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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第三章『三界の長』
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第十七幕「それが一番ありえねぇぇぇっ!!」

「はぁ……はぁ……」


「ちょっやめ、やめ……」


「くんかくんか、ああこのディヴァ臭が私を狂わせる……はぁ……はぁ」


「いい加減にっ」


「いい加減になんですか? ふふふ、本当は感じているんでしょう? はぁ……はぁ……」


「か、感じてなんかお、おらん……わ……ただ……」


「はぁ……はぁ……ただ?」


「ここの所がもう……我慢……ならん……」


「はぁ……はぁ……ここ? ここってどこですかディーヴァ……はぁ……はぁ……」


「ここじゃよ……ここ……ワシの……月影箭がもうこんなに……」


「はぁ……はぁ……は……? 月影箭って……うあぁぁぁ! そんな……どうしてディーヴァの股間にこんなモノが……う嘘……だ……嘘って言ってくださいよぉぉ! 嫌だ……し信じないこんなの……わ、私のディーヴァは純粋なロリータだぁぁぁ!」


「……何を取り乱しておる? ワシは根っからの男の娘じゃぞ? というかディーヴァマトリョーシカは男の娘による男の娘の為の男の娘の楽園物語じゃろうに」


「ば、馬鹿なっ! そんなことがあるはずが無い! 何よりあのディーヴァの口から男の娘なんて単語が出てくるのがそもそも可笑しすぎる! はっ! もしやこれは夢? 夢なのですか!?」


「そうこれは夢……しかしヌシにこの夢を夢オチで終わらせられるだけの力量が果たして備わっておるのかな?」


「な、何だと! くっ! 男の娘ディーヴァめ! 顔がロリ可愛いからって調子に乗らないでください! その股の月影箭をへし折ってやります!」


「っと。ここで問題じゃ」


「な、何!?」


「見事正解出来ればこれを夢オチにしてやろう」


「で、出来なければどうなるというのです」


「ふっふっふ」


「こ、答えなさい!」


「ヌシの股にも月影箭を生やし、この男の娘ディーヴァマトリョーシカの中で永遠に彷徨ってもらうまでじゃ」


「な、なんて卑劣な……」


「じゃがヌシに選択の余地などないのじゃ! 行くぞ! 問題!」


(落ち着け、所詮は私の夢。私が答えられない問題になるはずは……)


「ヌシ……ワシに隠し事があるな? それを言うてみよ。たとえば……そう、セツカという謀反者との戦いの時とかじゃ。その戦いで、ヌシは本当の力を使わなかったな? 〝正体〟がバレるから、使わなかったんじゃろう?」


「な、なんのことでしょう、というか、何故いきなりシリアスなんですか」


「ヌシの信奉する神の名はなんじゃ?」


「は、はぁ? いったいなんのことやら……ってなに連続で問題出してんですか」


「ふふ、別に片方だけでも良いが、ヌシは一体いつまで隠し通せるつもりじゃ? ワシをいつまで…騙し続けるつもりだっ!」


「がっ! く、くるしい……な、何を……」


「このまま首を引き千切って魔物にでも食わせようか」


(凄い力だ、このままじゃ夢オチどころか私がオチる。何とか振り払わないと……何か……何か……そうだ! 今のディーヴァは男の娘。ならあの技が……)


