第十六幕「落ちて……『ディヴァインテーゼ』」
映像が薄れていく。
それ以上の音声も、光景も無く、意識が元の森の中で刃を交えた状態にゆっくりと戻っていく。
「あ……あれ……?」
「今……何か見えた……か?」
二人は一旦刃を引き、お互いの顔を怪訝な表情で見つめた。
「ちょっとぉ! 何で止めちゃうのさぁ?」
そう横から口を挟む不機嫌そうなクローディアの声を無視して、今起こった不可解な現象を二人は頭の中で整理しようとしていた。
(今のは一体なんだったのじゃ……忘れていた古い記憶……そんな感じもしたが……しかし映っとったのは間違いなくこやつじゃ。ワシは以前にもこやつと会っておったのか? いや、あんな会話をした覚えはない……それにまたしても銀華……)
セツカとのやり取りも浮かび、混乱する様子の冥界のディーヴァ。
一方、天界のディーヴァはというと。
(セルフィ……セルフィ……セルフィ……思い出せない。でも、どうしてこんなに胸が温かくなるんだろう。そう呼ばれると、何かとても大切な気持ちが湧き上がって来るような感じがするのに、それが何なのかがぼんやりとしてる。まるで頭の中に濃い霧が立ち込めてるみたい……そこに本当は何があるのか、知りたいとも思うけど、知りたくないとも思っちゃう。……そういえば……さっきの……銀華……さん? やっぱりこの人に似てる……姉妹……なのかな……でもディーヴァには姉妹なんて……)
そこで目が合い、ふとした疑問をお互いに訊ねてみた。
「お姉さんとか、居るんですか?」
「ヌシに名前はあるのか?」
声が重なりあってしまい、慌てて天界のディーヴァが質問を譲る。
「ご、ごめんなさいっ! 私はいいですから……」
「そんなにかしこまらなくても良い。ちなみ姉などはおらん。何故そんなことを訊ねるのかは知らんが。それでワシの質問じゃが、ヌシには名はあるのか?」
相変わらず物腰が弱く、主張することが苦手。
戦闘の時だけ別人のようになるのでなんだが拍子抜けしていまうが、彼女にもはっきり口にしないだけでそれなりの意見や考えがちゃんとあると、冥界のディーヴァは思っていた。
質問に対し、やはり上目遣いで顔色を伺うように答えを返す。
「名前は……ディーヴァです。あなたと同じ……オルガにはたまにビビリって、呼ばれたりはしますけど」
「まあ、そうじゃろうな」
ビビリはともかく、ディーヴァはディーヴァという名であり、長という役割をその名で示すため、それ以外の呼び名などあるはずが無い。
「あの……」
腕組みをして考え事を始めた冥界のディーヴァに、申し訳なさそうに声を掛ける。
「ん?」
「さっきの、あなたも何か……見たんですよね? ひょっとして私が見たのと同じ内容ですか?」
「ふむ、では覚えとることを話そう」
幾つか要点を挙げて、二人が見た映像がどうやら共通のものであったことを確認する。
ただ人物の視点は逆で、会話の内容のみが同一ということらしい。
「……つまりはお互いが同じ会話を見たことになるのか。それを例えばワシら自身の過去の記憶とすると、ワシらはそれを今の今まで綺麗に忘れておったことになるの」
「変……ですよね」
「少なくとも偶然ということはあるまい……」
セツカの時も同じ違和感があった。
自分は何か大切なことを忘却している。
それも時間の経過で自然に失くしたのではなく、ある日何らかの理由で喪失したらしい。
自分が本当は何者なのか。
そう問い質そうとしていたようにも思えるセツカの言葉が、今更感情を揺さぶり始めていた。
「これは提案じゃが」
ぐるぐると回る思考を断つため、或いはその渦中に入って真相を掴み取るために、冥界のディーヴァは一つの思いつきを口にする。
「このまま戦闘を続けんか?」
「え?」
既にそういう流れでないのはもちろん分かっている。
