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僕はこうしてつくられた  作者: rion_so_so


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エピソード8 ユカリ(中編)

タカさんと昌さんは、仲間たちと一緒にスノーボードへ出かけてしまった。

静まり返った街に取り残されたみたいで、なんだか無性に寂しい。今頃、あの人たちは真っ白な雪の上で、私には想像もできないような景色を見ているんだろうな。


「いつか、私も連れて行ってもらえるかな……」


「あーお願い。私をスキーに連れてって」


そんな独り言も、吐き出す息と一緒に白く消えていく。

私は相変わらず、大学とバイトと就活を繰り返すだけの毎日。キャンパスに行けば、友人たちは楽しそうに新しい彼氏の話や合コンの報告ばかりしているけれど、私にはその感覚がどうしても分からない。


「ユカリ、紹介した彼、めっちゃ気に入ってたよ? なんで連絡返さないの」


友人にそう詰め寄られて、私は曖昧に微笑むしかない。何度か紹介もされたし、実際に会ってみたこともある。相手は世間一般で言えば「イケメン」で「チョーいい人」だったけれど、どうしても興味が持てなかった。


友人には「望みが高すぎる」とか「とりあえず付き合ってみないと分からないよ」なんて説教される始末。一度だけ、押し切られるようにデートに行ってみたけれど、話が恐ろしくつまらなかった。中身がなくて、言葉に重みもなくて……。


(タカさんに比べたら、全然つまんない)


そんなことを考えてしまう自分に、少し自己嫌悪する。

別の友人が気を利かせて、「ユカリは年上がいいんじゃない?」と、タカさんと同じくらいの年齢の人を紹介してくれたこともある。確かに「いい人」ではあった。でも、何かが決定的に合わない。


お断りをしたはずなのに、その人はしつこく私の家にまで電話をかけてくるようになった。

夜、親が受話器を取るたびに胸が締め付けられる。あんなに優しそうだったのに、なんだか怖くなって、ますます心が閉じていく。


昌さんは、タカさんには彼女がいないって言っていた。

でも、同時に「あの人は遊んでるから」とも。


私も、そう思う。

タカさんはきっと、一人の女の子に縛られるような人じゃない。たくさんの人に囲まれて、みんなに光を振りまいて、そのくせ誰のものでもない。


それでも、しつこくかかってくる電話を避けて部屋の隅に丸まっていると、あの人の屈託のない笑い声が恋しくなる。

適当で、ずるくて、でも誰よりも心が広くて頼もしい、あの人の声が。




ツアーから戻った昌さんと、二人でごはんを食べに行った。

久しぶりに会った彼女は、お店の照明のせいだけじゃなく、内側から発光しているみたいにキラキラして見えた。


「スノボ、どうやった?」

「……もう、すごかった。すごすぎた」


昌さんは、私が見たこともないような熱量で雪山の話を語ってくれた。

見たこともない朝焼け、息が止まるほど真っ赤な千里浜の夕陽。そして、そこにいた個性豊かな仲間たちのこと。


「昌さん、なんか変わった。顔つきっていうか、雰囲気というか……」


私がそう言うと、彼女は少し照れくさそうに


「タカさんたちの影響かな」


と笑った。あんなに自分の世界を頑なに変えようとしなかった昌さんが、たった数日でこんなに柔らかくなるなんて。

それだけ、あの場所には魔法みたいな力があったんだ。


でも、昌さんの口から次々と飛び出す女の子たちの名前を聞いているうちに、私の胸の奥には、正体不明の「何とも言えない気持ち」がよどのように溜まっていった。


圧倒的な大人の余裕を持つ智代さん。

そして、タカさんの懐に当たり前のように飛び込んでいく、真子ちゃんと美穂子ちゃん。


「その、チビ二人組って……私と同じ年なんですよね?」


「そう。でも、めちゃくちゃ元気で、可愛いの。寝てる時タカさんの布団に潜り込んだりしてね、みんなで大笑いしたんよ」


昌さんは楽しそうに笑っているけれど、私は笑えなかった。

同じ年。なのに彼女たちは、自分の足であの世界に飛び込み、タカさんの腕にぶら下がり、自由に笑っている。

私には、そんなことできない。タカさんの前ではいつも言葉を選んで、嫌われないように、変な子だと思われないように、背伸びをするのが精一杯なのに。


私と同じ場所にいたはずの昌さんは、もうあっち側の住人になってしまった。

そしてタカさんは、私の想像よりもずっとずっと、遠い場所にいる人なんだと思い知らされた。


「あ、これ。お土産。みんなで食べたクッキー、美味しかったから」


差し出されたクッキーの箱を受け取ると、ほんの少しだけ冷たい感触がした。


「ありがとう」


と微笑んだけれど、心の中は全然温かくなかった。

彼女が見てきた景色を、私は知らない。

彼女が笑い合った仲間たちに、私は会ったこともない。


箱の中のクッキーみたいに、私も決められた形の中に閉じ込められて、誰かに見つけられるのを待っているだけ。

そんな自分が、急に情けなくなった。




その日は、突然やってきた。

タカさんからの、ごはんの誘いの電話。

受話器を持つ手が震えるくらい嬉しかったけれど、当然のように「昌さんも一緒かな」と思っていた。でも、タカさんの口から出たのは「二人で」という言葉だった。


休日の午後16時。梅田、阪急電車の改札を出たところ。

私は持っている服の中で一番お気に入りのものを引っ張り出し、メイクも、髪型も、鏡が割れるんじゃないかって思うくらい何度もチェックして、精一杯のオシャレをして向かった。


