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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第三章『三界の長』
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第二十一幕(……乳豚)

 魔界の最奥、燃え盛る炎に囲まれた、広い円形の崖の上に門を守護する最後の砦、煉獄の間はあった。


 そこに今、何故か修羅が群れを成して押し寄せていた。

 彼らの目的は門を目指し、ここへ集う馬車。

 馬車の荷車の中には廃棄される予定の魂『禍魂まがたま』が封じられており、その禍魂から溢れ出る強い負の情念を求め、修羅は馬車を襲う。

 そのため修羅の脅威から馬車を守り抜き、無事獄界へと禍魂を送り届けるのが、魔界の住人に課せられた使命なのであった。


 その使命を果すにあたり、守護すべき場所は二通りある。

  一つは天界から荷車が送られてくる遷界ポイントのある場所。

 名は場所により異なるが、代表的なのは因果いんがの間。


 そしてもう一つは言わずもがな、煉獄の間である。


 通常、双方とも精鋭を配置し、修羅を寄せ付けないよう厳重な警備がなされている。煉獄の間に至っては魔界のディーヴァ自らがその役割を担い、過孤一匹近づけさせない聖域の如き場所と化している。

 常ならば。


 現在この煉獄の間に魔界の長の姿は無く、精鋭も僅かに五名。更には普段ではあり得ない規模で大勢の修羅達が押し寄せ、混乱を極めていた。


「倒しても倒してもキリがない! ディーヴァはまだなのぉ!」


 短めの黒髪をした魔界のマトリョーシカ狂間くるまは、襲い来る爪牙や黒兎と呼ばれる、腕の筋力が異常に発達した黒いウサギの姿をした修羅達を、両端が剣になっている朱色の武器、両剣で切り払いながら現状の打開を求め辺りを見回すが、希望の星である魔界のディーヴァの姿は何処にも見当たらない。


