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僕はこうしてつくられた  作者: rion_so_so


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エピソード7 智代(中編)レッツゴー雪山②

昨夜は、あんな事件(布団足りない騒動や真子の乱入)があったっていうのに、朝の昌ちゃんはケロッとした顔で笑っている。

正直、少しは戸惑うかと思って気にかけていたけれど、杞憂だったみたい。

彼女、驚くほどこの空気に馴染んでいる。


午前中は、タカとヤス、それに昌ちゃんと私の四人で山頂を目指した。

リフトを乗り継いで辿り着いた頂上。何度来ても、この汚れのない真っ白な風景には胸を打たれる。


「……すごい」


昌ちゃんが小さく呟く。昨日までどこか強張っていた彼女の表情が、今は見たこともないような満面の笑みに変わっている。

その笑顔を見て、私は少しだけ安心した。


滑り出すと、昌ちゃんは必死に食らいついてきた。

初心者が上級者のペースについてくるのは並大抵のことじゃない。でも、彼女の滑りからは「置いていかれたくない」という意地以上に、「この瞬間を楽しみたい」という純粋な熱が伝わってくる。


前を滑るタカは、相変わらずのライディングを見せている。

あいつが本気で板を走らせたら、ここには誰もついて行ける奴なんていない。

でもタカは、私たちのペースを壊さないように絶妙にスピードを殺しながら、コース脇の壁に当て込んだり、ギャップを見つけては軽くジャンプしたり、トリッキーな動きを混ぜて場を盛り上げている。


ヤスも負けていない。

大きなラインを描きながら、時折振り返って昌ちゃんに声をかける。


「昌ちゃん、ええ感じや! 視線落とさんと前見て!」


二人の背中を追いかけながら、必死に、でも楽しそうに板を操る昌ちゃん。

その姿は、昨日までの「誰かの連れ」としての彼女じゃない。

一人のスノーボーダーとして、この雪山の一部になろうとしている。


私はその後ろ姿を見守りながら、エッジを雪に食い込ませた。

この心地いい一体感。

これがあるから、私たちは何度でもこの山に戻ってきてしまうのだ。



四人で遅めの昼食を摂っていると、どこからともなく仲間たちが集まってきた。

「おーい、みんなで山頂行こうぜ!」

誰かの号令で、総勢十数人の大所帯で再び山頂を目指す。


山頂に着くと、真っ白な雪と抜けるような青空をバックに、みんなで肩を組んだ。

ポケットから取り出したのは、使い捨てカメラの「写ルンです」。

指先でジコジコとフィルムを巻き上げる、あの独特の感触。


「はい、チーズ!」

パシャリという軽いシャッター音。


最高の写真が撮れただろうか。

現像してみるまで分からないもどかしさも含めて、この一瞬がいつか「青春」という名前で呼ばれる日が来るのかもしれない。

でも、私は知っている。

こんなキラキラした時間は、永遠には続かない。

それぞれがそれぞれの生活に帰り、いつかはバラバラになっていく。だからこそ、この瞬間が痛いくらいに愛おしい。


写真撮影が終わると、みんな蜘蛛の子を散らすように、思い思いのコースへと滑り出していった。

タカは案の定、滑り出すやいなや真子と美穂子の「チビ二人組」に捕まっている。

「たーくん、こっちのコース行こう!」「置いてかんといてや!」

賑やかな声を響かせて消えていく背中。


ゲレンデで仲間に会えば一緒に滑り、また別れる。

そんな自由な空気の中で、私はずっと昌ちゃんと行動を共にした。

ゴンドラの中や、リフトの上。私たちはたくさんの話をした。


昌ちゃんの、あの少し息苦しそうな彼氏の話。

そして、新しく出てきた「ユカリちゃん」という女の子の名前。

話せば話すほど、昌ちゃんとの距離が縮まっていくのが分かった。


「……実はな、私にも彼氏おんねん。7歳年上の」


ふとした拍子に、私は自分の秘密を口にしていた。

仲間内の誰にも言っていない、秘密の恋。

なぜか、昌ちゃんにだけは話してもいいと思えた。彼女なら、私のこの「秘密」を、色眼鏡で見ずに受け止めてくれる気がしたから。


昌ちゃんは驚いた顔をしたけれど、すぐに優しく微笑んでくれた。

その顔を見て、私はふと考えた。

昌ちゃんが口にしていた「ユカリ」という女の子のこと。


(ユカリちゃん、か……)


