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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第三章『三界の長』
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第二十二幕「お姉ちゃん……」

暫くして、戦況は未だ変わらず大勢の修羅を駆除する芥、狩亜、狂間の三人と、馬車を守ることに重点を置いて戦う忌傘、寧々、未言、無火の四名がこの煉獄の間に集う唯一のマトリョーシカ達である。

 

 そもそも何故ディーヴァがこの煉獄の間に居ないのか、彼女さえ居ればこのような事態にも陥らなかっただろう。


 実はこの魔界ではつい最近、冥界と同じような事があったばかり。

 長い間、仲間として、或いは友や家族のように暮らしてたマトリョーシカ達が、ある日を境に突然人が変わったようになり、仲間を、友を、家族を傷つけ消息を絶つ、というもの。


 魔界では、より親密な関係を持った者と姉妹の契りを交わし、絆をより強くしようとする風習がある。

 裏切りを行った者の中には姉妹の片割れも少なくはなく、そこには魔界のディーヴァの妹、魅紅みくという少女もいた。


 一度は姿を消した魅紅だったが、再びこの魔界へ戻ってきたという話を聞き、居ても立っても居られなくなったディーヴァは煉獄の間を飛び出し、魔界中を駆け回った。

 しかしその留守を狙い澄ましたように修羅の大群が押し寄せたため、六角の通意によって呼び戻されるも、あまりに遠くまで探し回っていたため、中々帰ってこれないという状況だった。


「しかし、ディーヴァだけでも大穴が開くというのに、ディーヴァを探しに行ったくるるきょうまで戻らない。一体奴らは何処で何をやってる!」


「そういやぁ枢なら途中で見たな」


「何っ?」


「それが……プククっ、何か白服と黒服着た奴等に捕まってたぜ」


「捕まっていただとっ、笑っている場合か! 何故助けなかった!?」


「いや急いでたし、私あいつ嫌いなんだよ。ほら、我侭で生意気だろあいつ。あーゆー人の話をちゃんと聞かないタイプが一番嫌いなんだ」


(つまりご自分と同じタイプがお嫌いなんですね、お姉さま……)


 と心の中でツッコミを入れつつ、何かを察知した寧々が声を上げた。


「お姉さま! 来ます!」


 煉獄の間の入り口の方から、巨大な影がゆっくりと近づいてくる。


「マジかよ」


「くっ、よりによってこんな時にか!」


「アハっ! ……少しは面白くなりそう」


 それは極めて巨大な身体を持つ個体、『王羅おうら』と呼ばれるタイプの修羅だった。

 現れたのは屍鬼権化しきごんげという種で、体長は十メートルにもなる人型。

 片腕を持たない骨の化け物という風貌をしている。

 巨大な岩石の塊のような武器を手にしており、真直ぐ馬車の方へ向ってくる。


「死守しろ!」


 忌傘の号令で全員が身構え、迫り来る巨人を迎え撃とうとする。


「ちょっとタイミングが良すぎたかねぇ、あらよっと」


 ふと、巨人が動きを止めた。かと思えば、片足をくじいて膝を突いてしまった。


「なんだ?」


 巨人の脇からこちらへ向ってくる人影。

 その人影を追って、片膝を突いたまま武器を振り上げる巨人。

 その女性は、振り下ろされた巨大な岩の塊に見向きもせず、ただ黒髪を靡かせて指を弾いた。


爆現ばくげん爆虫はぜむし


 突如として大爆発が起き、屍鬼権化の持っていた武器を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 火の粉爆ぜ舞う中、女性は振り返り、ギラリとした剣呑な眼光を巨人に向けた。


