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24/30

優しさ渋滞中!加速する3つの恋心

夏の終わりが、こんなにも胸をざわつかせるなんて思わなかった。


部屋のカーテンが、風にふわりと揺れている。

ベッドの上に寝転がったまま、ぼんやりと天井を見上げていた。

時計の針は、登校の準備を急かすように進んでいくけど、体はまだ動かない。


(……2学期、か)


思い返すように目を閉じれば、浮かんでくるのは、あの3人の顔だった。


望月美麗――完璧で、頭が良くて、ちょっと怖いくらいに出来すぎた女の子。


でもあの夏の日、彼女が見せた涙。それは、完璧なんかじゃなかった。優等生でいなければと、一人でずっと頑張ってきた彼女の、等身大の姿だった。


(あの時の美麗……きれいだったな)


正直、ドキッとした。自分の知らなかった彼女を見た気がして、胸が痛くなった。


でも――それと同時に、なんだか嬉しかった。あんなふうに、俺だけに見せてくれたことが。



そして、渡辺日菜。


小さくて、可愛くて、何かと甘えてくる……大胆で、まったく油断ならない子。

でも、日菜もまた、一人で寂しさと戦ってきたんだ。


あの日、泣きながら話してくれた、彼女の本音。


(俺じゃ、日菜の寂しさを全部は埋めてやれないかもしれないけど……)


それでも、少しでも笑顔でいてほしいと思った。日菜の笑顔は、いつだって俺に元気をくれた。



そして、水島風花。


不思議で、予測不能で、いつもぽつりぽつりと奇妙なことを言う。

でも、ときどき核心を突いたような言葉を落としていく。まるで、見透かされているような。


そんな風花の奥には、悲しみの過去があった。


(救ってあげたい……なんて、俺にそんな力があるかわからないけど……)


そばにいてあげたい。風花の心を守ってあげたいと思った。


(……俺は、3人の中から誰か1人を選べるんだろうか)


この問いは、ずっと胸の奥でくすぶっている。

選びたくないんじゃない。選べないだけなんだ。


だって、みんな――好きなんだから。




重たいカバンを背負って、通学路を歩く。

セミの鳴き声も消えて、少しだけ涼しい風が吹いている。


(ああ……また、始まるんだな)


夏休み前の俺の平和な日常は、完全にぶっ壊れていた。

3人の美少女に迫られ、翻弄され、感情をかき乱され――


正直、もうどれだけ心臓に悪い思いをしたか数えきれない。


けど……別に嫌だったわけじゃない。

むしろ、あの3人と過ごした日々は――思い出すと、胸が温かくなる。


(……俺って、まじでどうしようもないな)


そんなことを考えていたら。


「おはよう、修也くん」


振り向くと、そこにいたのは美麗だった。


黒髪ロングが朝の光に揺れて、制服の着こなしは今日も完璧。

でも……なんだろう。雰囲気が違う。


少し笑っただけで、こんなに柔らかく見えるんだって思うくらい、彼女は自然な顔をしていた。

いつもの張り詰めたオーラがない。まるで、肩の力が抜けたみたいに。


「修也くん、夏休み、どうだった?」


「んー、まあまあ……そっちは?」


「勉強と読書と……ちょっと、ぼーっとしてた」


「ぼーっと……?」


「うん。少しだけ、自分のことを考えてみたの」


(へぇ……美麗がそういうことを言うなんて……なんか、いいな)


彼女は、完璧な自分じゃなくて、“ただの望月美麗”でいようとしてる。それがすごく伝わってきて、なんだか嬉しかった。


そこへ、背後からドスンと衝撃。


「修也~!」


「うおっ、日菜!?」


いきなり耳元に甘い声。

……って、やっぱり来たな。


「日菜っ、近い近い! 耳に息かけるな!」


「えへへ~、だって、修也の反応おもしろいんだもん♪ 夏休み中あんまり会えなくて寂しかったのに~、ギューってしていい?」


「ダメ! 校門前でそれはマズい!」


ツインテールを揺らしてまとわりつく小動物系美少女・日菜。

夏を越えて、さらに甘え度が増している気がするのは俺の気のせいか……?


