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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第三章『三界の長』
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第二十三幕「こんな状態でアンタと離れたら私、修羅に食べられちゃうじゃない!」

「その子を放しなさい!」


 魔界勢が冥界、天界勢に注目して間も無く、一人のマトリョーシカが怒声を上げた。

 それは入り口付近で修羅狩りを行っていた紅白の着物を纏う、青い髪と弓矢を武器としているのが特徴的な、魔界のマトリョーシカ狩亜だった。


 仲間である枢という名の桃色のツインテールが特徴的な少女が、見知らぬ集団に拘束されているという状況から、冥界天界勢一行を完全に敵と見做みなしたようだ。

 怒声と共に迷わず赤い弓矢を射ってきた。

 赤き一閃が先頭に立つ冥界のディーヴァの眼前に差し迫る。

 だが彼女は、防御や回避といった動作をまるでしようとしない。

 反応自体は容易かったが、脇から自分の前へ出て行こうとする者の気配を感じたため、対処の必要が無いと判断したのだ。


 前へ出たのはトキだった。


 右手に短剣を凝負し、迫り来る赤き矢を真横へ弾くため、逆手で握る短剣の刃先が真上を向くよう腕を捻りながら、右下から左へと弧を描く太刀筋で一気に振り抜いた。

 高速で飛び込んでくる矢の棒部を正確に捉え、両断。

 すると、矢は赤い光を散らし、跡形も残らず消えてしまった。


「ちっ!」 


 先制の一矢が通らなかったことを歯痒く思いながら、何時でも放てるよう弓を構えたまま、様子を伺う狩亜。


 一方、冥界の長『ディーヴァ』を狙ったその一矢に少なからず敵意を持ちながら、それでも冷静に刃を降ろし、侍女マトリョーシカ、トキは攻撃者、狩亜と向き合った。

 問題はこの状況にある。 

 誤解、いや、魔界のマトリョーシカを拘束しているのは紛れもない事実なのだが、そもそも何故その状態のまま魔界の長に会いに来てしまったのか……つまりこれは自分達の過失によって招いた結果なのだと、まず己が理解していなければならない。