「気安く触るんじゃないよ……」


 その手に黒い薙刀を出現させ、振り上げる。が、何故か戦意を無くしたように下ろしてしまった。


「どうやら、とっくにあたしの出番じゃなかったみたいだねぇ」


 見ると、片膝を突いた体勢の屍鬼権化の肩に、いつの間にか少女が一人佇んでいる。

 紅いおかっぱ、裾の短い真っ赤な振袖の着物。白い面を頭に斜めに掛け、静かに煉獄の間を見下ろしていた。


「…………!」


 屍鬼権化が少女の存在に気付き、無理やり立ち上がろうとする。

 咄嗟に前方へ飛んで肩から離脱し、空中でくるりと身をよじって自らが佇んでいた方へ向きを変える赤い髪の少女。

 巨人が向き合う形となったその少女を平手打ちしようと、武器を失い素手になった片手を振りかぶった。

 だがその掌が少女を捉えることは無かった。

 真横から迫る巨人の掌に、少女が何かを投げる動作をした瞬間、巨大なクナイが出現し、それを射抜いたからだった。


 正面に向き直り、今度は両手で何かを投げ放つ動作をする。

 するとまた同じように巨大なクナイが屍鬼権化の剥き出しの肋骨に二本突き刺さった。

 よろめく巨体。

 少女は地面へと軽やかに着地し、片手に赤い刀を出現させる。そして間髪を入れず駆け出した。


 カラン、と下駄が地面を蹴る度軽やかに鳴り響き、リリン、と腰元に結びつけられた二つの鈴が、揺れ動く度(みやび)な音色を奏でる。

 その動きは独特で、一歩一歩の間隔が非常に長く、まるで飛びながら駆けているかのよう。

 下駄にしても、地面は比較的柔らかい赤土であるのにも関わらず、カランと地面を蹴る度必ず軽やかに鳴り響くのだ。

 動きは流れるようでありながら、その速度は尋常でないほど速く、一瞬で屍鬼権化の足元へ潜ったかと思うと、今度はその身体を駆け上がり、一気に首元まで差し迫る。


 そしてその大木の幹の如き太さの頚椎を一刀両断した。


 崩れ落ちる巨大な頭蓋。

 少女はその上に軽やかに飛び乗ると、徐に斜めに被っていた白いお面を顔に装着する。

 すると、少女の臀部から突然白いフサフサの尻尾が生えた。

 深く息を吸い込む動作一瞬、お面の口の部分から、灼熱の炎が噴出した。


 炎は屍鬼権化の頭部を飲み込み、瞬く間に燃やし尽くしてしまった。


 ガラガラと頭蓋を無くした骨の身体が崩壊を始める。

 やがて骨の山が出来上がり、ようやく沈黙した。

 その残骸はあたかも墓標のように、この煉獄の間に死の象徴という光景を刻み付ける。

 それこそ、屍鬼権化が生まれ、帰る場所。


 屍鬼権化という修羅は、数多の修羅のむくろから生まれる。

 死から始まり死で終わる存在。

 敗北を喫して猶、己を戦場に刻み込むことで主張する。


 死者の無念を主張する。


「ディーヴァ!」


 忌傘が呼びかけると、紅いおかっぱの少女はお面を斜めに被り直して振り返る。


「…………」


 何も言いはしないが、何処か眼差しが「ただいま」とでも言っているかのように優しい目を向けている。


「お前さん! 探したんだよぉ!」


 と、突然後ろから抱きしめられる魔界のディーヴァ。

 強靭な腕力と豊満なバストにプレスされ、非常に苦しそうだが、無言で成すがままにされる。


 彼女は黒髪の女性こときょう

 ディーヴァとは姉妹の契りを結んでいるが、何故か姉でもなく妹でもない、夫婦という関係性を目指している。

 字としては婦婦になりそうだが、ディーヴァは普通の姉妹(自分が姉)だと思っている。

 それ故ディーヴァは今、「しょうがないなぁこの子はぁ」という保護者的感情でおもちゃにされている。


「…………」


 徐に抱きついた凶を引きずりながら歩き出すディーヴァ。その先には馬車があった。


「おやぁ、早速仕事かい。熱心だねぇ。あたしとの仲も、もっと熱を上げてくれると嬉しいんだけどねぇ……」


「…………」


 相も変わらず、何も言わないディーヴァだったが、それでも何かを汲み取って凶はディーヴァを解放する。


「……分かったよ。行っといで。雑魚の掃除はあたしがやっとくからさ」


 馬車へ向うディーヴァに背を向け、薙刀を強く握り締める凶。

 その表情は愛するものに背を任せられる喜びに満ちているかのような、熱を帯びた笑みが湛えられていた。




「おお、何か凄いとこに着いたにゃ」


 ザクロは感嘆の声を漏らす。

 魔界の中でも最大規模と言える広さを持つ、この煉獄の間。

 円形の広間の端は崖になっており、その崖の下は燃え盛る炎が常にぐるりと広間を囲んでいる。

 炎と共に、路を形作る紅い壁も広間と天井を覆い、完全に閉ざされた空間の中で数多の修羅がひしめき合っている。


「おいおい、調査どころじゃねぇぞこれ。どうなってんだ?」


「何……これ? いつの間にこんな風になっちゃってたの」


 煉獄の間の混沌とした様子に困惑を極める一行。


「おかしいなぁ。ここって魔界の最深部『煉獄の間』で間違いないはずなのに」


「ということは、ここに門が? はて、ただの広間に見えるが」


「お! 丁度いいタイミングだったみたい。門も開くよ!」


 と、クローディアは煉獄の間の中央部を指差した。

 そこには白い馬車があり、馬車の周囲で戦うマトリョーシカの姿と、その直ぐ側で祈るような仕草をしている紅いおかっぱの少女が佇んでいるのが見える。

 荷車に繋がれた二頭の黒い馬が突然消えたかと思うと、その周囲に変化が生じ始める。


 淡く儚い、紅い光が、円筒状に荷車を囲い、それが天井に向ってゆっくりと伸びていく。

