嫌な記憶を忘れ去る人の本能
7月16日……
「本、当に……俺は何も、知らない……」
青年は正面に立っている男を見上げていた。彼は、男に顔を殴られ、地面に座り込んでいる。……そして、彼は見てしまった。男の手に握られている、鈍く輝くナイフを。
「そうか……。本当に知らないのか……だが、俺たちの存在を知ってしまったからにはお前には……消えてもらうしかない」
男は無理矢理、彼を立たせるとナイフをちらつかせた。
「残念だったな! ……死ねっ!」
言葉と同時にナイフが振り下ろされた。
それは、彼の胸へ刺さった。そのまま意識は闇に呑まれていく……。
7月19日……
彼は規則正しい電子音で目を覚ました。その音の正体は心電図のモニターで、そこからつながっているコードは自分の身体へとのびていた。
ついでにいうとそれと一緒に呼吸用のマスクもちゃっかりついていた。それを外すと彼は一息おいて考えた。
(俺は……何でこんなところに……?)
頭を抱えて考える。と、手に布製の何かが触れた。よく確かめてみるとそれは包帯で、頭に巻かれている。そして、頬にもガーゼが貼られていた。
「えっ!?」
彼は、自分の身体へとのびたコードを全て外し、現在着ている手術着のような服の上から自分の身体をペタペタと触った。そして、ある一カ所にばっちりガーゼが貼ってあることに気づいた。
「ん……?」
そこは胸だった。服の襟から中を覗いても怪我の状況は窺えないが、おそらく、これが原因でここにいるのだろう、と彼は思っていた。
「……はあ」
彼は大きく一つため息をつくと、部屋のどこかにあるだろう自分の鞄を探し始めた。
泥棒のように引き出しをあけたり、戸棚をあけたりしていると、ものすごい勢いで看護師が入ってきた。
「……げっ!」
「あっ! やっぱり!!」
看護師は急いで彼をとっつかまえると、ベッド横にあるナースコールを押した。
「先輩! やっぱり患者さん意識戻ってます! しかも、なんかおかしなことやってました!!」
おかしなこと呼ばわりされたので彼は思わず反論してしまった。
「おかしなことじゃねえよ! ただ、鞄を探してただけだ!!」
「あら、そうなの。まあ、とりあえず意識はっきりしてるんで心配ありませーん」
そういって看護師はナースコールのスイッチを切った。
「さあ、とにかくベッドに戻って。話はその後聞くから」
彼は仕方なくベッドに座った。
「えーっと、確か名前は山下翼くんだったわよね? 山下くんはなんであれや、それを外したの?」
看護師は、心電図や呼吸器を示しながら彼、山下翼に聞いた。
「それはー……邪魔だったから」
「だからって、勝手に外しちゃうのはダメよ。そのくらいわかるでしょ?」
「うっ……は、はい……」
翼は素直にうなずいた。
「じゃあ、私は先輩に報告しに一旦戻るけど、何か質問とか、文句とかある?」
「いや……文句はないけど、質問は一つだけ」
「はい、一個ね。どうぞ」
「今日って、何月何日?」
「今日は7月19日よ」
「……わかった。ありがとう」
一瞬沈黙したがすぐにお礼を言った。
「また来ると思うけど、それまでおとなしく休んでてね」
看護師は去っていく。それを翼は黙って見送った。
(7月19日……か。……けど、俺は……)
考えてもどうしようもないことだった。なので、鞄探しを再開する。
タンスのようなものをあけると、奥の方に見覚えのある鞄を見つけた。引っ張り出すと、やはり通学に使っている鞄だった。
(よーし! えと……確かこの中には……)
鞄をあけると、無理矢理押し込まれていた高校の体育着がボンッ!と出てきた。
「……」
憮然とした表情で体育着を出すと、教科書やら筆記具やらが入っていた。
(まあ……あたりまえか)
体育着を綺麗に畳んで鞄の中に戻す。と、テーブルの上に置かれた制服が目に入った。
取りに行こうと、立ち上がる。そのときさっきの看護師が戻ってきた。しかし、それと同時に翼は何かを思いついていた。
「あっそうだ! だっ……」
「あー! ダメじゃなーい! ちゃんと休んでてっていったのにー」
「っ……! すっ、すいません!」
「でも……まあ、いいか。私はね、あなたの胸の傷の手当てするためにきたのよ」
「はあ、そうなんですか」
「あ。そういえば、警察の人があなたの話を聞きたいって」
翼が素直に手当てを受けていると看護師がそんなことを言った。
「えっ!? 何で警察が俺に?」
「何でって……怪我した経緯とかじゃないかしら?」
「でも……俺……」
「まあ、あんまり心配することないわよ。さ、終ーわりっ。私、警察の人呼んでくるからねー」
看護師はパタパタと足音をたてながら出ていく。
そこで翼は先ほど思いついたあることを実行させることにした。
彼は急に立ち上がると来ていた手術着のようなものを脱ぎ、テーブルの上の制服に着替えた。そして、鞄をもって部屋を出る。きょろきょろと辺りを見回して、人がいないことを確認すると走り出した。
階段をものすごい勢いで駆け降りる。ところが、バッタリと例の看護師に出くわしてしまった。
「げっ!!」
「あっ! ちょっと!」
翼は素早く方向転換し、階段を昇りなおすと今度はエレベーターに乗った。
「はあっ、はあっ……やっぱ、無茶だったかな……」
エレベーターを降りてロビーに出ると今度は警察らしき人物に見つかり、声を掛けられてしまった。
「あっ……」
「君が山下くんだね? ちょっと話を聞かせてもらえないかな?」