だが少しでも真実が明らかになるなら試さずにはいられなかった。
「本気の刃を交えた時、お互いの記憶が甦った。なら、同じようにすればまた何か分かるかもしれん。戦いこそが、ワシらの記憶の鍵だとしたら……ヌシはそうは思わんか?」
問われ、少し考える。
戦闘嫌い、平和主義の自分からすればなんとも飛躍したものの考えだと思えたが、そんな、自分には思いつかない方法を今試しておくのは悪くないことだなと思えた。
「そうですね……じゃあもう少しだけ……」
もう少し。あくまで戦いを好まない自分としては、そう釘を打って保険をかけることで、後々引くに引けなくなってしまう状況を回避したかった。
よく西部劇で出てくる早撃ち勝負のワンシーンのように、お互い背を向けて正反対の方へ歩いていく。
この辺でいいかと思われる所で立ち止まり、振り返る。
二人は再び武器を構え、向かい合った。
最初に駆け出したのは冥界のディーヴァ。
元より冥界流の基本は接近戦。
黒き浄化の力『アタラクシア』の売りは近接攻撃による圧倒的な攻撃力だ。
加えてこの銀髪の少女は攻撃のリーチが異常に長い。
迂闊に近寄らせれば、刃を交えることもなく瞬殺されてしまうだろう。
右手の平を、冥界のディーヴァに翳す。
「!」
マトリックスを行使する際の光の収束現象『ルミナスフェーズ』が瞬いたかと思えば、次の瞬間には冥界のディーヴァの視界を塞ぐ程の物体が出現した。
急ブレーキをかけ、激突する寸前で止まったディーヴァは、それをまじまじ見つめる。
おおよそ縦横一メートルの正方形ブロックといった趣で、何の細工も面白みも感じられない、実に無機質なものだ。
別に避けて通っても良かったが、あえて一刀両断してみる。
「ほう……」
感嘆の声を漏らしたのはブロックを縦に両断して直ぐ、目の前に広がった光景を目の当たりにしてからである。
そこには今しがた両断したばかりのブロックと同じものが、無数に宙を漂っていた。
それらが二つに割れたブロックの破片から顔を出したディーヴァ目掛け、一斉に飛んでくる。
迫ってくる無数の巨大ブロックに、冥界のディーヴァは怯むどころか嬉々として駆け出した。
「はは! 大したものじゃ!」
笑いながら、正面から飛んでくるブロックを横一線で切り払い、上方から降ってくるものには、半回転の前転で両手を地面についた体勢から繰り出される、両足の蹴り上げで吹き飛ばす。
しかし、そうこうしている間に八方からブロックが飛んできてしまう。
それを確認した逆立ち状態のディーヴァは、迎撃の動作に移行する。
両足を曲げ、身体を丸めるように力を溜める。
そして一気に地面を弾いて飛び上がる。
その際、地面に寝かせた状態だった長刀を握り直し、身体を捻りながら横に回転。
空中で体勢が足から落下する形に移り変りつつ、自身の回転に乗せて長刀を振るった。
地面に着地する頃には、迫っていたブロックの全てが両断され、地面に大量の残骸を転がしていた。
冥界のディーヴァへ向けて飛ばされたブロックは取り敢えず片付いたようだが、まだまだ大量のブロックが宙に浮いている。
その中の一つ、その上に天界のディーヴァの姿が確認できた。
「ふむ、高みの見物か。これではなかなか近づけん……」
空を飛んでいることは別段問題ない。
焦翼を展開し、空路を行けばいいだけだ。
ただ他にもディーヴァの使う弓矢の形をした凝負練刃による、唯一といえる遠距離攻撃『月影箭』や、絶影で一気に距離を詰めるなどの選択肢がある。
もっとも、どちらも隙と消耗が大きいため、ここぞというとき以外はあまり使いたくないのが本音だ。
長、とっても消耗に関してはマトリョーシカと大差がない。
何故なら幾らアタラクシアの扱いに長けていようとも、一つ一つの技が通常のマトリョーシカより強力なため、消耗自体が大きく、結果的な燃費に差がつかなくなってしまう。
