第1話:新鮮な勇者の死体
戦士、魔王使い、僧侶、武闘家。
冒険者たちは、それぞれ役職を持っている。
自分で好きなように選べるのではなく、それぞれ素質を持っているものから、選択して職を決める。
経験を積むか、高い資質を認められたものは、バトルマスターや賢者等の上級職に就くことができる。
俺にも職はある。
しかし、選択肢が1つしかなかった。
『死霊使い』。
ネクロマンサーなどとも呼ばれる。
残虐な戦い方から、冒険者だけでなく、民からも不気味がられている最低の職業。
しかも俺は、その最底辺のさらに一番下。
ランク外の死霊使いである。
ランクFでさえない。
登録したギルドの人に聞いてみた所、Fランクの基準1に対して0.4だったので、切り捨てで0、つまりランク外になったという。
冒険者ギルドがある街でもひときわ大きい、ここグラッセルでも、ランク外は俺しかいない。
安宿を出て、街の外へと向かう。
途中、朝から酒を飲んでいる友人が声をかけてきた。
「カフカ、今日も山に行くのか?」
酒場の外で麦酒を飲みながら、ジンが言う。
「ああ、俺はまず経験をつむしかないからな。ランク外のままだと、ギルドの仕事さえ小さなものしか受けられない。もう少し、モンスターの死体で練習させてもらうよ」
彼とは酒場で絡まれたのがきっかけで友人となった。 飲みすぎると厄介だが、俺の数少ない友人の1人だ。
肌を焦がすような熱気の中、冷えた麦酒に心がひかれる。
だが、彼は上級職に近い戦士。
昨日もギルドで賞金がかかっていたミノタウロスを難なく倒して帰ってきた。
俺にはまだ、そこで麦酒を飲む資格はない。
「クリエイト・アンデッドの呪文は諦めたらどうだ。聞いた話じゃ、サモン系の呪文の方が簡単なんだろ?」
「そうだな。死霊術の基礎は、サモン系の死霊召喚だ。近くの死霊を呼び寄せてアンデットとして召喚する。自分が払う魔力のわりには、強力だとは思う」
「それなら、なおさら死霊召喚を使うべきだろ? 経験だってすぐに上がりやすいだろうに」
ジンは口についた泡を手で拭うと、店の奥に「もう1杯、もっと冷やして」と声をかける。
古い木材を使用した店は人もまばらで、メイン客はジンだ。
夜になると多少の賑わいは見せるが、他の店に比べて寂れている。
何故か、彼はそれが気に入っているらしい。
「色々あるのさ。ランク外でもやりたい事はある。たとえ、少し遠回りになってもね」
ジンと別れると、俺は近くにあるルナ山へと向かった。
ルナ山近辺の森には、俺でも対処できるモンスターばかりが潜んでいる。
しかも、互いに争い合って死んでしまうので、俺の練習にはもってこいの場所と言えるだろう。
森に入ってすぐに、モンスターの死体を見つけた。
いつもの獲物、角うさぎだ。
まだ体温があり、死んで間もない。
クリエイト・アンデッドの魔法は、死亡してからの時間
によって成功率が左右される。
「今日はうまくいってくれよー」
死体に自分の血を垂らし「クリエイト・アンデッド」と唱える。
本来は長ったらしい詠唱が必要なのだが、慣れている呪文は詠唱を圧縮することができる。
俺は、死霊使いになってからクリエイト・アンデッドしか使ってこなかったので、発動も速い。
しばらくすると、死体がピクピクと動き出した。
赤い目は濁ったままだが、ゆっくりと立ち上がろうとする。
やがて、立ち上がり辺りを見回している。
最初から成功とは幸先がいい。
「よし! さあ、ここにお前の天敵のビター・ウルフがいるぞ!! 逃げるんだ!!」
麻酔を打ったビター・ウルフを目の前に置いた。
角うさぎはウルフに視線を写し、しばらく見つめた。
意志が残っていれば、危険を察知し逃げるはずだ。
頼む! 逃げてくれ!!
