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ディーヴァマトリョーシカ  作者: 黒砂シグマ
第二章『記憶の中のディーヴァ』
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第九幕「……うぅ……わ……分かりましたぁ……」

 冥界のディーヴァを先頭に、冥界勢と天界勢、計六名は月性樹げっせいじゅの森を行く。

 

 行き着いたその場所は、何のことはないただ森に穴が開いたような広場だった。

 場所もやや千迎樹から離れた程度で、徒歩でも十分と掛からない。

 ちなみに場所をわざわざ変えたのは千迎樹の付近でテントを張っているマトリョーシカ達に配慮してのことである。


「ここは、ワシらが普段修行に使う場所なのじゃ」


「修行?」


 聞き慣れない単語に聞き返す天界のディーヴァ。

 無論意味を知らない訳ではない。


 人とは違うディーヴァやマトリョーシカと呼ばれる存在は、基本的に鍛錬をして強さを身に付けるのとは少し違う。

 生まれながら、というより存在そのものが戦う力を既に有しており、修行などしなくともその身に宿している能力は十分な戦闘能力だと言える。


 それは日常のほとんどをデスクワークに捧ぐ天界勢もまた同様で、与えられた役割と、そもそもの彼女達の存在の在り様との間に、矛盾が生じてしまうのは否めない。


 自分たちのことをただ漠然と、そういうものだ、という認識を持つのに数年、数十年、数百年を要したかどうかは、彼女達だけが知っている。


「魔物じゃよ。奴らはなかなかに狩り応えのある奴らでな。力に頼るばかりでなく、技を身につけなければおちおち眠れもせん」


 魔物には様々なタイプが居るが、森からいつ現れるかもしれない危険性や、高い戦闘能力から、それらに打ち勝つべくマトリョーシカ達は日々修行を重ねている。 今はたまたま修行者の居ない時間帯であるため、丁度いいと冥界のディーヴァは一行を連れてきた。


「場所の説明なんざどうでもいい。さっさと始めようぜ」


 三対三、冥界勢と天界勢は十メートルほど距離を空け、向かい合って立つ。


(どうしよう、まさかこんなことになるなんて……)


