最後の戦い~後日談
誰かが近くで走る音を聞いて意識が戻った。仰向けで倒れていたらしく、目を開けた瞬間に見えたのは日が暮れかけて暗くなり始めた空だった。周囲の家は燃えていて、崩れているものも幾つかある。あちこちで叫び声や助けを求める声が聞こえる。火事で出来た影が泰河の上で揺らめく。
「城外まで飛ばされたのか・・・?」
起き上がろうとした時左わき腹に激しい痛みを覚える。悶絶しながらそこを見ると、大きな赤黒い染みができていた。中心はまだ濡れていて、まだなお出血しているようだ。
「他のみんなは・・・?」
鉛ほど重くなった体をどうにか起こして立ち上がる。
「・・・みんな!」
ボビィ、ローグレス、シモニ、シャリ―ヌが近くに倒れていた。全員意識がない。仲間の状態を確認しようと動こうとした時、泰河は民衆に紛れて異質な雰囲気を纏い、ゆっくりとこちらに歩いてくる男を見つけた。遠目でも歩いてくる男が誰かが分かった瞬間、時の流れが緩やかになるのを感じた。
「・・・ラミーク。」
ゆっくりと歩いてきた男は泰河の前で立ち止まる。
「・・・諦めるのはお前の方だ。泰河。我が使命のために。七色の完全体。」
また激しい力で弾き飛ばされる。泰河は民家の壁に激突した。衝撃で呼吸が止まり息ができない。
「ぐはっ・・・。」
すかさず奴は次弾を用意する。
「七色の・・・。」
そこまで言ったところでラミークが吐血した。シャリ―ヌの拳を頭に貰ったことは相当なダメージだったらしい。ただでさえ、俺らとの戦いで魔力を消費していたのだから、奴自身もう限界に近いだろう。
「・・・・どうして、そこまで執着するんだ!」
「どうしてだと!?お前にこの使命の重さが理解できるものか!責任を負わず、何も成し遂げてこなかったお前に!こうしている間にも国民は不平等に苦しんでいる!お前らは俺らの行動を批判するが、今までの世界は歪じゃなかったのか?間違っている世の中をそのまま許容しろと?そんな真似、できるはずがない!お前らが歪んだ世界を押し付けるなら、それを矯正するために新たな歪みが必要なのは当然だ!私は新たな王として、それを是正する!お前らが尊厳を踏みにじり、嘲笑って来た弱者の歴史を私が終わらせるために!七色の完全体!」
「・・・ッ!」
再び吹き飛ばされ、壁に衝突する。四つん這いになり、吐血する泰河。 くっ、アイツのガチレスに勝てねぇ・・・。本気の信念を持つ人間は死んでも変わらない。でも、奴を止めなくちゃ!何のために仲間は俺の為に命を懸けたんだ?俺が奴を倒さずして誰が倒すんだ?
「うぉおおお!」
ボロボロになった体から力を振り絞り、パンチを放つ。もう魔力も残っていないラミークに防ぐ手段はなくモロに食らい、瓦礫の山に突っ込んだ。だが彼は泥だらけになった手で立ち上がり、拳を構える。さっきまでの高貴な姿とはほど遠く、王としての尊厳をかなぐり捨てているように見える。
「俺がこの国を変えるんだッ・・・!」
今度はラミークのパンチが泰河の顔面に当たる。強烈な拳にバランスを失い、膝をつく。どうしてだ?同じパンチでなぜこうも違う?そう思い、彼の目を見た時、驚いた。彼の目には涙が溜まっていたからだ。その時泰河はハッとした。
『俺が本当に救わなきゃいけなかったのは、コイツなんじゃないのか?』
生を受けた瞬間から国という個人にはあまりにも大きい責任を背負われ、期待される。常人には計り知れないほどのプレッシャーだ。しかも生まれたのだって、本人の意思ではない。モスマンのエゴによって生まれただけだ。それなのに、彼はこんなにも必死に戦っている。そうだ、俺とラミークに、大差はないじゃないか!ラミークだって、他の誰かを救いたいだけなのに!
