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僕はこうしてつくられた  作者: rion_so_so


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エピソード1 沙織

タカと初めて会ったのは、大阪の騒がしい居酒屋だった。

大学の女友達が連れてきた、そのまた友達。それが彼だった。


京都の美大に通っていた私から見れば、彼は少しばかりおしゃべりが過ぎて、初対面なのに距離の詰め方もどこか強引だった。隠しきれない「田舎者」の気配が、全身から滲み出ているような、そんな男。


もちろん、見た目はちゃんとおしゃれに気を遣っていた。

けれど、それがかえって「頑張っている感」を透けさせていて、今日のために気合いを入れて服を選んできたことが手に取るように分かった。そんな背伸びした姿が、なんだか可笑しかった。


同い年のタカ。

でも、恋愛の場数を踏んできた経験値で言えば、正直、私のほうが何枚も上手だろうな。

そんなことを思いながら、私は彼が注いでくれたグラスを口にした。


タカは、ただただよく笑った。

私の服や、ささいなこだわりを見逃さずに褒め、私の話を一言も漏らすまいとする熱量で、じっと聞き入った。


美大という少し理屈っぽい世界にいた私にとって、彼のその屈託のなさは、呆れるほどに純粋だった。自分の話をこれほど真っ直ぐに、「ちゃんと」受け止めてもらったのは、いつ以来だろう。

彼の単純さは、気づけば私の警戒心を、するすると解いていった。


自分が「押し」に弱いタイプだということは、重々承知している。女友達にそう指摘されれば、ぐうの音も出ない。

けれど、あの夜のことは、単なる優柔不断さからくる「流された」という感覚とは決定的に違っていた。

無理やり強引に引き込まれたわけじゃない。彼の真っ直ぐな瞳に見つめられ、その熱に当てられているうちに、自分の意志で一歩踏み出していた。気がつけば、抗う必要なんてどこにもないと思えるほど、私の心は穏やかに、タカの方へと傾いていたのだ。


いつもよりずっと寒い冬だった。

街がクリスマスに浮き立つ中、私にもタカにも、特定の相手はいなかった。


迎えた当日は、空気が凍りついたような冷え込み。

その代わり、空には驚くほどきれいな月が浮かんでいた。


「はい、これ」


タカが差し出してきたのは、フカフカしたムートンの手袋だった。

「寒いしな」なんて笑う彼に促されて、冷え切った右手をそっと滑り込ませる。


そのとき、指先に小さな違和感があった。


なんだろう、と思って手袋を脱ぎかけると、私の薬指には細いシルバーのリングが収まっていた。


「今日から彼女な」

その言い方はどこか軽くて、まるでおどけているみたいだった。


けれど、冗談混じりのその言葉が、なぜか不思議なほど真っ直ぐに胸に響いた。

タカの熱っぽさに、私の冷めた理屈が溶かされてしまったのかもしれない。


私は少しだけ笑って、そのまま静かに頷いた。


タカは大阪、私は京都。


距離はあったけれど、時間が空けば、私のほうからタカのアパートへ通った。

お風呂もない、六畳一間の古びたアパート。

でも、とてもキレイにしてあった。この人なりに丁寧に生きている部屋だった。


二人で手をつないで、

近所の銭湯へ行くのが、とても大好きな時間だった。


タカが紹介してくれた友達は、みんな驚くほど優しくて、愉快な人ばかりだった。

けれど、その輪の中にいるタカは、周りと比べてもどこか幼く見えた。


まるでおもちゃを見つけた少年のような無邪気さ、屈託のない笑顔。

私がこれまで「大人の恋愛」だと思って付き合ってきた男たちとは、明らかに何かが違っていた。


計算も駆け引きもない、その真っ直ぐで「かわいい」と思わせてくれる彼のリズムが、いつの間にか私の心を解きほぐしていたのだと思う。



付き合い始めてからの三ヶ月間、タカはどこまでも優しかった。

連絡はマメだし、私のことをいつも気にかけてくれる。

でも、その優しさに触れるたび、言いようのない「危うさ」が胸の奥におりのように溜まっていった。


この人は、私の場所には降り立たない。

私の隣で笑っていても、その心はどこか遠い場所を見つめているような、そんな予感。

ふわふわと浮遊する彼の魂が、私の腕の中に落ち着くことは、きっとこの先もないのだということを、私はどこかで悟っていた。



一度だけ、大学の先輩と飲んで、酔った勢いに任せて浮気をした。

その直後、冷や水でも浴びせられたような後悔が襲ってきた。タカに嘘をつくことなんてできない。こんな汚れた自分のまま、あんなに真っ直ぐな彼に会ってはいけない。そう強く思った。


それから五日間、鳴り続けるタカからの電話をすべて無視した。

幸い、彼は私の部屋の場所を知らない。このまま連絡を断ち切り、静かにフェードアウトして終わらせよう。それが、彼に対するせめてもの誠実さだと、自分に言い聞かせていた。


その日、、、講義の最中、友人が私の肩を叩いて囁いた。

「沙織、下の学食にタカ君がいるよ。必死な顔してあんたのこと探してた」

自分の講義を放り出して、わざわざ京都まで追いかけてきたらしい。

……本当に、どこまでも直球で、計算のない人。

そのなりふり構わない熱量に、胸の奥がツンと痛んだ。


学食の隅にポツンと座るタカの姿を、私は遠くから眺めていた。

洗練された美大生たちが集まるこの場所で、彼の放つ真っすぐな純粋さは、ひどく場違いで、だからこそ残酷なほどに目を引いた。


「あぁ、やっぱりこの人は、私とは違う世界の人だ」


そんな冷めた思考とは裏腹に、私は彼に向かって歩き出し、そして、完璧な嘘をついた。

本当のことを告げて楽になる道よりも、彼を騙してでも隣にいる道を選んだのだ。

私は結局、彼の手を離すことができなかった。


幸せと罪悪感が隣り合わせのまま、半年が過ぎた。

穏やかで、満たされた日々。けれどその平穏の下には、常に薄氷を踏むような後ろめたさが張り付いていた。


……それなのに、私はまた同じ過ちを繰り返した。

自分でも呆れるほどの浅はかさ。最低だという自覚はあるのに、止められなかった。

今度は、言い逃れもできないほど完全にバレてしまった。


タカは怒鳴り散らすことも、私を責め立てることもなかった。

ただ、その場に立ち尽くしたまま、子供のように声を殺して泣いていた。


男の人が泣く姿を、私は人生で初めて見た。

「あぁ、この人は、本気で私を愛してくれていたんだ」

その純粋な熱量に今さら気づかされたときには、もう、すべてが手遅れだった。


別れたあとはホントに何もなかった。タカからの連絡は一度もなかった、、


今でもたまに思い出す

タカの泣顔、今でもはっきり覚えてるよ。



都会に出て、羽根が生えたみたいに自由に飛んでいたがタカが、初めて地面に落ちた瞬間だった。


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