第八幕「上等だコラ、元よりこっちは冥界なんぞとよろしくやるつもはねぇ」
「天界では主に魂の選別とデータ管理を行っています……」
軽く身なりを整えつつ、時折怯えた目でトキの方へ視線を向けながら、少し気恥ずかしそうに天界のディーヴァは説明を始めていた。
それは先程のクローディアの〝症状〟についてである。
多少騒がせてしまったことやオルガの無礼に対するお詫びと、今後の付き合いのことを考え、詳しく話しておいた方がいいだろうと判断してのことだった。
「……その量は膨大で、私達は日々長時間労働に明け暮れています……」
心なしか天界勢の表情は暗い。静聴はやぶさかでない冥界勢だったが、少しずつ重い話に切り替わりつつあるのではと内心身構える。
「いつしか、天界のマトリョーシカ達のほとんどが、仕事をしなくてはいられない、仕事に依存した『仕事中毒』に陥ってしまったんです……」
天界のディーヴァは涙ぐんでいる。
これは悲しい話? それとも驚いた方が良いのか?
どんな顔をして聞けばいいのかまるで分からない。
そんな別の意味で暗い表情を浮かべる冥界勢を他所に、説明は続く。
「天界では昔から仕事をし過ぎて倒れる人や、逆に仕事が足りなくて禁断症状で死にかける人が何人もいます。先程のクローディアの状態が、正にそれでした…」
「今回は二日ほどまともに仕事してなかったのが原因……かな?」
明かされた禁断症状の秘密。悲しみを浮かべる天界勢と正直なんと声を掛けていいか分からない冥界勢。
(二日で禁断症状って、週休二日制アウトじゃないですか)
(……何の話をしとるんじゃ)
表面上重たい話を受け止めた風に、しかし実質空気は軽くなっていた。
別段天界のマトリョーシカの状況を軽視しようと言うわけではないが、ようは彼らは働き者である、という結論を得て幾らか安堵したのは言うまでもない。
「俺らの病は永遠に治ることはねぇし、共生していく以外、道はハナっから存在しねぇ。まあそこでウチのディーヴァの出番だ。グロリアには癒しと強化の能力があってな、禁断症状の緩和と俺らの処理能力を底上げしてくれるってわけだ」
ディーヴァの歌は属している世界によってその意味を大きく変える。
天界の歌『ミスティグロリア』は天界の役割である選別やデータ管理の作業効率を上げるために、多忙なマトリョーシカ達を補佐することに重きを置く。
基本的に歌唱に制限は無いが、効果を得られるのはあくまでディーヴァが癒したいと思う数人だけだ。
一方、冥界の歌『ダークラプソディ』は個人ではなく世界に働きかける大きな力を発する為、歌うのに黒死を食らって体内に負の情念を蓄積しなけらばならない制限がある。
「ほぅ、分かってはおったが、目の当たりにするとやはり全然違うものじゃな、ワシのとは」
「あっはっはったりめぇだろ! ディーヴァとしての格が違げぇからな。こんな辛気臭せぇところで披露してやっただけありがたく思え」
(いやワシは優劣を言ったわけではないが……まあ良いか)
自慢げに笑うオルガの言葉にブチっと、何か妙な効果音が相槌を打って、空気が一変する。
「ああ、そういえば、歌の途中、ちょっと噛んでませんでした? それに心なしか音程が妙だったような。或いは元からグロリアってそんなものなんですかね、プププ」
「え……?」
「あぁ?」
困ったような顔を浮かべる天界のディーヴァと、キレる寸前といった表情のオルガ。
そしてシタリ顔を浮かべる黒いオーラ全開のトキ。
さも冥界のディーヴァの歌の方が劣っているかのようなニュアンスにアンチグロリアを決め込んだようで、あからさまな難癖をつけた。
「上等だコラ、元よりこっちは冥界なんぞとよろしくやるつもりはねぇ」
「プププ、元よりも何も、あなたのようなタイプはこちらから願い下げです」
「おい、何をケンカ腰になってるんじゃヌシら。ホムラも、突っ立ってないで二人を止めんか」
睨みあうトキとオルガを仲裁しようと、ホムラにも助力を要請するが、何故か動かず、プルプルと体を震わせている。そして唐突に宣言する。
「……決闘だ!」
「ふぇっ!?」
ホムラの突拍子もない発言に、まさかという表情で凍りつく天界のディーヴァ。
状況がよくない方向へ推移しているものの、相手は強暴なオルガと邪悪なトキ。場を治めたいのは山々だが、自分が行っても飛んで火に入る夏の虫が如く、たちまちボロボロにされてしまうだけだろう。
だがこの場には貫禄のある真面目タイプが二人、冥界のディーヴァとホムラが居る。
とくに落ち着いていてディーヴァよりも体格のいいホムラに期待し、密かに頼りに思っていた。
ところが、そのホムラこそがこの場でもっとも怒り心頭に発しており、天界のディーヴァの淡い期待は裏切られてしまったというわけだ。
「決闘……いいねぇ。ウケケ、さあ面白くなってまいりましたぁ」
黙して行方を見ていたクローディアも決闘という単語で乗り気に。
ディーヴァの二人以外、戦う気マンマンといった姿勢を見せる。
長二人が本気で制すれば、或いはまだこの場を治めることも可能と思われたが……。
「しようのない奴らじゃ……なら、修練という名目で腕試しするくらいなら、まぁ構わんじゃろう」
と天界の長の願い虚しく彼女以外全員、決闘に賛成を表したのであった。