俺は、ずっと大きな勘違いをしていた。女神の託宣を受けてからずっと、コイツを止めるだの、辞めさせることが目的だと思っていた。この世界に苦しむボビィ、ローグレス、シモニとかを救い、こういう連中を叩きのめすことが使命だと思っていた。そうじゃない。俺はラミークと和解しなければいけなかったんだ。だって、二人とも明日を良くしたいだけなんだから。その事実に気づいた泰河の目から涙がこぼれる。
「ちっくしょぉぉおお!」
こんどは二人のパンチが同時に顔面に当たった。二人とも派手に倒れる。
でもどうすればいいんだ?彼に、何を分かってもらえばいい?正しさを伝えても駄目だった。間違いを指摘しても駄目だった。知恵を絞れ、アイディアを出せ、叡知を……。
「早く立て、泰河!もうお終いなのか?やはり私の創造の力はお前の想像の力より素晴らしかったのか!?」
立ち上がり、挑発するラミーク。泰河は長いこと膝まづいている。
「ラミーク、こういうのはもう終わりにしよう。」
「なんだと?」
「ここからは救い合いだ。俺は、リライ刀の力の使い方をずっと間違えていたみたいなんだ。リライ刀は誰かを傷つけたり、何かを壊したりすることが目的で作られたんじゃない!みんなで楽しい思い出や、記憶を共有して楽しむことに使うべきだったんだ!イメージを具現化して楽しませ、有限を無限に変える、それこそがこのリライ刀の本当の役割だ!」
泰河の意志に反応したリライ刀が光り出し、暖かな光で周囲が包まれる!
「そういえばそうだった。俺がシナリオライターを目指したのは誰かより優れていることを証明したり、批判することが目的だったんじゃない!誰かに感動して欲しかったんだ!リライ刀!俺の想像を現実に変えろ!」
泰河は自分の想像を現実に変える空間を作り出した。現実世界の風景が幻想的な風景に変わっていく。
「なんだ!?これは!?」
「ここは俺のイメージを共有することができる特殊領域さ。」
異空間に現れた泰河はなにやら大量の書籍を脇に抱えている。一体なんだ?あの本は?
「ラミーク、質問だ。今までの人類はどうして明日を良くするため頑張ってきたと思う?」
「それは、家族のため、ひいては自分たちの子供たちに希望ある未来を託すためだ!」
「そうだ!だが、希望っていうのは何で出来ていると思う?」
「そ、それは・・・。」
ラミークは口をつぐむ。希望そのものが何であるのか、考えたことも無かった。私が知らないことをこの男は知っているというのか?それに、私を救うだと!?救う役割をもつのは王であるこの私のはずだ!
「今からお前に見せるのは希望の源泉!ロマンだ!」
泰河は自身の持つ全ての本を放り投げた!その本の表紙には全て、魅力的な女性が描かれていた。そう、それは泰河が今まで大変お世話になったいかがわしい本だったのだ!空中で開かれた本からは千差万別、古今東西ありとあらゆる姿のたくさんの女の子たちが飛び出してきた!彼女らはいっせいにラミークを取り囲んだ。
「なにをしている馬鹿者!こんないやらしいモノは、いけないんだぞ!エッチなのは、ダメなんだぞ!」
「そうかもしれない!だがよく見てみろ!」
「こ、これは・・・。こいつらは普通の人たちではない!現実世界にいないような属性を持った人たちだ!これは、『のじゃロリ』・・・!?法治国家のルールを回避してまでロリを愛したい!?なんて業が深いんだ・・・!こっちは『勝気なお姉さんの快楽堕ち』?どうして、どうして普段強気なお姉さんの見せる女の子の一面は、こんなにも煽情的なんだ・・・。愛おしくてたまらない! そしてこれは『エイ』・・・。エイ!?魚類だと!?やめろ、私にこんなものを見せるな・・・っ!こんな低俗もの私に見せて何になる!」
「本当にこれは『低俗』か?お前は今これを愛おしいと言ったじゃないか!」
「そ、それは・・・。」
「否定できないほど魅力的だろう!なぜならこれは生きる希望だからだ!希望が魅力的なのは当たり前だ!貧乏でも、モテなくても、ハゲてても、『明日、こういう女の子が俺のことを好きになってくれたらいいなぁ。』そう妄想することでみんな希望をつないできたんだ!」
ぐ、ぐうっ・・・。こんなもの、好きになっていけない!こんな、品位を欠くようなものを、人前に見せられないものを認める訳にはいかない!けどどうして、この子たちの谷間から目が離せないんだ!