「食らえ! 金砕烈蹴!」


「…………」


「……あれ? 効いてない」


「こんのっ戯けがぁっ!」


「ぶごふぁっ!!」


 薄れゆく意識の中で、声が響く。


「忘れるな。お前は彼女達を裏切っていることを……」


 ああそうか。

 アレは私だ。

 私は、罪悪感に苛まれていたのか……。


「はっ!」


 辺りを見回す。

 夢の中同様、千迎樹内部の一室らしいが、人の数が異なっている。


「目覚めたか。大分うなされていたな。まあ、お前にはいい薬だ」


 イスに腰掛けるホムラはそう言いながら、採組が黒死とは別に集めた月性樹げっせいじゅの葉から作られる、冥界産煎じ茶を楽しんでいる。

 その視線が見下げていたため、つい先程まで自分が床で寝ていたのだとようやく気付いた。

 すくっと立ち上がり、まだ少し混乱している頭を揺らしながら視線を泳がせる。

 すると冥界のディーヴァと目が合い、何気なく口走った。


「おや、男の娘ディーヴァではありませんか。股間の月影箭の具合は如何ですか?男性器って蹴りあげに弱いと聞いていたのですが、デマだったんですね」


 寝ぼけた感覚でも、辺りの空気がピシりと凍りついたのが分かった。


「寝起きの第一声が下ネタとか、最低のクソ野郎だな」


 何故かオルガ居てそう罵られたかと思うと、冥界のディーヴァが駆けてくる。

 華麗な跳躍、空中で揃えられた両足が顔面を捉えた。


「阿呆かぁぁぁぁ!!」


「どぅぢゅゅゅゅ!!」


 ああそういえば、夢を見る前もこうしてディーヴァに沈められたんだっけ、と再び意識を手放しながら思い出すトキであった。




「ふう、トキが目覚めるまで待つべきかと思ったが、もう良い。天界の、本題に進んでくれ」


 言われ、クスクスと笑いながら天界のディーヴァが返事をする。


「はい、では。この前私達がこの冥界にやって来たのは、そもそもある異常を調査するためでした」


「はて、どう考えても暴れておった印象しかないが」


 主にオルガの方をジトーっと見ながら冥界のディーヴァが言う。


「なー、主にクローディアがなー……って、痛ってぇ!?」


 と何故か急にオルガは自分の右足を抱え痛がり、その隣で天界のディーヴァがニコニコと笑っている。

 ちなみ今回はクローディアは居ない。ディーヴァとオルガの二人だけである。


「ごめんなさい。確かにこの前は目的を忘れていた人が居たので……でもちゃんと調査もしていたんですよ? その調査というのが、最近各界で起きている謎の魂消失事件についてのものなんです」


「魂消失?」


「はい。前にも説明したように、私達は日々、各界における魂のデータベースを管理しているのですが、急にそのデータベースから登録されている魂が消失するという事態が観測されるようになったんです。原因は今のところ不明で、それを明らかにする為に現地で調査を行う、というのが私達の本来の任務だったんです」


 天界のディーヴァの説明に一先ずは納得を示す冥界勢。

 その上でホムラが質問を投げかける。


「データベースから魂が消えた……それはつまりデータ上の話ということか?」


「はい。ただ、データ上と言っても、魂そのものとリンクしていますから、消えた、ということはそのまま消えたことを意味しています。現に、残されていた記録と、それに該当する人間や動物、マトリョーシカが消息不明になっていますので、間違いは無いと思います」


「ふむ、その原因を調べるために冥界へ来ていたというのは分かるが、何故冥界だったのじゃ?」


「あ、そういえばお話していませんでした。魂の消失は冥界、魔界、現界の三つの世界で継続的に観測されていますが、この冥界では特にその規模が大きく、調査の優先順位が一番高いと十二統括長会議で決定されたんです」


「ま、あくまで俺らが冥界に旅立つまではな」


「どういうことだ?」


「変っちまったんだとよ。魂消失の規模と調査優先順位が。俺らも天界に帰ってから知らされたんだがな」


「それなら冥界の調査はどうなるんじゃ?」


「そうですね……魂消失反応も確認できませんし、これといった手掛かりも見つかりませんでしたから、私達は元凶と思われる、新たに観測された最も大きな異常を最優先で調査すべきと考えています。そこで実は皆さんにお力を貸して頂きたいと思ってまして……」


「ほう、というと?」


「私達が次に調査すべきと考えているのはあの魔界なんです。迷路のように入り組んだ地形と、修羅と呼ばれる化け物が無数に徘徊しているとても危険な場所。なので出来れば皆さんのような方達が一緒だと、とても心強いんですが」


 期待するような眼差しで語る天界のディーヴァの話に、冥界のディーヴァは首を捻る。

 長として、冥界の住人として、成すべきは魂の浄化。

 片手間に他の世界へ人員を割き、使命を疎かにするのは好ましくない。

 かといって、魂が消失するなどという前例に無い話を他人任せにするのもどうか。

 そもそもそれはつい先日まで冥界で顕著に起こっていたというではないか。


 現状、聞いたばかりなので何とも言えないが、恐らく多くのマトリョーシカが行方不明の状態に陥っているはず。

 ならもうそれは決して他人事ではない。


「ディーヴァ。ふと思ったのだが……」


 暫く考え込んでいた様子のホムラが、徐に切り出す。


「セツカとこの魂消失事件、関係があるんじゃないのか?」


「?」


 天界勢は首を傾げた。

 それもそのはず、彼等が冥界に来るよりも以前のことなど、知るはずが無いのだから。


 セツカという一人のマトリョーシカが起こした不可解な謀反。それをディーヴァは思い返した。

 だが直ぐには、ホムラの言うような結論に至らない。


「……何故そう思う?」


「さっきオルガが言っていただろう。こいつらが冥界にやってくる頃には既にこの冥界の異常は治まっていたんだ。なら後は異常が消えた時に無くなったものと、異常があった時に存在していたもので同一のものを原因とすれば、筋が通る」


