第二十幕「ツンデレは一日にしてならず。基本ですよ」
「はぁ!」
所変わって再び冥界天界勢一行。
路で遭遇した修羅と交戦中であった。
冥界のディーヴァは黒き浄化の力『アタラクシア』の凝負練刃により、具現化した漆黒の長刀を携え、横薙ぎに振るうことでそれを両断しようとした。
しかし、あるもので受け止められてしまう。
「っく!」
ディーヴァの一撃を受け止めたのは黒い大きな金槌だった。
それを操り、冥界のディーヴァと戦っているのは『玄権化』という名の種。
二メートル近い人型で、全身が黒く片腕を持たない。
人で例えるなら巨漢の大男と言うべき肉体をしているが、生憎と顔は無く、知性も欠如しているようで、ただひたすらに金槌で襲ってくる。
「ええい! 鬱陶しい!」
受け止められた長刀を放し、一息でその懐に潜り込む。
右手に黒纏を宿し、下方から飛び上がるようにして玄権化の顔面に拳を叩き込む。
まるでスイカでも叩き割るかのように玄権化の頭部を粉砕、これを撃破した。
ところが、たった今倒したばかりの玄権化がまたも冥界のディーヴァの前に立ちはだかる。
「やれやれキリがない……この程度では修行にもならんというのに……」
「これが修行なんて高尚なもののはずはありませんよ。単なる汚れ仕事です」
冥界のディーヴァの後方でトキとザクロも同じく修羅と交戦している。
トキの周囲を『爪牙』という黒い狼の姿をした修羅が五体ほど囲んでおり、ザクロの頭上には『角頭』という角のある大きな鳥の姿をしたものが同じく五体ほど飛び交い攻撃の機を伺っている。
トキは投げやりに愚痴を零しながらも二本の短剣を凝負し、戦闘態勢を取る。
その作業に反応し、爪牙達が襲い掛かって来た。
前方から二体が接近、一秒遅れ後方から一体、更に二秒秒遅れ左右から一体ずつ迫る。
一歩踏み込み、腕を交差させた状態から一気に開く動作で前方二体の頭部を引き裂き、前のめりの体勢を取ると、開いた両足の隙間から両手の短剣を投げ放ち、後方の爪牙の顔面に命中させる。
最後に片手で逆さまに立ち、身体を百八十度旋回、黒纏を纏った両足による蹴り技で二体の爪牙を吹き飛ばした。
相変わらずの身のこなしと攻撃の正確さ。
彼女が冥界で侍女マトリョーシカと呼ばれる実力者であることは、少なくとも戦闘においては揺るぎのないものだった。
「ワガハイも負けてられんにゃ」
トキの戦いぶりに触発され奮起したザクロは、頭上を飛び交う角頭達を仕留めるため武器を用意する。
凝負練刃によって具現化したものは、両手両足に生やした刃、鉤爪のようなものだった。
それを凝負するや否や、勢い良く駆け出したザクロは、何故か紅い壁を目指す。
「にゃあ!」
そして掛け声と共に勢い良く、垂直の壁を駆け上がり始めた。
五メートルほど上がったところで壁を強く蹴り斜めに跳躍。
弾丸のように迫るザクロを、角頭は宙で身を翻してヒョイと躱すが、直後その身体が六等分に引き裂かれ、地面に落下する。
跳躍したザクロの勢いは止まらず、反対側の壁に着地すると同時にまた跳躍し、再び角頭を一体引き裂いて倒す。
身軽この上ないザクロの動きに、残った三体の角頭は急降下で逃げようとする。
「逃がさんにゃ」
と、壁に着地した姿勢から忽然と姿を消すザクロ。
次の瞬間に遥か下方の壁を駆け下りている姿が現れる。
彼女は、翼無しで絶影を使うことが出来た。
正確には焦翼を展開出来ない代わりに、絶影や速力上昇の恩恵を練刃の鉤爪で得ている。
この鉤爪は両手のものと両足のものとでそれぞれ役割が違っており、両足のものは練刃でありながら攻撃力を犠牲にし、速度上昇のために凝負させているのである。
