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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第二章『記憶の中のディーヴァ』
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第十四幕「のーこん、のーこん」

 天界勢対冥界勢の決闘。

 先ずは冥界勢が一勝を得た。

 トキ対オルガ戦。


 別に勝利数を競うものでもないが、一応はそれぞれの威信を賭けた戦いであるため、一勝でも多く勝ちたいのが人情。


 特にこの冥界のトキと、天界のオルガという曲者同士の戦いに於いてはその白熱ぶりも尋常じゃない。


「そういえば、あの稚拙な歌……ああグロリアでしたっけ? もう聞こえてきませんけど、ひょっとしてこのまましおれてしまうんでしょうか」


 素早く間合いを詰めながら、逆手に持った二本の短剣で切り込むトキ。それを機械仕掛けの大斧でガードするオルガ。


「てめぇ……またほざきやがったな? 安心しやがれ、ディーヴァのグロリアは小一時間は余裕で効果が持続するからよぉ、幾らでもなぶってやるっ!」


 力任せに斧でトキの双剣を弾き、高々とその大きな刀身を振り上げた。白き大斧がチュイインと動作音を発すると同時に、放電のような白い光を僅かに散らす。

 怪力の下、斧を豪快に振り下ろす攻撃をトキは後ろに大きく飛び上がりかわす。

 多少オーバーモーションで回避しなければ、ゼネラルでかわす方向やタイミングを掌握され、寸前で攻撃軌道を修正されかねない為である。


 標的を失い、大斧は苛烈に地面を穿つ。

 直後激しくスパークした。


(あの攻撃は破鎧では防ぎきれない、かわし続けるしかありませんね)


「ちっ、大振りじゃあやっぱ当たんねぇか」


 プシューと、大斧IRGST(アーグスト)・アロガンティアが煙を上げる。威力の高いスパークを伴った一撃の直後は必ずこのように一時機能停止している。

 そこを狙い、上空から二本の短剣を投げはなった。


「うぜぇ」


 軽々大斧を操り、それを弾くオルガ。

 絶影でトキは上空から一気にオルガの懐に飛び込むと、黒纏を宿した掌底で胸部を殴打する。


「うがっ!」


 もう片方の掌底で二打目を放とうとした矢先、引き戻そうとした一打目の腕をガシリと掴まれる。


「調子に乗るなぁっ!」


 そのまま真上へ放り投げられるトキ。

 空中で姿勢制御を行う間に、オルガの持つIRGSTアーグスト・アロガンティアが変形を始めた。


『モード・デザイア』


 クローディアがIRGSTアーグストをバラバラにしたようにアロガンティアもまた小さなパーツに分散してから、オルガの右手に集まり、武器の形状を再形成する。


 時間にしておよそ三秒、形作られたのは砲身だけのバズーカのようなもので、オルガの右腕から生えるように一体化している。そしてその砲身を頭上へ向けた。


「消えろ」


 バズーカが起動し、その根元付近、オルガの腕の関節あたりの位置に小さなゼネラルに似た光の翼が四枚現れる。

 次の瞬間砲身から極太のレイが轟音と共に放たれた。


『ブラックイレイザー』


 真下から突然レイの塊が迫り、咄嗟に大きく横へ飛んで回避する。

 時折観察していたクローディアとホムラの戦いを思い出し、このレイがこちらを追尾してくるかもと身構えるが、極太のレイはそのまま真直ぐ魂海の空へ昇って行き、やがて消えてしまった。


「だ、大丈夫……モード・オービットはレイを発射するパーツとそれを反射するパーツで弾道をコントロールするんだ。だからレイそのものは曲がらないよ」


 と、不意に解説が地の底から投げかけられた。

 その正体はまさかのクローディア。

 立てないのか、ほふく前進で二人の近くまで這って来たらしい。


「何やってんだてめぇは。黒髪はどうした? 勝ったのか?」


「ううん、僕が負けた」


「はぁ?」


 呆気に取られるオルガを他所に、クローディアは仰向けに寝転がり、トキに微笑みかける。


「いやぁ、ホムラは強いね、参っちゃった」


「…………」


 上空からホムラが居る方へ視線を向けてみる。勝者であるというホムラは既に意識が無いようで、うつ伏せに倒れたまま沈黙している。


 当人は自らを敗者と語るが、状況はその逆のように普通は見えるかもしれない。

 しかし同じ冥界の住人であるトキにはそうなった経緯に思い当たる節があった。


(先程の気配、やはり虚月慟哭を使ったのですか)