「『オタクに優しいギャル』?ギャルなんてオタクを常に見下しているじゃないか!いる訳がないッ!分かっているのに・・・!頭では分かっているのに心が追い求めてしまうっ!どうしてなんだ!これ以上積極的に来られたら好きになってしまうだろッ!陰キャの私に近づくなぁぁああああああ!」
「分かるか?この子たちの魅力が。お前らに性的嗜好を強制なんてされなくても、多様性を強制されなくても、昔からこうやってみんな争わずに自分たちのいいと思えるものを追求してきたんだ!自分たちの息子、いや、子孫のために!」
「ふざけるな!私はおふざけでこの世界を変えようとしてるんじゃない!お前らのお遊びと、私の政治を一緒にするんじゃぁないっ!こんな空間、私の創造の力で破壊してくれる!」
しかしラミークの右手は反応しなかった。異常事態に気づき、ラミークは自分の右手を見る。
「なにッ!右手が、右手が忙しくて言うことを効かない!?」
ラミークの右手はなんと自分の意志に反して高速でピストン運動をしていた!自由が効かないため創造の力が使えなくなっている!ありえない!
「だろうな。お前の右手だって、生きる希望を欲しているんじゃないのか?年頃のお前には、年相応のロマンが必要なんだ!これは正しい、正しくないとか、そういう問題じゃない!魂の叫びなんだ!」
「そうなのか?私の右手・・・。お前もロマンを・・・追い求めているのか!?」
ラミークは自分の右手を見つめ、問いかける。右手は相も変わらず高速でピストン運動を続けている。ラミークは自分の右手が泣いている様に見えた。そんな、私は自分自身の心の声を無視し続けていたなんて。
「性癖の否定は、多様性の否定!多様性の否定は、可能性の否定!可能性の否定は、明日の否定ッ!明日を否定することなど、言語道断!これは単なるエロなんかじゃない!これはお前達が下らないと切り捨ててきた真実だ!だけどそれこそがお前らが本当に追い求めていたものなんだよ!エロこそ、人類が創り上げてきた、叡智だぁぁぁぁぁぁぁ~~~ッ!」
「ぐわぁあああああああああああ~~っ!」
ラミークは人類の叡智の力に圧倒され、撃沈した。役目を終えた泰河の空間が元に戻る。倒れ込んだラミークは自分の右手を眺める。悲しく高速ピストン運動を続ける右手はまるで泣きじゃくる子供のようだ。ラミークは物思いに耽る。
「思い出した。前世の記憶を。貧しい家庭に生まれた私は家族のために毎日オカズを探していた。田んぼのあぜ道や、裏山、国道沿いを駆け巡って必死に捨てられたエロ本を探した。そうやって貧しいながらもどうにか食いつないできたんだ。だけどある日間違って寝取られ物の雑誌を拾ってきてしまったんだ。純愛物が好きだった親父は見たショックで死んでしまった。その日から、私は誓ったんだ。性的嗜好で誰も悲しまない様な世界にしようって。だから来世で正しい性のあり方をみんなに広めたいって神様にお願いしたんだ。」
・・・自分の右手を従わせることも出来ずに、何が王だろうか。ラミークは自分の愚かさを反省した。
「すまなかったな俺の右手。もう、今後は性的嗜好の押し付けなんかしない。好きなものを、好きなだけ探そう!分かってくれるか・・・?」
そう言うと、高速でピストン運動していたラミークの右手の動きは緩やかになり、やがて止まった。止まる瞬間、ラミークの右手は満足し、笑っているかのようだった。日も暮れて、星空が出始める。倒れているラミークに泰河が近づいて来た。参ったな。私は泰河に完全に言い負かされてしまった。
「知らなかった。私が知らない間に、世界がこんなにも多様性に満ちていたなんて・・・・。私は愚かだったんだな・・・。」
「大丈夫さ。知らない性癖は、明日から開拓すればいいんだから・・・。」
「ふっ、そうだな。」