 六人中ただ一人だけが、その事態に困惑していた。


 本来自分達はとある異常を調査し、原因と解決策を究明するためにこの冥界を訪れているのだ。

 それなのにこの状況。正直、投げ出してしまいたい衝動に駆られる。

 だが出来ない。

 長としてのけじめというのもあるが、一番の理由はここに居る全員から逃れられる気がしないからだ。たぶん一人相手だって無理だろう。

 気が弱く口下手で、自己主張が苦手。嫌なことでも周りの意思に背いてノーと言う勇気が彼女には無い。


「おいっ! ビビリ!」


「えっ!?」


 俯き暗澹あんたんとしていると、突然オルガが呼びかけてきた。


「てめぇは後方支援だ。グロリアでな」


「えっ……?」


 そう指示され我に返ると、既に戦闘開始の合図はされたようで、トキとホムラが先行し、こちらに駆けてきていた。


赤茶あかちゃは俺がやる……」


 前へ出たオルガの手に、光が集う。それは瞬時に物体を形成した。形作られたのは白色の大型銃器、ガトリングガンだった。


 予想外の大物の出現に、トキとホムラはブレーキを掛ける。

 両手で抱えるようにして構えられたガトリングガンが、その持ち主であるオルガの口元がニヤリと歪むのに合わせ起動する。

 銃口を六つ持つ極太の銃身がキュイインと回転を始め、その回転が高速化してから遅れること一秒、大量の弾丸をばら撒き始めた。


 その壮絶な光景を前に、先行していたトキとホムラだけでなく、冥界のディーヴァも焦翼を展開、バラバラに飛び散る。

 だがガトリングガンの射線から抜けられたのはホムラとディーヴァのみ。トキは弾幕に追われ、宙を逃げ回っていた。

 それを見たノーマークの二人はここぞとばかりにオルガへターゲットを絞り、地を這うような低空飛行でそれぞれ別方向から強襲を仕掛ける。


「フォローしろっ!」


 トキを執拗にガトリングガンの弾幕で追い回しつつ、オルガが叫ぶ。それを聞き、クローディアが反応した。


「りょーかぁい」


 分かったと口に出すクローディアだったが、何故か明後日あさっての方を向いて笑みを浮かべる。


「この物語はぁフィクションです。実在する一切の事柄とは関係ありません。現実と創作物との区別は自己の判断と責任でしようねぇ」


「何のフォローしてんだっ!?」


 自分の窮地をボケなのかなんなのかよく分からない形で放置され、信じられないといった表情で咆哮する。


「ああ、そっちの方か」


 向き直り、ホムラより速度の速い冥界のディーヴァとオルガとの間に身を割り込ませた。

 今まさにオルガに攻撃を仕掛けようとしていたディーヴァの迎撃に取り掛かる。


 まずオルガと同じように白いアサルトライフルを形成、動きを読んだ的確な射撃によってディーヴァを一旦離脱させる。


「くっ、行けそうだったんじゃが…」


 次に側面からホムラが時間差で突っ込んでくる。

 白いアサルトライフルをそのまま駆使してもいいはずだが、「ウケケ」と変な笑い方をして片手をアサルトライフルから放し、その手にまた光を収束させた。

 今度は小型のハンドガンを一瞬で形成。連射速度は劣るが、やはり的確な射撃でホムラを引かせる。


「……っ!」


 ひとまず二人は距離を取り、地面へ着地する。立ちはだかるクローディアを無視して一直線にオルガを狙うのは難しそうだった。


 一方トキは依然弾幕から逃げ回っている。


「くそっ! かすりもしねぇ!」


 絶えず大量の弾丸を放出し続けるガトリングを制御し、縦横無尽に飛び回るトキを巧みに追い続けるが、ひたすらかわされていた。


 動きの早さも大きいが、的確な狙いその裏をかく〝読み〟の攻防にトキは勝っていた。

 どれほど忠実に動きを追従しようと突き放し、待ち伏せの要領でトキの行く手に射線を敷いてみても引っかからない。

 上昇や下降、旋回や停止など、様々な動きを組み合わせる不規則な飛行は、優れた身のこなしと焦翼を扱う技術力の高さが織り成すものだった。


(そろそろいいでしょうか……)


 と、それまでかわす事だけに専念していたトキの動きが変った。背を追いかけてくる弾幕を一旦引き離し、宙返り。

 真っ向から弾幕に突っ込む形を取ったのだ。


「馬鹿がっ、全身風穴にしてやる!」


 りきむオルガの視界が己の手元から生み出される弾丸によって埋め尽くされ、トキの姿を飲み込んだ直後、背後に気配を覚えた。


「あぁ?」


 一瞬仲間のものかと思ったが、近すぎる。クローディアは冥界の二人を近づけないようにしているはずだし、なら一体誰が……。


 振り向く間も無く、全身に衝撃が走る。


黒拳こっけん一点極打衝いってんきょくだしょう


 オルガの背に、黒いオーラを纏った拳が叩き込まれていた。しかもその犯人は侍女マトリョーシカ『トキ』。

 いつの間にか、中空の、弾幕の先を飛行していたはずの姿がそこにはあった。


 黒き浄化の力を纏った拳による一撃は、溜め込んだエネルギーを爆発させるようにオルガの身体を吹き飛ばす。

 これは一体どういうことだ、と疑問が軋むような痛みと共に全身を駆け巡って頭の中に流れ込んでくる。

 結局、地面に叩きつけられるまでその疑問は止まぬまま、答えも出ずに、地に伏した。


「あっ! そんな……オルガっ!」


 目の前を殴り飛ばされた仲間が過ぎていく。オルガの手にしていたガトリングガンは地面に転がってプシューと煙を上げ沈黙しているし、オルガ本人も力なく横たわっている。


 クローディアの時と同様、涙目で駆け寄ろうとする天界のディーヴァ。


「あぁ? 呼んだかコラ」


 と、ディーヴァが駆け寄るまでもなく、オルガは自ら体を起こし、立ち上がった。乱れた髪をかき上げ、はぁっと溜息を漏らす。


「大丈夫……なんですか……?」


 恐る恐るといった感じで聞く。するとギロリと剣呑な目付きをディーヴァへ向けた。


「つうかテメエ! グロリアはどうしたぁ?」


「……え?」


 不意に問われ、何の事だったかと首を傾げる。


「……あ……」


 そういえばこの決闘が開始された直後にオルガに後方支援を命じられていたのを忘れていた。というか、そもそも自分は了解などしていない。

 決闘自体、賛同などした覚えはないのだが、あれよあれよと言う間に渦中かちゅうだ。嫌になる。


「でもっ、わ、私は決闘には反対……」


「シャアラップっ!」


「ひぬっ!?」


 そして強引に言うことを聞かされる、毎度お決まりのパターン。


「……うぅ……わ……分かりましたぁ……」


 嫌々、渋々、言うことを聞く。

 シクシクと涙を目尻に溜めながら、目を閉じ祈るように手を合わせる。

 再び、天界の歌『ミスティグロリア』を奏で始めるのだった。





            『幻想花げんそうか


            たゆたう水面に木漏れ日が返って

            風を帯びた花びらに今日も美しさを見る


            例え明日がないのだとしても

            そっと息衝くその花の名前は変らない

            例え昨日が色褪せたとしても

            ただこの行く道の厳しさは変らない


            目に見るささやかなる希望は

            きっと簡単に手の平から零れ落ちてしまう

            すくえどすくえど

            きっと手にすることもままならないと知ってしまう


            感じていたい

            絶望に咲く力を

            感じていたい

            遠い世界の夢を


            いつまでも信じられるものと

            いつまでも求めているものはきっと愛じゃなく

            心の赴く居場所だから

            守りたい

            ただそれだけでいい




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