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27/30

淡い光に包まれながら、君を選んだ

ガラガラと音を立てて、体育館の扉が閉まる。


会場はもう満員だった。

クラスの友達、先輩、先生たちまで……まるで文化祭のフィナーレを飾るライブみたいな熱気だった。


けれど、ステージ裏は別世界のように静かだった。

カーテンの向こうからは、マイクの調整音とざわめきが微かに聞こえてくる。

そして——心臓の音も。


「……あっち、すごい人だね」


風花が、カーテンの隙間からそっと客席を覗きながら呟く。

その横顔はいつものふわふわした雰囲気のままなのに、手のひらがスカートの布をきゅっと握っているのが見えた。


「なんで……こんなに緊張するんだろうね」


日菜の声も、どこか心細い。

小さく息を吐いて、自分の胸の前で両手をぎゅっと組んでいた。


「緊張するのは、……本気だからよ」


美麗がぽつりと言った。

それだけで、誰も何も言い返せなかった。


俺も、言葉を探して口を開けないまま、3人の顔を順番に見つめた。


日菜のツインテールは、今日だけ少し高めに結んである。

美麗は、いつもより少しだけリップの色が濃い気がする。

風花は、胸元に小さな花のブローチをつけていた。多分、自分で選んだんだろう。


——このあと、3人は順番に、俺に告白する。


本当なら、どこかの恋愛ドラマのような非現実のはずなのに、

目の前の彼女たちが見せる真剣な表情が、すべてを現実に引き戻してくる。


ステージの照明が、ゆっくりと灯り始める。

司会の声が体育館に響き、ざわめきが近づいてくる。


いよいよ——告白大会、開始だ。




体育館の照明が一段と強くなり、ステージの上が浮かび上がる。


ざわついていた会場が、司会の声で一気に静まりかえった。


「——それではこれより、文化祭特別企画!“告白大会”を開催します!」


大きな拍手と笑い声、そしてどこかの女子が「キャー!」と叫んだ。


見慣れた体育館が、まるでステージ付きの劇場に変わったみたいだった。


「それでは、最初の告白者——望月美麗さん、ステージへ!」


司会の声とともに、スポットライトが当たる。


一歩ずつ、緊張を飲み込むようにして歩み出る美麗の姿。

体育館の空気が、しんと静まり返っていく。


「……こんにちは。望月美麗です」


マイク越しの声は、透き通っていて、でも少しだけ緊張がにじんでいた。


「私は昔から、ちゃんとしなきゃいけないって思って生きてきました。

テストの点も、態度も、見られ方も……いつも“正しく”いなきゃって」


彼女は少し目を伏せ、会場の静けさを確かめるように言葉を続ける。


「でも——そんな私の前で、あなたはいつも自然体で、戸惑ったり、焦ったり、でも誰かを思いやってて……」


ふっと、笑みがこぼれる。


「……完璧じゃないところが、すごく好きでした」


体育館の空気が柔らかくなる。

それは、美麗の想いのこもった声が、みんなの胸に届いているからだ。


「あなたと一緒にいると、私も少しずつ……“ちゃんとしなきゃ”って気持ちが、ほどけていって。

弱音を言っても、失敗しても、見捨てないでくれるんじゃないかって、思えるようになって……」


今度は、彼女は真っ直ぐに前を見た。


その視線の先にいる“俺”へ向けて。


「……私は、宮野修也くんのことが好きです」


言い切ったその声には、もう震えはなかった。


「もしよかったら——私の隣に、いてください」


体育館中が静かで、美麗の言葉だけが、すっと胸に響いた。


その言葉のひとつひとつが、今まで誰にも見せたことのない彼女の“素顔”だった。


——弱さを見せる勇気。


——自分をさらけ出す覚悟。


そして、誰かを本気で好きになった証拠。


俺は、気づいていた。


美麗が“完璧じゃない自分”を見せるのは、俺にだけだった。


その重みを、今ようやく理解した。


 