ただし、絶影の発動によって具現化していた凝負練刃が消耗されてしまうのは同じで、今ザクロは武器を持たない状態となっている。
そのまま壁を駆け下りながら片手に黒き浄化の力を宿すザクロ。
それは練刃でもなければ黒纏でもない、斬空が為の黒き灯火。
下降する角頭三体を横から直線状に捉え、そこに向って一気に黒き浄化の力を放った。
『斬空・漆掻』
五本の黒い斬撃は、角頭の身体を引き裂きながら反対側の壁まで飛び、三体とも一瞬でバラバラにしてしまった。
この攻撃の特質すべき所は、そもそも斬空は練刃から派生する奥義であるため、武器無しでは放つことは出来ないのだが、ザクロの武器が鉤爪であるがためか、自身の爪を媒体として発動することが出来た。
一見、出オチのギャグキャラのような彼女だが、そのポテンシャルは常識にとらわれない意外性と、猫のような俊敏さに誰より優れるものだった。
「っよ。片付いたにゃ!」
高い所から飛び降りた猫のように、四足で地面に着地して、最後に何故かバンザイポーズで立ち上がった。
「これ、あまり大技を雑魚相手に使うでない。昔から肝心な所でバテるのがヌシの悪い癖……と何度注意したかわからんな……」
ザクロを叱りつつ、ディーヴァの足元にはいつの間にか十体以上の玄権化の亡骸が転がっている。
「にゃにゃ! 怒られた上に惨敗したにゃあ」
「ワシに勝とうなど一万年早い! ……ところで、天界の奴等はどうした? 何やら姿が見え……」
オルガとクローディアが戦闘に参加していないようだったので、その姿を探し辺りに目を配ってみると、
「……寝ていますね」
「寝てるにゃ」
「寝とるなぁ……」
あまりのことに見たままの情景を声に出さざるを得ない冥界勢。
しばらく呆れ顔でそれを見ていると、視線に気付いたのかオルガが目を開ける。
「まあ待てよ、確かに俺は仰向けに寝ているかもしれねぇが、クローディアはうつ伏せに倒れているんだぜ?」
と、寝転がったままオルガが良く分からない説明を述べる。
見ると確かにオルガとクローディアでは、同じ横たわっているのでも少々趣きが異なっているようだ。
「なんじゃ、もしかしてやられたのか?」
そんな簡単に倒される天界勢でないことは分かっているのだが、状況が状況なだけに問うてみるディーヴァ。
「いや死んだフリ。やり過ごせるかと思って」
すると顔面を地面に埋めたままそんなことを言うクローディア。
喋りずらそうだトイウカもう起き上がってもいいのではないか、そもそも何故死んだフリ? 意味が分からないという表情で冥界勢が見ていると、
「まぁ俺はかったるいから寝転がっているだけだが」
「働けっ!」
「……まったく、ヌシらが協力を求めてきたからワシらは戦っておるんじゃぞ。 次やったらヌシらのこと、トキと同等の存在と見なすからの」
「マジかよっ! っち、しょうがねぇな……」
「そうだねぇ、こればっかりはねぇ」
「おーやー可笑しいですね〜、何故この流れで私がディスられる?」
「日ごろの行いにゃ……にゃ? にゃんか広い所に出たみたいだにゃ」
それまで赤い壁に挟まれた路をひたすら進んでいた一行。
道幅は五メートルから八メートル程度で、時折分岐点では広間のような場所もあったが、今回はそれとは違い、遥かに広大な空間が広がっている。
「もしやここが煉獄の間?」
「いーやー、ディスルートはもっとずっと先に見えるから、多分違うよ」
干渉器を手にするクローディアの先導でその空間を進んでいると、次第に辺りの様相がこれまでの路とは明らかに違うものになっていくことに気付く。
そして遠くからでは壁のように見えていたものの正体が見えてきた。
