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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第三章『三界の長』
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第十八幕「馬鹿を言うにゃ。こんな面白そうなこと、手伝うにゃという方が無粋にゃ」

干渉器かんしょうき


 世界から世界へうつる『遷界せんかい』の際、使用する道具をそう呼ぶ。


 天界のディーヴァとオルガに連れられ、冥界勢はとある森の中へとやって来ていた。

 土地勘のある冥界勢はある程度の位置感覚を持ち、また森の中の微妙な負の情念の濃さなどで現在位置や、魔物の気配を察知する感知能力『捉負そくふ』を有する者にとって、森を迷わず進むことは容易なことだ。


 だが率いている天界の者達は違う。


 彼女達はゼネラルで周囲のフォトンを通じて空間を把握する術を持つが、フォトン自体はどの世界にも存在するごく平凡なエネルギーでしかない。

 この似たような地形が何処までも続く森では何の標にもならず、空間把握可能距離にも限界がある。

 そもそも彼女達は今、ゼネラルを展開すらしてはいない。


 迷わず進むにはそれとは別に、標となる何らかの概念が存在しているはずであった。


「ここです」


 先頭を行っていた天界のディーヴァが立ち止まる。

 辿り着いた場所は相も変わらず森に囲まれているだけの平地。なんら特別な場所には見えなかった。


「ほう、ここが? 何度か通った気がするが、気が付かなかったな」


「私達が感知できるフォトンや、皆さんが感知する情念といったものとは根幹的に違うものなので、無理はないと思います」


 天界のディーヴァがそう言い見下げる視線の先には、手の平に置かれた四角い透明の箱。

 水晶のような物質に見えるが、不思議とその箱の下に透けて見えるのはディーヴァの手の平ではなく地面。

 あたかも天界のディーヴァの手の平にはポッカリと四角い穴が空いてしまっているかのようだった。


「この干渉器を手にしている者には一時的に遷界ポイントが見えるようになります。遷界ポイントは他の世界へ繋がる目に見えない道のことで、基本的にはどの世界にもあります。干渉器を手にする者にはこの遷界ポイントがどんなに遠くに居てもあらゆる物体を透過して視認することが出来ますので、道に迷わないで済むというわけです」


「ほっほぅ、天界には便利な物があるんだにゃぁ」


 ふと、見知らぬマトリョーシカが混ざっている。

 実は彼女は、魔界への調査協力を決めた冥界勢が、気絶しているトキの代理戦力として選んだ人物だった。


 名はザクロ。

 普段は狩組に属しているが、たまたま千迎樹に帰ってきていたため抜擢された。

 外見は十五才くらいの少女という印象。

 髪色は白で、サラサラのロングヘアーだがトップのクセが異常に強いらしく、ネコミミのようになっているのが特徴。

 狩組の象徴でもある短めのケープを纏うが、レギンスや手袋もなく、胸当てやショートパンツがビキニのような布面積が小さいものを着けており、比較的露出度が高い。

 狩組では素早さや身のこなしを称え『瞬爪しゅんそうのザクロ』と呼ばれている。

 機動力に関してはトキと一二を争う程で、服装も動きやすさを追求した結果であるらしい。


 ホムラとザクロという二人の御供を連れ、今回は天界と合同で魔界調査に乗り出すことと相成ったわけだが、冥界の長が自ら出向く理由は、その役目が一定量の黒死が採取出来るまで果たしようのないものであったからと、やはりセツカとは自分が決着を付けるべきだと思ったからであった。


