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僕はこうしてつくられた  作者: rion_so_so


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エピソード9 昌(後編)

やっぱり、、、な、、、


やっぱり、そうやったんやな。


この夏は、肌にまとわりつくような湿気と、焼け付くような日差しがやけに重かった。

久しぶりに顔を合わせたタカさんとユカリちゃん。二人の間には、曖昧な空気はもうなくて、隠しようもない「カップル」の距離感がそこにあった。


なんとなく予想はしていた。でも、実際に目の当たりにすると、やっぱり胸の奥が少しだけ、きゅっと痛む。

同時に、私は智代さんのことを思い出していた。

彼女には7歳年上の彼氏がいる。それは本人の口から聞いた事実だ。でも、あの雪山の夜、智代さんがタカさんに向けていた視線や、二人の間に流れていた空気は、そんな「肩書き」では片付けられない特別なものだった。

タカさんにとって、智代さんは「特別な相棒」で、智代さんにとってタカさんは……。


「ユカリちゃん、綺麗になったな」

「……ほんま、羨ましいわ」


思わず口にした言葉は、嘘じゃない。久しぶりに会ったユカリちゃんは眩しいくらいに綺麗になっていた。

女の私から見ても、ドキッとするくらいの色気がある。自信に満ちた顔、潤んだ瞳。恋をしている女の子は、たった数ヶ月でこんなにも変わるものなのかと、少しだけ怖くなるほどだった。


「ねえ、智代さん最近どうしてるん?」


私が何気なく尋ねると、タカさんは少しだけ視線を逸らして、「あー、全然会ってないわ」と短く言った。

その無関心を装ったような言葉に、胸がざわつく。あれだけ濃密な冬を過ごして、もう赤の他人みたいに距離が開いてしまったんだろうか。


「次の休み、3人で海行こうぜ!」


タカさんが明るく誘ってくれた。

でも、私は首を横に振った。


「ごめん、次の休みは彼と約束あるねん」

「お二人でどーぞ! お熱いことで!」


とっさに吐いた真っ赤な嘘。そんな予定なんて、どこにもない。

ただ、キラキラと輝く今の二人と一緒に海へ行って、その幸せを眺める自信がなかっただけだ。それに、タカさんの隣に智代さんがいない夏なんて、想像したくもなかったから。


「そうか、残念やな」


タカさんはそう言って笑った。その笑顔は相変わらず優しくて、人懐っこくて、だからこそ余計に切ない。


「ユカリちゃんのこと、頼んだで。大事にしたってな」


精一杯の強がりと、小さな願いを込めてそう伝えた。

冗談めかして笑いながら、私は二人に手を振った。


(これで、良かったんかな……)


夕暮れの街、ランクルの高い助手席に座るユカリちゃんの横顔が、陽炎の中に溶けていく。


私の知っている「タカさん」は、誰のものでもない、自由な冬の風みたいな人だった。

でも、今のタカさんは、ユカリちゃんというひとりの女の子の「彼氏」という枠に収まろうとしている。

智代さんの、あの凛とした、でも寂しげな笑顔を思い出していた。


季節は確実に巡っている。



タカさんたちのグループと遊ぶようになってから、周りに「変わったね」と言われることが増えた。

自分でもそう思う。以前の私は、どこか自分の殻に閉じこもって、正解ばかりを探していた気がする。でも今は、目の前の瞬間を、不完全なまま楽しめるようになった。


その変化は、彼との関係にもいい影響を与えていた。

意固地になっていた自分の棘が取れたのか、彼の考えていることが少しずつ理解できるようになり、以前よりずっと穏やかに、仲良く過ごせている。

「なんか、最近の昌はいいな。なんか変わったわ」

彼にそう言われるたび、あの雪山で手に入れた自由な空気が、今も私の中に流れているのを感じる。



季節は巡り、秋が来た。

今日は店舗ではなく本社での会議。せっかくなので智代さんの顔を見て帰ろうと、彼女のデスクを覗きに行った。


智代さんは山のような書類に囲まれ、ひっきりなしに鳴る電話の対応に追われていた。その姿があまりに忙しそうで、今の彼女には声をかける隙すらない。


(……今日は、やめとこうかな)


