エピソード4 美波 (前編)
正直に言うと、私はタカさんたちのグループが少し苦手だった。
いつも学校の真ん中にいて、大きな声で笑い、絶えず女の子たちに囲まれている人たち。
私は彼らとは全く別のグループにいたし、タカさんの隣にはいつも真希ちゃんや愛莉ちゃんがいた。まともに言葉を交わしたことなんて、一度もなかった。
ただ、ふとした瞬間に視線を感じることはあったけれど、それ以上の興味は持てなかった。
「タカさん、美波のことタイプだって言ってたよ」
誰かが冗談半分にそんな噂を流しているのも聞いたけれど、私にとってはどこか遠い国の出来事のようにしか思えなかった。
彼らは、私には一生縁のない、眩しすぎて騒がしいだけの人たち。
あの冬の日までは、本当にそう思っていた。
スキーツアーの日、私はどこか周りの熱気から浮いていた。
もともと大人数で騒ぐノリは苦手だし、スキーだって人並みに滑れるわけじゃない。
それでも、真っ白な景色の中を滑るのは、自分でも意外なほど「楽しい」と感じていた。
気づいたら、コースを外れて迷っていた。
ゲレンデから人の気配が消え、空が青白く濁っていく。雪の白さが、さっきまでとは違って、得体の知れない冷たさで迫ってくる。
集合時間は、もうとっくに過ぎているはず。
どうしよう、どうしよう……。
心細さが指先から凍りついていきそうになった時、遠くから名前を呼ぶ声がした。
「美波ーー!」
振り向くと、そこにタカさんがいた。
ゴーグルを跳ね上げ、肩で息を切りながら、見たこともないような真剣な顔で私を見ている。
いつもの、ヘラヘラと笑っているあの顔じゃない。
「……なんでこんなとこおんねん」
呆れたような言い方だったけれど、怒っているわけじゃないのはすぐにわかった。本気で、必死で探してくれたんだという熱が、言葉の端々から伝わってくる。
急に視界が滲んで、胸の奥がぎゅっとなった。
「ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、「アホやな」と呟きながら、タカさんは私の頭をぽんと叩いた。
手袋越しなのに、その手は驚くほど温かかった。
空はもう、深い藍色に沈んでいる。
雪がすべての音を吸い込んで、世界から自分たち以外がいなくなったみたいに静かだった。
タカさんは私のボードを片手で軽々と持ち、二人で並んでゆっくりと歩き出す。
さっきまで「遠い世界の先輩」だったはずの人が、今はただの一人の男の人に見えた。
「寒ないか?」
気遣うような声が、すぐ耳元で聞こえる。
「見てみ、星めっちゃ近いで」
言われて見上げた夜空には、大阪では見たこともないような星の群れが零れそうに輝いていた。
それを教えてくれたタカさんの声は、いつもよりずっと低くて、穏やかだった。
ふざけない。軽くない。
沈黙さえも、今は心地いい。
「……探したで、ほんまに」
ポツリとこぼしたその一言が、冷えた体の中にじんわりと溶けて、いつまでも胸に残った。
宿のロビーに一歩足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
「おー!無事やったか!」
「迷子とかマジでウケるわ、美波!」
どっと沸き起こる笑い声と、大げさな拍手。
さっきまでの死ぬほど静かだった雪山の気配を、にぎやかな喧騒が一気に塗りつぶしていく。
タカさんも、ロビーに入った瞬間に「いつもの顔」に戻っていた。
「ほんま、こいつアホやねん」なんて笑いながら、当然のように真希ちゃんと愛莉ちゃんの横に座り、あの五人グループの輪に溶け込んでいく。
そこにはもう、息を切らして私を探してくれた、あの真剣な瞳の男の人はどこにもいなかった。
私は、熱を失った自分の手を見つめて、少しだけ拍子抜けしていた。
あの星空の下で見せた、低くて優しい声。
私のボードを持ってくれた、大きな背中。
あれは、あの場所だけの特別だったんだろうか。
それとも、ただ私が勝手に「特別」だと思い込んでいただけなんだろうか。
いつもの中心で笑うタカさんの姿が、さっきよりもずっと遠くに見えた。
翌日は、ほとんど言葉を交わさなかった。
朝食のときも、ゲレンデでも、帰りのバスに乗り込むときも。
ふいに目が合っても、タカさんは軽く頷くだけ。
あの雪の中の濃密な時間は、こぼれそうな星空と一緒に、全部夢だったんじゃないかと思えるほどだった。
帰りのバス、私は後ろの方の席に座っていた。
はしゃぎ疲れたみんなが眠りに落ち、車内は少しだけ静かさを取り戻している。
そのとき、不意に隣の席が沈んだ。
見ると、タカさんが座っていた。
何も言わず、ただそこに。
少しの間を置いてから、彼は前を向いたままポツリと言った。
「昨日、怖かったやろ」
その小さな、掠れたような声を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが溶け出した。私は、ただ小さく頷いた。
それだけで、もう十分だった。
窓の外はすっかり暗くなり、重たい山の影が次々と後ろへ流れていく。
隣にいるタカさんは、いつもの冗談を飛ばす先輩じゃなかった。
けれど、無理に踏み込もうともしない。
ただ、静かに隣にいてくれる。その距離が、言葉よりもずっと雄弁に私の心に触れていた。
私はそのとき、はっきり分かった。
この人は、どれだけ軽く見えても、誰かを好きになるときは、その重さをちゃんと背負って向き合う人なんだ。
不器用で、真っ直ぐで。だからきっと、この人はこれからも何度も傷つくんだろう。
でも、それでもいいと思ってしまった。
私たちの距離は、あの雪の上で、もう二度と戻らないところまで縮まっていた。