——続いて、日菜がステージに上がる。


でも、今はまだ、この気持ちの余韻を抱きしめていたかった。




「次の告白者は——渡辺日菜さん、ステージへ!」


司会の声に合わせて、日菜が一歩、ステージへと歩み出る。


小さな肩がほんの少し震えていた。

でも、その瞳は前だけを見ていた。


スポットライトの中、マイクの前に立つ日菜。


「えっと……渡辺日菜です」


か細い声。


「私、ずっと……寂しいのが、普通だったんです。お父さんもお母さんも忙しくて、ひとりでいる時間が多くて……

だから、誰か甘えたいって気持ちが、ずっと心の中にあって……」


彼女は自分の胸元を、そっと押さえる。


「そんなとき、修也がいて……」


ぽろっと名前が出て、また顔が真っ赤になる。


でも——逃げない。


「いつも優しくしてくれて、困ってるときに笑ってくれて……

私がバカなこと言っても、怒らないで、ちゃんと受け止めてくれて……」


日菜はぎゅっとマイクを握った。


その姿は、小さな身体にめいっぱいの勇気を詰め込んだようだった。


「修也といると、寂しくないなって思ったの。甘えてもいいんだって思えたの。

わがまま言っても、好きって言っても、きっと受け止めてくれるって……思えたの」


そして、小さな勇気を振り絞るように、一歩、マイクに近づく。


「……だから、好きになりました。甘えてばかりの私だけど、もっと頑張るから。

修也の隣にいて、もっともっと、いっぱい……好きになってもらえるように……なるから」


最後の言葉は震えていたけれど、目には涙が浮かんでいても、まっすぐだった。


日菜はぺこっとお辞儀をして、一礼してからステージを降りていく。


小さな背中に、全力の想いが詰まっていた。


 

——そして、会場の空気は、次の告白者を迎える静けさへと戻っていく。




「次の告白者は——水島風花さん、ステージへ!」


風花は、いつものようにどこか夢見心地な足取りでステージへと歩いていく。


制服の袖口を指先でふわふわ触りながら、マイクの前に立つと、少し首をかしげて微笑んだ。


「んー……こんばんは、かな?ふふ、水島風花です」


会場からクスクスと笑い声がもれる。


だけど、風花はいつもと変わらない調子で、でもゆっくりと話し始めた。


「私、ちっちゃい頃に……ちょっと怖いことがあってね。その時からかな……人がいっぱいの場所とか、あんまり好きじゃなくなっちゃったの。

夢みたいな世界にいた方が、安心するから……いつも妄想して、ふわふわしてたの」


ぽつり、ぽつりと、言葉を紡いでいく風花。

ステージの照明が、彼女の輪郭をやわらかく包んでいた。


「でも……あなたの前だと、ふわふわしてた私の心が、地面にトンって降りるの。ちゃんと立って、ちゃんと自分の言葉で話したくなるの。

……それって、すごく不思議で、すごく大事な気持ちだなって思った」


少しだけ視線を下げて、制服の裾をぎゅっと握る。


「だから……この気持ち、渡します。もし、届いたらいいなって。

あなたの心の、どこかの場所に、そっと残れたらって」 


少しだけ間をおいて、風花は微笑んだ。

それは、夢が終わる手前で見る、いちばんきれいな場面みたいな笑顔。


「……私、水島風花は、しゅーくんことが、好きです」


深く一礼して、静かにステージを降りる。

その背中には、飾りも嘘もない、風花なりの“真実”が詰まっていた。


まるで、夜明け前の空気みたいに、切なくて優しい告白だった。




体育館のステージに、3人の少女が並ぶ。

美麗、日菜、風花。

それぞれの想いは、もうすでに俺に届いている。


会場は静まり返り、空気が張りつめていた。

観客たちは息を潜め、ただその瞬間を待っていた。


ステージの下、俺は胸に手を当てる。

どこか痛むような鼓動。誰かを選ぶということは、誰かを選ばないことでもある。


——怖い。けれど、もう決まっている。


ゆっくりと階段を上がり、ステージに足を踏み入れる。


3人の視線を真正面から受け止める。


美麗の瞳には強さが宿っていた。日菜の瞳には、揺れる期待があった。

そして——風花の瞳には、どこまでも透き通った静けさがあった。


俺は立ち止まる。

3人の前で、ほんの数秒、目を閉じた。


静寂の中で、ただひとつの答えを胸に浮かべる。


そして、迷いなく一歩踏み出す。




向かった先は——


風花の前だった。




風花の瞳が、一瞬揺れた。

けれど、すぐに静かな笑みを浮かべる。


それは嬉しさとも、安堵とも、優しさとも取れる不思議な笑顔だった。


「風花……俺は……風花のことが好きだ」


「……ありがとう、しゅーくん」


その声は小さくて、でもちゃんと届いた。

風花の瞳の奥に、かすかに光る涙がきらりと揺れる。


俺は風花の手を、そっと取った。


「俺……風花のそばにいたいって、思った。君といると、不思議と落ち着くんだ。

風花がいてくれると、世界が少し優しく見える。それって、すごいことだと思うんだ」


会場から、ひそやかな歓声があがる。

でも俺の目には、風花しか映っていなかった。


残された二人、美麗と日菜は、どちらもまっすぐな目で俺と風花を見つめていた。

泣いてはいなかった。ただ、ほんの少しだけ、唇をかみしめて。


でも——その視線には、ちゃんと祝福の色があった。




そして俺は風花の隣に立ち、彼女の手をもう一度、少しだけ強く握った。


淡くて、でも確かな恋の、はじまりだった。

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