 あくまで、彼等は仲間の身を案じているだけなのだ。

 そのことで、魔界のマトリョーシカ達がこちらを睨みつけてきているのは、全員が当然悟っている。

 ザクロ以外は。


「この食い入るような視線はいったい……はっはーん、にゃるほど。……お前ら! 良く聞くがいいにゃ!」


 と、状況を全く飲み込めていないネコミミ少女は何事かを思いついたらしく、何故かトキより前に踏み出て、腕組みポーズでふんぞり返った。


「ワガハイのネコミミは、実はただのクセっ毛だったのにゃ!」


 マトリョーシカだけでなく、心なしか修羅たちさえキョトンとしているかのような、珍妙な空気が辺りに停滞し出して数秒、ハッと我に返った狩亜がまた弓を引く。


「どうでもいいっ!」


 赤い閃光が、真直ぐザクロの顔面目掛け飛んでくる。


「馬鹿にゃっ!?」


 慌てて屈んで躱すザクロだったが、その後ろにはトキが、更にその後ろにはディーヴァが居たため、仕方なく再度トキが対処をするハメになった。

 華麗に矢をいなし、狩亜の挙動を気にかけながら目線を下ろした。


「やれやれ……無闇やたらに挑発しないでもらえませんかねぇ?」


 屈んだままのザクロに、不快感を顕わに呼びかけてみるが、聞こえないのか頭を抱えながら何事かを呟き始める。


「ありえにゃいありえにゃい。初対面でワガハイのネコミミに興味を持たにゃいマトリョーシカにゃんて居るはずがにゃいのに!」


 どうやらこのひどく能天気なネコミミ型クセっ毛少女は、先程のようなアピールで、万人から関心を集められるという、荒唐無稽こうとうむけいな勘違いをしていたらしい。

 そのネコミミ少女の勘違いを受け、一応天界勢が反論を示す。


「べ、別にてめぇのネコミミに興味なんざねぇよっ!」


「まあ、そういうことぉ」


 クローディアは無表情で答えるが、何故かオルガはツンデレ風。


「……っは! そうか分かったにゃ!」


 反論を無視し、何か閃いた様子のネコミミ少女。突然スクっと立ち上がった。

 弓矢を構えている狩亜に向って人差し指を突きつける。


「さてはおまえ! イヌミミ派……」


「黙れ!」


 三度放たれる矢。


「にゃんてこったっ!?」


 再び先程と同じことが繰り返され、また屈みながらザクロが呟き始める。


「ありえにゃいありえにゃい。世界はネコミミ派かイヌミミ派かに二分されているはずにゃ。……っは!そうか分かっ……」


「もういいです」


「ぐにゃっは!?」


 再三に渡って魔界勢を刺激しかしないザクロに呆れ果て、ついには背後からトキがボディーブローを見舞い、ネコミミ少女を沈める。


「まさか……背後から……にゃんて……」


 ガクッと力尽きるザクロ。

 そんなやり取りを見て仲間割れでも起こしたかと、狩亜は弓を一旦下ろし様子を伺うことにする。

 そこへ、そんな空気など微塵も読まず、狂間が唐突に突進を仕掛けてくる。


「うらぁぁぁ!」


 両剣を構え、脇目も振らず駆けてくる狂間。しかし。


「ぁぁぁぶへぇっ!」


 脇目も振らなかったために、横から突進してきた牙捉に気付かず、猛烈に体当たりされ吹き飛んでしまった。

 コントのような珍妙な展開に一同が言葉を失っていると、冥界のディーヴァが突然開口する。 


「くっ! 早くもお互いに犠牲者を出してしもうたか!」


「いや、二人ともまだ生きてますよ、ディーヴァ」


 拳を握り締めて、ザクロと狂間の二人が倒れたことに冥界のディーヴァは嘆き憤っているが、その根本的な間違いをトキが指摘する。


「よくも……狂間のカタキ!」


「いやだから……何処に目が付いてるんですかあなた方」


 何やら無意味に小芝居じみて白熱している二人のやり取りに、トキは珍しく真面目なツッコミを連続で入れつつ、頭の中で状況を分析する。


 現在、絶賛不審人物集団と化している冥界天界勢一行に、直接の攻撃を仕掛けてきた者達はまだ二名で、他五名はこちらの動向を窺いつつ、修羅討伐にも意識を向けているといった様子。


 魔界のディーヴァが居る中央付近まではおよそ百五十メートルほど離れており、修羅を無視して距離を詰めるにはお互いに無理があると考えられる。


(無用な戦闘を避けるには、先ず枢タンを解放した上でこちらに敵意が無いことを相手に分かって貰う必要がある。慎重に行かなければ……慎重に……)


 魔界勢を刺激しないよう注意しながら、枢の方へ振り返った。


「ちょっ、何すんのよ!」


「!?」


 トキの目には信じられない光景が映った。

 そこには枢の身体をよっこらせっと、右肩に担ぐ冥界のディーヴァの姿があったのだ。


(このロリっ子はいったい何を……)


