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第4話:お湯をかけて3分待つ


 目が覚めると、臭いは消えていた。

 正確に言えば、移動していた。


「うわー! 気持ちいー!!」


 開けた場所で朝日を浴びなら、エリスが大きく背伸びをしている。

 青い髪が光を反射して美しい反面、肌はまるで日光を吸収してしまうかのように、暗くくすんでいる。

 健康的な小麦色ではなく、ただ単純に灰色で暗い。


「ゾンビが日光に当たるなよ」


 新鮮で面白い光景だが、ゾンビの肉体の基本構造はヴァンパイアを模しているとも言われている。

 ヴァンパイアは日光を浴びると灰になる。

 ゾンビにも何かしらの影響はあるはずだ。


 それでもエリスは構わずに木々の間を走り回り……今度は左手が落ちた。


「言わんこっちゃない。日光は腐敗を早めるんだろう。早くこっちにきて冷やせ。氷魔法は使っても大丈夫だろ?」


 名残惜しそうに左手を抱えながら、エリスが歩いてくる。

 同時に臭いもついてくる。

 手足が落ちないようにするコーティングも考えなければいけないが、消臭はやはり急務だな。

 誰かとすれ違ったら厄介だし、何よりも俺が辛い。


「いいか、氷魔法だぞ。間違っても水魔法は使うなよ」


「わかってるわよ、ご主人。魔法詠唱、ブリザード」


 途端に辺りの空気が冷たくなる。

 局所魔法のコールドじゃなくて、強力な広範囲のブリザードを使ったのか!?

 何やってんだ!

 このままでは俺も氷漬けになってしまう。


「止めろ! 止めろ!! 木々が枯れてしまうぞ。コールドにして、自分だけを軽く冷やすんだ」


 しかし、彼女からの反応がない。

 さらには、いつの間にか氷の嵐も治まっている。


「よし。では、改めて氷魔法を使うんだ。ただでさえ、お前の魔力は大きいんだから、調節するんだぞ……ん?」


 俺の忠告は遅すぎたようだった。


 エリスは左手を断面につけようとした姿で固まっていた。

 ゾンビには水分が多く含まれている分、おそらく凍結までの時間が早かったのだろう。

 氷魔法もだめ、かと言って火系の魔法では消し炭になる。

 まったく難儀な身体だ。


「とりあえず……日光に当ててみるか」


 ゾンビと日光の組み合わせは悪いが、他に方法がない。

 俺はエリスに近づくと彼女の身体を持ち上げた。

 年齢に相応しく非常に軽い。

 いや……少し軽すぎないだろうか?


 嫌な予感がして、彼女の身体を下ろし、もう一度見てみる。


「凍ってるだけじゃなくて、乾燥しているのか、これは」


 水分が多いものを極低温で冷やす時、まれに水分までが昇華してしまうことがあるという。

 一言で言ってしまえば、今の彼女は冷凍ミイラになっている。

 皮膚がかさかさで、指でつつくと今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 顔は怒ったまま固まっているようだが……、それも干からびていてよくわからない。

