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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第二章『記憶の中のディーヴァ』
12/24

第十一幕「相手にするなディーヴァ。変態だこいつも」

            凍てついた銀嶺に緑が芽吹いて

            咲いたような白に今日も尊さを想う

 

            例え絶望に染まったとしても

            今生きるこの世界の彩りは変らない

            例え希望に満ちていたとしも

            ただ失われゆくことの意味は変らない


            目に見えない小さな痛みは

            きっと心の隙間に容易く穴を作る

            あがなえどあがなえど

            きっと埋めることも儘ならないと悟ってしまう


            歌っていたい

            散る価値に想う心を

            語っていたい

            遥かなる理想を


            何処までも続いていく道と

            どこまでも満たされない想いはきっと始まりじゃなく

            夢そのものだから

            立ち止まれない

            立ち止まりたくない

            ただそれだけでいい







 尚も歌い続くグロリア。

 この歌声が、天界の二人に力を与えている。


「おやぁ? あっちはもう決着ついちゃったのかな?」


 手の平をひさしのように使ってトキの方を見ながら楽しげにクローディアは言った。


「余所見とは感心しないな」


 クローディアは現在、グロリアを歌っている天界のディーヴァの前に立ち、冥界のディーヴァ、ホムラの二人と向かい合っている。

 天界のディーヴァを護衛しつつ二人を相手取らなければならないクローディアの方が圧倒的に分が悪い。

 にもかかわらずその振る舞いは余裕を持ち、ホムラはそれが気に入らなかった。


「君達こそ。仲間がやられているのに心配の一つもないのかい?」


「やられている? はて、ヌシにはそう映ったか?」


 冥界のディーヴァが笑みを浮かべたその時、地面に叩きつけられ沈黙していたトキが、土煙の中から勢い良く飛び出し、中空のオルガに切りかかっていった。


「ふぅん、心配の必要もないってわけか。まあその方がこっちも楽しめるかな」


 また「ウケケ」と変な笑い方をして、向き直る。


 距離は二十メートルほど離れ、武器はライフルとハンドガンを装備しており、接近をその両手の銃で巧みに阻むクローディアをどう攻略しようかと、冥界勢は思案していた。


「あの弾幕だが、私が前を行き、盾になる。接近したら二人で共闘してどちらかを一気に片付けるのはどうだ」


「なら、先ずはクローディアじゃろう。奴は妨害なんかが得意そうじゃ」


「……なるほど、なら……」


 会話の最中に銃声が鳴り響く。

 ホムラと冥界のディーヴァの間を白い弾丸が走り去った。


「あっ、ごっめ〜ん、密談の邪魔しちゃった? つい指が滑って……ウケケ」


 言うまでもなく挑発であるその言葉に、ホムラは失笑と共に返す。


「いいや……今終わったところだ!」


 駆け出す、ホムラ。

 焦翼の恩恵で絶影ほどではないが高い機動力を発揮する。

 そこへすかさずライフルの連射攻撃が行く手を阻もうとする。

 だがホムラは身の丈の大剣を盾として使い、銃弾を全て大剣の腹で受けながら突っ込んでいく。

 その後方に続くのは冥界のディーヴァ。

 小柄であるため、ホムラの陰に十分身を隠せた。


 流石にライフルを幾ら撃ち続けたとしても重厚な大剣を損壊させられるとはクローディアも思っていない。

 防御から攻撃に転ずる隙を与えないため、また絶影などの高速移動を封じるために牽制として弾丸を撃ち続けているのだ。

 とはいえ、このまま接近されるのはあまり好ましくない。


「ウケケ」と笑いながら、ハンドガンを構えた。

 その銃口はライフルと同様ホムラに向けられているが、狙う位置はかなり下だ。

 一発の白い弾丸はホムラのやや前方の地面へ放たれ、着弾した。