故に節約は基本であり、相手がディーヴァだからこそ、簡単に大技を繰り出すことが出来ない。
(やはり順当に焦翼で空路を行くか)
黒い蝶の羽を模した焦翼を展開した矢先、ディーヴァの足元が光りだした。
「ぬおっ!」
突然足場がドンっと突き出し、冥界のディーヴァの身体を打ち上げた。十メートルほど飛ばされた所で周囲がブロックに包囲される。打ち上げられた時の上昇力も計算されていたかのようにぴったり尽きて、三百六十度全方位から飛んでくる。
ブロックから逃れるために、上昇や下降をするには遅すぎた。
大量の白いブロックに押しつぶされ、その姿がブロックの塊の中へと消えてしまう。
それから数秒。
全てが弾けとんだ。
それは強力な破鎧によるディーヴァの身体を中心とした瞬間的な大爆発。
巨大なブロックがまるで花火の火花のように球状に弾け飛んでいった。
その中で冥界のディーヴァは目を凝らす。
一つのブロックの上に立つ人型を視認すると、その方向に向かって焦翼を解放する。
ブロックが飛散する中に紛れて一気に背後を取ると、凝負した長刀を天界のディーヴァの脇腹に押し当てた。
「節約しようと思っとった大技をこうも使わされるとは、やるのう……?」
ピクリとも動かない天界のディーヴァを不審に思い覗き込んで見る。
「……嘘……じゃろ……」
驚愕に震える冥界のディーヴァの頭上から、声が降り注ぐ。
「落ちて……『ディヴァインテーゼ』」
空には星月の如き魂海を背景に、天使の如き光の翼を生やした天界のディーヴァが居た。
そう、今冥界のディーヴァの側に居るのは人形。
質感から色彩に至るまで、本物のディーヴァと見紛う程の完成度を誇るそれは、天界のディーヴァが白き原型の力『マトリックス』によって創造したフェイク。
そのオリジナルディーヴァの真下に居る、驚愕を浮かべた銀髪少女に向け翳した掌から、マトリックスの根源フォトンが零れ、物体を形成しながら落ちてくる。
その形は巨大な剣。しかもその大きさは冥界のディーヴァの長刀など比べ物にもならない、正しく巨剣と呼べる建造物クラスの剣だった。
「出た。ディーヴァのIDEAーIRGST『ディヴァインテーゼ』。僕らが運用する多変機構型兵器IDーIRGSTとの違いは、変形をしないことと、固有の特殊な機構を持つこと。『イミテーション』といい、なかなか本気だねぇ珍しく」
クローディアは二人のディーヴァの戦いを実況解説付きで観戦しながら、不意に呟いた。
「あんまりヒートアップし過ぎなきゃあいいけど」
彼女らしくはない何処か不安げなその声は、空中戦を繰り広げる二人の長には届かなかった。
「大きければいいということも無いじゃろうにっ!」
巨剣ディヴァインテーゼの出現に己のことを棚上げして揶揄しつつ、冥界のディーヴァはその落下軌道上から脱する為に方向などお構い無しに飛び、離れる。
ところが巨大な切っ先はその動きに合わせ軌道修正をし、再び向かってきた。
「避けられんならもう良い。真っ向から受けて立つ!」
早々に回避を諦め向き直ると、無謀にも長刀を構えた。
冥界のディーヴァの長刀は全長約二メートル、対し天界のディーヴァの巨剣は全長四十メートル。
その差は二十倍。
どれほど無謀かと言えば、成熟したミドリガメをオスのアフリカゾウにぶつけるようなものだ。
勝てるはずが無い、ミドリガメガカワイソウ。
しかしこの銀髪の少女はやってのける。
迫り来る圧倒的な質量を誇る巨剣ディヴァインテーゼ。
迎え撃つは無銘の黒き長刀。
交わるはずのない二つの刃は、一点で合わさり、そして止まった。
まるで音という概念が失われてしまったかのような一瞬のしじま。
巨大な剣の一撃が、か細い少女の手が支える刀如きで完全に止まってしまったのだ。
「くっ、なんの……うりゃあっ!」
「……!」
デタラメな光景がそこにある。