 そんな様子の狂間を頭上から捉え、今にも襲い掛からんとしている一匹の角頭。

 それが急降下を始めた瞬間、赤い一閃が貫き、撃ち落とされた。


「ディーヴァはまだ一時間は戻らない。それより、あなた隙があり過ぎよ」


 肩くらいまでの青い髪を揺らし、凛と弓を構える少女の名は狩亜かるあ

 弓の弦を引くと、その手に赤い矢が生まれ、離すことで射線上の修羅を次々に射っていく。


「だってこんなの、僕らだけで片付くわけないじゃん」


「だからといって私たちがやられたらこの煉獄の間はお終いよ。何が何でも、ディーヴァが戻るまで持ちこたえるのっ!」


 彼等は共に紅白の着物に身を包み、この煉獄の間の入り口付近で比較的小型の修羅を相手取って戦っていた。


 煉獄の間の中央付近では、更に強い修羅達を相手取って戦っている者たちが居た。


「……邪魔」


 玄権化の金槌を片手で受け止めた赤い鎧に身を包む女性が呟いた。


『顕現・掌火しょうか


 するとその片掌から突然炎が溢れ出し、一気に玄権化の全身に燃え広がると、ものの数秒で焼く尽くしてしまった。


 襲い来る大蛇の姿をした修羅、牙捉がそく

 正面から大口を開けて突っ込んでくる電柱のような太さと、体長三メートルの身体を持つ大型修羅、その鼻っ柱を、女性は赤い鎧に包まれた右拳で豪快に殴り飛ばした。

 巨体が宙を舞い、ズシーンと地面へ衝突したその直後、全身が炎に包まれ、玄権化同様消し炭となった。


「さあ、次はどいつだ?」


 辺りに群がる修羅達に睨みを利かせるのは魔界のマトリョーシカあくた

 彼女の出で立ちは契約している修羅、『覇道紅龍はどうぐりゅう』の象現形態のものであり、その力は魔界でも屈指の高い攻撃力を誇っていた。




「諦めろ……此度の戦、我等の勝利だ」


「フッ、稀羅きらのクセに、随分と楽観的な物言いだな」


 一体の言葉を話す人型の修羅と向き合うのは忌傘いがさというマトリョーシカの女性。

 黄緑色の長い髪で片目を隠すような髪型をしており、身を包んでいるのは袖のない深緑色の着物。

 動き易さのためか足元には膝上までの大胆なスリットが入っている。


 対しているのは修羅の中でも特別な部類に入る稀羅と呼ばれるタイプ。

 稀羅の特徴は高い知能にあり、人の言葉を自在に操ることが出来る。

 この稀羅の名は『我者がしゃ』。

 鎧武者のような風貌をしている稀羅の中では比較的多い種である。


「ぬかせ。増援が来るまで持ち堪えられる筈が無い」


「そう思いたければ勝手に思え!」


 我者目掛け、駆け出した忌傘。

 着物の下から繰り出した上段蹴り、その足には黒い足鎧あしよろいが装着されており、我者の側頭部を強烈に殴打する。

 しかし我者は怯みもせず、徐に腰の辺りに手を伸ばす。そこには鞘に収められた状態の日本刀が帯刀されており、居合い抜きのごとく抜刀した。


 鋭い横一閃を素早く身を引くことでぎりぎり回避する。

 我者が攻撃を空振りした隙を狙い、大きく踏み込む忌傘。再び上段蹴りを狙うように見せかけつつ、下段足払いを繰り出した。

 しかし我者はフェイントの動作を見抜き、上へ飛び上がる。

 刀を頭上で構え、足払いを空振りした忌傘へ切りかからんとその身体は落下を始める。

 ところが我者は違和感に気付いた。

 地面に半円を描くように滑らせていた足払いの動作が伸脚するような体勢で止まっており、そこから立ち上がって、蹴り上げの動作に移行する。

 最中その右足の黒い鎧が変化する。

 足の裏、踵から爪先、更にその先へと伸びる氷の刃を瞬時に作り出したのだ。


冷燐刀れいりんとう


「馬鹿なっ!」


 蹴り上げる動作により、氷の刃が我者の身体を縦に切り裂いた。


「所詮は修羅、手応えがない」


 我者を両断した直後、冷燐刀は砕け散り、辺りに氷の破片が舞い散る。

 冷たく吐き捨てた忌傘は、我者の亡骸に背を向け、次なる戦いへと赴くのだった。




「右を見ても、左を見ても、雑魚ばっかり……本当、退屈だわ……」


 白いツインシニヨンが印象的なマトリョーシカ未言みこと

 サイドの長い薄紫色の髪で、袖の無いスリットの入った藤色の着物を着ている。


 複数の修羅と対峙しているが、武器らしいものは一切持っていない、にも関わらず余裕の立ち居振る舞いを見せている。

 そんな彼女に爪牙三体と牙捉一体が襲い掛かる。それに対し、彼女の取った行動は可笑しなものだった。

 右手を軽く払う、平手打ちのような動作を、修羅達が近づききる前に行っている。

 つまりは完全な空振りである。

 その動作が挑発か何かかと思われた矢先、突然駆けていた修羅達が吹き飛んだ。まるで見えない何かに衝突されたかのように、激しく強烈に飛び散る。

 吹き飛ばされた修羅達は相当なダメージを負ったらしく、地面に倒れて起き上がれなくなってしまった。


 それを見た未言が破顔する。

 邪まな欲求を携えし瞳に映るは弱った四体の修羅達。

 スッと、掌を下に向け差し出した右手。

 すると、倒れていた一体の爪牙の身体が突然、衝撃音を発して何かに押し潰される。

 嬉々として右手を振るうと、その動作の先で同じことが繰り返され、四体の修羅がみるみる無惨な姿へと変貌させられる。


「アハッ! アハハハハハ! アハ……ハハ……はぁ。……つまらない。もう飽きたわ」


 右手を下ろし、惨状を茫然自失という様子で眺める。

 そして未言の不可解な攻撃に警戒している周囲の修羅達に視線を向けた。


「ねぇ、私をもっと楽しませなさいよ……つまらない……ツマラナイのよ!」


 退屈を満たすため、鬱憤を晴らすため、いたぶるように、弄ぶように未言は修羅を殺し続けるのだった。




「……え……かぁ……ちら……です……」


 ノイズ交じりの声が煉獄の間に響く。

 それを聞いた魔界のマトリョーシカ達は一斉に、ある修羅を召喚する。


「我契約を履行せん『繋現けいげん六角ろっかく』」


 それぞれの傍らに現れたのは二十センチくらいの黒い蜂のような姿をした修羅だった。

 この六角には顕現・通意つういという顕現力が備わっており、契約者の思念を他の契約者へ伝播させることで、近くに居ない者同士でも会話が出来るという優れた能力を持っている。