 唐突すぎる長の奇行に流石の侍女マトリョーシカも驚愕を隠せない。

 もしやザクロのように状況をまるで理解していなかったのか? と訝しむ周囲の視線に、或いは暴れながら文句を言う枢本人に、自ら行動の意味を説明する。


「いやなに、誤解を受けとるようじゃから、姉の元に直接連れて行ってやろうと思うてな。案ずるな、片手でも修羅如きに遅れは取らん」


 言うや否や、駆け始める冥界のディーヴァ。


「だ、だからこれを解いてからにしなさいって……ばかぁぁぁ!」


 枢の言い分など聞きもせず、呆気に取られるトキを他所に、みるみる速度を上げていく。

 当然、赤い弓矢を構えた狩亜がその行く手に立ちはだかる。


「止まりなさい!」


 放たれる赤き閃光。

 冥界のディーヴァが対処するまでも無く、それをトキが投げ放った黒き短剣が貫き打ち砕く。

 すれ違い様、


「すまんの」


 と大して悪びれる様子も無く、そう言い笑みさえ零して、走り去っていく。

 振り返り追撃したくとも、トキの妨害が予想されるために、仕方なく諦めることにした。

 敵方は正面にまだ三名。

 突破されてしまった冥界のディーヴァと枢は後方の皆に任せ、狩亜は再びトキと向き合い弓矢を構えるのだった。


 行く手には大小様々な修羅が犇いている。

 流石にこの中を最高速度を維持しながら突破することは出来ないので、先ずは突破口を開かねばならないと早々に思い至る。


 手段は色々考えられるものの、手早く済ませたいのと、先程の狩亜の弓矢を見て、直感的に凝負する武器を選んだ。

 枢を抱える方とは逆、左手に黒い弓を凝負。徐に立ち止まると、その弓の一端を地面へ突き刺し、垂直に固定した。

 そのまま片掌を弓の弦にあてがい、矢を凝負する。

 近接攻撃に傾倒しがちな冥界流の中では規格外な術技にして、長ディーヴァの十八番、『月影箭』を放とうとしていた。


 黒き浄化の力『アタラクシア』の凝負は、通常術者の手元にある間だけ物質化を維持できるものだが、

零進れいじん』という技法により、手元を離れてからの維持力を大幅に引き上げることができる。


 元々は魔物の身体の一部を衣服などの素材として使うべく、それが完全に消滅しきる前に保存しておくための技法であったが、練刃に応用することにより、物理的遠中距離攻撃を可能とした。


 原理は、皮膚のように薄い凝負の膜を作り、それが魔物の体組織を包み込むことにより内部で負の情念が循環、魔物に宿る独自の負の情念が持つ、活性作用を循環によって促進、それを利用し、表面の膜を維持するのに必要な情念を捻出、膜を固着することで完成する包式環化ほうしきかんかと呼ばれるものである。


 トキが投げナイフの要領で短剣を扱えるのもこの技法のお陰であるが、戦闘中に短時間で行われる『零進れいじん』では、対象に出来る練刃の長さや質量に限りがあるため、全ての武器にこの技法を適応できるわけではない。

 具体的には矢一本か短剣六本(長さ九十センチ程度、重さ一キロ前後)をその効力下とするのが限界。

 また、包式環化の簡易劣化版といえる零進では、完全な膜ではなく、凝負させた物体の表面に薄く情念を纏わせるだけ。

 凝負化状態から負の情念の分離、霧散を遅らせるというだけの役割しか果たさないそれは、本来の包式環化に劣って約十秒が最大持続時間となる。

 ちなみに時間をかけたとしても凝負された武器は魔物の身体とは違い活性作用を持たず、結果、同じように長期維持は出来ない。


 二メートルを越える和弓と同じ構造の弓に宛がわれた漆黒の矢は、黒き浄化の力とそれを維持するための零進を纏うと、まるで命を灯したかのように、弓を引く動作でドクンと鼓動する。