「駄目……か……」
小さなアンデッドは、再び座ると天敵の前で横になってしまった。
認識できていない。
実験当初は視力が無いために、このような結果になると考えていた。
しかし、立ち上がって歩いていったうさぎの中には、木を避けていたのもいる。
見えてはいるんだ。
でも、それが何なのか? 自分にとってどんなものなのか? などを考える意志がない。
ゾンビなら当然。
と、他の死霊使いは笑う。
だが、俺はクリエイト・アンデッドしか使わない。
魔法にはランクによる総合的な強さの他、塾練度がある。
ランク外の俺でも、クリエイト・アンデットの魔法だけで言えば、ランクE以上の効果を発揮できる。
もし俺に資質がほとんどなくて、ランクEになかなか届かないのなら、熟練度を高くする方が早い。
「さて、次はもう少し奥へと行ってみる――ん?」
何かにつまづいて転ぶ。
木の根か? それにしては大きかったような……。
「え!?」
――そこには、木漏れ日の中、キノコに手を伸ばしたまま倒れている勇者の死体があった。
「女!? それにこの紋章は間違いなく……勇者だ。しかし……そんな馬鹿なことが」
首から下げた金のロザリオは、勇者であることを示す剣の形になっている。
鎧も見たことがないものだ。
そして何よりも……。
「実在していたのか、聖剣リガール」
おとぎ話の中のものだと思っていたが、ここにあるのは本物、あるいは本物に限りなく近いレプリカだ。
ランク外の自分でも、そこに秘められた膨大な魔力がわかる。
やはり、勇者なのか?
姿はまだ少女だ。
年齢は15,6歳ほどに見え愛らしい顔つきをしている。
何故か笑いながら死んでいるが、それはこの際どうでもいいだろう。
彼女が勇者?
俺はもう一度自問する。
華奢な腕に、聖剣は似合わないような気がした。
だが……数々の証拠は彼女が勇者であることを示している。
わからない……。
……それにしても、勇者と思われるものがどうしてここで死んでいるんだ?
死体はきれいなもので、外傷は加えられていない。
手を伸ばした先の毒キノコを食った、なんていう馬鹿げた原因はないよな。さすがにな。
さて……この死体、どうしようか。
死体を扱う以上、教会へ持っていっても手遅れな事はわかっている。
人間とわからないほどの肉体の崩壊、あるいは死から短時間しかたっていないならば、教会で治癒することも可能だ。
しかし、この死体は時間がたちすぎている。
仕方がない。
葬るか、ここで動物に食われるか、あるいは……。
……俺は、誘惑に勝てなかった。
人間としての意志をもったゾンビ。
俺の最終目標。
術の熟練度はまったく足りていないだろう。
それでも、もし、もし作れるのなら――
勇者の顔に血をたらし、目を閉じ集中して呪文を唱える。
圧縮ではない、正式な呪文だ。
「光より出て、闇に帰りしもの。我、その一瞬の時を借りる。我が名はカフカ。我が名の下に今一度仮初めの生を受けよ。顕現せよ! クリエイト・アンデッド!!」
久しぶりの呪文詠唱だ。
言葉の端々に魔力を込めたつもりだ。
だが……目を開けるのが怖い。
自分が人間に対して術を使ってしまったことよりも、本当に効果があるのか?
それが怖い。
14歳でギルドに登録して、もう6年だ。
ずっとクリエイト・アンデッドのみの修行を行ってきた。
ゾンビにさえならなかったら、この6年間に意味を見いだせなくなってしまう。
しかし……呪文を唱えてしまったのならば、最後まで見なくては。
俺は目を見開いた。
1分ほどすると、指が動いた。
早い。早すぎるぐらいだ。
ゾンビ化には成功したようだが、この先までいけるのか?
さらに1分ほど待つと、何故か肉が焼ける臭いがしてきた。
あまりいい臭いとは言えない。
「なんだ、これは。誰か害獣退治でもやってるのか?」
悪態をついていると、臭いの発生源が遠くないことに気がついた。
遠くないどころか、目の前だ。
「え!?」
「あっちいいいいいいい!!」
聖剣を放り出し、ロザリオを地面に投げ捨てた少女が、そこに立っていた。