そして、最後に――ふわりと近づいてきたのは風花だった。


「しゅーくん……今日はね、雲の形がね、迷ってたの」


「迷ってた……?」


「うん。ハートにしようか、うさぎにしようか。結局、途中でどっちでもない形になっちゃったの」


「はあ……そうか……」


相変わらず、風花はマイペースだ。

でも、その言葉の中に、なんだか深い意味を探してしまう自分がいる。


「でも、しゅーくんの顔見たらね……ハートに傾いたかも」


「……!」


(おい、何気に爆弾投下したぞ、この子!)


にこっと微笑んで、何事もなかったように歩き出す風花。

その心は――つかめないようで、少しだけ手が届くような、そんな感じがした。




教室の窓から差し込むやわらかな日差しに包まれながら、俺は、まだ眠そうにあくびを噛み殺していた。


(うーん、寝起きの頭って、マジで役に立たねぇ……)


そんな俺の前に、すっと一つの影が差し込んだ。


「ねぇ、修也くん」


優しい声。振り返ると、美麗が微笑みながらマイボトルを差し出してくる。


「これ、今朝いれたコーヒー。微糖だけど、少しだけミルク入ってるから、飲みやすいと思うわ」


「あ……ありがとう、美麗」


ボトルからはほんのり甘くてほろ苦い、落ち着いた香りがした。まさに目覚めの一杯ってやつだ。


「2学期初日、久しぶりに早起きして寝不足かなって思って。 カフェイン、少しでも効くといいな」


(ま、まじで優しい……! しかも好みドンピシャ)


「んふふ~、ダメだよ~? 修也に苦いコーヒーは似合わないと思うな~」


ひょこっと顔を出してきたのは日菜。にこにこと笑っている。


「はいっ、こっちは私が作った特製のココア!」


小さな魔法瓶を渡してくる。蓋を開けると、中にはふわふわのマシュマロが浮かぶ、甘くてとろけそうな香りのココア。


「甘いものでほっとする方がいいよね~」


「えっ、あ、ありがと、日菜……」


「修也、ちょっと疲れた顔してるもん。 修也が元気ないと、こっちまでしょんぼりしちゃうよ~」


(な、なんなんだこの優しさ合戦……!)


「なるほど、どっちも優しいな……」


と、思ったそのとき。


「……じゃあ、私は……これ」


机の横から、風花がひょこっと現れた。


「わっ、風花!?」


「おみそ汁。ちゃんと今朝作ったの。豆腐と……お麩と、ねぎ」


「みそ汁!?」


マイボトルの蓋を開けると、ふわっと広がる、かつお出汁の香り。ほわほわと湯気が立ちのぼる。


「おみそ汁って……ほっとする。しゅーくんにも、あったかくなってほしくて……」


「……ありがとう、風花」


目の前に並ぶのは――


・知的でさりげない気遣いからの「コーヒー」

・甘くてあったかい癒しの「ココア」

・心と胃にしみわたる「おみそ汁」


3人それぞれの優しさが、全部ちゃんと俺に向いている。


だけど――


「……うふふ」


美麗が優雅に笑う。


「でも、修也くんが好きなのって、朝の香りがいいコーヒーじゃなかったかしら?」


「えへへ、でも~。前に“甘いのもたまにはいい”って言ってたし、今日のは特別だよ~?」


日菜がココアを押し出して、目を細める。


「どれも……毎日飲めばいいよ?」


風花はみそ汁のマイボトルを抱きしめながら、ほわっとした笑みを浮かべた。


(うわあああああああああ!)


火花っていうか、優しさがじわじわと燃え広がってる感じだ。

それも、俺を包み込むように。


教室のざわめきの中、俺の机の周りだけ、異様に温かい空間ができていた。飲み物3つに囲まれながら、俺は静かに決意する。


(……よし、全部飲もう)


2学期……無事に終われる気がしない……。


でも。

この日常が、愛おしいと思ってしまうのは、たぶん俺の負けなんだろう。


――夏を越えた俺たちの、新しい季節が始まった。

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