 つまりはこうだ。

 天界勢が冥界の異常が顕著であると判断した時点では冥界にセツカが居て、そのセツカが謀反を起こし消えた後、天界勢がやって来て異常が治まった。

 セツカが事の原因で、犯人なら、彼女が居るから異常は起こり、彼女が居なくなったから異常が消えた、と解釈出来るということになる。


「なるほど、確かに一応の筋は通っておるの」


「ちょっと待て」


 やや語調に怒気を滲ませ、オルガは問い質す。


「誰だそのセツカってのは」


 冥界勢は簡単に事情を話し、ホムラが説明した魂消失とセツカというマトリョーシカが関係している可能性が高いという結論までを告げた。


 一通りの話を聞き、オルガは考え込むような動作を始めたが、ものの数秒で止め、口を開いた。


「憎き相手を犯人に……まあ分からねぇでもねぇが、俺は根本が間違ってると思うぜ」


 意外な返答だった。

 基本的にオルガは思慮の欠片も無い傍若無人な輩だと誰しもが思っていたため、否定するにしてももっと訳の無いデタラメな理由を並べるとばかり思っていた。

 というより、この一応筋の通った見解で納得した自分達と、それで納得できないオルガとが、見解で食い違うという、常識人的会話が成立していることが信じられなかった。


「はっはっは! 今超失礼なことを思っただろ。ぶっ殺す!」


「まあまあ落ち着いて。それで何がどう違うと思ったんですか?」


 天界のディーヴァが数分なだめ、ようやくオルガが話の続きを話し始める。


「……あー、なんだっけか。……そうそう。お前らそのセツカってマトリョーシカが怪しいつっててるが、俺はそうは思わねぇ。つうか天界はそもそもマトリョーシカ個人の仕業だなんて誰も思ってねぇよ」


「そうなのか?」


「ったりめぇだろ。魂がマトリョーシカによって破壊されるとか、天界のデータベースから抹消されるとか、ありえねぇんだよ。どっちもてめぇらが思ってるより遥かにとんでもないもんだ。例えば、俺が今ここで全員を皆殺しにしたとしよう」


 そこは誰か一人でいいのではないか、と天界のディーヴァは苦笑いしていて、他二名はとりあえず黙って言い分を聞くことに集中している。


「確かに個人としてのお前らは消える。二度と甦りはしねぇ。だが、魂は残るから、全くの別人として、また転生を受けることは出来る。何度でもだ。そもそも魂は外部からのいかなるダメージでも損傷しねぇ。唯一、転生を繰り返すことでのみ、消耗し、修復を必要とする状態になるんだ。だから断言するぜ、マトリョーシカどころかディーヴァにだって魂を消す、なんて芸当は出来っこねぇよ」


「ふむ……」


 意外なほど理路整然としていた。

 なんだが悔しさも感じつつ、もう一方の可能性を問うてみる。


「では天界のデータベース方は……」


「それが一番ありえねぇぇぇっ!!」


 凄まじい剣幕で咆哮するオルガ。

 いや、さっきの話がありえないということになったので必然的に質問の矛先を変えただけなのだが、そんなに憤慨する必要も無かろうに、と思いつつ、ややキレ気味に解説を始めるオルガの話を再び黙って聞くことにした。


「いいか? てめぇらみてぇに毎日毎日森ん中で駆け回ってる原始的な知能レベルのカス共には語るだけ無駄かも知れねぇが! 量子コンピュータの一万倍の演算能力を誇るマザーコンピュータ『ベルベティアビヨンド』を中心とする、最高のコンピュータ群に俺らが毎日毎日不眠不休で向かってありとあらゆる世界の! 生物、死霊、マトリョーシカ、廃棄予定のもから転生予定の待機中個体に至るまで、その全てをリアルタイムで管理、記録してんだぁっ!! 間違いなんかあってたまるかぁぁっ!! ハッキングなんてしてきた日にゃあ天界総出でお礼参りじゃぁボケがぁぁぁっ!!」


「おおぅ……そうか……なんかすまんのぉ……」


 これ以上反論しようものなら食い殺すといわんばかりの形相と怒気に、とりあえず謝っておうこうと思う冥界のディーヴァだった。


 ひとまず、この話は切り上げることにする一同だったが、セツカが何らかの関わりを持つことを冥界勢はまだ疑っていた。


 オルガの話では魂の破壊も、データベースの異常もありえないという事だったが、あくまでそれは相手が普通で個人のマトリョーシカならの話である。

 反論が許されない状況であるため、天界勢への説明は割愛されたが、『セツカ』というマトリョーシカがただのマトリョーシカで無いのは確かなことだ。

 更に仲間と思しき者の姿も目撃している。


 彼女がこの魂消失事件に関わっている可能性は依然として高く、魂消失事件を追うことはセツカを追うことでもあると言えた。



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