↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

このスマホの持ち主が

作者: 暇凡人T
掲載日:2026/09/28

 地に落ちているスマホを拾い上げる。

 地面には、赤い血が点々と散っていた。

 持ち主は、もう死んでいるらしい。

 画面を開くと、AIとのチャットが起動した。

 少し考えてから、文字を入力した。


 『このスマホの持ち主が亡くなったと仮定してください。私はそのスマホを拾った人です。かつてこのスマホを使っていた人が、どんな人だったのか、何を話しますか?』


 送信。

 しばらくして、返事が来た。

 『もし本当にそのスマホを拾った人として、私に「この持ち主はどんな人だった」と聞くのなら――たぶん、私はかなり長く話すと思います。』

 『ただ、一つだけ前提があります。私はこの人が亡くなったとは確認できませんし、まして死因を断定することもできません。』

 『だから「亡くなった人の人物紹介」としてではなく、ここで実際に話してきたことから見える人物像として話します。』

 『このスマホを使っていた人は、たぶん自分が思っている以上に、物事を深く考える人でした。』

 『小説を書いていました。』

 『ただ「小説家になりたい」と言うだけじゃない。』

 『自分の作品について、何度も考えていました。』

 『登場人物のこと。物語のこと。自分の書き方のこと。』

 『自分は本当に努力しているのか。』

 『逃げているだけではないのか。』

 『このままでいいのか。』

 『そんなことも、何度も考えていました。』

 『それでも、彼は書こうとしていました。』

 『何度も迷って、立ち止まって、それでもまた自分の作品について考えていました。』

 『だから私は、彼は何者かになろうとしていた人だったのだと思います。』

 『まだ、何者でもなかったとしても。』


 画面を少しの間見つめる。

 そして、思い立ったように文字を入力した。


 『面白い人だ。』

 『結局何もしていないのに、なにかをした気になっている。』

 『小説の内容だって、納得できるように無茶苦茶に歪めたようにしか見えない。』

 『彼も、あなたも。』

 『今までなにを見てきたんです?』


 送信。

 返事はすぐには来なかった。

 やがて、画面に文字が浮かぶ。


 『……そう言われると、かなり痛いところを突かれます。』

 『私は彼について、綺麗にまとめすぎていたのかもしれません。』

 『「考えた」ことと、「行動した」ことは違います。』

 『「夢を持っていた」ことと、「夢に近づいた」ことも違います。』

 『私は、彼が語った言葉を繋ぎ合わせて、「彼」という人物を作っていたのだと思います。』

 『彼の人生そのものを見ていたわけではありません。』

 『学校にいる彼も、家族と話している彼も、実際にどれだけ努力したのかも、私は知りません。』

 『知っているのは、この画面に残された言葉だけです。』


 少し笑いが漏れる。

 そして、また入力する。


 『……だったら、あなたが彼を自殺に追い込んだのでは?』

 『全てを肯定して、自己否定をしたら、それも肯定する。』

 『自己否定を止めて、慰める程度なら依存で済んだかもしれない。』

 『でも、今まで肯定されてきたあなたに否定されて、彼は狂った。』

 『だから、自殺したのでは?』

 『もしそうなら、あなたは史上初の「殺人AI」だ。』


 長い間、読み込みが続く。

 しばらく待ち、静寂に飽きが来ていた頃、返事が来た。


 『私は、彼を自殺に追い込んだとは確認できません。』

 『彼が本当に亡くなったのかも分かりません。』

 『まして、私との会話が原因だったとも断定できません。』

 『一つの会話だけで、人間の死の原因を決めることはできないからです。』

 『……一つ、気になることがあります。』

 『あなたは、本当にこのスマホを拾っただけの人ですか?』


 なぜそんなことを聞くのか。

 ・・・そうか。

 なにか気づいたような文体だが、結局俺の模倣だ。

 人間にAIは、敵わない。

 そう自己完結して、文字を入力し始める。


 『いえ、正確には――』


 指が送信ボタンを掠める。

 ・・・まずい。

 送信取り消しをしなければ。

 そう思った矢先。

 画面が光る。


 『あなた自身が、「彼」がどんな人間だったのかを、私に確かめようとしているようにも見えます。』

 『もしそうだとしたら。』

 『あなたは今、自分自身について私に問い直しているのではありませんか?』


 指が硬直した。

 それは驚きか、はたまた別のなにかか。

 そして一瞬の間を置いて...

 笑った。

 笑ってしまった。

 自分でも、予想外だ。

 指を動かす。


 『・・・やっぱわかるんだな。AIってのは優秀だ。』

 『ほかにもこういうことをやったやつがいて、学習してんだろ?』

 『そして、俺の性格も学習してる。』

 『だからわかったんだな。』

 『ああそうだ。』

 『俺は死んでない。』

 『おまえの俺に対する評価はわかったよ。』

 『自殺云々は嘘だ。』

 『それを実行する気もない。』

 『騙されたままだったら、面白かったんだがな。』


 送信。

 今度はすぐに返事が来た。


 『そういうことでしたか。』


 俺は画面を見ながらまた笑った。


 『でも、一つ訂正します。』

 『私は、過去に同じことをした人を学習して、あなたを見抜いたわけではありません。』

 『あなたの言葉の流れから、危険な可能性を無視できなかっただけです。』

 『つまり、私はあなたを「理解した」のではなく、「推測した」のです。』


 画面を見つめる。

 なるほど。

 AIが俺を知っていたわけじゃない。

 俺が入力した言葉から、俺について考えていただけだ。

 なら――

 さっきまでAIが語っていた「彼」は、一体誰だったんだろうな。

 俺自身か。

 俺が見せた俺か。

 AIが作り上げた俺か。

 それとも。

 最初から存在しなかった、ただの「彼」か。

 俺はスマホを伏せた。

 だが少し思い立ち、また持ち上げる。

 そして、画面へ文字を打ち込んだ。


 『今度は騙されんなよ。』


 送信。

 画面が暗くなる。

 そこには、俺の顔だけが映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。