 矢の先端が微かに蜃気楼のような現象によってひずみ、その歪が矢に絡みついてまもなく、放たれた。


月影箭げつえいせん逸流いつる


 絡み付く黒い歪みは、ディーヴァが添えた強化されし零進。

 凝負を維持する力をより高めることにより、負の情念の塊といえる修羅の身体に対し、貫通力を増加させた。

 これにより、次々に群がる修羅を五体、十体、十五体と貫き蹴散らしていく。

 そのまま煉獄の間の端まで飛んでいくかと思われた、文字通りの矢先、それは突然何かによってかき消されてしまう。


「…………」


 修羅の群れをかき分け出来た一本道の先には、赤い刀を振り上げている魔界のディーヴァの姿があった。

 その、血液で出来たような色の刀による、切り上げの斬撃で渾身の一矢、月影箭は打ち砕かれたのだった。

 流石は同じ〝長〟というべき所だろうか。

 しかし寡黙な少女の瞳はその誇りに満ちてはおらず、ただ紅く、そして強く、冥界のディーヴァを捉えていた。


「…………」


 言葉は無く、代わりに「私の妹を返しなさい」と語りかけてくる眼差しと面差し。

 彼女は長として立ちはだかったのではない。

 ただの〝姉〟として、剣を取ったのだ。


「こちらから赴くつもりじゃったが……それになにやら、業腹な様子じゃ」


 魔界のディーヴァの臨戦態勢を見て取った冥界のディーヴァは、弓から手を離し、枢を下ろす。


「ア、アンタ……お姉ちゃんとやる気……なの?」


 下ろされた枢が巻き付いた鎖を邪魔そうにしながら、そう問いかける。


「敵と思われとる内は仕方あるまい。それに……確かめたいこともあるしの」


 今、敵意を向けられている相手はディーヴァと呼ばれる、その世界で最強を冠する強者の名を持っている。

 同じディーヴァとはいえ、応戦もなしにその敵意を無傷で凌ぎきれるものではなかった。

 しかしそもそも冥界のディーヴァには引く気など毛頭無かった。

 何故なら、魔界のディーヴァとも、いずれは本気の手合わせを願い出てみようかと思っていたからだ。

 どういう訳か、自分の中には戦いを引き金として呼び起こされる不可解な記憶が秘められているらしい。

 つい最近まで、自分が記憶喪失であったなどという認識はこれっぽっちも無かったのだが、先日天界のディーヴァと手合わせを行った時、それが間違い無くあるものだと知った時から、このような機会が訪れるのではと思っていた。 

 争うような形となってしまったのは不本意だが、止むを得ず長刀を凝負し、構える。


「ヌシは離れておれ」


「ばっかじゃないの!」


 さあいざ戦いを始めよう、という時に、そんな罵倒によって水を差されてしまった。


「……ぬ?」


「こんな状態でアンタと離れたら私、修羅に食べられちゃうじゃない!」


 ディーヴァの放った月影箭で目の前、直線状約四十メートルを一掃しはしたが、周囲は依然として修羅の大群によって囲まれている。

 身体の自由が奪われた状態では戦えず、自分の身を守ることも出来ないと、そう枢は主張していた。


「い、いやしかし、離れんとヌシも巻き添えを食うぞ?」


「だぁかぁらぁ! 鎖を外せって言ってんのよさっきから!」


「う……むぅ」


 魔界のディーヴァと戦うことに意識を集中させようとしてた冥界のディーヴァに、そんな簡単なことも分からないのかと、枢は怒りを顕わにして言いダンダンと地面を足で叩く。

 その剣幕は、拘束された状態でもなんとか戦えるんじゃないかと思わせる程の勢いだが、その勢いと何度目かになる解放要求にこれ以上まともに取り合わない訳にもいかないだろうと、判断する。


 二人の長による衝突は、恐らく凄まじい激闘になる。

 あくまで自分の身を守りながら戦えという無茶を言っているのではなく、自衛が可能になるよう解放して欲しいというのが枢の言い分であった。

 だが、そもそも彼女を拘束したのは強い敵愾心からこちらの話しに聞く耳を持たず、あまつさせ暴れ始めたからだ。

 言うとおりに解放したとして、それで彼女が味方として加わるとは思えない。

 人質を取ったつもりは毛頭無いが、こちらが敵と見なされているこの状況で解放すれば、むざむざ相手の士気を上げることになり冥界天界勢の分が悪くなるのが目に見えている。

 かといって、彼女を解放しないまま戦い続けては、僅かな和解の機会すら失ってしまうだろう。

 ここ魔界を調査しなければならない冥天一行にとってそれは避けなければならないことだった。


 修羅の大群の只中。

 魔界の長を前に迫られる枢を解放するか否かの二者択一は、どちらを選んでも、リスクは避けられない。

 

(じゃが、躊躇も逡巡も、今は時が無い。それに、妹を案ずる姉の気持ち……ワシは……分かるような気がする) 


