『信心深いじいさまと信心をしないじいさまと下し物のプレスマン』
六日町というところに、信心深いじいさまがあった。隣の家には、全く信心をしない無口なじいさまがあった。
ある年の神明の祭りの日、信心深いじいさまが、隣の信心をしない無口なじいさまに、きょうは神明の祭りの日だから、一緒に参詣しようと誘って、お宮まで連れ立ってきた。と思ったら、今の今まで隣にいたはずの、隣の信心をしない無口なじいさまがいない。どこに行ったものかとあちこち探し回ったが、どこにもいない。諦めて帰ると、隣の信心をしない無口なじいさまは、隣の家に戻ってきていた。
信心深いじいさまが、どうして先に帰ってしまったのかと尋ねると、隣の信心をしない無口なじいさまが、面倒そうに、お宮の手前で神様があらわれてこれをやるから早く家に帰れと言われたので帰った、と答えたので、神様からもらったものを見せてもらうと、錦の巾着袋に入った六色のプレスマンであった。
信心深いじいさまは、お宮に戻って、神様に、どうして日ごろ信心しているわしにではなく、隣の信心のないじいさまに、下し物をくださるのでしょう、わしにも何かお下しください、とお祈りすると、その夜、神様が夢枕に立って、隣のじいさまの前世は牛で、この宮を建てるときに材木を運んでくれたのだ。あの下し物はその礼なのだ、とおっしゃるので、わしの前世は何なのでしょうか、と尋ねると、お前の前世は雀だ。お前は供え物の米をさんざん食べていたから、今生では何の下し物も必要ない、と言われた。
教訓:見返りがほしくて信心をするのは信心とは言わない。お宮をパワースポットとか言うやからは、最初から何かもらう気満々。




