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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第二章『記憶の中のディーヴァ』
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第六幕「……はっ! あ、あべそにかっ!」

「以上、ここまでで何か異議のある者は居るか?」


 真っ白な空間。中央には大きな長机が置かれており、ベールの無い白い修道服といった様子の衣装に身を包む者達が何やら意見を出し合い、会議をとり行っていた。


 一人立っているクリーム色の髪をしたメガネの女性が問うと、その対面に腰掛けていたブロンドの髪をした女性が手を挙げた。


「もちろん有る。何で俺等が現地調査なんだ。んなもん下っ端にやらせりゃいいだろうがっ」


 語調の強い金髪の言い分に対し、メガネの女性はギロリと一瞥し、視線を逸らす。


「異議のある者は居ないようだな……では次の議題に……」


「待てコラっ!」


「……なんだ、『B』」


「なんだ……じゃねぇよ! 何シカッティングしてんだコラ」


「シカッティング? ……妙な言葉を作るな。何を言っているのか分からない」


「シカトするなっつってんだ! ぶっとばすぞテメェ!」


 メガネの女性は不敵に鼻で笑って肩を竦めた。


「はぁん、そういう事か。というか、言い直すくらいなら初めから分かる方で言えばいいだろう。なんだ? 流行らせたいのか?」


「あぁ?」


 怒りが頂点に達した金髪の女性は長机を拳で叩いて立ち上がる。


「ちょ、ちょっと、お、落ち着いて下さいっ」


 長机の最奥にちょこんと腰掛けている緑の髪に白いベレー帽を被った小柄な少女がオドオドしながらも仲裁に入ろうとする。


「うるっせぇ!」


「ひゃうっ!」


 小柄な少女は怒鳴る金髪にまるで子犬のように怯え、机の下に隠れてしまった。


「まあまあ、ほんとに落ち着いたほうが良いでふよ。オルガは怒り過ぎなのでふ」


「ププっ、怒り杉」


 やんわりとなだめようとする一際白い少女、名は『ヴァイス』。

 服だけでなく、髪や肌の色までも白く、瞳の色は深い真紅を宿している。

 特に意味は無いが、『す』を『ふ』と言い間違える癖がある。


 一方、何故か腹を抱えて笑いを堪えているのは『アシド』。

 パープルの髪、頬に黒い模様の刺青を入れている少し変わり者の少女。

 彼女をツボらせる要素は常に不確定で、気がつくと人知れず笑いを堪えていることが多い。


「ちっ!」


 不快感を顕わにしつつ、会議中ということもあって渋々座る金髪の女性もとい、『オルガ』。だが彼女の一番気に食わないことがまだ解決していない。


「んで? なんで俺等が冥界の現地調査担当なんだよ?」


 問われメガネの女性は再びギロリとオルガに視線を向ける。暫く考えるような間が空き、ふぅ、と嘆息。

 メガネの位置を直してようやく言葉を発する。


「いいだろう答えてやる。端的に言えば、貴様らにくれてやる仕事がそれしか残っていないからだ」


「はあ? なんだそりゃ」


 メガネの女性はまた嘆息をして、嫌々といった感じで説明を続ける。


「今期の仕事量の振り分けは完了している。よって、今現在各ブロックのマトリョーシカ達は期日まで仕事から離れられず、手の空いている者はほとんどいない。貴様ら三名を除いてな」


 メガネの女性はそう言って、順にオルガ、いつの間にか机の下から出てきて最奥の席に腰掛けるオドオドした少女、そして開始からずっと机に突っ伏していた緑のボサボサヘアーの女性を指差した。


「貴様らは期日までまだ時間があるというのに既に配分された仕事を終えているな? もともと統括長とうかつちょうは通常のマトリョーシカより処理能力が高いが、貴様らはその誰よりも早く仕事を片付け時を余らせた。仕事を用意してやっただけでも有難く思ってもらいたいものだな」


