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猫は猫である

作者: 偽足

 当時、猫は自分の存在理由ニャゾンデートルの探究に執心で、他の事を気に留める余裕は無かった。それ故か、他の奴らからは風変わりな気の触れた奴と村八分にされていた。毎晩毎晩、猫は人間どもで言う所の虐めを受けた。食糧を得る為に猫が忍び込んでいた倉庫に先回りして入り口の上から物を落とされる。猫が気に入っていた寝床を爪で引っ掻き回される。哺乳類の風上にも置けぬ阿呆の極みの言動に猫は閉口せざるを得なかった。真理の探究を妨げる事が、自分たちの首を絞めている事に気がついていないらしい。

 我々は人間どもに見捨てられた。我々を介して人間どもに感染する新型の病原体ウイルス世界的流行ニャンデミックを引き起こしたからである。人間どもの生理学に対して猫は一切の知識を持ち合わせていないが、耳に入る単語を意味のある文脈に構築し直すに、どうも人間どもにとって致命的で、感染した我々の個体の判別が困難ゆえに駆除が間に合わず、唯一残された脱出口が、我々を見捨てて衛星に移住する、という物であったらしい。猫は同じく人間どもの宇宙工学の知識は持ち合わせていないが、思うに他の要因もあったに違いない。資源の枯渇や放射線の被害など。

 ともかく我々は人間どもが衛星に連行した他の動物のつがいと違い、一匹残らずこの星に残されたのである。猫はその時初めて自由を手に入れた。猫のカイヌシは非常に傲慢で自分勝手という見下げた生物で、猫の事を四六時中監視下においては腕を引っ張ったりだの腹を弄ったりだのしてくれていたが、もはやカイヌシは消えたのだ。

 猫は人間どもの哲学に関して詳細な記憶を残してはいないが、自由になると自己同一性ニャイデンティティに関する意識、所謂自意識が発達するという事らしい。猫は自由を手に入れて初めて自分の存在理由ニャゾンデートルに対してこの草色の脳細胞で言及するに至ったのだ。

 我々は斑から三毛に到るまで、徹頭徹尾、個体管理ニャイデンティフィケーションされ、去勢を受けているから種としての繁殖能力は存在しない。我々は「何故生きるのか」という問いに対して最も明瞭な「種を絶やさない為に生きる」というトートロジーを封ぜられたのだ。そうであるなら、我々は、猫は何故生きるのか。

 親切丁寧な人間どもの我々に対する仕打ち――種の退化促進――と、我々の種としての脆弱性、そして短命性はきっと我々に文明を持つ事を許さないだろう。つまり、我々が辿るのは滅び、終焉の道しか無いのだ。大衆宗教さえも開発は不可能であろう、猫はきっと喇叭の演奏を聞かずに自らの生命活動を停止する。

 だが、猫は実はこの話の終着点を知っている。古の教義ニャグマを知っている。猫がここにいる理由、そんな物はないのだ。仮に存在したとして人間どもが疾うの昔に持ち去っていよう。そういう奴らだと我々は知っている、少なくとも猫は知っている。

 猫は我々の先祖に対して幾分の知識を持ち合わせている。古代の我々には驚く事に体毛があったという。猫には考えられない、それで良くカイヌシの絨毯や着物を汚さずに済んでいたのだと感心する。古代の我々には同じく尻尾なる珍妙な器官があったという。猫は生物学に対して知識という程ではないが、蛇は知っている。蛇から頭と羽を除いた部分を尻尾と言うのだそうだ。

 だが、彼らには知能と言える知能が無かったという。猫は知っている、これは順当なる生物の進化だ。自然淘汰や選択による我々の種の進化だ。猫の趣味である三角関数方程式の積分も、彼らは行えなかったのだ。猫はよくそれで生物として生き残れたと感心し、そして尊敬し感謝する。

 衛星は上に煌々と輝いている。猫はここから人間どもの様子を見られないのが惜しい。我々の種の存在理由ニャゾンデートルを尽く持ち去った彼らが憎い。しかしながら、猫は我々の手によって獲得した知能を持っている。それで良いではないか。最後に誇りを持って、酔狂にこの惑星の最後を見届けよう。我々の種の物的歴史メタニャストリーを終わらせよう。我々に幸あれ。猫はそう考えた。



「――という訳で我々は愛玩動物に対する愛護の観点から、彼らの意識を抽出イクストラクトし、新たな四足歩行型自動機械へ移植する事を決定したのだ。これによって彼らは、強化された神経細胞シナプスによる電算能力を得て、優れた種へと進化すると共に、朽ちゆく事のない肉体を手に入れる事が出来るのだ――」


「――我々が使用している生物学的細胞集合体ボディは最早、脆弱と不潔を極めた物質に他ならない。我々はこの外装カプセルを捨てるべきなのだ。旧来、生理学と呼ばれていた学問は現在完全なる上位学問に置換されているからして――」


「――制御不明の病原体ウイルスが蔓延し……シテ……いる。即時対応が要求される。惑星規模的危険宣言レベルレッドを初削髪……発令。必要。自らを複製コピーする自律的生命体プログラムに体して我々が行えるアラガイは――」

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