「あれは……竹……ですかね。何故こんなに……」
一行の目の前に立ちはだかった光景は、広大な広間を埋め尽くすほどの竹林であった。
「ここ……入るのかにゃ? 避けてった方がいいようにゃ……」
「うーん、迂回出来るかも知れないけど、真直ぐ行った方が早いよ?」
「何ビビッてんだよ。引き返すのなんかめんどくせぇだけだろうが」
と、一人ずんずんと竹林の中へ入っていくオルガ。
それを見て、後に続くクローディアと冥界のディーヴァ。
「まあ進んでみなければ何が在るかなど分からんじゃろ」
長が行くと決めた以上、付き従うのがマトリョーシカだと、残りの二人も後に続いた。
暫く竹林の中を進んでいると、また開けた空間が見えてきた。
竹林に囲まれたその空間はこの魔界には似つかわしくない、和風の庭園のような空間だった。
地面には赤土ではなく白い砂利石が敷き詰められており、通り道と思われるラインには敷石まで敷いてある。
その通り道の脇には小さな池や松の木のようなものなどもあり、極めつけには座敷小屋と思われる和風の建物まで立っている。
「おおぅ! これは! プロの仕業だにゃ! たったみ〜!」
座敷小屋目掛け走り出すザクロ。辿り着くなり襖をパンと開け放って、中へと飛び込んでいった。
「しかし驚いたのぉ。こんな場所がこの魔界にあるとは」
「ディーヴァ、恐らくは魔界の住人の趣味か何かだとは思いますが、あまり油断しない方が……」
トキが忠告をしようとした矢先、ドカっという打撃音と共にザクロが座敷小屋から飛び出してきた。
自分から出てきたのではない、何者かによって叩き出されたようだ。
あまりダメージは無いらしく、猫のように空中で受身を取って軽やかに着地する。
「にゃにが起こった!?」
座敷小屋の中に向って身構えるザクロ。すると、その中から一人の少女が出てくる。
「もー、何よぉ。人が折角気持ちよく寝てたのに……」
眠たそうに瞼を擦りながら、判然としない視界で辺りを見回す少女。
「んー? 誰よあんた達」
天界と冥界の住人達の姿を捉えた途端、眉根を寄せ不機嫌そうに一行を睨みつけた。
彼女は魔界のマトリョーシカ枢。
桃色のツインテールが印象深く、身に纏っているのは裾の短い桜色をした振袖の着物。
ここ、情緒の間では冥界における千迎樹のように、マトリョーシカがその疲れを癒すための空間で、周囲の竹林は隠蔽と修羅避けの役割を担うものだった。
「ワシらは冥界と天界の者じゃ。実は……」
長として交渉役を買って出ようとしたのだが、枢はまるで話しを聞いておらず、怪訝な表情で、一行を見やるばかり。そしてみるみるその表情が強張っていく。
「白……と、黒……あ、あんた達は……!」
突然殺気立つ桃色髪の少女。徐に腕組みのような姿勢を取る。
「我契約を履行せん……『戦現・殺神楽』!」
意味深な文言の直後、隠し持っていたのか、両袖の下からスッと二本の物体を取り出す。
華麗に広げられて初めて、その正体が緋色の扇であったことが分かった。
閉じている状態の長さが五十センチ、全開に開いている状態の最も広い部分の幅が八十センチというやや大きめの扇を、舞いでも踊りだしそうな優雅なポーズで構えた。
「性懲りもなくまた現れたわね! 今度こそブチのめす!」
「おい待て! 一体なんの……」
制止する声など耳にも入っていないようで、二枚の扇を後ろへ向けて払う動作その直後、凄まじい突風が発生し、枢の身体を吹き飛ばす。そうやって冥界のディーヴァの元まで一気に吹き飛んできた。
「死ねぇ!」
緋色の扇の一方を振りかぶり、着地と同時にそれを袈裟薙ぎに振るった。