邪魔をしてはいけないと思い、そっと背を向けかけたその時。受話器を肩に挟んだままの智代さんがパッと顔を上げ、私と目が合った。彼女は電話の向こうに相槌を打ちながら、空いた手で「ゴメン! ちょっと待ってて!」と素早く、でも力強くジェスチャーを送ってくる。


結局、そのまま彼女の仕事が一段落するのを待って、二人で夜のご飯を食べに行くことになった。


三宮の高架下にある、年季の入ったお好み焼き屋へと足を運ぶ。

「一体いつからあるんやろう」と思わずにはいられないほど、壁も柱も油とソースの香りでいい具合に煤けている。


鉄板の前で手際よくコテを振るっているのは、名物のおばあちゃんだ。

「ここはな、おばあちゃんが焼いてくれるんが一番美味しいねん」

智代さんが慣れた様子でそう言う。地元でも評判の有名店だ。


「お疲れ、乾杯!」


冷えたビールのジョッキを鳴らし、私たちはモダン焼きとそば飯を注文した。

鉄板の上でソースが焦げる香ばしい音が、空腹に心地よく響く。


ひと息つくと、智代さんは少し疲れた顔で最近の近況を話し始めた。

どうやら彼女の部署で退職者が出たらしく、その分の仕事がすべて彼女の肩にのしかかっているそうだ。毎日が残業の連続で、息をつく暇もないという。


「……結局、今年の夏は海にも行けへんかったし、これからも行けそうにないわ。ほんまにごく普通の、何の変化もない生活」


智代さんは自嘲気味に笑った。

彼氏とも「相変わらず普通」だと言う。波風も立たないけれど、熱狂もない。そんな凪のような日常の中に、彼女は自分を閉じ込めているように見えた。


対照的に、私は今の彼との現状を話した。タカさんたちと出会ってから、私の心に余裕ができたせいか、前よりもずっと上手くいっていること。


「……なんか、最近は彼が考えてることも素直に受け止められるようになった気がします」


私の話を聞いて、智代さんは「そっか、良かったやん」と、どこか眩しそうな、でも優しい目で微笑んでくれた。


一通り近況を話し終え、モダン焼きを口に運んでいた智代さんが、ふと動きを止めた。

コテを鉄板に置いて、ビールのグラスを手に取る。


「……であいつ、元気にしてるん?」


主語がなくても、それがタカさんのことだとすぐに分かった。

鉄板の熱気とビールの酔いのせいか、私たちの会話は、避けては通れない「あの冬」の続きへと、自然に流れ込んでいった。


「彼女出来たみたいですよ」


私がそう切り出すと、智代さんはビールのグラスを置くこともなく、少しだけ目を細めた。


「……ユカリちゃん……だっけ? ちがう?」

「えっ、なんで……知ってたんですか?」


驚いて聞き返す私に、智代さんは「やっぱりな」という顔をして、ふっと悪戯っぽく笑った。


「スノボの時、昌ちゃんからその子の名前聞いたやん? あの時からなんとなくピンときてたわ」


さすがだ、と思った。智代さんは、タカさんのことを本当によく分かっている。あいつがどんな時にどんな顔をして、どんな風に揺れ動くのか。それを誰よりも理解しているのは、きっと今隣にいる彼女ではなく、この鉄板の前でモダン焼きを頬張る智代さんなのだ。


「……さすが智代さんですね。タカさんのことなら何でもお見通しや」

「何でも、ではないけどな。あいつは分かりやすいから」


智代さんはそう言って笑い飛ばしたけれど、その横顔には、寂しさとも諦めとも違う、どこか吹っ切れたような清々しさがあった。


「雪降ったら、絶対行こな」


智代さんのその言葉に、私は力強く頷いた。

タカさんに彼女ができても、私たちの仕事が忙しくても、あの場所だけは変わらずにそこにある。


「レッツゴー雪山やね」


三宮の高架下、電車の走る振動が頭の上から響いてくる。

店を出ると、夜風はもうすっかり冷たくなっていた。


もうすぐ、あの真っ白な季節がやってくる。



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