 その紅い光に触れる修羅はことごとく弾かれ、最早荷車に近づけているのは紅いおかっぱの少女一人だけとなっていた。


 それまで、騒音が酷く聴き取れなかった音、いや声が、次第に冥界天界勢の耳にも届く。

 透き通った素朴な声。穏やかだが力強くもあるメロディー。

 物語調の詩が歌という世界を響かせる。


 成す意味は守護。


 司り、冠するその名は『トワイライトバラッド』。


 魔界の歌姫は、戦場にその美声を咲き誇らせるのだった。




          『あかあとつづりて紅跡こうせきふ』


            紅い紅い

            の葉の如く

            舞い落つ一片ひとひらこの手にかざ

            声枯らす

            色褪いろあせるまで


            独り行く

            欠片を探して幾千里

            足跡が朽ちて消えて

            それでもまだ留まることも無く


            訪れる幾夜は

            去り行く路数のはかりにもなりはしない

            磨り減る想いは

            この足を鈍く衰えさせていった


            時は声 千を歌い 万を綴る

            歩み 重ね 踏み越えながら

            永久とわをさすらう

            例え世界がその歩みを忘れ去ろうとも


            紅い紅い

            果実の如く

            熟れ落つ一片いっぺんこの目に映し

            胸焦がす

            土還つちかえるまで


            夢を見る

            果てなき路を幾星霜

            理想が遠く欠けて

            それでも未だ憧憬どうけいは強きまま


            訪れる戦慄は

            消えゆく大切な記憶の欠片にも劣り

            切り捨てる心は

            この力を狭く尖らせていった


            時は色 億をけ 兆をまばゆ

            集い 束ね 培いながら

            永久とわを紡ぎ出す

            例え世界がそれを望んでいなかったとしても


            紅い紅い

            血潮の如く

            欠け落つ一片ひとかたこの身に宿し

            頬濡らす

            朽ち果てるまで


            紅き花と咲き

            散りゆく……その時まで




 ようやく声を発した魔界のディーヴァの歌は、この煉獄の間に秘められた機構の引き金となり、ついに門が開く。


「天井が!」


 円筒状の紅い光の行く末。

 煉獄の間の天井、その中央に星型の文様が浮かび上がった。

 その星の中心に小さな穴が空いたかと思うと、そこから星型の五つある先端に向って小さなプレートがスライドし、穴が広がっていく。

 全てのプレートがスライドし終えた時、天井には大きな星型の穴が空く。それこそ、獄界へと続く唯一の門、『星蓋門せいがいもん』だった。


 星蓋門に導かれるように、或いはUFOのキャトルミューティレーションの標的になったかのように、禍魂を封じる白い荷車が重力を無視して、上へ上へゆっくりと昇っていく。


 荷車が門に近づき、吸い込まれる折、それと同時に周囲を囲んでいた紅い光もまた星蓋門に吸収され、消えてしまう。


 開いた時とは逆の手順で門が閉まっていく。

 それを魔界のディーヴァは何処か寂しげな、悲しげな表情を浮かべながら最後まで見上げ眺めていた。


「あれが魔界の門……」


「お姉ちゃん……」


 ふと、枢は呟いた。


「お姉ちゃん?」


 クローディアが覗き込むと、僅かに涙ぐんでいる枢。その様に首を傾げながら、視線を魔界のディーヴァに移す。


「……ああ、そういうこと。……ん? ひょっとしてこの展開はヤバイんじゃ……」


 そうなのだ。

 枢は凶同様、ディーヴァと姉妹の契りを交したマトリョーシカ。

 魔界勢から見た冥界天界勢をあえて辛辣に表現するなら、『魔界の長の妹を人質に攻め込んできた悪の集団』となってしまう。


 案の定、修羅の大群の中から不審人物達として忌傘の視線を釘付けにしてしまう一同。


(何だあの連中は……)


 見慣れない、しかし見覚えのある配色。


(白と……黒と……)


 極め付けが、白い鎖によって自由を奪われた哀れな枢の姿。その桃色いろ

 先程までのように元気に文句を言いながら暴れでもしていたら、少しは見え方も違っていたかもしれないが、魔界のディーヴァの歌を聞いてからというもの、妙に大人しくなってしまい、その瞳は涙で潤み、表情は深い憂いに沈んでいる。


 これでは、辛辣な表現もされようというものだ……。


「おい! そこの! 魔界の長の妹を人質に攻め込んできた悪の集団!」


「あちゃーっ! やっぱりこうなっちゃったかぁ。しかも一言一句違わないよぉ」


 忌傘の言葉で、魔界勢の全員が冥界天界勢に注目の視線を向けるのだった。


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