01.はじめての特異体質
暇つぶしに書いてみました。
小説に関する知識はほとんどありませんが、どなたかの暇つぶし程度にでもなればいいかなーって思ってます。
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かつて、私にも『自分の身体』というものが存在していた。
周囲の人々と同じように、時を重ねる度に少しずつ成長していく、ごく普通の身体だ。
でも、今ではそれがいつの事だったのか、どんな身体だったのか、はっきりとは思い出せない。
現在の私は、どこにでもいるような今風の女子高生の身体に、自分の魂を宿している。
魂の苗床にされてしまった女子高生は、どうやら学校帰りに友人達と駅前のカラオケボックスに行っていたようで、カラオケボックスの前で友人達と別れたらしい。
駅へと続く大通りにいくつも建っているコンビニの中でも、一番お気に入りの店舗に立ち寄ろうとしていた所を、運悪くも私に目をつけられてしまったというわけだ。
しかし、転生した直後という事もあってか、私の魂は彼女の肉体に上手く馴染んでおらず、今動かしている女子高生の身体も、各所に違和感がある。
病に冒され、高熱が出た時のように、全身が重い。
コンビニの入り口横で立ち尽くしていた私の隣を、会社帰りのサラリーマン、派手な格好をした若者など様々な人間が、それぞれ忙しそうに通り過ぎていく。
片側三車線もある大きな道路を挟んだ反対側には、今日が週末という事もあってか、客入りが良く、繁盛していそうな飲み屋がいくつも並んでいる。
それらの店舗からは、客の呼び込みに精を出す従業員の元気の良い声が聞こえてくる。
それはいかにも賑やかな夜の都会といった様子で、今はそれがやや耳障りでもある。
しばらく休んでいれば、軽く身体を動かす程度は難なく行えるようになるだろう。
私は、女子高生が入ろうとしていたコンビニを通り過ぎ、すぐ横にあった脇道に入ると、そのまま少し先まで足を運ぶ。
大通りから離れるにつれて、元気の良い従業員の声や、携帯電話で通話しながら歩く人々の声が徐々に小さくなっていき、都会特有の賑やかさから少し開放されたような気がした。
だが、今の外見が女子高生である以上、さすがに暗い夜道に一人で居座る訳にもいかない。
目の前でポツンと建っていた街灯へ背中を預けるように寄り掛かる。
「……今、何時なのかしら」
《彼女》が左手首に着けていた、ピンク色の小さな腕時計で時刻を確認する。
現在時刻は十九時二十四分……。
――私には、生まれつき『不思議な力』があった。
その不思議な力を利用する事で、私の魂は現代まで生き続けている。
……いや、いくら命を繋ぎ止めていたところで、生きている実感がない以上、それはもう死んでいるのと同義なのかもしれないが。
――私には、もう長らく『生の実感』というものがない。
死ぬ事を恐れ、ただ自分の命を繋ぎ止めるためだけに、ひたすら同じ行為を繰り返してきた。
死期が近くなる度、手頃な宿主を見つけては、次から次へと闇雲に転生し続ける。昔からずっと変わらない、唯一、死なない事だけが目的の人生。
――私には、
「……」
私の持つ不思議な力は二つあり、その内の一つが《死期察知》だ。
これは、そろそろ死ぬだろうな。という予感のようなものが時折襲ってくるというもので、それは一年前だったり一ヶ月前だったり、遅いと三日前だったりする事もある。
不思議なことに、直接の死因については事前に察知する事ができず、場合によっては溺死だったり事故死だったり、時には感電死だったりと、結構、予想外な死に方で死んでしまう事も少なくない。
なぜ様々な死に方をしているのかが自分でわかるのかといえば、これはもう一つの能力にも大きく関係している。こちらの能力の方が、より特異性が高いかもしれない。
そのもう一つの能力というのが、《魂交換》だ。
《魂交換》という名前は、私が勝手にそう認識しているだけであって、実際は『交換』という言葉ほど生易しい能力ではない。
魂交換とは、つまりは相手と自分の魂(あるいは精神)を交換できる能力だ。
一見すると、相手の身体を乗っ取ってしまうだけの単純な異能に見えるかもしれないが、しかし同時に、私には死期を悟る能力がある。