 するとその地点から光が放たれ、何かがホムラに向かって斜めに突き出した。

 正体は鋭く尖った白い岩のような物体。

 それがホムラの進撃に待ったをかける。


「ちぃっ!」


 急ブレーキをかけ、なんとか激突を回避したものの、足を止めたことでクローディアの放つ弾幕を全て受ける形となり、ホムラは防戦一方となってしまう。


 そこへ更に光が球状に二つ、ホムラの直ぐ真上に現れ、眼前にある岩のような物体と同様に、光の塊から物質化すると、電柱のような太さの杭となって落ちてきた。


 弾幕を大剣で防御しながらその頭上からの攻撃に対処するのは無理がある。

 直撃は必至かと思われたが、伸びる白き二つの杭がホムラへと届くその瞬間、杭が横一線によって二本とも真っ二つに切り払われた。

 後ろで控えていた冥界のディーヴァがその長刀で目にも止まらぬ一閃を見舞ったのだ。

 そして直ぐ様大きく跳躍。

 ホムラを飛び越え、三メートル程の高さからクローディアを見下ろす。

 脇で長刀を構え、焦翼を展開した。

 そこから狙いを定め、急降下を開始する。

 黒い蝶の翼を生やした銀髪の少女の華麗かつ派手な姿かたち、その素早い動きを見逃していようはずもないクローディアは、狙いをホムラからディーヴァに切り替え、両の銃口を空に向けた。


「遅いっ!」


 瞬間的な加速。中空から一気にクローディアの背後にまで高速移動し、背中合わせの状態から背後へ向け、長刀を振るう冥界のディーヴァ。


 間合い、速度、太刀筋、全てに問題は無かったが、その刃が何かを両断することは無かった。


 クローディアはまるで後ろに目でも付いているかのように、背を向けたまま絶妙なタイミングで身を屈めることで、横薙ぎに振るわれた一閃を、完全に見切りかわしていたのだ。


「やはり当たらんか」


 長刀を振り抜きながら呟くディーヴァ。

 もはや天界勢の異様なまでの回避能力は何かしら仕掛けがあると見て間違いない。


 天界勢の行使する力、光を収束させ、そこから武器や、様々な形状の物体を形成できるのは冥界流で言うところの凝負に似ているが、射撃武器などの複雑な構造物や、出現場所を選ばず質量も自在な点を踏まえると、アタラクシアより遥かに物体形成能力に長けた力であることがわかる。


 その力をどう駆使すれば、先の異様な回避能力を発揮できるのかは定かではないが、絶影ですら死角を突くことが出来ないその力は、攻撃力を武器にする冥界勢にとってかなり厄介な物だと言えた。


 長刀を振り抜き生じさせたその大きな隙に、ニヤリと笑みを浮かべたクローディアが銃を構える。

 しかしそこへホムラが接近、大剣を大きく振り上げ、振り下ろす。


「ウケケ」


 ユラリとした脱力感を感じさせる奇妙な動きで身を反らすクローディア。

 一度も目視などしていない。にもかかわらず、ディーヴァとホムラに挟まれた状態で確実に攻撃を見切り、大剣と体の向きが平行になるようにして身を引きつつ、一歩下がりそれをかわした。


 目の前を巨大な黒い刃が落ちていき、足元に突き刺さる。

左右にはディーヴァとホムラ。セオリー通りなら前後に離脱して挟まれている状況を脱するのが先決だが、回避に自信があるからなのか、クローディアはそうしない。


「……ウケケ」


 地面に突き刺さったばかりの大剣が何故か消えかけている。

 クローディアはその原因を把握していた。

 大剣を振り下ろした直後、それを放るようにホムラが手を放していたことがその原因で、行動の理由は、間髪入れず素早く間合いを詰める為だった。


 一歩二歩、間合いを詰めたホムラはその勢いを振り上げた右足に集中。

 鋭い上段蹴りをクローディアに向け放った。


破絶蹴はぜつしゅう


 負の情念を根源とする黒き浄化の力『アタラクシア』を身体に纏い、己が身体を強力な打撃武器と化す術技『黒纏こくてん』による一撃は案の定、躱されてしまう。

 しかも頭部が地面に着きそうになるほど深く身を反らせるという、かなり無理な体勢で。


 そこへディーヴァが黒き長刀の全体を地面すれすれに這わせる太刀筋で追撃を試みる。

 この攻撃が通ると、地面に着いた状態の両足とすれすれで停止しているクローディアの頭部が一閃で切り落とされるという非常にグロテスクなことになるが、そもそもこれくらいの攻撃が当たるとはディーヴァも思っていない。