あたかも刀で切りつけるかのような動作に、冥界のディーヴァは咄嗟に飛び退いて躱す。
それを追って一歩踏み込み、今度は扇本来の、横へ大きく扇ぐ動作で突風を発生させ、ディーヴァを吹き飛ばした。
それを見てトキとザクロが凝負練刃を発動。
それぞれ鉤爪と短剣を具現化し、枢へと駆け寄る。この時点では敵かどうか判然としないが、ディーヴァが攻撃されてはマトリョーシカとして黙って見ているわけにもいかない。
内心、複数人で一人の少女を囲むような真似は気が咎めるのだが、彼女が異様な興奮状態にあるため、話しを聞くためにも落ち着かせる必要があるだろうと判断した。
位置関係としては、ザクロが座敷小屋を出て直ぐのやや離れた位置に居る以外は、枢とトキが正面で向かい合っており、後者の両脇にクローディアとオルガが控えている形だ。
(どうやら何か勘違いをなされているようですね。腕か足……どちらかを封じられれば……)
扇を大きく払おうとしている枢の足元へ、トキがスライディングで滑り込む。
「っと!?」
攻撃の途中で足元を崩され、前のめりに体勢を傾ける枢。
「今ですザクロ!」
促すトキの狙いは捕縛だったが、
「うにゃぁ!」
助走に乗せ、ネコミミ少女が繰り出したのは豪快な飛び蹴りだった。
その攻撃が捉えたのは桜色の着物に包まれし臀部。
前のめりの姿勢のまま吹っ飛ばされた枢は、顔面から地面にダイブした。
「ぶひゃ!」
「にゃはは! さっきのお返しだにゃ!」
ふんぞり返って高笑いするザクロを呆れ顔で一同が見ていると、桃色髪の少女がゆっくりと身を起こした。
「殺神楽、象現召に切り替えるから……」
扇に語りかけるように顔を近づけ、不意にフラメンコのような動きで二枚の扇を素早く扱い出した。
扇で自分の身体を隠すように、或いは撫でるように、扇が舞い動く度、足が腕が、身に纏う着物が形と色を変化させていく。
最後に顔を隠し、スッと扇を外すと、枢の顔には赤い仮面が装着されていた。
『緋景色』
赤いドレスのようになった衣を靡かせクルクル舞い回る。
両手から緋色の扇を投げ放つと、二枚共が追従し、周囲を旋回する。
更に何処から取り出したのか、新たに二枚扇を取り出し投げ放った。そして枢の周囲を縦横無尽に飛び回る四枚の扇が、あらゆる物を切り刻み始める。
驚異的な範囲攻撃に一同は彼女から大きく飛び退いて距離を取った。
「ここからは僕が行こう」
「何?」
徐に前へ出たクローディアは、自分一人にこの少女を任せろという。
「僕なら、魔界の固有能力、紅き契約の力『テスタメント』に理解があるからね。それに、このまま皆で彼女を追い詰めるようなことをすると取り返しがつかなくなる」
そう言ってクローディアはマトリックスにより白き大槌を形成し、ゼネラルを展開した。
「そうか……じゃが、あまり手こずるようならやはり全員で取り押えにかかるぞ」
「おっけぇ。んじゃまあそういうこでぇ」
短く手を振り、枢の方へ歩き出すクローディア。黙してその背中を見送る一同。何か考えがあるのか彼女はウケケと笑みを湛えながら呟く。
「テスタメントは修羅と契約を結び、そのものを武器として戦う力。代償は紅緋というテスタメントを持つ者だけが有する、魂を削って作り出す紅いエナジーを供給し続けること。つまり戦闘を行えば行うほど、彼女達の魂は痩せ細っていく。回復する手段はなるべくテスタメントを使わないでいること。今の彼女は己が身を顧みずに力を使ってる。早く、止めさせてあげないとね」
言い終えると同時に駆け出すクローディア。接近を感知し、四枚の扇が襲い掛かってくる。