巨剣を止めただけでは終わらず、それをとうとう押し返してしまったのだ。
夜空に打ちあがる巨剣の切っ先。バランスを逸し、縦に一回転しそうになるが、天界のディーヴァが慌てて手を翳すと、ゆっくりと切っ先を下ろし、空中で静止した。
マトリックスで作られたブロックと同じように空中浮遊している状態のディヴァインテーゼは、どうやら天界のディーヴァがその意志でコントロールし、操作しているようだ。
相当な集中力を要するのだろう。
見るとゼネラルを展開しているにもかかわらず、空中ではなくブロック上に佇んでいる。
その光の翼を維持し続けるのは恐らく大量のブロックの動きを把握するのに欠かせないから。
一見すれば一つ一つはかなり単調な動きをしているようだが、ブロック同士が衝突しないよう計算されたバラバラな動きを全体がとり、その指示をリアルタイムでディーヴァがフォトンの信号で送信し続けているのだ。
確実に守り、攻める為、もはや機械と変らない計算と処理を行いながら、天界のディーヴァはゆっくりと瞳を開く。
見据えるのは冥界の長。
(やっぱり強い人だな……考えても頑張っても、全然勝てる気がしないよ。可笑しいな……それなのに諦めようって思わない……どうして? ……わからない……でも……この人だけには負けちゃいけない気がするんだ)
静かに冥界のディーヴァを見下ろす姿は心なしか厳しく映った。
それは天界のディーヴァから繰り出される全てが無機質な純白を宿していることもあるだろうが、やはり周囲に浮かぶ巨剣やブロックの一つ一つが威圧的で物々しいからだろう。
(さて、近づく隙が微塵もないの)
空中を浮かぶブロックが天界のディーヴァの周囲と冥界のディーヴァの周囲を飛び回っており、それぞれ防御と妨害に備えつつ、巨剣が何時でも襲い掛かってきそうな状況だ。
一撃でも入れられれば勝利を決することは可能だが、物量で圧倒して近づかせない、対冥界流戦法を取る天界のディーヴァには、それ自体が相当に困難を極めていた。
何かしらの良策を捻り出さなければならないところだが、何故か冥界のディーヴァは笑みを零す。
(やはり強いの。ワシより強いのではないかこやつ)
思えば自分はこの戦いで勝利に拘る必要はない。トキとホムラは既に退場しているし、記憶の方はむしろここからだ。多分。
何より本気の真っ向勝負で勝つ方が楽しい。
刀を構え、天界のディーヴァを凛と見据え、翔け出した。
直ぐ様ブロックが四方八方から飛んでくる。冥界のディーヴァは前方から来るものだけを刀で切り払い、他には構わずに一直線に翔け抜ける。
接近に気付き、天界のディーヴァが掌を翳してディヴァインテーゼを動かす。決してその動きは早くはないが、巨体故に少し動くだけで壁の如く主の姿を覆い隠してしまう。
例えば絶影で一気に天界のディーヴァの背後を取れれば良いのだが、それは出来ない。
何故なら絶影は切り返しの無い直線移動しか出来ないからだ。
こう空中に障害物を散らされた状態では、断続的に使ったとしても目標に辿り着く前には消耗し切ってしまうだろう。
それを狙っているであろうブロックの配置。
進行方向に向かって形成された疎らなトンネルのようなその配置の中を、貫くようなディヴァインテーゼの切っ先が迫ってくる。進路を直角に曲げ、上に向かう冥界のディーヴァ。
当然、それをブロックがスライドしてきて、疎らな空間を通らせないようにするが、一瞬で数度の斬撃を与え切り刻み、ブロックを突き破ってトンネルを脱出する。
寸前で巨剣が足元を過ぎていくが、直ぐにブロックがまた冥界のディーヴァの周囲に集まってきて、今度は縦に伸びるトンネルを構築し始める。
その最中にもブロックが直接飛んできて攻撃してくるため、躱すか切り捨てるかの選択を余儀なくされる。
(仕方ない、一気に消耗するが、大技の連発で活路を見出す!)