それがどういう結果を生むのかは、少し考えれば十分に察しがつくと思う。つまり私は、自分の身体に死期が近づく度に手頃な人間を見つけ、魂交換により自身の魂の死を回避してきたのだ。
私がこれを魂転移と呼ばない大きな理由は、魂交換はあくまでも魂の交換であって、実際に魂交換を行う際に、宿主の魂をそのまま押し殺してしまう、というような能力ではないという事だ。
どういう事かと言うと、ちょうど先ほど、私が二年ほど使っていた身体が死期を迎え、交通事故でトラックに跳ねられて死亡した。その直前に私は、近くに居た女子高生と魂交換を行っているのだが、魂交換の直後、トラックに跳ねられて死亡するはずだった中年のサラリーマンは、まるで十代の女の子のような反応で慌てふためき、知覚する暇もないほどの猛スピードで突っ込んできた信号無視のトラックに、正面から衝突された。
このように、あくまで魂と魂の交換を行うだけの能力であり、対象となった人物は何の前触れもなく、それこそ瞬きをする一瞬の間に自身の身体が失われる事になる。
そして新しい身体を手に入れた私は、その身体に蓄積された記憶、知識を元に偽りの人生を送る事になる。
この繰り返しが、私の人生のほとんどだ。
もうどれほどの時間が経過したかわからないし、何度同じことを繰り返したかも覚えていない。
最初の頃は罪悪感もあったし、死期そのものを回避しようと試みたことだってある。だが、私の感じ取る死期は絶対に逃れようがなく、また、一度逃げる事を覚えてしまった私に、自身の魂の消滅を受け入れる強さも無かった。
そうして私は、多くの人々の魂を生贄にしながら、自己の魂を今も生き長らえさせている。
「……ただいま」
身体に蓄積されていた記憶を元に、彼女の自宅へと辿り着いた。
彼女の家庭はそこそこに裕福らしく、一般的な一軒家よりも二回りほど大きく、洋風な屋敷のような外見をしている。
「おかえりー。遅かったねー部活ー?」
帰宅した事に気付いた彼女の母親が、リビングから私に問いかける。
「……」
その問いかけに応じる事はなく、階段まで二十メートルほどもある長めの廊下を歩き、そのまま階段を使って彼女の自室へと向かう。
これは私自身の判断ではなく、最近の彼女の家族に対する接し方だ。所謂、反抗期という奴だろう。
「もうご飯できてるからねー!お父さんが帰ってきたら降りてらっしゃい!」
いつものように、リビングからやや大きめの声が飛んでくる。
それにも応じる事はなく、自室のドアを開け、部屋に入る。
壁には好きなバンドのポスターが貼ってあり、所々に散らばった音楽CD、使い捨てられた美容グッズに、よくわからない小物が多数放置された、いかにも今どきの女子高生というような部屋だった。いや、どちらかと言えば片付けが苦手な部類の女の子なのかもしれない。
ベッド周辺が携帯電話の充電コードやら小物やらでひどく散らかっていたので、軽く整理して、ベッドに横たわる。
私が魂交換を行った日に必ず行っている、《記憶の整理》を行うのだ。
これをしないと、苗床にした新しい身体の日常に馴染むことができず、本当に最悪の場合、野外で生活するはめになる事もあるからだ。
私はいつものように目を閉じて、意識を集中して過去の記憶を探ろうと、緊張をほぐし始めたその時。
――ザワッ
頭上から尋常ではない違和感を感じた。
「――誰っ!?」
ベッドから跳ね起きるようにして、背後を振り向く。
そこには、三体の人型の影が立っていた。
知覚した瞬間、咄嗟に身構えた、全身に緊張が走る。――これは、良くないものだ。
これらの影は、影と見るよりは黒い折り紙で作ったペラペラの人型切り絵と見るのが正しいように思う。
部屋の中央にあるベッドを挟んで私と対峙しているそれらは、ゆらゆらと揺れながらこちらを見つめていて、その場を動こうとしない。
「……なに、これ」
身構えながら、この危機をどう乗り切ればいいのか、必死で頭を回す。
しかし、数えきれないほどの転生を行い、様々な知識や経験を得てきた私でも、さすがにこれは初体験だった。
「…………」
影達は一向に動く気配がなく、心臓の鼓動だけが全身を強く波打つように大きくなっていく。