「細けぇ解説なんざどうでもいい。さっさと遷界しちまうぞ」


「じゃあもう一個だけ。……コホン。遷界ポイントは普段閉じた状態にあり、通ることが出来ませんが、この干渉器を解放することで一瞬だけ開くことが出来ます」


 徐に干渉器を虚空へ差し出すと、フワフワと浮き出した。

 手の平から十センチ程浮かび上がったところで突然膨張。

 一瞬でその場に居る全員を包み込んでしまう。


「っ誰だ!? おい止めろ! くっ! うおっ!」


 膨張した干渉器が弾ける。

 すると景色は一変した。

 薄暗かった冥界の森は、僅かな暗転の後、赤土と赤い壁が何処までも続く、一本の路へと景色を変えた。


「今のが遷界か……何やら呆気なかったのう」


「驚きにゃ、いきなり景色が変ってしまったにゃ」


「っけ、遷界なんざ見飽きてるぜ」


「皆さん、ここが魔界です」


「おや、なんだかそこらじゅうが私色ですねぇ」


 不意に何か違和感を覚え、全員が振り返る。


「……何故ヌシがおる」


「私が居ないとディーヴァが寂しがるだろうと思いまして。馳せ参じた次第です」


 そこには千迎樹で気絶していたはずのトキが立っていた。


「うにゃ? ホムラが居らんにゃ」


 辺りを見渡す一同。比較的体格のいい彼女の姿を見失うことなどそうそう無いのだが、ザクロの言うとおり確かに姿が見えない。


「ああ、それなら留守番を頼みました。全く、この私を置いてけぼりにするなんて皆さんイケズですよ」


「……後でどうなっても知らぬぞ、ワシは」


「ああ見えて、ホムラは仲間はずれとか大嫌いにゃ。きっと帰ったら無事じゃすまないにゃ」


「…………」


 冷ややかな二人の態度に、今更自分のしでかしたことの重大さに気付いたトキ。


「タイムマシンはぁっ! いや、落ち着け私っ! 今からまた冥界に戻りホムラを拾ってくれば……」


「ああそれ無理だわ」


 オルガが切り捨て、天界のディーヴァが補足する。


「遷界は連続して行えません。次に遷界出来るまで最低でも五時間は掛かってしまいます」


「そ、そんな……」


 絶望し、ガタガタと身体を震わせるトキ。


「あれは忘れもしない……昔嘘をついて、ホムラを一人、深い森へ魔物狩りに行かせた時のことです」


「何をしとるんじゃヌシは……」


「嘘だと気づき、帰ってきたホムラはしこたま私を殴打した後、言ったんです……『次何かやったらお前の生皮で私の靴を作ってやる』って……」


「いや履き心地悪いだろそれ」


「そこじゃありませんよ!」


「良かったのう、皮以外は残って」


「よくなぁいっ!!」


「というか、何でそれでまた悪さをするにゃ?」


「忘れてたんです……」


「忘れもしないんじゃなかったのか」


 ガクッと膝から崩れ落ちるトキ。呆れ果てる一同。


「さーて、調査を始めるとすっかぁ」


「そうじゃな、その為に来たわけじゃし」


「おお! ワガハイ調査にゃんて初めてにゃ!」


 こうして一同はようやく魔界の調査を開始したのだった。




「それで具体的に何をするんじゃ」


 一同は赤土の地面の上を赤い壁に挟まれた路に沿って進む。

 先頭を行く天界勢に問いかけたのは冥界のディーヴァ。


「調査自体は俺らがやる。お前らは戦闘以外で出張るな」


 簡素にそう説明するオルガに、文句を言うのはザクロ。


「馬鹿を言うにゃ。こんな面白そうなこと、手伝うにゃという方が無粋にゃ」


「別に面白くねぇよ。そもそも、マトリックス使えなきゃ役に立たんわ」


「そんにゃこと言ってぇ〜。ホントはにゃにかあるんだろぉ〜? にゃぁオルガぁ〜。にゃぁったらぁ〜」


「ねぇよ! ああくっつくなっ! 脇腹をグリグリするなっ! その指へし折るぞコラっ!」


 ザクロの執拗な纏わり付き方にイライラしてしょうがないオルガだったが、どういうわけか強く突き放すようなことはしない。

 相手が華奢なネコミミ少女であるが故のためらいか、たまたま虫の居所が良いのか、答えは彼女だけが知っている。


「要するにワシらは戦闘要員か。それは別に構わんが、今何処に向かって歩いておる?」


「今は『煉獄の間』という場所に向かって歩いてます。煉獄の間は獄界へと続く門がある、魔界の最深部のことで、そこに行けば恐らく魔界のディーヴァに会えるでしょうから、先ずはお話を聞きに行こうと思いまして」


 解説を添え、目的地を述べる天界のディーヴァ。

 今回は天界に冥界が協力をする形でやってきているので、一行の進路は全て、この天界の長に委ねられている。

 解説を聞き、ふとした疑問が頭を過ぎったので、彼女に質問を投げかけてみた。


「ここは随分と入り組んだ地形のようじゃ。案内も無しに辿り着けるのか?」


 冥界のディーヴァの質問に答えるため、彼女は立ち止まり、振り返る。


「この干渉器があれば、少なくとも進むべき方向はわかりますよ。干渉器を手にする者には遷界ポイントの他にディスルートというポイントも視覚化されます。これは使えなくなった遷界ポイントのことなんですが、ディスルート化する原因として挙げられる理由の一つにアーティファクトというのがあります。これは冥界で言うと『千迎樹』のことですね。魔界の門は冥界の千迎樹同様アーティファクトで、その直ぐ近くにあるディスルートを目指せば辿り着けるはずです。ちなみディスルートは原因によって色などが違うので見分けることが可能なんです」


 一言も噛まずにそうすらすらと解説を述べた彼女に、その内容とは別で強い違和を覚えた冥界のディーヴァ。


「やはり……おかしい……何か前はもっとこう……そう、もっとたどたどしい感じじゃ無かったか?」


「えっ? 何がですか……」


 問われ、分からないという表情を浮かべる。


「うにゃ? 何の話にゃ」


「ザクロには分からぬじゃろうが、天界の長が以前と少し様子が違っておってな」


「ほっほぅ」


 色んな角度から覗き込むザクロ。


「さっぱり分からんにゃ」


「だからそう言ったじゃろうに……」


 不信感を募らせる冥界勢の空気に、


「はぁ。おい、もう茶番は仕舞いらしいぜ?」


 と、オルガが促すと、


「あっれー、もうバレちゃったぁ。何でかなー、もうちょっと騙せると思ったんだけどぉ」


 途端に豹変する天界のディーヴァ、もといその姿を真似ていた偽者。

 白いベレー帽を脱ぎ捨て、一旦髪をぐしゃぐしゃと崩す。

 全体的に整えながら最後に後ろ髪をアップにして完成。


「ああ、服も変えなきゃ」


 纏っている、ベールの無い白の修道服といった風合いの衣装が光を発し、みるみるその形状を変化させる。

 白衣に似た丈の長い白い衣を羽織るその姿に、一同が呆れたやら驚いたやら様々な反応をする。

 それを楽しむようにウケケと変な笑い方をして、彼女は言った。


「大丈夫! 皆の期待は裏切らない!」


「誰に言ってんだっ」


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