 ふんっと不愉快そうに説明を終え視線を逸らすメガネの女性。


「俺等の仕事が早いから仕事が無いってのか? じゃあ遅い奴の分を回してくれりゃあいいじゃねぇか」


 まだ不満だといわんばかりにオルガは食い下がる。メガネの女性はまたまた不機嫌そうにギロリと視線を向けた。


「黙れ。ただでさえ、処理能力の高い順に仕事の量を調整して配分を行っている。貴様の言い分は不当だ。よって、何と言おうがこの決定は満場一致で覆らん」


「あん?……満場一致だと」


 オルガは長机に腰掛けている統括長と呼ばれる面々を一人一人見回した。


「仕事が早いからっていい気にならないで下さる? 貴方のぞんざいな仕事なんて私の美しく完璧な仕事に比べたら、蝶と! 蛾の幼虫くらいの! 差がありましてよ?」


「いや、俺は虫嫌いだからどっちも変わらんわ。どっちもキショイ」


 統括長達の顔を見回すオルガに、いの一番で声を掛けてきたのは赤く長い髪の女性。

 名は『シトラ』。

 やや見下すような言動が多いが、ことさら明確な敵意を向けるのはオルガのみである。

 オルガとしては『喋り方が鬱陶しい奴』くらいにしか思っていないのだが。


「他所にくれてやる仕事は無い……」


 目が合った瞬間そう告げて押し黙ったのはグレーの髪をした褐色肌の女性。

 名は『ジラ』。

 あまり長く話すのは得意で無いらしく、会話は常に短い内容に限られる。


「ああ、ちなみにウチは全然仕事回したいっス……けどぉ」


 ギロリとメガネの女性が睨むため、いったん言葉を切ってから続きを言う。


「やっぱ駄目っぽいんで無しで〜」


 軽いノリとやる気の無さが特徴。

 ブラウンのツインテールをした少女の名は『ネルベル』。

 この少女に関しては最初から賛同は期待していない。

 やる気の無さは公私ともに全開で、何かの目的の為に味方を選ばなければならない局面では、真っ先に選択肢外となるのが彼女を良く知る者の常である。


「はいは〜い!」


 と、不意に挙手をした一人の少女。

 メガネの女性が反応して指を指すと、嬉しそうに立ち上がる。


「……『D』か。発言を許可する」


「あのねー、ニニはねー、むしろめいかいに行ってみたいのー」


「駄目だ、仕事しろ」


「えぇー!」


 一瞬で却下されたのは一際小柄で、黒い髪をサイドテールに結っているのが印象的な『ニニフィス』。

 外見は他の誰より幼く映るが、れっきとした統括長として、この場に要る者達と肩を並べている。


「ぶーっ! 何で駄目なの! ニニだって仕事早いもんっ! とうかつちょーだもんっ!」


 メガネをクイと上げて、駄々をこねるその幼女を見下した。


「はぁん、終わってもいない時点で貴様は冥界行きの三人より仕事が遅いということだ。威張ることじゃあないなぁ、この四番煎じが」


「っ!……」


 四番という言葉と、皮肉たっぷりの物言いにニニフィスは押し黙った。拳を握り締め、メガネの女性に背を向ける。


「……ちっ」


「ぶはっ! 出たコレ! ブラックニニ様っ、こえ〜、プっ、クク……」


 一人笑いを堪えるアシド。ニニフィスは無表情で席に着いた。


「そういえば! はい! 私も質問がありまふっ!」


「なんだ『L』」


 ニニフィスのように挙手をして、ヴァイスが指される。


「仕事の量、なんか私かなり減ったような気がしまふっ! これはなんでなのでふか!?」


「分相応だ、反論は認めん」


「そんな! 困りまふっ! 私もっとお仕事したいでふっ!」


「一度でも期日を守れてから言え」


「違うんでふっ! お仕事が楽しくて、ついっ……」


「だあぁぁ! 違う違う!」


 泣きすがるようなヴァイスの声を遮って、オルガの咆哮が辺りに響き渡った。


「今は俺らの話をしてんだろうがっ! 何勝手に議題変えてやがんだ!」


五月蝿うるさい奴だ。一度結論の出たことが易々覆る事など無い。貴様のやっている事こそ会議の邪魔というものだ」


 ギロリと眼鏡越しに視線を向けるクリーム髪の女性。ぐぬぬと、正論を前に言葉を詰まらせるオルガ。


「今日も天界は相変わらずだねぇフェルガ……あれ?」


「……はっ! あ、あべそにかっ!」


 会議の最中、長机の端の方に座る二人の内の一人が、よだれでベトベトになった口元を拭いつつ親指を立てる。