上昇を止め、徐に長刀を脇で構えた。
集中力を高め、刀身に黒き浄化の力を灯す。
攻撃までの動作に二秒ほどかかったため、隙とみてブロックが一斉に押し寄せていた。
だが構いはしない。
この刃は何者にも止められはしないのだから。
『映月ノ断衝』
ディーヴァが刀を振るった瞬間、黒き浄化の力が巨大な刃となって辺りを薙ぎ払った。
それは冥界流奥義『斬空』による、巨大化した凝負練刃の一振りだった。
半円状に広がった浄化の刃は、天界のディーヴァには届きはしなかったものの、相当数のブロックを消し去り、一時正面景色から遮蔽物が取り払われ、元の景観を取り戻す。
そこでようやく絶影を使う。
一気に間合いを詰められるかと思いきや、移動後の二人の距離はまだ四十メートルは離れていた。
天界のディーヴァが移動したのではない、冥界のディーヴァが途中で絶影を停止させたのだ。
理由は、天界のディーヴァの周囲で待機していた四つのブロックが壁を作り、二人のディーヴァの直線上に立ちはだかっていたから。
絶影は基本的に他の術技と併用が出来ない。
周囲の負の情念を根こそぎ燃料に変え、爆発的な推進力を得るため、練刃でさえ絶影の間は負の情念に還元され吸収、消耗されてしまう。
そしてどれほどディーヴァやマトリョーシカが生命を超越した肉体を持っていたとしても、音速を超えた状態で物体に衝突すればただでは済まない。
ぶつかる寸前で停止したのはむしろ流石と言うべきところである。
凝負練刃。
再び漆黒の長刀を携え、ここからどう間合いを詰めていこうか、そう思った矢先、下方から白い橋のような物体が上昇してくる。
「ぬおっ!」
橋と思った物体は巨剣ディヴァインテーゼの刀身を上から見たものだった。咄嗟に横へ飛び、回避する。
こんな巨大な物体に不意打ちされそうになるとは信じ難いが、こちらが絶影で間合いを詰めようとするのが天界のディーヴァにはお見通しだったのだろう。
とはいえこの程度の奇襲で仕留められるとは思ってもいないはず。何か狙いがありそうだが、あえて冥界のディーヴァは突き進む。
目の前のブロックを切り払い、一直線に天界のディーヴァを目指す。
彼女の周囲には防御用と思われるブロックが軽く二十は飛んでいるが、向かってきたものは片っ端から切って進めばいい。
唯一切れない巨剣は、まだ後方で攻撃を空振りしている真っ最中である。
(ここだ!)
そう思ったのは冥界のディーヴァだけでは無かった。
天界のディーヴァの直ぐ頭上にいつの間にかフォトンが集中している。小さな恒星のように輝くその中心から物体が迫り出して来た。
その形状に愕然とする。
それは正しくディヴァインテーゼの切っ先。やがて光の中から出てくるその形、大きさは間違いなく巨剣と同じ物だった。
(まさか二本目か!)
