メガネっ子
昼休み。
校舎の隅、ひと気の無い階段に一人の男子生徒がいた。
階段に腰かけ、スマートフォンを操作している。彼の名前はイツキ。
その時、別の男子生徒――ヒロトが叫びながら、あわただしく走ってきた。
「イツキ、イツキ、イーツーキー!」
彼は走ってきた勢いそのままヒロトに抱き着く。
「なんだよ、ヒロト」
イツキは落ち着いた様子でスマートフォンの画面を見つめてている。
「大変なんだ、どうしよう、イツキ! もうおしまいだー!」
ヒロトは抱き着いたそのまま、イツキの体をぐわんぐわんと揺らす。
「あー、もう。何だよ、ヒロト!」
イツキは心底面倒くさそうにスマートフォンをポケットに入れた。それを見たヒロトは、抱き着いていた手を放すと、横に座った。
「うん。妹がね、最近、黒板が見えにくいって言ってて」
「うん」
「ついに今日の放課後、メガネ屋さんに寄って帰るって、連絡入って」
イツキは大きな、とても大きなため息をついた。
「んだよ。そんなことか」
「そんなことじゃない! 大変だよ。どうしよう、メガネなんてかけてほしくないよー」
ヒロトはイツキの肩を掴み、再びぐわんぐわんと揺らしはじめる。
「なんで嫌なんだよ。妹ちゃんがメガネかけるだけだろ。妹ちゃん、ファッションセンスいいから、そんな変なメガネ選ばないだろうし」
その途端、ヒロトが叫んだ。
「ち~が~う~。似合うとかじゃなくて、妹の顔が変わっちゃうのが嫌なんだよ~」
突然、全身の力が一気に抜けたように、ヒロトはその場でうなだれる。
「メガネってさ、顔の印象だいぶ変わるじゃん。この前、同じクラスの本田さんがメガネ外してたんだけど、俺、一瞬誰かわかんなかった」
「へ~。本田さん、中学の時同じクラスだったけど、メガネ外したところ見たことないわ」
「俺、今の妹の顔好きなんだ。世界で最も完成された究極の美だと思ってるんだ。これ以上、何も足さず、何も引かない、それが完璧だと思ってるんだ。兄として、妹の全てを受け入れたいけど、俺は妹のメガネを受け入れられるんだろうか」
イツキはスマートフォンを取り出し、検索ウィンドウに文字を打ち込む。
『メガネっ子 魅力』
そして、検索結果を要約して読み上げる。
「メガネっ子の魅力。1、知的に見える。2、裸眼とのギャップ。3、メガネのデザインを変えることで、おしゃれの幅が広がる。だってさ」
それからイツキはおもむろにスマートフォンでヒロトの顔を撮影した。
「なんで写真撮ったの?」
「まあ、ちょっと待ってろ」
ヒロトはそれからしばらくスマートフォンを操作して、画面をヒロトに見せた。
そこに写っていたのは、ついさっき撮影したヒロトの顔写真だ。ただし、実際と異なる点が一つある。
写真の中のヒロトは眼鏡をかけていたのだ。現実のヒロトは裸眼なのに。
イツキはゆっくりと説明する。
「メガネをかけさせるアプリだってさ。お前ら兄妹、顔似てるんだし妹ちゃんも大体こんな感じだろ」
イツキは画像を保存してさらに続ける。
「似合ってるじゃないか。イツキ、お前は妹ちゃんの顔だけが好きなわけじゃないだろ? メガネをかけてもかけなくても、中身は変わらないじゃないか。お前の好きな妹ちゃんはこれからも妹ちゃんだし、お前も、妹ちゃんを愛し続けてあげろよ」
ヒロトはしばらく考えた後、小さくうなずいた。
「うん。イツキの言う通りだね。俺、妹の好きだけど、顔だけが好きなわけじゃないよ。大切なこと、見えてなかった。ありがとう、イツキ」
ヒロトはイツキの手を握ると、上下にブンブン振った。
イツキはため息をついて、ヒロトから目線をそらしてつぶやく。
「どうせ、明日にはメガネをかけた妹ちゃんの自慢してくるだろ」
その言葉は、ヒロトの耳には届かなかった。
次の日の昼休み。
「――でさ、知的に見えるし、あ、元から妹は天才なんだけど、見た目の雰囲気がね。これまでの妹の顔とのギャップというか、知らなかった新たな一面を見つけちゃった感じで。妹も、おこずかい貯めて、いくつかメガネ買って、気分で使い分けたいって言ってて――」
ヒロトは昼休みの間、ずっとにやけ顔で話し続けた。