「うん……どんな夢見てたの?」


「夢じゃない……私が……世界を……救う……」


「あーあ、また寝ちゃった」


「……ぐう……寝てにゃい……のだぁ……」


 再び深い眠りに落ちる水色のアホ毛、が特徴的な女性、『フェルガルタ』。


 その横で彼女の寝顔に呆れ顔を浮かべているのがピンク色の髪をした大人しい雰囲気を纏う女性『センテシア』。


 この場に集う皆々、しめて十二人は、統括長と呼ばれる天界の住人達である。


 ここは、天界。


 正確には青空と雲しか無い世界に浮かぶ、巨大な塔『ベルベティア』の内部である。


 ベルベティアは半径十キロメートルの半球体『ウテルス』の上に立つ全長一キロメートルの巨大な建造物だ。

 その中には様々な機構が組み込まれており、日々遂行される業務の為に稼動し続けている。

 

 天界の主な役割は冥界から送られてくる浄化を受けた魂の選別と個々のデータ管理である。


 巨塔ベルベティアの底部、広大な面積を持つウテルスは、その内部全てを送られてくる魂の格納庫としており、そこから常に塔へ詳細なデータが送信される。

 それを受けて、塔に住まう天界のマトリョーシカ達が一つ一つの魂の状態を分析し、三つの世界から最適な送り先を選んで指示を出す。すると後は自動的にそれぞれの世界へ魂が送られていく仕組みとなっている。 


 死した魂の次なる行き先は三つ。


 一つは『魔界まかい』。

 魔界は冥界でも浄化し切れなかった強い負の情念を宿す魂『禍魂まがたま』を『獄界ごくかい』へと護送する中継的役割を担う世界。

 ちなみ獄界とは、魂の輪廻に支障をきたす禍魂を淘汰するために、それを破壊することのみを役割としている世界だ。

 

 もう一つは『錬界れんかい』。

 禍魂ではないが、転生を繰り返し、消耗してしまっている魂をまた無事に転生できるよう修復、強化を行う為の世界だ。

 

 そして最後は何の異常も無い、及び錬界から送られてきた魂が行き着く場所『業界ぎょうかい』。


 現界でこれから誕生しようとしている命に魂を授けるため、健全な魂を運び届ける通称『おろしのマトリョーシカ』達が暮らし勤める世界である。


 これら三つの世界は天界を中心として魂の通り道である、『魂海』によって繋がっており、冥界同様世界を越えて魂のやり取りが行えるようになっている。


 選別の他に、全ての魂の情報も天界でデータ管理され、そのデータに何かしら問題があれば直接各界へ現地調査に赴くこともある。


 今回その任務を言い渡されたのは三名。

 いずれも統括長と呼ばれる者達である。

 

 ベルベティア内部は基本的にマトリョーシカの住居と魂のデータ管理を行う為のオフィスで占められている。

 更に最上階から一階までを等間隔に区分し、順にアルファベットのA〜Lまでを宛がった、十二ブロックに組織を細分化、それぞれに各ブロックの代表である『統括長』を配置し、指揮系統の効率化を図っている。


 冥界の現地調査を言い渡されたのは順にA、B、Cブロック統括長。天界のディーヴァ、オルガ、クローディアの三名。

 終始机に突っ伏した状態の緑髪がクローディア。

 オドオドしている方がディーヴァである。

 一応ディーヴァと言えば世界の長の名であり、統括長の中でも最高権力を有する存在だが、その弱い物腰から会議ではほとんどの決定が多数決に委ねられている。


 ちなみ会議を半ば取り仕切るメガネの女性はFブロック統括長『ディストレーゼ』。

 塔の中間ブロックを管理しているのと、相応の仕切り力から、そのポジションをある程度周囲に認められている。

 とはいえ、そもそもその勤めを口下手な為にこなせないディーヴァの代役として彼女は抜擢ばってきされているだけで、特別に他の統括長よりも強い権限を持っているわけではない。

 それでも積極的に仕切りをやっているのは彼女なりに思う所があるからだろう。


 かくして、天界の意向を左右する十二統括長会議にて可決された統括長三名の冥界行きは、揺るぎの無いものとなり、会議は次なる議題の消化を始めるのだった。


「どうか、このLブロック統括長ヴァイスに清き一票を! 仕事を……仕事をお願しまふ〜!」



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