事の真相を把握する余裕は彼女にはない。代わりに解説する者があった。
「二本目じゃない。あれは再構築。ディヴァインテーゼは大き過ぎるから取り回しが悪いのが欠点だけど、ディーヴァはそれを壊しながら作るっていうやり方で克服したんだ」
クローディアの解説どおり、天界のディーヴァの頭上から新しい巨剣が出て来るにつれて、もう一方の巨剣は切っ先からフォトンに分解されていく。その速度は徐々に加速しており、今にも完全なディヴァインテーゼが突き出してきそうだ。
「やるしかないようじゃな……」
空中で静止し、刀を静かに下ろす。既に五メートル分くらいは突き出てきている巨剣を前に、目を閉じ、集中力を高め始めた。
意を汲んだのか、天界のディーヴァもタイミングを伺うように静かにそれを待つ。
(これで最後……どうなるかわからないけど……もしかしたら)
勝利への期待。失われた記憶を取り戻せるか否か。全ては刹那を越えた先にある。
「……行くぞ」
刀を下ろしたまま右手首に左手を添える。すると長刀に黒き浄化の力が灯り、みるみる高まっていく。一歩を踏み出すように重心を前へ。
迷い無く、恐れ無く、乱れ無く。
黒き力の本流を真直ぐに解き放った。
『出月ノ尖斬』
それはディヴァインテーゼにも引けを取らない程の巨大な刀と化して迫る一本の突き。
攻撃範囲より攻撃の威力に重点を置いた新たな斬空の姿であるそれは、長刀から溢れ出る負の情念を凝負させ、刀身を形作りながら伸びていく。
同じように巨剣ディヴァインテーゼも逆転構築、『リバースコントラクション』を加速させ、一気に刀身を形成し挑んでくる。
光を発し、全体がフォトンを帯びているようだった。
『アビステーゼ』
二つの巨大な切っ先が交わるのに数秒も要らなかった。
その衝撃は冥界を揺らし、二人のディーヴァの意識と記憶をも揺さぶる。
深くて遠い意識の狭間。
何処か自分が自分ではないような感覚。
音が映像が、ノイズを掻き分け鮮明度を上げていく。
それをただ呆然と眺めている空虚な思考だけが唯一、自分という存在を自覚させる。
やがて見えてきた情景は見覚えの無い、不可思議な景色だった。
空は、朝と夕と夜とを疎らに混ぜ合わせたような配色で、雲一つ浮かんでいない。
地面は水面のようにそんな空を映し、地平線は障害物など何も無いのに、霞ががっているかのように見えてこない。
空間の広さや高さが曖昧で、穏やかな時が流れている、そんな場所。
「貴方はそれでいいの?」
誰かが言った。
気が付くと、数人の人影がこの空間の中心に集まり、何かを話している。
一人一人の姿がぼやけているが、人数は五人のようだ。
黒い服に身を包んだ一人の女性が問いかけると、白くて長い髪と衣服の女性が答えた。
「それが私の役割ですし、あの人の望みでもあります。こうなってしまったのは悲しいことだけれど」
俯き、そう悲しげに零す女性。
その姿を見た銀髪の女性が励ますように声をかける。
「辛い立場じゃな……じゃが、ワシらはヌシの為に居るようなものじゃ、如何なる時も頼ってくれて構わんぞ」
彼女はきっとにっこりと笑みを浮かべている。
ただ励ますだけでなく、その人の為ならどんなことでもするという覚悟を言葉に込めていた。
「わ、私も! 出来る限りのことが、したいです。……の為に」
緑の髪の少女は、一生懸命に声を張った。
伝えたかった。
たとえ拙い言葉でも、自分がその人のことをどう思っているのかを。
その人の為なら、どんな痛みも厭わないことを。
込める想いは強き親愛。
「…………」
五人目の赤い髪の少女は語ることはしなかったが、その眼差しから発せられる彼女の想いは皆に届いていた。
他の者達と同じ想い。
その人の為なら何でも出来る。
皆との絆があれば、自分に出来ないことなど何もないという確信。
「ありがとう。皆さんが側に居てくれて、本当に良かった」
四人が慕うその人は、悲しみに曇らせていた顔を柔らかな笑みに変え、そう言った。
銀髪を揺らしながらその人の名を呼ぶ。
「何を今更、ワシらは一心同体。いつまでも側に居るぞ、ディーヴァ」