人混みの中に、見慣れた背中を見つけた瞬間に心臓が跳ねる。


「お、ユカリ。今日めっちゃ可愛いやん」


待ち合わせ場所にいたタカさんは、開口一番にそう言った。

心から嬉しかったけれど、同時に「頑張ってオシャレしてきたこと」が全部見透かされた気がして、顔がカッと熱くなった。恥ずかしくて、俯くのが精一杯だった。


「夜ご飯にはまだ早いな」


ということで、近くの喫茶店に入った。

タカさんが注文したのは、まさかのクリームソーダ。


「え、カワイイ……」


思わず口に出てしまった。大人なのに緑色のソーダをストローで啜っている姿が、なんだかおかしくて、愛おしくて、さっきまでの緊張が少しだけ解けていくのが分かった。


夕食の時間になり、タカさんが「今日は特別やぞ」と言って連れて行ってくれたのは、意外にも焼肉屋さんだった。

いつもの賑やかな居酒屋とは違う。お世辞にも「綺麗」とは言えない、路地裏にある年季の入った店。けれど、そこで出てきたお肉はびっくりするほど美味しくて、タカさんの「特別」の意味がすぐに分かった。


昌さんから聞いたスノボの話、千里浜の夕陽のこと……。


「次はユカリも絶対誘うからな」


その言葉が、昌さんのお土産のクッキーよりもずっと、私の心を温めてくれた。


お肉を焼きながら、私は自分でも驚くほどたくさんの話をしていた。

まだ一度も彼氏がいたことがなくて、友人たちが勝手に心配して男の子を紹介してくること。タカさんと同じくらいの年齢の人がしつこくて、嫌な思いをしたこと。


「……なんか、その人、断ってもずっと電話してくるんです」


話している最中、それまで笑って聞いていたタカさんが、急に黙り込んだ。

網の上でパチパチとお肉が焼ける音だけが響く。

タカさんはトングを置き、何かを深く考えるような目をして、真っ直ぐに私を見た。


その真剣な眼差しに、私は言葉を失った。

いつもの冗談を飛ばす「タカさん」ではない、別の誰かがそこにいるような気がして、私は焼けたお肉をお皿に取ることも忘れて見入ってしまった。




帰り道、タカさんは車で送ってくれると言った。

駐車場に停まっていたのは、昌さんの話に出てきたあの大きな四駆。助手席に乗り込むと、普通の乗用車とは比べものにならないくらい視界が高くて、まるで夜の街を支配しているような気分になった。


車は夜の新御堂筋を、千里方面へと滑り出す。

オレンジ色の街灯が、規則正しく車内を照らしては過ぎ去っていく。隣でハンドルを握るタカさんの横顔を見つめながら、私はこの時間が永遠に続けばいいのにと願っていた。


やがて、私の家の近く。車がゆっくりと停まった。


「送ってくれて、ありがとうございました」


私が車を降りると、タカさんも運転席から降りてきた。


街灯の下、静かな夜の空気の中で、二人の影が伸びる。

タカさんの顔を見上げているうちに、胸の奥から熱い塊がせり上げてきた。


(……好き。言わなきゃ。今、言わないと後悔する)


喉の奥まで出かかった言葉を振り絞って、告白しようと決意した、その瞬間。

大きな手が私の肩を包み込み、そのままギュッと強く抱きしめられた。


「タカ、さ……」


名前を呼ぶよりも早く、柔らかな感触が唇に触れた。

一瞬、頭の中が真っ白になって、夜の冷たい空気がどこかへ消えてしまった。

人生で初めての、優しくて、でも力強いキス。


「……じゃ、また明日な」


タカさんは離れ際、何事もなかったかのような顔でそう言った。


「えっ……?」


「明日、バイトやろ。終わる頃に迎えに行くわ。あ、これ、お土産」


戸惑う私に小さな紙袋を押し付けると、タカさんはひらひらと手を振って車に乗り込み、エンジン音を残して走り去っていった。


家に帰り、お風呂に浸かっても、ずっとぼーっとしていた。

唇に残るかすかな感触。あんなに優しくされたのに、いまさらになって顔が火が出るほど熱くなる。


お風呂上がり、机の上に置いたお土産の袋を開けてみた。

中から出てきたのは、小さな「赤べこ」のキーホルダーだった。

手に取ると、鈴がチリンと可憐な音を立てて鳴る。


……福島のお土産? スノボで行ったのは岐阜のはずなのに。

タカさんのことだから、どこかのサービスエリアで適当に買ったのかもしれない。でも、その適当さが、いかにもあの人らしくて愛おしかった。


チリン、とまた鈴が鳴る。


「……私、彼氏ができたのかな?」


鏡の中の私は、さっきまでよりも少しだけ大人びた顔をして笑っていた。

まだ、夢の中にいるみたい。でも、明日のバイト帰りには、またあの高い視界の助手席が私を待っている。



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