プール
蝉の大合唱が響くある夏の日、ある小学校にて。
休み時間、校舎の端っこのひと気のない階段に、二人の男子児童が腰かけていた。
二人とも六年生くらいに見える。
「まったく、僕の妹はバカだ」
片方の児童は嬉しくて仕方がないといった様子で、笑いながら言った。彼の名前はヒロト。
「そっか。そりゃよかったな」
一方、もう一人の児童は素気なく返すと、持っていた本に目を落とす。先ほど図書室で借りた歴史の漫画だ。この児童がイツキ。
「聞いてよ、イツキ」
ヒロトはイツキの肩を掴み、グワングワンと揺らす。
「もう、なんだよ。妹の話か?」
イツキが心底面倒くさそうに尋ねると、ヒロトは脳震盪をおこすんじゃないかと心配になるほど、何度もグワングワンと首を縦に振る。
「そうそうそうそう! 聞いてよ」
「なんなんだよ」
「今日さ、ニ年生もプールあったんだって」
「うん、それで」
「妹ってばね、朝から大はしゃぎでさ、家出る前から服の下に水着を着てたんだよ」
「朝、三人で学校来たとき、ご機嫌だったもんな、妹ちゃん。それで?」
「そしたら、替えの下着を忘れたらしくてさ、休み時間に泣きながら僕のところに来たんだよ。バカだろ」
ヒロトはイツキに顔を近づけ、さらに楽しそうに語る。
「しかもさ、濡れた水着の上から服着てくるから、ビチャビチャなんだよ。せめて水着脱いで服着ればいいのに」
「ダメだろ。今日の妹ちゃん、スカートだったじゃん」
「あ、そっか」
イツキはため息をつく。
「で、お前はどうしたんだよ」
「しょうがないから、保健室連れていって、替えの下着借りて、服も体操服に着替えさせて、妹の担任の先生に説明もしたんだぞ。ほんと、仕方のない奴だよ」
「ああ。それでさっき妹ちゃん見かけたとき、一人だけ体操服だったのか」
「ほんと、バカだよな。将来が心配だよ」
ヒロトはわざとらしく、呆れた表情をつくった。
「お前も大概だけどな」
イツキは小さくつぶやき、手元の本に視線を落とした。
が、すぐに何かに気付いて鼻をヒクヒク動かす。
「そういえば、さっきから塩素の匂いする」
イツキは周囲の匂いを嗅ぎ、続いてヒロトに顔を近づけた。
「お前のクラスも今日、プールあっただろ」
すると、ヒロトは急に気まずそうな様子になり、露骨に目をそらした。
「そ、そうだったっけな~」
「そういえばヒロトさ、学校来るとき、プール楽しみで服の下に水着着てるって言ってたよな」
「あ~。た、確かに今日、プールあったし、下に水着着てたけど、僕、妹みたいにバカじゃないから、ちゃんと替えのパンツも持ってきたし」
焦っている。明らかにヒロトは焦っている。
「ほんとか~?」
イツキはヒロトの目を真っすぐに見つめる。
「ほ、ほら、僕はさ、妹と違って、ちゃんと水着脱いで、その上から服着てるし、服濡らしたりしないし」
塩素の匂いがするヒロトは目を泳がせる。
イツキはため息をつくと、読みかけの本を閉じて脇に挟む。そして立ち上がり、ヒロトの手を引っ張った。
「ほら、保健室行くぞ」
「大丈夫だよ」
「直接ズボン履くの気持ち悪いだろ」
「だ、大丈夫だってば~」
イツキは抵抗するヒロトを半ば引きずるように保健室へむかった。
五年後。
蝉の大合唱が響くある夏の日、ある高校にて。
休み時間、校舎の端っこのひと気のない階段に、二人の男子生徒が腰かけていた。
二人は並んで座っており、片方の生徒は塩素の匂いをまといながら、もう片方の生徒の肩にもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てていた。この眠っている生徒が、ヒロトである。
そして、肩を貸している生徒がイツキである。
「そういえば、そんなこともあったな」
イツキはポツリと独り言をつぶやいた。
すぐ横にはヒロトの寝顔がある。
「プールの後だからって、気持ちよさそうに寝やがって」
イツキは指先でそっとヒロトの前髪を撫でた。
すると、ヒロトはゆっくりと目を覚ました。
「あ、ごめん。寝てた」
ヒロトは眠そうに目をこする。
「まったく。もたれかかってくると重いんだよ」
イツキは口ではそう言うがあまり不満は感じていない様子だ、ヒロトは大きく伸びをした。
「いやー、さっきの授業、水泳だと眠くって」
イツキは口元に意地の悪い笑みを浮かべる。
「ヒロト、パンツは穿いてるか?」
その途端、ヒロトは伸びの途中で動きを止めた。寝起きの気だるそうな雰囲気が一気に消える。
「急になに? ちゃんと穿いてるよ、変態っ!」
階段にヒロトの声が響いた。




