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第3話:勇者は街に入れない

 エリスの仲間がグラッセルに泊まっているということで、俺たちは街の門まで来ていた。

 街に住む大抵の人間は通行証を持ち、衛兵と問答することもなく出入りできる。

 俺が山へ行くときも、衛兵たちは通行証を横目で見ながら欠伸をしていた。


 しかし、今は同行者がいる。それも特別な。


「俺の連れなんだ。あとで登録して通行証はもらうから、とりあえず入れてくれ。旅の人間だって受け入れているだろう?」


「そりゃあ、旅人は他の街の通行証、高名な方の紹介状を持ってきていますからね。万が一持ってなくても、警備をつけた上で、通すことはできるのですが……フードを取り顔を見せていただかないことには何とも。亡命者や手配犯の可能性もありますので」


「それが酷い皮膚病でな。できれば見逃してもらいたいのだが」


「規則は規則ですので、曲げることはできません。顔を見せたくないのであれば、他の街も同様に入るのは難しいでしょう。紹介状をお持ちいただくのが一番かと思います」


 さっき欠伸をしていたわりには、職務に忠実だな。

 一人は俺に応対し、もう一人は門の前に立ち、睨みをきかせている。

 目がいつになく真剣だ。


 俺はちらりとエリスを見る。

 雨天用のコートを着せて、ゾンビであることは隠している。

 だが、ランクS勇者ともなると、死んでもまだオーラを放っているようだ。

 戦士系の職業なら気が付かないかもしれないと思ったものの、甘かった。

 警戒している様子が見て取れる。


 エリスが今にもフードを取りそうな勢いだったので、一旦引くことにする。


「わかった。知り合いに頼んでみよう。また来る」


「そんな、私は――!!」


 彼女の手を引き、言葉を流し込む。

 俺の手によって作られたゾンビであれば、多少は制御できるはずだ。


 幸いなことに、留まり続けようとエリスの足は、俺の方向へとゆっくりと向かってきた。

 ギリギリという歯ぎしりが聞こえる。


 これは後で酷い文句を言われるな。

 

 が、今はこうするしか方法がない。

 エリスの力で無理やり押し通ることもできるのかもしれないが、まだゾンビとなった彼女の実力を知らないし、仮に門番を倒せたとしても大騒ぎになるだけだ。


 再びルナ山へと入り、木々の間にロープを結む。

 布と組み合わせると、簡易テントとなる。

 これも雨具と同様に非常用のものだ。


 テントを作り終えたあと、やっと俺はその場に立ち尽くすエリスに気がついた。

 顔が文字通り赤くなり、湯気が出そうになっている。


「すまん! 忘れてた。今解放する」


「――ぷはっ!! 何をしてくれてやがるんですか! ご主人!! 私は仲間と合流しなくちゃいけないの! さっきも言ったけど、彼らは街にいるのよ!」


「入れないことはエリスにもわかっただろ? ゾンビの姿もそうだが、お前のオーラは尋常じゃない。よほどの事がないと入れないぞ。それこそ、国王の紹介状とか――ん? お前の仲間は街に入れたんだよな。じゃあ、お前用の紹介状もあるんじゃないか?」


 ランクS勇者ともなれば、それなりの紹介状があるはずだ。


「私の紹介状は、ロザリオと聖剣だから。特にもらう必要もないのよ」


 水たまりに顔を映しながら、皮膚を伸ばしたりつねったりしている。


「どららも……今、装備できないよな。俺が持っていって、正直にゾンビの事も話したとして……どれだけ信用してもらえるか」


 そもそも『意思のあるゾンビ』という存在は認められていないのだ。

 最悪の場合、勇者を騙るものとして処罰されてしまうかもしれない。


「じゃあ、どうするっていうのよ、ご主人」


「今考え中だ。ところで、ご主人というのは、なんとかやめられないか? 気持ち悪い」


「私だって気持ち悪いわよ! でも勝手に言葉が出てくるんだからしょうがないじゃない! ご主人がなんとかしてよ」


「できるのなら、とっくにやってる」


 まだエリスへの指示がどこまでできるのか、よくわからない。

 俺の命令もほんの少し聞くようなのだが、大抵は自分で考えて動く。


 確実に言えるのは2つだけ。

 俺の側を離れないこと。

 俺を「ご主人」と呼ぶこと。


 この2つは俺の命令でもどうしようもない。

 実際にクリエイト・アンデッドで作られたゾンビたちの習性が影響しているのかもしれない。


「さて……休んだ後はどうするか。……エリス、お前たちの次の目的地は決まっているか? もし決まっていれば、はぐれたお前に会うため仲間がやってくるかもしれない」


「おお! それはいいアイディア! 私たちはグラッセルで休んでから、魔王幹部の被害を受けているマルス村へ行く予定だったわ」


「ふむ。それなら先回りしておくか。村なら出入り口の警備もゆるいだろう」


 仲間と会えるとわかった途端、はしゃぐエリス。

 走り回り、青髪が揺れる。

 声が森の中に響く。

 腕がと……れる?


「な、んだ!! お前それ!!」


「うわ、わわわわわ。私の腕が取れてる! 取れてるよー。もう右手でご飯食べられない!! 左利きにしないと!!」


 混乱のためか、わけのわからん事を言っている。

 ゾンビと呼べる姿ではなかったため、内部からの腐敗に対応できていなかったか。


「そ、そうだ! 水でふやかしてくっつければ治るかも!! 魔法詠唱、ウォーター!」


「それも待てえええええ!!」


 流れる清浄な水は、アンデッドを払う効果がある。

 エリスが「うおおおおおお」と、とても少女とは言えない叫び声をあげて、走り回っている。


「とりあえず、水の影響がなくなったら腕に包帯をまいておけ。しばらく安静にしていれば、自然と付くはず。ただし、今後このような事が起こらないように、コーティングする方法を考えておく」


 聞いてないか。


 周囲が少しずつ薄暗くなってきている。

 俺はテントに入り、ランプに火を灯す。

 適当な木を枕にして寝転んだ。


 一応、エリスの場所もあけている。

 ゾンビは眠らないが、気分だけでも味わったほうがいいだろう。

 

 日が完全に落ちた頃、エリスがとぼとぼと帰ってきたので、とりあえず包帯をまいたまま寝ておくように言う。


「ねえ、ご主人。ゾンビが勇者やるってやっぱり駄目なのかな?」


「さあな。とりあえず、俺は魔王討伐に同行するのは嫌だ。でも、お前の意志は否定しない。もう死んでるんだから、死ぬ気を超えてやってみたらどうだ?」


 ……せっかく答えたのに、寝てやがる。


 眠るゾンビもいるんだな。

 死霊使いとしての常識が音をたてて崩れ落ちていく。


 エリスにはああ言ったが、本当に魔王討伐なんて出来るのか?

 ゾンビになってからの彼女の能力は、おそらく大きく下がっているだろう。

 聖剣も、聖なる技・魔法も使えない。


「俺がせめてランクA以上の死霊使いだったら……」


 いや、無いものを望むのは止めておこう。

 俺も問題は一旦忘れて、眠っておくか。

 明日の移動は大変だ。


 立ち上がり、ランプの火を吹き消す。


「む……なんだこれは?」


 卵が腐ったような臭い。

 もしかしなくてもこれは……。

 隣で眠っているエリスから漂ってきていた。


 まず移動する前に消臭を考えるか。

 

 布で鼻を押さえながら、俺は体力回復のために無理矢理に眠った。

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