 ホムラが決闘を口にした時から、薄々はそんなことにもなるかもしれないと思っていたが、まさか本当にそうなるとは。

 彼女にとってこれはそこまでの価値ある戦いということだろうか……トキにはいまいち理解できない。

 確かにディーヴァの歌に関して自分も少し感情的になった所がある。

 とはいえ、戦いは単にストレス解消か、ちょっとしたお遊びのつもりだった。


 特別じゃない。いつもの悪ふざけだと、思っていた。


 今戦っているこのオルガという天界のマトリョーシカもそうだ。

 彼女は何故こんなに熱くなる。

 剥き出しの心、剥き出しの顔。

 馬鹿みたいだ。

 少なくとも戦いにそこまでの感情はいらない。

 冷静でさえあればそれでいい。


「そう、私は冷静だ……」


「ああん?」


 徐にトキは両手の短剣を逆手に握ったまま腕を交差させ、刃先同士を合わせる。すると一方の短剣が溶けるようにもう一方の短剣にくっつき、一本の刀の形に変化した。

 そして焦翼により縦横無尽に空を翔る。


 オルガに狙撃されないようにするためだろう、ジグザグに飛んだり、高度を頻繁に変えながら誘う。


「どうしたんですか? 先に冥界が一勝したくらいでもう戦意喪失ですか、とんだ腑抜けですねえ」


 やすい挑発だったが、オルガは容易く激怒した。


「てんめぇ……その口閉じろぉっ!」


 IRGSTアーグスト・アロガンティアが再び起動し、レイの塊を放出し始めた。


「のーこん、のーこん」


「死ねぇぇっ!!」


 五発六発と、レイを数度発射したあたりでバズーカは停止する。攻撃している時だけ生える四枚の小さな翼が消え、煙を上げ始めた。


「くそっ、オーバーヒートだとっ!?」


 そこへ、トキは一気に急降下し、刀を構えた。

 落下速度と重心の全てを乗せて、振り下ろす。だが、


「ははっ、バーカ!」


「……っ!?」


 寸前でオルガの砲身に四枚の翼が生える。

 全てはフェイクだった。


「消し飛べ、『ブラックイレイザー』」


 眩い強烈な閃光が視界を、瞼の裏さえ支配する。

 光源は破壊的なエネルギー、レイとして粒子を収束、指向性を付加し解き放たれた。

 トキの身体は至近距離からレイの塊を浴び、大きく吹き飛ばされる。

 遥か上空まで打ち上げられ、レイがその粒子の収束を保てなくなる距離まで飛んだところで、ようやく落下を始めた。


(身体が……)


 攻撃を受ける直前、腕を交差し、破鎧を使ってダメージ軽減を図ったが、その威力はスパークする斧の一撃に遜色が無く、相当なダメージを負った。


 レイの直撃を受けた名残である淡い光を零しながら、横目には森を一望でき、千迎樹さえ見上げる必要が無い高さを真っ逆さまに落下していく。


(してやられ……いや違いますね。私がはやったんだ)


 身体を重力に委ねながら、自らの敗因を考えるトキ。


(まさかあの局面で演技なんて、そんな繊細なことが出来る人とは思いませんでしたよ。侮った……彼女を? それとも心や感情をか……。何でしょう……割り切れない)


「ちっ、形を保ってやがるか。せめてもう一発ブチ込まねぇと気が済まねぇな」


 力なく落下するトキが地面に迫ってくると、その姿を捉えたオルガが、残酷にもバズーカの標準を合わせ、トドメの準備を始めた。


(このまま負けるならそれもいい。傷は精々三四日もあれば回復するでしょう。大したことはない。大したことは……)


 負けを認め、それを受け入れようと目を閉じ、塞いだ心の中に意識を置くイメージを浮かべて直ぐ、ふとした疑問が浮かび上がってきた。


(あの時の私も同じように敗北を受け入れたのでしょうか)


 目を開く。落下していく先にはオルガが居て、バズーカの砲身をこちらに向け構えている


(いや違う)