敗北したにも関わらず、ラミークの心の中は爽やかだった。長い間取りつかれていた心の憑き物がとれたからかもしれない。綺麗な夕焼けが二人を照らす。忘れていた。ああ、世界はなんと綺麗なことなんだろう。ラミークは立ち上がり、泰河に握手を求める。
「泰河。今後も私に色々な性癖を教えてくれないだろうか・・・。」
「ああ!」
二人は熱い握手を交わした。こうしてポリ国における月刊成人誌「快楽マン」が創刊されることになった。
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「本当にごめんなさい。」
数週間後、目的を達成しファロディーネが現れた瞬間に泰河は拳骨をくらわした。
「あのなぁ!転生先をちょっとは考えろよ!いきなりなんの準備もさせずにラスボス前に出現させるってどんな糞ゲーなんだよ!俺はともかく他の日本人2人はそれで死んじゃったんだぞ!」
「だって、早く何とかして欲しかったんだもん!それにその二人は新しい転生先で楽しくやってるみたいなんだからいいじゃない!ちゃんと責任はとったわよ!」
「じゃあお前も一回死ぬ時の苦しみを味わってみるか?」
泰河は短剣を抜いてファロディーネに見せる。
「いや、いや!暴力反対っ!助けて~!」
「待てっ!お前には教育が必要だ!反省するまで俺が根性入れてやる!」
唐突な追いかけっこが始まった。ファロディーネがすっ転び、泥だらけになって鼻水をたらして泣き喚く、あんまりにもみじめな姿になったところでやめてあげた。
今日は俺の退院祝いということでたくさんの人が病院に会いに来てくれた。
「ありがとう。タイガ。この国はきっとまた立ち直るわ。私が女王になってきっといい国にしてみせる。」
「ああ、シャリ―ヌならきっとできるよ。課題は山積みだろうけど、がんばってね。」
シャリ―ヌはモスマンが死んだことで自動的に王位継承権一位になり、腕っぷしも強いということでそのまま女王になるらしい。兵士たちを倒すついでに城内にいた反対派の勢力もボコボコにしたおかげで逆らう人たちもほとんどいなくなったらしい。なんとしたたかな女だ。
「私もシャリ―ヌ叔母様の下で協力することにした。叔母様と話すうちに政治について全く分かっていないことに気が付いたのでな。だから多くのことを学び、創造の力無しにこの国を統治できるようになろうと思う。ポリコレ以外にもこの国を良くする方法はまだまだたくさんあるから、当面はそっちに力を入れるよ。」
「叔母様じゃなくてシャリ―ヌとお呼びなさいと言ってるでしょ!」
「痛い!」
ラミークは少しお高くとまった印象から少し丸くなったようだ。すっかり好青年みたいになっている。
「はは、まだ諦めはついていないのかい?」
「いや、流石にもう過激な思想には走らないさ。でも、まだそういう苦しみを抱えている人はたくさんいる。誰に対しても不公平にならない様にそういうのを無くしていきたい。」
「うん。いいと思うよ。皆が『アフリカ人 エロ画像』で検索したことがあるように、ラミークも色んなことを経験するといい。」
「えっ、それはちょっと・・・。」
二人は滅茶苦茶になった王都の再建で忙しいらしく、すぐに城に帰ってしまった。あんまり油を売るような王様もどうかと思うのですぐにお別れした。二人の仲もいいみたいだし、この国の再建は案外早いかもしれない。
「さて、と。」
泰河は荷物をまとめて病院をでる。王都からちょっと離れた所にある丘でみんなと待ち合わせしているからだ。
「さあ、もうこの世界に心残りはない?」
「やることは、やったしな。・・・・とりあえず行こうか。」
30分ほど歩いて丘についた。早速みんなが待っていてくれた。
「タイガ―!」
俺の存在に気づくなりローグレスが走ってきて抱きついて来た。
