第2話:魔王討伐、続行宣言
「あっれー、キノコ食べてそれから……どうなったんだっけ?」
目の前の少女は、自分の身体を調べていた。
肌は軽く灰色がかっている。
唇は紫色で、目の下には隈。
目は濁っていない。人間のそれと同じようだ。
兜を脱ぐと、長く青い髪が現れる。
髪の毛まではゾンビ化しないようだった。
ゾンビと対立するような爽やかで、澄み切った青。
彼女の腐敗が進んでいないせいで、違和感はそれほどなかった。
端正な顔と相まって、むしろ美しいとさえ言える。
全体的に、俺が想像していたゾンビとは異なる。
鎧を脱ごうとした彼女に、思い切って俺は声をかけた。
「あのー、お前って今普通な感じ?」
自分を殴りたくなるような質問。
もっと聞くべきことはたくさんあるのに、第一声がこれだ。
「あれ、おじさ――ご主人。ってなんで私、ご主人なんて呼んでるんだろ? ちなみに普通…‥じゃないかな。身体が少し重い。あと、剣とロザリオがすごい熱い」
ご主人、というのはクリエイト・アンデッドで生み出した者が使う言葉ではあるらしい。
ただ、少女は言葉に疑問を持った。
つまり……。
「今お前には、感情があるんだな!? 怒ったり、笑ったり、それについて考えたり」
「当たり前じゃない、ご主人。人間に感情があるなんて。それより、このご主人って呼んじゃうの何? なんか魔法でもかけた?」
「魔法というか副作用というか……。それよりも、今からお前に、重要な事を言おうと思う」
今言ってしまって良いものか迷う。
街へ帰って正式な医師、あるいは教会関係者に任せるべきではないだろうか?
ただ……説明せずに街へ連れて行くのも難儀しそうだ。
何しろ俺はランク外の死霊使い、彼女は勇者。
ご主人、とまでは言っているが、ゾンビとして従うかどうかは不明だ。
意思のあるゾンビ誕生は偉業のはずなのに、いざ成功してしまうと色々と問題点が出てくる。
「感情があると耐えきれないかもしれない。……それでも話していいか?」
「説明してよ。私だって暇じゃないんだし! これから仲間と合流して魔王の幹部を叩きにいかなきゃ」
「お、お前ってそんなにレベルの高い勇者だったのか!?」
「そ。ランクSの勇者は今のところ私だけよ。すごいでしょ」
ぬおおおお。
そんな重要な人材が、こんな所で野垂れ死んでいたのか!?
ランクA勇者だと、この森の半分ぐらいは薙ぎ払える実力と聞いたことがある。
それがランクS……だと?
「な、なあ。説明する前に聞きたいんだが、そこにあるキノコと同じやつ食べた?」
俺は一見無害に見えるキノコを指差した。
木の根元に生えたキノコの毒は、口をつけただけで、人間を死に至らしめる。
この辺りの者の間では常識であり、外から来た者にもすぐに伝えられる。
「食べたけど? 意外と美味しかったから、もう一個食べようっと思って。手を伸ばしたところから覚えてないや」
「お前、それ強力な毒キノコ。で、それ食って死んだんだ」
ノリであっさりと言ってしまった。
今は聖剣を使えないようだが、勇者が暴れだしては手に負えない。
クールダウンさせよう。
「そっか。じゃあ今、私ゾンビなんだ」
「か、軽いな! ショックじゃないのか? 魔王討伐もままならないまま、こんな所で毒キノコ食って死んだんだぞ!?」
「だって、しょうがないじゃない。過ぎたことは気にしない主義なの。ご主人も覚えといてね」
なんという順応性だろう。
これは彼女が元々持っていたものか?
それともゾンビ化して思考が変わったんだろうか?
「あ、傷がついてる。魔法詠唱、キュア」
「待ていいいいい!!!」
「あ、あああああ熱いー! 熱いーー!! 死ぬーー!!」
自分の回復魔法でダメージを受けている。
当然だろう、ゾンビなのだから。
ついでに言えば、もう死んでいる。
魔法は聖魔法込みで使える、しかし自分の身体は聖魔法を受け付けない。
魔法は自分の内から出るのではなく、外にある何かに魔力が干渉している、ということか?
例えば、空気中の聖なる成分に魔力を送り込み回復魔法とする。
それならば、ゾンビ勇者が聖魔法を使えるのにも、とりあえずは納得できる。
まあ、聖魔法を身近に出現させた時点でダメージを受けるのは確定。つまり、自分にも仲間にも使えなくなってしまっているが。
「水かけてー、水ー!!」
「いや、こっちの方がいいだろう。今投げるからじっとしてろよ」
地面でごろごろ転がっている勇者へ向けて、俺は荷物に入っている小さな玉を投げた。
俺はクリエイト・アンデッドしか使えないので、念のため闇系の攻撃魔法を詰めておいてもらったのだ。
玉は勇者に当たってはじけると、真っ黒な炎をあげた。
「あー、気持ちいいー」
回復魔法でダメージを受け、闇系攻撃魔法の炎の中、笑って立っている。
実に異様な光景だ。
ただ、顔立ちが端正なので、魔王の娘、と言われると納得できる。
こう考えると、限りなく魔王よりの勇者になってしまったんだな。
「色々聞かなきゃいけない事はあるんだが、とりあえずお前の名前はなんていうんだ?」
少女は暗黒の炎に抱かれながら、笑って言った。
「私はエリス。勇者エリスよ。よろしくね、ご主人」
「俺は死霊使いをやっているカフカという。つまり、お前をゾンビにしてしまったのも俺だな。急なゾンビ化で、不満が色々あるかもしれない。すまない。俺の出来ることであれば何でも……」
「別にいいよー。魔王討伐はこのまま続ければいいし。出来ることは何でもって事だから、ご主人もついてきてね。私はゾンビだから色々大変でしょ? メンテとか」
「ああ、魔王討伐ね。わかった」
……え!?
何それ。今の何!?
「聞き間違いだよな。『魔王討伐を続ける』って聞こえたんだけど」
「間違ってないよ。勇者として当然のことだもん。えっと、そこの聖剣はご主人が持ってね」
俺は呆然としたまま立ち尽くす。
エリスに急き立てられると、幻の聖剣リガールを持って彼女の後ろに付いた。
俺ランク外の死霊使いなんだけど、まさか、このまま魔王討伐に同行するのか?
聖剣に尋ねてみたが、当然答えは返ってこなかった。