「聞こえますかぁ、こちら寧々《ねね》ですぅ」


 六角を通し、聞こえてきたのは舌足らずな少女の声だった。

 その呼びかけに忌傘が応答する。


「聞こえている。何かあったのか?」


「はいぃ。実は私たち、今そちらに向っていて、もう少しで着きそうなんですぅ」


「何……? 今煉獄の間がどういう状況か、知っていて言ってるのか?」


「え? あぁ、ええっと……私は良く分からないですけどぉ、お姉さまがぁ……」


 そこで声が代わる。


「知ってるさ。だから急ぎでそっちに向ってるって言ってんだ」


 先程の少女とは違い、やや乱暴な口調の女性の声。


「おい待て、確かお前等は今日、禍魂の護衛だったはずだ」


「おう。馬車ごと行く!」


「ふざけるな! 今来られてもディーヴァは居ない。みすみす禍魂を奪われるのがオチだ!」


「人手不足で修羅が溢れちまってる時に、んなことでうじうじと隠れちゃいらんねぇよ。ようは奪われないよう全部の修羅をぶっとばしゃあいいだけの話だ」


「またお前はそうやって勝手を……」


「とにかく行くと言ったら行く! いいから待ってろ!」


 そう言い放ち、六角による通意状態を切ってしまう。


「ええい! 人の言うことを聞かない奴だ!」




「おらおらおらおらぁ!」


 路の方から、猛然と煉獄の間へ侵入してくる者。

 二頭の馬と、それらが引いている荷車。

 その周囲には二人のマトリョーシカが追走しており、煉獄の間の中央へ向いながら纏わり付いて来る修羅達を倒していく。


 乱暴な口調の女性こと無火むび

 長い橙色の髪に、黒い裾の短い着物を纏う。

 振り回しているのは大剣の形をした武器、戦現・岩虎いわとら

 顕現力を持たない、岩土で出来た頑強な肉体で襲い来る攻撃的な虎の姿をした修羅で、その戦現形態もまた、切れ味より刀身の大きさや頑丈さが取り得のものである。


 舌足らずな少女こと寧々《ねね》。

 後ろ手に束ねた黒の三つ編みお下げが特徴的で、裾の短い空色水玉模様の着物を纏っている。

 あどけない容姿とは裏腹に、少女と形容するのが躊躇われるような極めて女性的で豊満な身体つきをしている。

 彼女が使っているのは飛惨華ひさんかという、花びらに刃を持つ植物型の修羅の戦現形態で、赤いクナイのような形をしている。

 独特のおっとりとした話し方からは想像も出来ない、機敏な動きと正確な狙いで次々に修羅を倒していく。

 馬車の左右を同じ速度で駆けながら護衛しつつ、煉獄の間の中央部に差し掛かった辺りで二人は荷車を引いている、二頭の馬にそれぞれ目配せのような合図を送る。

 その直後、二人ともが高く飛び上がる。

 二頭の馬はそれを確認し、ブレーキを掛けた。

 最中、身体を横に反らし、車輪をドリフトさせ赤土を巻き上げながら強引に荷車を一回転と九十度、回転させた。

 それが周囲の修羅を蹴散らす薙ぎ払いの役割を果たし、一気に十体程を巻き込んで停止する。

 横向きになった荷車の前に無火と寧々は華麗に着地し、武器を構え、死守の構えを取った。


 辺りに群がってくる修羅達。

 四方八方を、大小様々な修羅が囲む。

 目の前に最大の標的である禍魂を積んだ馬車があるこの状況で、欲望と野生の塊である修羅達が何もせず傍観しているはずも無く、無火たち居る方とは逆の馬車の側面側から、雪崩れ込むように襲い掛かってくる。

 危機的状況に無火は高く飛び上がった。

 その高さは五メートル程だろうか。

 人間を超越した存在であるマトリョーシカと言えど、その身体能力はあまりにも破格のものだった。

 良く見ると、無火の身体が緋色のオーラに包まれている。

 それは、紅緋という魔界流独自の概念によるものだった。


 術者の魂を削り生み出される紅いエネルギー『紅緋くび』。

 これは禍魂から溢れる強い負の情念と同等の強力なエネルギーで、修羅にはその存在の安定と強化をもたらし、術者当人である魔界のマトリョーシカには身体能力の飛躍的活性をもたらす。


 紅緋を体外へ表出させ、身に纏うことで発現されるのが『緋霧衣ひむい』。


 契約を交わすため、または契約している修羅に力を与えるため、ベクターと呼ばれる紐状の、やはり術者の魂から生成される物体から紅緋を注ぎ込むことを『紅緋渡くびと』という。


