キス
昼休み。
校舎の隅、ひと気の無い階段に二人の男子生徒がいた。
両方とも階段に腰かけている。
母親が作った弁当を膝の上に乗せて、ゆっくりと食べているのがヒロト。
一方、スマートフォンを操作しながら、コンビニで買ったサンドイッチを頬張っているのがイツキである。
「ねえ、イツキ」
「ん?」
ヒロトが呼びかけると、イツキはスマートフォンの画面を見たまま返事をする。
「僕、さっき見ちゃったんだよ」
「何を?」
「いや、二時間と三時間目の間にちょっとトイレ行ってたの。そしたら教室に戻る途中、見ちゃったんだよ」
イツキは画面から顔を上げた。
「だから、何を見たか言えよ」
ヒロトは詳しく説明をはじめる。
「空き教室でさ、同じクラスの吉岡くんと、三組の藤本さんがキスしてたんだよ」
イツキは興味を失ったように、スマートフォンの画面に視線を戻した。
「その二人って付き合ってるらしいじゃん。別にいいだろ」
すると、ヒロトはイツキに顔を近づけた。
「いや、キスすること自体は別にいいんだけど、キスって何かなって、ふと思って」
「何かとは?」
「冷静に考えてみたら、ただ単に唇くっつけてるだけじゃん。何であんな特別なことみたいになってるんだろって」
ヒロトは膝の上に置いていた弁当を横によけると、おもむろにイツキの肩に手を回した。
「ねえ、イツキ。僕とこうやって肩組むの嫌?」
「いや、別にいやじゃ……」
「じゃあ、嫌いな人と肩組むのは?」
「それは……あんまりやりたくないな」
ヒロトは得意げにうなずく。
「だろ。じゃあ、俺とキスできるか?」
その途端、ヒロトは顔を真っ赤にしながらイツキを突き飛ばした。
「お、おまっ、何を言い出して……お前とキス……キスなんて……」
ヒロトは大勢を立て直しながら話を続ける。
「動揺しすぎだよ、イツキ」
「お、お前が変なこと言うからだろ!」
ヒロトは一度咳払いした。
「まあでも、そういうことだよ。肩組むよりキスの方が接触面積は小さいはずなのに、肩組める相手とでもキスはできないんだよ。これって不思議じゃない?」
「まあ、男同士だから……」
イツキが言うと、ヒロトはブンブンと首を横に振った。
「いやいやいや。仲のいい女の子とだって、必ずしもキスしたい訳じゃないって。僕だって、妹とキスしたいって思ったことないもん」
その途端、イツキは驚きの表情を浮かべた。
「お、お前、そうなのか?」
「嫌だよ。イチカ、僕の妹のことなんだと思ってるの。妹は妹だよ」
「いや、ちょっと意外だったから:
ヒロトはしごく当然のように、真顔でうなずく。
「何言ってるんだ。妹は家族だよ。絶対無理。イツキだって、お母さんガチなキスは嫌でしょ」
イツキは「まあ、そうだけど」とつぶやいてから、考え込むように、天井を見上げた。
「なあ、ヒロト。答えたくなかったらそれでいいんだけど、妹ちゃんと何歳まで一緒にお風呂入ってた?」
「今でも時間が合えば一緒に入ってるぞよ。それがどうかした?」
「じゃあさ、妹ちゃんの肌着、頼まれたら洗えるか?」
「うん。部活のユニフォーム洗濯機に入れるとき『一緒に洗って』って、下着渡してくるから、洗って干してるよ」
「じゃあ、妹ちゃんとキスは?」
「無い無い無い。ぜっっったい無い。妹は妹であって、カノジョじゃないもん」
イツキの脳裏に、数日前の景色が浮かぶ。
ヒロトの妹ちゃんが作ったというお弁当には、桜でんぶで大きなハートマークが描かれていた。
「お前ら兄妹もいろいろ複雑なんだな」
イツキはつぶやいた。
「家もいたって普通の兄妹だよ。どこの兄妹もこんな感じ」
ヒロトは得意げに言った。
それに対し、すかさずイツキは突っ込む。
「いや、それは無い」