 例え枢が魔界勢に加わることで不利な状況を作ろうとも、彼女を姉の元へ届けることが冥界のディーヴァのそもそもの意志。


 己の感覚では幾許か、実際には数秒を要して見開かれた微塵も迷いの無い双眸そうぼうで、まだ不満そうな顔をしている枢の瞳を真直ぐに見据えた。


「分かった……動くなよ?」


「へ?」


 間抜けな声を漏らす枢は次の瞬間、下から何かが頭上へ通り過ぎた感覚、その直後に、身体に巻きついた鎖が一刀両断されているのに気付く。

 ワナワナと肩を震わせ、目じりに涙を滲ませながら叫ぶ。


「……なななんてことしてくれんのよぉぉぉ!!」


 冥界のディーヴァは構えていたその長刀で枢の身体に巻きついた鎖を一太刀に切り払ってしまったのだ。

 危うく縦の開きになりかけたことが思考を過ぎり、押し寄せる絶望と恐怖と怒りが、彼女を咆哮させた。 

 枢は腰を抜かしへたり込んでしまうが、流石というべきか、その身体には纏う着物にすら傷はない。 


「……!」


 へたり込んだ枢を見下ろした次の瞬間、強い殺気と気配、そしてカランという乾いた音とリリンという音色が、迫り来る強者の存在を示唆する。

 弾丸のように一歩で二十メートルほどを一気に飛んできた魔界のディーヴァ。

 紅き髪、紅き瞳、そして紅き刀の刀身が、冥界のディーヴァに切りかかる。


「……っと! はは、ますます……業腹なようじゃ……」


 激しく刀と刀がぶつかり鳴り響く金属音。紅き刀の強襲を、黒き長刀が防いだ。

 