「修羅の中には特別な能力を持った個体がいる。『顕現力』と呼ばれるその能力は、修羅を生み出した元となる強い負の情念、強い思いが、力として顕現したもの。例えばそう、この空飛ぶ扇なんかもその類」
クローディアの言うとおり、枢は自身が契約している修羅『殺神楽』の能力『顕現・旋舞扇』という顕現力を行使して戦っている。
四枚の扇の四つの軌道をあらかじめゼネラルで完全に見切り、回避の動作に移行するクローディア。
地を這うような低空飛行する扇は最小限の跳躍で飛び越え、その隙を叩こうとやや高い位置を飛んでくる扇は、素早く着地すると同時に屈んで躱す。
最後に飛んできた足元と頭部を同時に狙う二枚の扇の間を、火の輪くぐりでもするように頭から飛び込み、華麗にすり抜け着地した。
こと回避において体技を超越したその動きは健在。
更にフォトンが収束し、足元に正方形の床を形成したかと思うと、それが突然起き上がり、クローディアの身体を人間大砲の如く打ち出した。一気に枢の元まで飛び、大きく槌を振りかぶる。
枢は反応できずにその一撃をまともに食らい、吹き飛ばされてしまう。
地面へ叩き付けられ、転がっていく最中、紅い仮面が外れ、身に纏っていたドレスが元の着物に戻り、飛んでいた四枚の扇は消えてしまった。
何とか力を振り絞り、身を起こそうとする枢。その瞳は驚愕に揺れていた。
(こいつ、象現召を解除した!)
「修羅と契約する力……聞こえはいいけど、結局は修羅という存在自体、それを操作するというプロセスそのものがひどく不安定なものだ。だからちょっとしたことで契約履行状態は解除されてしまう。武器の形に修羅を変形させ使役する戦現召なら、武器と契約者が分断された時点で解除だし、修羅の姿を象り顕現力をより強く行使する象現召なら、象っている鎧衣や装飾品を破壊するだけでいい。ちなみに今のは胸についてた小さな飾りを壊しただけ」
「くっ……」
テスタメントの特徴や弱点を言い当てられ、悔しさを滲ませる枢。
「まあまあ。そもそも僕らは君と戦うつもりは無いんだ。あと、回復する方法あるかい? あるなら使っていいよ。その間僕らは何もしないからぁ」
「嘘よっ!」
突き立てるような語調に、クローディアは大槌とゼネラルをフォトンへと変え、ついでにそのフォトンで白い音符のようなマークを宙に描く。
両手を広げニッコリと笑い、敵意が無いことをアピールする。
「まとりっくすとやら、あのようなことも出来るのか」
「まあ原型を司る力、だからな」
クローディアが彼女を任せてくれと言い出した時はどうなることかと思ったが、温和な口調と少しの気だるさ成分が、興奮状態にあった枢の精神を和らげた。
『環現・夢咲夜』
開いた状態の赤い和傘がフワリと落ちてくる。
女の子座りでそれを手に取り、ゆっくりと目を閉じる。
するとその和傘から紅い雪のようなものが枢に降り注ぎ、痛みや力の消耗を癒しているようだった。
「実はワシらは煉獄の間を目指しておってな。進むべき方向は分かるんじゃが、何分ここは入り組んどる。ヌシが案内してくれると助かるんじゃが」
情緒の間から出て再び赤い路を進んでいる最中、そう冥界のディーヴァが切り出したのだが、何故か枢はムスっとして睨みつけてくる。
「アンタ、それ本気で言ってんの?」
「うむ、そうじゃが……」
当然という風に答えると、はぁ、と溜息を漏らす枢。顔を上げ、両目をカッと見開いて怒鳴り散らす。
「せめてコレを解いてから頼めばかぁぁぁ!!」
枢の身体には白い鎖が巻き付いており、オルガがそれを引くことで無理矢理歩かされている状態だった。
「ヌシが暴れるからじゃろう。ワシらは敵ではないというのに……」
「ここまでされたら誰だって暴れるわよっ!」