 前者の緋霧衣によって尋常ならざる跳躍力を見せた無火は、中空で馬車を見下ろし、唱えた。


「我契約を履行せん。『象現・求道猴魔きゅうどうこうま』」


 暗い闇が翳るように無火の身体を覆ったかと思えば、ものの数秒で変わり果てたその姿を現す。

 黒い仮面に、黒い鎧。マントを羽織るその姿は異様で禍々しさに満ちる。


 一瞬で変身を遂げた無火は、先んじて馬車を襲いに掛かった側面側の修羅達へ向け、岩虎の大剣を投げ放つ。

 その柄には無火の身体から伸びる鎖が連結しており、戦現形態を維持する役割を果たしている。

 投げ放った大剣に向け、掌を翳すと、それが変異を始めた。

『顕現・超化ちょうか


 みるみる内に大剣が巨大化し、天界のディーヴァのディヴァインテーゼの半分くらいの大きさとなり、大量の修羅をその巨大な切っ先で押し潰してしまった。


 ズドーンと地鳴りを発生させるその一撃だったが、その間にも修羅達は怯むことなく馬車を襲ってくる。


 寧々が身構えるもう一方の側面側、十体程の修羅がひしめき合いながら壁の如く迫ってくる。

 両手の指の間全てに赤いクナイ、戦現・飛惨華を召喚し、計八本となったそれを華麗に投げ放つ。

 無闇にバラ撒くのではなく、確実に仕留められる数、爪牙二体に的を絞り、正確な狙いでそれぞれの顔面へ四本ずつヒットさせ、二体とも目算通りに仕留めた。


 しかし当然のことながら残りは八体、依然こちらに駆けて来ている。

 そこで寧々の取った行動は万歳。バンザイポーズである。

 その挙動に呼応したように、倒れている二体の爪牙の顔面から、八本のクナイが抜け、寧々の元へ戻っていく。

 からくりは寧々の有する、ピアノ線のような極めて細い糸状のベクターにある。

 全てのクナイの柄部分にはこの糸が結びついており、それを駆使して寧々はクナイを回収しているのだった。


 宙で八本の弧を描いて戻ってくるクナイを、華麗にキャッチし、再び前方の修羅達を見据える。

 先行していた爪牙二体に比べ、残っている修羅達は足が遅い。


 玄権化三体、牙捉三体、我者二体の計八体は、素早さで劣る分、どの修羅も打たれ強さと高い攻撃力をその身に宿している。

 一つ一つが殺傷能力の低い飛惨華では、少々頼りないように思えた。


「それなら!」


 徐に寧々は頭上へ全てのクナイを放り投げる。

 そして新たに八本のクナイを召喚すると、どうしてなのかそれも投げてしまう。

 最後に二回目バンザイポーズ。刃の雨で自ら自害でもするのかと思いきや、空中で不自然に纏まり始めた計十六本のクナイは、落ちてくる頃には二本になっていた。


編変へんへんむち


 それはベクターを八本のクナイに複雑に絡め、伸縮する剣、鞭剣べんけんに変えてしまう彼女独自の技法によるものだった。


「えいっ!」


 バンザイポーズから一気に両手の鞭剣を振り下ろす。

 そこから寧々の猛攻が始まった。

 絶えず両腕を豪快に振り回すことで、左右の鞭剣が辺りのありとあらゆる物を刻み、削り、叩く。

 数秒もしない内に一体、また一体と倒されていく修羅達。

 しかし、同時に寧々の体力もあっという間に虫の息に陥ってしまう。


「はぁはぁ、も、もうダメですぅ……」


 入り乱れ、斬撃の嵐のように猛威を振るっていた二本の鞭剣は、約十秒後に二本ともだらしなく地面に横たわってしまった。


 伸縮運動そのものを、意思に連動させられるベクターを機軸として機能させていたため、疲労し、集中力を欠いた状態に陥ってしまった寧々の影響を受けて、剣の姿に戻ることすら儘ならなかった。