なんだか、少しだけ胸がざわつく。

新しい登場人物の名前が、この穏やかな冬の旅に、どんな波紋を投げかけることになるんだろう。

午後の柔らかな光を反射する雪面を見つめながら、私はまだ見ぬその女の子のことを、ぼんやりと考えていた。



夕方、心地よい疲労感を抱えてみんなで宿に戻る。

温泉に浸かって冷えた体を解きほぐした後は、いよいよ今回のツアーを締めくくる「大反省会」という名の宴会が始まった。


「今日は絶対私たーくんの隣で寝る!覚悟してや!」

美穂子が宣言通り、宴会の勢いのままタカの布団に潜り込む。

「はいはい、わかったから。暴れんなよ」

タカも苦笑いしながら、されるがままに布団に吸い込まれていく。その光景を見て、みんながドッと沸いた。


ふと横を見ると、昌ちゃんも一緒になって声を上げて笑っている。

数日前、パーキングエリアで不安そうに私の顔色を窺っていた彼女は、もうどこにもいない。この数日間で、彼女は何を脱ぎ捨て、何を手に入れたんだろう。その変化が、少しだけ眩しく、誇らしかった。


騒ぎ疲れた仲間たちは、一人、また一人と深い眠りに落ちていく。

広い座敷に、静かな寝息だけが満ち始めた頃だった。


隣の布団から、ガサリと気配が動いた。

不意に、私の布団の中に誰かが滑り込んでくる。


「……ん? どしたん、タカ」

「……疲れたわ」


小声で答えるタカの体温が伝わってくる。

あの無敵のタカも、さすがに電池が切れたみたいだ。一日中、初心者の面倒を見て、ギャルたちに振り回され、みんなの「中心」であり続けた代償。


タカは私の体をぎゅっと抱きしめると、私の髪に顔を埋めて、子供のように甘えてきた。

昼間のカリスマ性はどこへやら。こんなに弱くて、甘えん坊で、とてつもなく寂しがり屋なタカを知っているのは、きっと世界中で私だけ。


私たちは、どちらからともなく重なり合うように唇を寄せた。

それは情熱的なものというより、お互いの存在を確かめ合うような、ひどく静かで優しいキスだった。

そのまま抱きしめ合ったまま、私たちは深い眠りへと落ちていった。


翌朝。

眩しい光の中で目が覚めると、タカと私はいつの間にか背中合わせになって丸まっていた。


「ちょっと! おかしいやん、たーくん! なんで智代さんとねてんの!?」

美穂子が昨夜の自分の場所(のはずだったタカの隣)から這い出してきて叫ぶ。


「知るかよ。おまえが布団全部巻き込んで寝るから、寒くて逃げてきたんや」

タカが眠そうな目をこすりながら言い返す。


「背中合わせって……熟年夫婦かよ! 全然色気ないなぁー」

ヤスが横から茶々を入れ、大部屋はまた朝から爆笑に包まれた。


智代の心臓が、少しだけ速く打つ。

みんなの笑い声の裏で、昨夜のあの優しいキスの感触だけが、私の中に甘い秘密として残っている。


「……せやな。色気も何もないわ」


私も笑いながら、わざと大きく伸びをした。

タカとの距離。近すぎて、遠い、この不思議な関係。

私たちはこうして、またいつもの「仲間」の顔に戻っていく。



ツアー最終日。

午前中だけ名残惜しそうにゲレンデを流し、みんなで昼食を済ませる。

あんなに騒がしかった一行は、嘘のように静かだった。お腹いっぱいの眠気と、猛烈な疲れと「これで終わりか」という寂しさが、重い空気になって漂い始めていた。


それぞれの日常へと続く、長い長い帰路。

重い腰を上げて各自の車に向かおうとしたその時、ヤスとヒロがニヤニヤしながら提案してきた。


「なあ、このまま帰るんもったいないやろ。少し遠回りになるけど、今から走ったら千里浜で夕陽見れるで」


千里浜なぎさドライブウェイ。日本で唯一、車で波打ち際を走れる砂浜の道路だ。