 セツカとの戦いの記憶を辿る。

 自然その時の自分の思考や感情がよみがえってきた。


(あの時の私はディーヴァを守ることだけを考えていた。けれど虚月慟哭という選択すら選べないまま意識を失い、気が付いた時には手当てを受けた後で……ディーヴァに怪我はありませんでしたが、それを喜ぶより、自らの不甲斐なさを恥じて直ぐには、ディーヴァの顔を直視できなかった)


 普段は僅かにしか感情を顔に出さないトキだったが、怒りと、それから覚悟を存分に湛える。


(なるほど……あなたがどうしてこんな決闘ごときで奥の手を使ったのかがようやく分かりましたよ、ホムラ。悔しい……何より許せない。何が、侍女マトリョーシカだ)


 アタラクシアは自身の情念だけでは使えないため、負の情念を体外から吸収する凝負という能力が必須になるが、精神や肉体を負で蝕まぬようフィルターの意味でかなりの制限が掛けられている。

 それを外し、半ば暴走に近い状態で負の情念をコントロールする危険な奥義こそ『虚月慟こげつどうこく』である。


(倒す、勝つ。私はもうディーヴァの笑顔から目を背けたりしない)


 溢れる暗黒のオーラ。

 その多くは全身に纏わりついて破鎧と黒纏で攻撃と防御を兼ね備えたことを表し、一部のオーラは背で翼の形を作って超速を得たことを示し、目の奥から溢れ零れた二筋の黒き涙の跡が、後戻りの出来ない覚悟を誓う。


 発動した虚月慟哭。

 落下しながら凝負練刃で生み出した一振りの刀を口にくわえると、身体の横に伸ばした両手に再び短剣を二本凝負する。


 全身を包むオーラが次第に大きくなっていき、やがてトキの身体を包んで覆い隠した。その姿はまるで巨大な黒鳥のようだった。


斬空ざんくう狩由かりゅう


 焦翼に絶影という奥義があるように、練刃にも斬空という奥義がある。


 斬空は練刃を瞬間的に巨大化し、攻撃範囲と攻撃力を飛躍的に高める法である。

 トキの斬空の場合は虚月慟哭と併用することで全身が斬空の刃に包まれ刃そのもので出来た、巨大な鳥の姿と化すのである。


 迫る黒鳥にオルガは攻撃態勢を解除した。


(あれはヤバそうだな。多分クローディアがやられたヤツだ。あのホムラとかいう黒髪がぶっ倒れてんのを見ると、どうやら捨て身の攻撃ってところか。ならかわして自滅を誘うか? ……いや無理だな。微妙に軌道調整しながら向かって来やがる。この距離だと俺の機動力じゃあかわしきれねぇ)


 突然自身に飛来する絶対的な力、それはまるで天災か何かのように避けるという選択肢を微塵も選ばせない。


「ちっ、しゃあねぇ……『モード・イージス』」


 オルガのIRGSTアーグスト・アロガンティアがまたもその形状を変化させる。

 それは大きな菱形ひしがたの盾の形をしており、頭上に向けトキの斬空を受け止める体勢に入った。


「僕らの使うインプルーブメントレイギアシステムツール、略してIRGSTアーグストは、『IDイドIRGSTアーグスト』って呼ばれてて、様々な形態を持つ多変機構型の兵器だ。僕のには無いけど、『モード・イージス』は防御力特化形態だから、これは見ものになるだろうねぇ」


 誰にでもなく、独り言のように呟くクローディア。彼女の言うように、今正に矛と盾の矛盾無き雌雄が決そうとしていた。


 爆発に似た衝撃波と破壊音を辺りに響かせ、盛大に土煙を巻き上げた。

 数十秒、土煙が晴れ、見えてきた決着の光景は……。


「て、てんめぇ……」


「……なんですか……」


「クソがっ! 覚えとけ……よ」


 盾を砕かれ、肩をザックリと抉らたオルガはその場に倒れる。

 直ぐに意識を失った。


 一方、口に銜えたままだった折れた刀を吐き捨て、片膝を突くトキ。


(……もしかしたらディーヴァはこのために、ホムラの決闘に賛成したのかもしれない。一度醜態を晒した私達の為に……)


 薄ぼやけていく視界の先で、小さな、しかし大きな銀髪の少女の姿を見る。

 笑ってはいない。だが悲しんでもいない。

 ただこの戦いの行く末を静かに見守り、最後に頷いてくれた。


 虚月慟哭の代償。

 意識を無へと手放しながらトキは、安らかな笑みを湛えていた。



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