穏やかな魔法を使えっ! とりあえず強めのコールドで足を凍らせるだけでいい。間違っても屋内で火系の大魔法は使うなよ!」


 そう言いながら、聖剣リガールを両手で持って部屋から飛び出す。

 片手ではとても持てない……が、両手なら俺の筋力でもなんとかなりそうだ。

 他に人間がいるとして……喰われてなければいいが。


 要は、砂漠にある食虫植物と同じ原理だった。

 疲れて思考力の鈍った人間を集め、喰う。


 部屋は1階が4室。2階も変わらないだろう。


 一番近い部屋の扉を開ける。

 いない!

 次も、次も!!


 逃げにくい2階が満室という可能性はある。

 急いで駆け上がっていくと、女性の悲鳴が聞こえた。

 一番奥の部屋だ。


「ホーリー、ホーリー、ホーリーッ! ごめんさない。魔力ぎれです!! 待ってくださあい!!」


 ホーリー?

 僧侶の上級魔法だぞ。

 いくら強いとはいえ、それを連発するなんて……。


 ドアノブを引きちぎるように開けると、白っぽい服の女性が、今にもモンスターに飲み込まれようとしていた。


「それ以上はやめろ!!」


 俺はモンスターの頭から背中にかけて、聖剣で大きく斬り裂いた。

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