「なにそれ、めっちゃ行きたい!」

「ウチも行くー! 行くに決まってるやろ!」


真子と美穂子が即座に飛びつく。その勢いに押されるように、結局全員が「行こう」となった。


さっきまでの疲れはどこへやら、五台の車が連なって、無線で冗談を飛ばし合いながら海へと向かう。

夕闇が迫る北陸路を駆けていく。



波打ち際ギリギリまで車を乗り入れる。窓を開けると、強い潮の香りと、真っ赤に燃えるような夕陽が飛び込んできた。

海面をドロドロのオレンジ色に染めながら沈んでいく太陽に向かって、五台の車が並んで砂を蹴立てる。

圧倒的な大自然。こんな景色、絶対に一生忘れられない。


「……すごすぎるな、これ」


ハンドルを握るタカが、感嘆の声を漏らす。

私たちは車を止め、冷たい潮風の中に飛び出した。


「すごい……」

「……な……」


私と昌ちゃんは、言葉を失ってその場に立ち尽くした。あまりの美しさに、気づけば二人とも涙が溢れていた。周りを見れば、他の連中もみんな涙目だ。


手にはもちろん、「写ルンです」。


「最高の写真撮るでー! みんな集まって!」


夕陽をバックに、みんなで肩を組む。

ジコジコとフィルムを巻く音。

シャッターが切られるその瞬間、真子と美穂子がタカを左右から挟み込み、あいつの両頬に同時にチュッとキスをした。


「おいっ!」


タカが顔を赤くして照れくさそうに笑い、それを見て仲間たちが腹を抱えて笑う。


サイコーの時間。サイコーの仲間たち。


この先、私たちがどんな道を歩むとしても、この砂浜を五台で並走した景色だけは、絶対に色褪せることはない。

私たちは、沈みゆく太陽が水平線の最後の一筋になるまで、いつまでも、いつまでも笑い合っていた。



帰路、重厚なランクルのハンドルを握っているのは、私だ。

「悪い、ちょっとだけ限界……」

そう言って助手席に倒れ込んだタカは、走り出して数分もしないうちに、低くいびきをかき始めた。


バックミラーを覗くと、後部座席では昌ちゃんも深い眠りに落ちている。

窓の外を流れていくのは、白から灰色、そして少しずつアスファルトの黒へと変わっていく景色。車内を支配するのは、ランクルの図太いエンジン音と二人の寝息だけだ。


ふと、信号待ちで止まったとき、隣で無防備に寝ているタカの横顔を見た。


(……昨日の、あれはなんやったんかな)


昨夜、暗闇の中で重なった唇の感触。

子供のように私にしがみついてきた、あの熱。

起きてしまえば、あいつはまた「みんなのタカ」に戻り、私はその隣でタバコに火をつける「気のいい女友達」を演じる。


「……ほんま、厄介な関係やな」


小さく呟いて、私はアクセルを静かに踏み込んだ。

タカとの間に流れるこの空気は、決して恋人という枠には収まらない。かといって、ただの友達で片付けるには、あまりに深い場所で触れ合いすぎている。


昌ちゃんには「7歳上の彼氏がいる」と話した。

それは嘘じゃない。私には私の、この雪山の外側に置いている現実がある。

でも、その現実があるからこそ、この期間限定の真っ白な世界で、タカとだけ共有する「毒」のような甘さが余計に際立ってしまう。


神戸に近付くにつれて、現実の温度が車内に忍び込んでくる。

この車が神戸に着く頃、私たちはまた、仮面を付け直してそれぞれの場所へ帰っていく。

タカは誰のものでもないタカへ。私は、あの年上の彼が待つ日常へ。


昨日までのキラキラした雪の結晶は、もう手のひらで溶けて、ただの冷たい水に変わっていた。




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