好き
三学期が始まって数日。
校舎の隅っこのひと気の無い階段に、一人の男子生徒がいた。
彼の名前はヒロト。
階段に腰かけているヒロトは、おもむろにスマートフォンを取り出した。
少し考えた後、メッセージアプリを立ち上げ、ゆっくりとメッセージを打ち込む。
『イツキ、何怒ってるの?』
しばらくして返信が来た。
『別に怒ってない。今日はいつもの階段行けない。昼は勝手に食べてろ』
ヒロトは大きなため息をつくと、独り言をつぶやく。
「今日はって、三学期になってから毎日じゃないか」
ヒロトは思い返す。
冬休みのあの日、イツキに言われた言葉。
「俺が好きなのは、お前だよ。ヒロト」
イツキはそのまま走り去り、それ以来ずっとギクシャクしたままだ。
登下校も別々になったし、学校内で会っても露骨に避けられている。
「イツキ、どうしちゃったんだよ」
大きなため息をつくと、脇に置いていた弁当袋を手に取り、膝の上へ。
袋から弁当箱を取り出す。
二段の弁当箱。上の段には卵焼きや、タコさんウインナー、茹でた野菜などがぎっしりと詰まっている。
そして下段。
白米がぎっしりと詰まっており、そこに桜でんぶでハートマークが描かれていた。
そして、そのハートマークの真ん中に二つ折りの小さなメモ用紙が刺さっている。
「なにこれ?」
メモ用紙を手に取ると、開いてみる。
『お兄ちゃん、最近元気ないね。何かあった?』
メモには丸っこい手書きの字でそう書かれていた。妹の字である。
ヒロトはゆっくりとスマートフォンを取り出すと、しばらく悩んだ後、メッセージアプリを起動して、音声通話のボタンを押す。
しばらく呼び出し音が鳴って、やがて相手は応答した。
『あ、お兄ちゃん。お弁当のメモ、見てくれた?』
妹だ。
「今日のお弁当、お前が作ってくれたんだ。ありがと」
『うん。最近ずっと、なんか元気ないから。元気出た?』
「うん……ありがと」
『イツキお兄ちゃんと何かあった?』
「えっと、最近なんか避けられてる気がして」
『お兄ちゃん、何したの?』
「何もしてないよ。冬休みにイツキ、僕のことを『好き』って言ってそれからなんか避けられてて」
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと妹の声が聞こえた。
『お兄ちゃんは、イツキお兄ちゃんのこと嫌い?』
「ううん。そんなことないよ。一緒にいると楽しいし、困ってるときには助けてくれるし、大好きだよ」
『じゃあ、それをイツキお兄ちゃんに言ってあげて。そしたらきっと、何もかも上手くいくから』
ヒロトはスマートフォンを耳に当てたままうなずいた。すると、妹は通話を切った。
「うん」
ヒロトはスマートフォンをポケットに入れ、弁当を掻き込みはじめた。
弁当をほとんど食べ終わった頃。
「ヒロト、大丈夫か!」
そんな叫び声と共にイツキがやってきた。焦ったような表情で、走ってきたのか息を切らせている。
「え、えっと、どうしたの?」
ヒロトはキョトンとしてイツキを見つめる。
「今……妹ちゃんから電話あって、『お兄ちゃんのお弁当に間違って変なもの入れちゃった。お腹痛で倒れてるかもしれないから、今すぐ見に行ってあげて』って泣きそうな声で」
ヒロトの普段と変わらない様子。
「今日のお弁当、確かに妹が作ってくれたけど、普通に最高だったよ」
しばらく見つめあう、ヒロトとイツキ。
「な、なんか分からんが、なんでもないなら教室戻る」
イツキは踵を返して去ろうとする。
「待って!」
その背中に、ヒロトは声をかけた。
「待ってよイツキ。最近どうしちゃったのさ」
「……俺、お前に好きって言っちゃったんだぞ。気持ち悪いだろ」
立ち去ろうとするイツキに、ヒロトはもう一度声をかける。
「そんな、僕も……僕も、イツキのこと、大好きだよ!」
イツキは足を止め、ゆっくりとヒロトを見た。
数日後。
校舎の隅っこ、ひと気の無い階段に、二人の男子生徒がいた。
両方とも並んで階段に腰かけている。
「昨日の映画、面白かったね。恋愛映画って映画館で見るのはじめてだったけど、結構楽しめた」
ヒロトは楽しそうに話しかける。
「ああ、そうだな」
イツキも素っ気なくこたえるが、どこか嬉しそうな雰囲気がある。
「僕もいつか、あんな風に『好き』って告白してみたいな」
ヒロトはそう言ってから、少し考える。
「ねえ、イツキ。練習相手になってよ」
イツキは驚いてヒロトを見る。
「お、お前、何言ってるんだ」
「だから、告白の練習相手になってよ、イツキ」
ヒロトはイツキの両肩を掴むと、顔を近づける。お互いの吐息が混ざり合うくらいの距離だ。
「イツキ、ちっちゃい頃からずっと、大好きだよ」
「ちょ、顔が近いんだよ、お前!」
イツキはヒロトの顔を掴み、無理やり引き離す。イツキの顔は真っ赤になっていた。
「もう、冗談だよ」
イツキから距離をとったヒロトは、笑いながら続ける。
「でも、イツキのこと好きなのは本当だよ」
イツキは耳まで真っ赤にして、ヒロトから目をそらした。そして、ぎりぎり聞こえるかどうかの小さな声で言う。
「俺も……ヒロトのこと好きだ」
その言葉は、ヒロトの耳に届いていない。そして、ヒロトはその一言を言った。
「友達として、大好きだよ」
イツキはものすごい速さでヒロトに顔をむける。
「友達としてっ!」
「うん。イツキのことは、友達として大好きだよ。イツキが僕に好きって言ってくれたのも、友達としてってことでしょ?」
イツキはうつむき、何度も「友達として」と繰り返す。
その時だ。ヒロトのポケットでスマートフォンがバイブした。
ヒロトは取り出して画面を確認する。そして突然、イツキに抱き着いた。
抱き着いて、そのままイツキの体をグワングワンと揺らす。
「イツキぃ、大変だよぉ! 今、妹から連絡あってね――」
揺らされながら、イツキはため息をつく。
「今は、友達でいいか」
今は、な。
そして、イツキは心底面倒くさそうに言った。
「もう、なんだよ、ヒロト!」