「い、いけましぇん……こんなんじゃ、またお姉さまに叱られちゃいますぅ」


 息が上がったまま、視線だけでも上げて現状の把握を試みる。

 まだ四体もの修羅が残っており、ダメージはあるものの、直ぐ側まで距離を詰めつつあった。

 まだ敵を倒しきれていない、そう認識するや、奮起しようと緋霧衣を発動。

 全身が赤いオーラに包まれ、緋色に輝き出す双眸。

 再び鞭剣を構えた寧々。


 残りは玄権化一体と牙捉一体、そして我者は変わらず二体。

 同じ手では恐らく倒しきることは出来ない。

 となれば戦法を変える必要があるが、果たしてそううまくいくかどうか。

寧々が懸命に逡巡を重ねる中、馬車の前後にも加勢が加わる。


 馬車の前方には忌傘が駆けつけ、寄って集ろうとする修羅達を華麗な足技で蹴散らしながら、馬車の前に仁王立ちした。

 後方には未言がゆっくり駆けつけ、手を何度か払う動作の先で次々に修羅を吹き飛ばす。面倒くさそうに、荷車の後部に寄りかかり、近づく修羅達へ睨みを利かせた。

 無火はその荷車の上に着地。いつの間にか元通りの大きさにまで縮んだ岩虎を回収し、状況を確認する。


 依然として煉獄の間は修羅達に満ちているが、芥と狩亜と狂間の活躍によりその全てが馬車に集中することは無く、駆けつけた援護もあって馬車の周囲五メートル以内にはもう寧々の対峙している四体しか残っていない。

 手を貸しても馬車の守護は容易だったが、敢えて見守りたいと考える無火と忌傘、そして別段助けたいとも思わない未言。


(やっちまえ、寧々)


(よし、やれ)


(……乳豚)


 寧々の長考を待つわけも無く、接近し攻撃を仕掛けてくる玄権化と牙捉。

 先程の猛攻に耐えたこれらの固体は、同じ玄権化と牙捉でも倒すことの出来た固体とは別格であると予想される。

 見た目が同じであるから中身も同じだと決め付けるのは、あくまでもそれを外から見る者の主観に過ぎない。

 修羅は同じ種でも人と同じように、マトリョーシカと同じように十人十色なのだ。

 故に寧々は攻め方を変える必要があると判断した。

 範囲攻撃で倒すことの出来ない相手は、確実に高威力の技で仕留める他にはない。という簡単な結論をやや時間をかけてから、それでもちゃんと思い至った寧々はようやく実行に移した。


 まず高く飛び、足元に食らいつこうとする牙捉と、頭を殴り飛ばそうとする玄権化の同時攻撃を躱し、その際それぞれの胴部に鞭化した鞭剣を巻き付けておき、攻撃を躱しきった所で二体を自分の居る高さまで一気に引き寄せた。


 常人ならぬ、常マトリョーシカには不可能な跳躍力と腕力の発揮は、全身に纏わりついた紅緋の恩恵によるもの。


 二体を鞭で拘束したまま、新たな飛惨華五体分、計四十本という大量のクナイを周囲に召喚し、再び彼女独自の技法により、それらを変形させた。


『編変・はね


 ニ十本のクナイからなる赤い鳥の翼のようなものが二枚、寧々の背中に生えた。

 それは飛行能力こそ持たないが、一枚が鞭剣の二倍と半分の数のクナイで構築されているため、翼の先端は大剣のような重厚さのある剣の切っ先そのもの。

 その二枚の剣で、玄権化と牙捉の胴体を一気に貫いた。

 これで残るは地上に居る我者二体。


 次なる攻撃を繰り出すため、串刺しにした玄権化と牙捉を放り出し、翼と鞭剣を全て一本ずつのクナイに分解した。

 宙に舞うクナイは合計五十六本。

 そのまま刃を落下させ急襲する方法もあるが、それではダメだと判断したのだろう。

 二十八本ずつを球状に纏め、それを落下させることを考えた。


『編変・まり


 クナイの切っ先を外側へと向ける、本数的に密度を薄めに調整した、ちょうど海栗うにのような物体が二つ出来上がる。

 落下しつつ、ベクターでその鞠を引き寄せ、狙った地点へと誘った。

 二つの鞠、というか刃の塊は、重力に引かれるまま我者二体へ降り注ぐ。

 刀で防御しようとする我者と、走って逃げようとする我者。

 ベクターの牽引により加速し、正確にコントロールされた軌道を落下する二つの鞠に、それぞれの努力も虚しく二体とも押し潰されてしまった。


 スタっと軽やかに寧々は着地し、ふう、と胸に手を当て安堵の吐息を漏らすと、その動作で緋霧衣が解除される。


「一先ずはこのままディーヴァを待つ。全員、なんとしても馬車を守りぬけ」


 寧々の活躍を見守っていた忌傘が、その勝利を見届けると同時に呼びかける。

 寧々と無火は黙して頷き、一人未言は退屈そうに欠伸をしていた。



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