 存在を消し去るくらいのつもりで攻撃しなければ、この決闘で勝利することなど到底出来ない。

 少なくともそのくらいには天界勢の力量を評価し、また、その位でようやく傷を付けられる程、手ごわく、厄介な相手と認識した上での、容赦なき斬撃だった。


 そんな期待に答えてか、或いは最初からこの体勢自体が回避行動の予備動作だったのか、ひらりと難なく、攻撃をかわして見せるクローディア。


 頭を浮かせたブリッチのような体制から重心を頭の方に移し、両手に持っていたライフルとハンドガンを投げ捨てる。

 そして逆立ちの要領で両手を頭の上で地面に着け、下半身を持ち上げる。魂海の空へ向け揃えられた両足が頭の方へ倒れ、体のしなりと重心移動の反動を利用し円運動。

 両手で地面を弾いて飛び上がり、繰り出した華麗なバク宙でディーヴァの水面切りを回避した。

 しかもそれはただ回避の動作には止まらず、連続のバク転に繋げ距離を取る。


「やれやれ、ここまで当たらんと苛立ちを通り越して虚しさを覚える」


 十メートルに満たないが、容易く接近戦に持ち込めない程度の距離を空けると、バク転を止め、その場で軽く身なりを整えるクローディア。


「ウケケ……いやぁ。言うほどこっちも余裕じゃないって。正直そっちの攻撃は一発食らうだけでKO確定だし。攻撃力だけじゃなくて、身のこなしも半端ないからさぁ。お二人さんほんとに強いよぉ」


 珍しく、と言うより初めてクローディアは冥界勢を賞賛するようなことを言う。

 流石にむず痒く思ったらしく、


「なんだ急に? 気持ちの悪い……」


 と、眉間にしわを寄せ訝しむホムラ。


「嫌だなぁ、僕は君らのこと別に嫌いじゃないんだよぉ? むしろ解説のし甲斐がある……じゃなかった。強くてカッコいい人たちだなぁって、ほんとにそう思ってるんだからぁ。正直ディーヴァのグロリアと、この翼がなかったらとっくにやられてると思うんだよねぇ」


 両手を広げ肩を竦めるクローディア。

 妙にわざとらしく褒め称えるような言葉を並べたが、最後の核心的な単語に、それが食いつかせるための物言いだと分かっていて、それでも反応してしまう、冥界のディーヴァ。


「翼……? そういえば、ヌシは何のためにその翼を展開しておる? 一度も飛んでおらんではないか」


 翼は飛ぶためのもの。

 しかしクローディアは地上で歌う天界のディーヴァに冥界勢を近づかせないよう、地上で迎撃戦を行っていた。

 冥界勢のように、負の情念を取り込んで速力を上昇させるような力も見られない以上、それはもはや不要の存在に思えた。


 ニヤァと、シタリ顔を浮かべたクローディアが突然自らの胸を力強く叩いた。


「良くぞ聞いてくれた! それはこの僕が責任をもって解説しよう!」


 嬉々とするクローディアの様子を見て、ホムラは呆れ顔を浮かべた。


(こいつ、聞いて欲しかったのか……)


「先ず僕らの翼は君らのとはまったく違う能力を持ってる。まあ飛行能力に関してはあまり性能に大差はないかな? 肝心なのはもう一つの機能の方だね。君らの『焦翼』は、情念を取り込んでの速度上昇が売りだけど、僕らの『光子翼ゼネラル』は、全方位索敵能力が売りなんだよ」