その時だった。一同の背後から、何かが高速で近づいてくる音と気配。
「はいは~い。馬車が来るから皆端に寄ってねぇ~」
クローディアに促され、訳も分からないままとりあえず言う通り左右にばらけて壁の方へ身を寄せる一同。
すると、後方から二頭の黒い馬が猛然とこちらへ駆けて来る。
良く見ると、白い荷車を二頭の馬が牽引しており、更に左右にはやや遅れてその馬車を追いかける人影が二つ。
そこまで確認し終えた頃には馬車とその二人は直ぐ側まで接近していた。
その内の一人が拘束された状態の枢と一瞬目を合わす。
しかし、そのまま走り去っていった。
「っ助けろよぉぉぉぉ!」
枢の咆哮虚しく、馬車は見えなくなってしまった。
「嘘でしょ……なに? なんなの? 私が何したってのよ……グス、無火のやつ、今度あったら覚えてなさいよ……」
同じ魔界のマトリョーシカに見捨てられ、少し涙を滲ませつつ、それでも強気の表情を崩さない健気な少女。
その少女の頬を人差し指でプニプにしながらザクロが訊く。
「おまえ友達居ないにゃ?」
「し、失礼なこと聞かないでっ! 居るに決まってんでしょ」
「これ、嫌がっておる。やめんかザクロ」
「そうですよ。枢タンには私というちゃんとしたお友達が居るんですから」
「アンタなんて願い下げ! てか枢タンいうな!」
素っ気無く吐き捨て、すたすたと一人歩みを再開させる枢。
「おい! 勝手に前を行くんじゃねぇ」
散歩している犬にリードを引っ張られる飼い主のようになりながら、それにオルガが続き、一同が続く。
それから数分後。
「ほら、別れ路ですよ。次はどっちへ行けばいいんです?」
道案内を了承したわけでもないのに、トキは枢へ訊ねる。
「…………」
「おや、だんまりですか。仕方ない、私の必殺技を繰り出す時が来たようですね……」
「なっ!? やめっ……あひゃ! こらっ……ひひひっ! や、やめなさっ、うひひひっ! やめて、くすぐらないでって……そこはやめろぉぉぉぉ!!」
「どうですか? 白状する気になりましたか?」
フフンと、不敵な笑みを浮かべながら、両手をワシワシと握ったり開いたりする動きでくすぐりの脅しをかける。
「変態だな」
「変態だにゃ」
「気にならない! 枢タンの癒しがあればこのくらいのバッシングは屁でもない!」
「はぁはぁ……(うげぇ何なのこいつ)」
「さあ枢タン。さっさと言うんです。でないと……」
「……あっち……よ(嘘だけど)」
自由に動かせ且つ方向を指示できる足で嘘の方向を示してみせる枢。
(ばーか。一生迷えばいいのよ)
そうなると枢自身も一生このままになり兼ねないということは、この時点ではまだ思い至っていない。
「となると、次はあっちかこっちの路ですか」
「っ!?」
と何故かトキが指し示したのは枢が指示していない残った二つの路だった。
「でどっちなんですか」
「うん、こっちだね。あっちは完全に違う方向の路。彼女が言った方は方向的には直線路だけど、多分行き止まりとか違う方向に行っちゃうんだろうね」
「な、なんでそうなるのよ……私ちゃんとホントの路、教えたもん……」
「ツンデレは一日にしてならず。基本ですよ」
「……どういう意味にゃ?」
「ヌシは知らんで良い、という意味じゃ」
「ほぅ……」
優しく微笑みかける冥界のディーヴァの言葉に疑問符を浮かべつつ、ザクロはとりあえず分かったような顔をしておくことに決めた。
「くぅ……(見てなさい! 必ず迷わせてやるんだから!)」
この後彼女はトキのツンデレに対する異常な心理戦の強者っぷりに泣きを見ることに、なるとか、ならないとか。