……動けない。お互いに硬直状態になってしまっていて、不用意に動いてしまうと、それが何かの合図になりかねないような気がしていた。
こいつらは、こちらの動きを伺っているのだろうか? ならばいっその事、いきなりドアをぶち開けて、そのまま一階まで全力で逃げたらどうだろうか、などと考えていたその時、部屋のドアが開く音がした。
「あら、何してるの?」
そして後ろから、場違いすぎる程に呑気な母親の声が聞こえた。
しかし、全身が警戒態勢にあったためか、母親の声に反応して、反射的に後ろを振り向いてしまう。
――しまった。
動いてしまえば、もう影達の出方も何もない。ひたすら転げ落ちるように階段を、いや、実際に転げ落ちながら最速で階段を降りるしかない。
私は彼女の母親の脇をすり抜け、全力で階段に向かって走りだした。
二階に残してきた彼女の母親の事など、今は考えている余裕はない。
階段を見事に転げ落ちながら一階に到着した私は、玄関へ向かって闇雲に突っ走る。
「もう、どうしたのよ急に」
すると後ろから、またも場違いな母親の声が聞こえ……。
「……ええっ!?」
闇雲に玄関まで全力疾走していたつもりだったが、あまりの驚きに、つい、声を出してしまった。
……いやいや、おかしい。
ついさっき、ほんの二、三秒前まで母親は二階に置き去りにされていたはずだ。
私と同じように転げ落ちるように階段を降りてきたならまだしも、そんな様子は感じられなかった。
ならば、どうしていきなり真後ろに居るんだろうか、瞬間移動でもしないと追いつけないはずだ。
何が起きているのか、さっぱり理解できない。
「いい加減に落ち着きなさい」
直後、必死に動かしていた両足から急に地面の感覚が失われていく。
お腹や腰、肩のあたりに何かが巻き付いているような感覚を覚え、急激に全身が軽くなった。まるで浮遊しているようだ。
「……ぅおぁー!?」
可愛らしい女子高生にあるまじき声を発しながら、必死でもがき続ける。
お尻や腕など、あらゆる所にも何かが巻き付いているらしく、未だに全身を抱え上げられた事に気付かず、私の両足は機械仕掛けの玩具のように未だに空を走り続けている。
「……あ、え、こ、これ、何……?」
首を捻って視線を後ろに向けた私は、恐る恐る背後に居る母親に質問を投げかける。
「なにって……、私の影に決まってるじゃないの」
か、影……?
「ほら、変な事言ってないで、お父さん帰ってくる前にお風呂入っちゃいなさい」
母親がそう言い終えると、シュルルルル……と全身に絡みついていた圧力が消えていく。
両足からゆっくりと着地させてもらった私は、何事も無かったかのようにリビングに戻っていく母親をただ眺める事しかできず、しばらくその場に立ち尽くす。
「……な、なんなのあの人」
転生している事を忘れて、かなり久しぶりに自分の地が出たような気がした。
「いや、待って、それどころじゃ……」
あの黒い影達の存在を思い出し、再び臨戦態勢に入った直後。
――ザザザッ
またも、背後から不気味な違和感が発生するのを感じて、反射的に後ろを振り向く。
「だ、だから、なんなのよこいつら……」
嘆いてから、立ち位置の危険性に気付く。
「……しまった。今度は玄関側を抑えられた」
ついさっき、リビングに向かう母親を見つめていたため、玄関に対して背を向けてしまっていたのだ。
出口を塞がれてしまった。
「一体、なんなのこいつらは……」
後ずさりしながら、今度こそ追い詰められてしまった状況に焦りが出る。
「……ェリ……サイ…」
「……?」
影達の内、一番手前の影からノイズのような音が漏れ出る。
「……オカ……ェ……サィ……」
カタコトだが、話している言葉は確かに日本語だ。
「オカエ……リサイ……」
もしかして、この影は「おかえりなさい」と言っているのだろうか?
「……オカ……ェリ……ナサイ……」
相手がそう言っているのだと考えながら耳を傾けてみると、確かにそう聞こえる。
「た、ただいま……?」
「…………」
私が応答すると、影達はしばらく沈黙した後、廊下のフローリングの中に沈むように消えた。
「……ほんと、なんなのよ、もう」