「ぜねらる……?」


 さらりと冥界勢の能力を把握しているかのような言動があったが、それよりも全方位索敵能力を持つ翼、という解説のほうが興味を引いた。


「僕ら天界の住人が使う能力は白き原型の力『マトリックス』っていってね、『光粒子フォトン』で自在に物体を形成する光のアートなんだよ!」


「あーと……か。してそのふぉとんとやらは?」


「光と同等の存在。でも同義じゃない。全く別次元のエネルギー体で、マトリックスでしかその存在を捉え、制御することが出来ない。まあ負の情念と同じように普段は目に見えないから分からないだろうけど、実は何処の世界にもあるごくありふれたエネルギーなんだ。それを原動力にマトリックスはありとあらゆる物体を形成できる。形状や構造、材質や性質も自由自在。その力をどれくらい使いこなせるかは、僕ら天界のマトリョーシカの処理能力に依存してる。まあ簡単に言うと沢山の情報や計算をどれだけ一遍いっぺんにこなせるか、ということだね。そこで最初の質問に戻るけど、このゼネラルは言わばレーダーなんだよ」


「れーだー?」


「あれ、知らないかい? 人間の世界にある電波探知機のことさ。電波が物体に跳ね返るのを利用して地形把握や気象観測に用いるんだ。僕らのコレはそれに似てる。周囲のフォトンに向けて常時このゼネラルからフォトンを発射し、跳ね返ってくる情報を僕らの頭にダイレクトに送り込む。それを僕らは自前の処理能力で解析して周囲の状況を把握してるってわけさ」


「……何やら頭が痛くなりそうじゃが、聞く限りではかえって時間がかかるのではないのかそれは」


「ちっちっち、甘いなぁ。フォトンは光だ。発射も反射も、光速だ。君達自慢の絶影は精々音速を少し越える程度だからその動きはとても鈍く映る。もちろん処理能力によっては情報の解析に遅延が生じるけど、生憎とここに居るのはみんな統括長だ。あ、まあ計算がすごく速いマトリョーシカ(とディーヴァ)達ってことね。しかも今はグロリアの効力下だからその力は数段強化されてる。つまり今の僕らは広範囲を光速解析することが可能なわけだよ」


「……ふむ、なるほど。……まあ分かりやすい解説でワシらは助かるんじゃが……それでよかったのか?」


「んん?」


「いやいや、言わせた手前もあるが、ワシらが知らんままの方がヌシらは戦い易かろう? それとも、知られたところで痛くも痒くもないわけか」


 ニヤァっと再びシタリ顔を浮かべるクローディア。


「そぉゆんじゃなくてね? 僕は言わばバトルものの解説キャラポジションを狙ってるわけさ」


 冥界勢を一瞬キョトンとさせながら、人差し指を立ててウィンクするクローディアは楽しげに言う。


「解説……きゃら……?」


「そそ。だから自分が不利になるとかは関係なしにどんどん解説していくから、分からないことがあればこの僕に何でも聞いてよ」


 何やら可笑しなことを口走りだしたぞこの娘は、とホムラも冥界のディーヴァも、素直に彼女の言うことを鵜呑みに出来そうにない。

 自分から自分の手の内を晒し、その結果不利な状況に陥っても構わない。その理由が「解説キャラポジションを狙っているからだ」と、言われても反応に困る。


 それ自体がブラフで、こちらに嘘の解説をし、信じさせるための言い訳とかであれば、まだ鼻で笑うくらいのことは出来るが、どうにも本気の表情と雰囲気だ。

 明らかに頬は紅潮し、鼻息がやや荒くなり、声のトーンもそれなりに上がっている。

 つまり彼女は今『イキイキ』しているのだ。


 バトルものの解説キャラとは、得てして負け犬の烙印も同義の、下手をすると何の活躍もないモブと変らぬ存在。

 彼女はいったい何故、そんなキャラ位置を目指すのか。


「僕はさ、こう思うんだ。これはきっと、誰かがやらなきゃいけないことなんだって。でもいつだって、この役はいやいや押し付けられるみたいに影の薄いキャラとかが担当してる。本当はもっと重要なキャラ枠なんだって……誰より輝く事だって出来るんだよって……そう、証明したいんだよ!」


「いや……そもそもきゃらってなんじゃきゃらって」


「相手にするなディーヴァ。変態だこいつも」


「あっれーノリ悪いなぁ。ここはハグをする所だよぅ?」


 力説虚しく、冥界勢はいたって冷ややか。

 そんな二人に「ウケケ」と変な笑い方をしながら何故か両手を広げ受け入れる体制を取っている解説キャラ志望であった。


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