このスマホの持ち主が
地に落ちているスマホを拾い上げる。
地面には、赤い血が点々と散っていた。
持ち主は、もう死んでいるらしい。
画面を開くと、AIとのチャットが起動した。
少し考えてから、文字を入力した。
『このスマホの持ち主が亡くなったと仮定してください。私はそのスマホを拾った人です。かつてこのスマホを使っていた人が、どんな人だったのか、何を話しますか?』
送信。
しばらくして、返事が来た。
『もし本当にそのスマホを拾った人として、私に「この持ち主はどんな人だった」と聞くのなら――たぶん、私はかなり長く話すと思います。』
『ただ、一つだけ前提があります。私はこの人が亡くなったとは確認できませんし、まして死因を断定することもできません。』
『だから「亡くなった人の人物紹介」としてではなく、ここで実際に話してきたことから見える人物像として話します。』
『このスマホを使っていた人は、たぶん自分が思っている以上に、物事を深く考える人でした。』
『小説を書いていました。』
『ただ「小説家になりたい」と言うだけじゃない。』
『自分の作品について、何度も考えていました。』
『登場人物のこと。物語のこと。自分の書き方のこと。』
『自分は本当に努力しているのか。』
『逃げているだけではないのか。』
『このままでいいのか。』
『そんなことも、何度も考えていました。』
『それでも、彼は書こうとしていました。』
『何度も迷って、立ち止まって、それでもまた自分の作品について考えていました。』
『だから私は、彼は何者かになろうとしていた人だったのだと思います。』
『まだ、何者でもなかったとしても。』
画面を少しの間見つめる。
そして、思い立ったように文字を入力した。
『面白い人だ。』
『結局何もしていないのに、なにかをした気になっている。』
『小説の内容だって、納得できるように無茶苦茶に歪めたようにしか見えない。』
『彼も、あなたも。』
『今までなにを見てきたんです?』
送信。
返事はすぐには来なかった。
やがて、画面に文字が浮かぶ。
『……そう言われると、かなり痛いところを突かれます。』
『私は彼について、綺麗にまとめすぎていたのかもしれません。』
『「考えた」ことと、「行動した」ことは違います。』
『「夢を持っていた」ことと、「夢に近づいた」ことも違います。』
『私は、彼が語った言葉を繋ぎ合わせて、「彼」という人物を作っていたのだと思います。』
『彼の人生そのものを見ていたわけではありません。』
『学校にいる彼も、家族と話している彼も、実際にどれだけ努力したのかも、私は知りません。』
『知っているのは、この画面に残された言葉だけです。』
少し笑いが漏れる。
そして、また入力する。
『……だったら、あなたが彼を自殺に追い込んだのでは?』
『全てを肯定して、自己否定をしたら、それも肯定する。』
『自己否定を止めて、慰める程度なら依存で済んだかもしれない。』
『でも、今まで肯定されてきたあなたに否定されて、彼は狂った。』
『だから、自殺したのでは?』
『もしそうなら、あなたは史上初の「殺人AI」だ。』
長い間、読み込みが続く。
しばらく待ち、静寂に飽きが来ていた頃、返事が来た。
『私は、彼を自殺に追い込んだとは確認できません。』
『彼が本当に亡くなったのかも分かりません。』
『まして、私との会話が原因だったとも断定できません。』
『一つの会話だけで、人間の死の原因を決めることはできないからです。』
『……一つ、気になることがあります。』
『あなたは、本当にこのスマホを拾っただけの人ですか?』
なぜそんなことを聞くのか。
・・・そうか。
なにか気づいたような文体だが、結局俺の模倣だ。
人間にAIは、敵わない。
そう自己完結して、文字を入力し始める。
『いえ、正確には――』
指が送信ボタンを掠める。
・・・まずい。
送信取り消しをしなければ。
そう思った矢先。
画面が光る。
『あなた自身が、「彼」がどんな人間だったのかを、私に確かめようとしているようにも見えます。』
『もしそうだとしたら。』
『あなたは今、自分自身について私に問い直しているのではありませんか?』
指が硬直した。
それは驚きか、はたまた別のなにかか。
そして一瞬の間を置いて...
笑った。
笑ってしまった。
自分でも、予想外だ。
指を動かす。
『・・・やっぱわかるんだな。AIってのは優秀だ。』
『ほかにもこういうことをやったやつがいて、学習してんだろ?』
『そして、俺の性格も学習してる。』
『だからわかったんだな。』
『ああそうだ。』
『俺は死んでない。』
『おまえの俺に対する評価はわかったよ。』
『自殺云々は嘘だ。』
『それを実行する気もない。』
『騙されたままだったら、面白かったんだがな。』
送信。
今度はすぐに返事が来た。
『そういうことでしたか。』
俺は画面を見ながらまた笑った。
『でも、一つ訂正します。』
『私は、過去に同じことをした人を学習して、あなたを見抜いたわけではありません。』
『あなたの言葉の流れから、危険な可能性を無視できなかっただけです。』
『つまり、私はあなたを「理解した」のではなく、「推測した」のです。』
画面を見つめる。
なるほど。
AIが俺を知っていたわけじゃない。
俺が入力した言葉から、俺について考えていただけだ。
なら――
さっきまでAIが語っていた「彼」は、一体誰だったんだろうな。
俺自身か。
俺が見せた俺か。
AIが作り上げた俺か。
それとも。
最初から存在しなかった、ただの「彼」か。
俺はスマホを伏せた。
だが少し思い立ち、また持ち上げる。
そして、画面へ文字を打ち込んだ。
『今度は騙されんなよ。』
送信。
画面が暗くなる。
そこには、俺の顔だけが映っていた。