 さすがに、日光のもとに晒すわけにはいかないだろうな。


「どうすべきか。焚き火で温めるには時間がかかる。乾燥させずに直接温める方法は……」


 その時、以前ドワーフが、干し肉をシチューに入れて煮込んでいたのを思い出した。

 お湯であれば氷は溶け、乾燥状態からも戻せるか。


 彼女を軽く焚き火で温めつつ、お湯を沸かす。

 勇者仲間の先回りをするはずなのに、とんだところで時間をくっているな。


「お湯は、とりあえずこれぐらいでいいか。水でぬるま湯にして頭からかけてみよう。……む? お湯は果たして清浄な水に入るのか?」


 また魂が浄化しかかってしまうと本末転倒だ。

 清浄ではない水……つまり不純物を入れればよいわけか。


 俺は、近くにあるもので一番清浄ではないものを湯に入れた。

 そう、あの毒キノコだ。

 あとで容器は処分しなければいけないが、背に腹は変えられない。


 三分ほど湯をかけていると、徐々に身体が現れ、やがて顔だけ動くようになった。


「まったくお前は何やってるんだ。こんな所でブリザードを使うなんて」


「その方が早く冷えるって思ったんだもん。それより早く身体も溶かしてよ、ご主人!」


 そう言う彼女の顔は、まだゾンビとスケルトンの間をさまよっているが……あえて言う必要もないだろう。


 しばらくすると、身体はゾンビとして完全に元通りになった。


「これにこりたら、魔法を詠唱する前に俺にひと声かけてくれ。どうにもお前は行動が早すぎる。一呼吸おいてみろ」


 膨れづらの彼女を近くで見る。

 ふとゾンビ特有の臭いがしなくなっていることに気がついた。


 もしかして……と、スライスしてあったキノコを見る。

 あれが臭い消しとなったのだろうか?

 人間なら即死するキノコで消臭するなど考えもしないので、そういう効能があるとは知らなかった。

 不幸中の幸いとは、この事だ。


「さあ、ご主人。いい具合に身体も冷えたし、手もくっついたし、マルス村へ急ぎましょ。早く行って先回りしなきゃ!」


 「早く、早く」と言い続けているエリスにため息がこぼれる。

 一体誰のせいで遅くなったと思っているんだ。


「待て。マルス村への最短ルートは途中で砂漠がある。このまま行けば、凍結はしなくとも干からびる可能性がある。だから……お前はこれを持っていけ」


 ゾンビは本来、術者の命令でちりになることはあっても、その体液のために干からびることは、ほとんどない。

 だが……勇者のゾンビは規格外だ。

 何が起こってもいいように、対処しておいたほうがいい。


 俺はさっきの湯を入れた容器に蓋をして、エリスに渡した。


「え? ご主人が持ってけばいいじゃない」


「俺は荷物持ちじゃない。それに、持てない事情もあるんだよ。他のはいくつか持ってやるから、それは任せた」


「まあ、そこまで重くないからいっか」


 途中で転んで毒キノコ入りの湯を浴びたら死んでしまう。

 ここは既に死んでいるエリスに持ってもらおう。


「では、出発するぞ! コーティングはまだ考え中だから、途中でコールドを何回か唱えていってくれ。少なくとも腐敗して、身体の一部が落ちることはないはずだ」


「りょうかーい」


「忘れ物はないか? 聖剣とロザリオは俺が持っているが、他に特別な持ち物などはないだろうな?」


 勇者専用装備なんかを置き忘れていたら洒落にならない。


「大丈夫。私は聖剣とロザリオさえあれば戦えるよ!」


 ……こいつ、今自分がゾンビであることを完全に忘れているな。

 まあいい、ここで問答していてもらちがあかない。

 出発するとしよう。


 俺は荷物袋を背負い、聖剣リガールを肩にかけ、ロザリオを首からさげた。

 聖剣が肩の肉を圧迫している。

 できれば、ここに捨てていきたい。


「頑張って持ってねー、聖剣リガールは重いけど、魔王を倒すときに絶対にいるから」


 じゃあ、魔王は一生倒せないじゃないか!?

 やはり、この勇者はどこか拔けている。


 森を抜けると、日差しがより強くなる。

 砂漠越えは難関になるぞ。

 あの辺りのモンスターは、ランク外の俺の手には負えない。

 勇者エリスなら楽勝なのだが……。


 俺は勇者を見る。

 肝心の彼女がコールドを暴発させているのを見ながら決意した。

 一応、戦う準備はしておこう。


 ただ、クリエイト・アンデッドは使いづらい場所だ。

 できればナイフか剣が欲しいところなのだが……。


 ……剣、か。


 目は自然と自分の肩へと向いていた。

 試しに、この聖剣とやらを使ってみるか。

 

 暖かい日差しと、後ろから降り注ぐ氷の雨を浴びながら、俺はそんな馬鹿げたことを考えていた。

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