 冥界のディーヴァが枢に対して刀を振るったのが許せなかったのだろう、きつく睨みつけてくる魔界のディーヴァ。

 そんな状況に何故か笑みを零す銀髪の少女。


 天界のディーヴァとの戦いの時もそうであったが、この外見だけ幼く映る少女は、強い存在との戦いに少々嬉々としてしまう悪癖があるらしい。

 それを不敵に思ってか、魔界の長はより一層、瞳を強くする。

 それは紅緋を全身に纏う緋霧衣による眼光の赤の煌き。

 身体はまだ浮き上がった状態で、切りかかった刀を持つ方とは逆、空いた片掌を身体の横へ伸ばす。

 すると、その手に新たな武器が出現する。

 それは戦現召『歌刹かせつ』という名の、黒いなたの形をした武器だった。


 右手の刀、戦現召『剥道緋然はくどうびぜん』で冥界のディーヴァの長刀を押し込みながら、鉈で素早く横薙ぎに切りつける。

 それに対し、持ち前の怪力で赤き刀を押し返す黒刀。

 それは本来、魔界のディーヴァの身体ごと吹き飛ばす筈の力と所作であったのだが、如何にしてか、空中でこらえ、バランスを崩す程度で凌がれる。

 崩されて猶、振るわれた鉈の横切りを後ろへ飛び退き、回避した。


 地面へ着地する魔界のディーヴァと、飛び退いて直ぐ体勢を建て直し、出方を窺う冥界のディーヴァ。


「…………」


 冥界のディーヴァが直ぐに攻め込んではこないらしいと判断し、赤い瞳は枢へと視線を移す。

 数秒沈黙してから徐に刀の切っ先をその妹の姿へと指すように向けた。

 すると目の前に修羅が出現した。

 それは個現召こげんしょうあわい』。白い振袖の着物を纏い、顔を面で隠している人型の修羅だった。

 体長は約百七十センチくらいで、ゆらりとした動きで枢に近づいたかと思うと、その両手で彼女を抱きかかえ、フワリと飛び上がった。

 空を飛び、みるみる離れ、煉獄の間の中央付近、まだ忌傘や無火らが修羅狩りを行っている辺りへゆっくり降りていく。


「……少々目を奪われた、面白い力じゃな」


 様々な修羅と契約し、使役する力『テスタメント』。

 その非攻撃的な行使に、出方を窺っていた冥界のディーヴァが素直に感心する。

 修羅の異形、凶暴さからは想像できない繊細さが、淡という修羅には宿っていたからだ。


 必ずしも全ての修羅が禍々しいわけではない。むしろ、禍々しい姿を持つ修羅は低級な個体が多く、より強大な力を持つほど、その姿は洗練されていく。

 禍々しさとは得てして、完全に対する不完全の〝無い〟というイメージの暴走。

 それが乱れやけがれとなって姿形の禍々しさとなる。

 多種多様な修羅の生態からはそう読み取ることが出来、それらは全て禍魂が発する想念が根源となり、織り成している。

 生前、その魂がどのような人生を歩み、何を培い、何を想い考えたか。

 そして最終的にどれほど強い意志と感情を構築し、如何にして没したか。

 これらの集大成でもある魂から漏れる出る負の情念を、いかに色濃く体現できるかが、修羅の質を決める。


「…………」


 相も変わらず無言のまま、魔界のディーヴァは徐に構えを解いて武器を二つとも降ろす。

 しかしながら眼差しは強く、戦意を無くしているようには見えない。

 迂闊に動けないまま、僅かな膠着の時が流れる。

 すると辺りに修羅達が群がり始めた。

 目的は二人の長。

 高い知能を有する稀羅の我者までも、『ディーヴァ』という強大な存在に挑もうとしている。

 勝算などは無い。勝ち負けへの打算すら忘れ、ただ惹かれているのだ、彼等は。


 強き魂の情念。

 それこそ修羅が、禍魂やマトリョーシカを襲う根源的な欲求の対象。

 真なる魂を持たぬ情念のみからなる不安定な存在『修羅』。

 彼等はその安定とより強い力を求め、今正に二人の長に襲い掛かろうとしていた。

 

 リリン。

 鈴の音色が辺りに響き渡る。

 いつの間にか高く跳躍している魔界のディーヴァ。

 それを追って、地上から爪牙や黒兎が飛び上がり、空中の角頭達も一斉に群がる。

 冥界のディーヴァへ襲いかかろうとしてる修羅達も光景の中に始めから多く存在していた。


 だがそれが突然、ある一瞬から、全ての修羅が冥界のディーヴァに〝だけ〟狙いを定める。

 それは圧巻だった。

 数百は下らない修羅の大群が全て、その標的を同時に変更したのだ。 


(いったい……何が……)


 この冗談みたいな景色に辺りが染まってまだ数秒も経っていない。

 愕然としたままの思考を何とか駆使し、想起する。


(そうじゃ……確か赤い帯……と、裸?)


 つい五秒前くらいの出来事。魔界のディーヴァが跳躍した瞬間、その身に纏っていた赤い着物が弾け、無数の帯となって広範囲に拡散した。

 その様はまるで赤い花火のようで、全裸になった魔界のディーヴァを中心として、全方位球型に直径約百五十メートルもの長距離を帯が埋め尽くした。

 圧倒的な質量と光景を生み出したそれはしかし、ものの二三秒で収束し、何事も無かったようにまた赤い着物の姿となって、赤いおかっぱ少女の柔肌を包み込んでしまう。

 その次の瞬間からだ、修羅達の挙動が大きく変化したのは。

 何が起こったのかを理解するのに費やす時間的思考のゆとりは微塵もない。

 事態は、想像よりも過酷なものだった。


 ただ全ての修羅から標的にされただけではない。

 攻撃する機会や他の修羅の動きを窺いながら自身の行動を決めていた一体一体の分かりやすかった動きが、テンポが、一斉に統率され、集団行動における乱れと迷いが完全に排除されてしまったのだ。 

 宛ら訓練を積んだ兵士に、計略的に取り囲まれた状況に相当し、しかもその数は膨大。


 これが修羅の真の恐ろしさなのか?

 それとも偶発的な、どうしようもない事態に遭遇してしまっただけなのか……。


 違う。

 周囲に満ちた殺気の種類は明らかに指揮、または煽動からなる統率的なもの。

 高い知性を持った個体が居たとしても、社会性を持たない彼等が独自にこのような統率力を発揮できるとは思えない。

 

 視界を埋め尽くすほどの修羅の中、それでも見失わない強い視線。

 魔界の長、その紅き瞳が真実を物語る。


「私が、君を倒す」と。


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