「痛たた。まだ完全に訳じゃないから加減してくれよ!ローグレスはすっかり元気だな。」
「うん!シャリ―ヌのところで毎日おいしいご飯食べさせてもらってるからね!毎日楽しいよ!」
最初に会ったときよりこの子が心の底から笑っている気がする。これが本来のローグレスなんだろう。手を繋ぎ、一緒に丘の頂上まで登る。ボビィとシモニが立っていた。
「やあ、久しぶり。ボビィ、君は森に帰るんだって?」
「ぼくはサンセイの所もどる。城いてもつまんねーし。ローグレスもくるらしいよ。」
「え?本当かい?」
「配置換えの話を聞いてさ、ボビィの言うサンセイっていう人の領地が元に戻るらしいんだ。その人、娘はいるらしいけど息子さんがいないから養子にしてもらえないかなって思ってさ。シャリ―ヌのお墨付きも貰ったし悪くないなって思ってさ。そういう所にいればボクの家族の情報も入ってきやすいだろうし。」
「ちゃっかりしてんなぁ。」
「へへ。ボビィと一緒にいれば寂しくないだろうしね。」
「ふざけんなよ。おれ、おもちゃじゃねぇよ。」
ボビィとローグレスが無邪気に戯れる。案外、これが一番丸く収まるのかもしれないな。
「・・・シモニは、どうするの?」
「オレ?オレはまぁ、国の騎士団からお誘いを受けてるけど、どうすっかな~。面倒くさいんだよなぁ。本当はまたどこか腕試しできる所に行きたいけど、バレットマンの家族の面倒もみないっていうね。正直まだ、決まってない。」
「そうか。まだ、バレットマンの称号、狙ってるのか。」
「おうよ!あいつは俺の永遠の英雄だからな。当然よ。向こうに行っても、元気でな。」
シモニは腕組みをして、そっぽを向いてしまった。案外あっさりしてるな。奴らしいっちゃそうなんだが。
10分ほど会話したところで準備がととのった。ファロディーネが現実世界へのポータルを開く。大きさ直径5メートルくらいもある。王都の近くでできないって言われたのはこれが原因か。
「さあ、約束通り、現実世界に戻してあげる。ニジイロオカチヒメも今回の件で懲りたみたいだから、以前よりいい世界になっているはずよ。」
「わかった。じゃあ、みんな、俺行くよ。」
みんなに手を振ったあと、荷物を持ってポータルの方を向く。 ローグレスがシモニに話しかける。
「シモニ、いいの?」
「・・・・・。」
上着の裾を掴んだまま黙ったままのシモニ。それを見かねたファロディーネが泰河に話しかける。
「本当に、この世界にもう悔いはない?」
泰河はポータルの方を向いたまま、しばらく悩む。そして独り言を言いだした。
「俺、現実世界は元々好きじゃなかったんだ。だけど、こっちに来てからあの世界がどんなに良かったか思い知らされた。安くて旨い飯がたらふく増えるし、盗賊に襲われる心配もない。真夏の暑い日にエアコン効かせた部屋でくつろぐのは最高だ!」
いままで気丈にふるまっていたシモニの目から涙がこぼれ始める。なおも泰河は続ける。
「なにより、俺が大好きなアクション映画がたくさんある!困難に突き進んでゆく登場人物たちが銃撃戦や爆発のあるド派手なシーンは悪役を打ち倒すシーンは最高なんだ!日頃たまった鬱憤を晴らしてくれる!俺はあの為に生きていたといっても過言じゃない!」
シモニはもう泰河の気持ちは固いのだと悟った。ローグレスがシクシクと泣くシモニの背中に手を添える。
「だから、俺はこっちの世界でそれをみんなに知ってもらいたい!」
「・・・ッ!」
「それだけじゃなくてみんなの好きな物を集めて、映画を作ろう!そしてみんなで集まってそれを見るんだ!映画のないこの世界でそれをやったら絶っ対盛り上がる!シナリオライターだけじゃなくて、映画監督までやれるなんて、夢のようだ!だけど、映画っていうのは一人じゃ滅茶苦茶作るの大変なんだ。」
泰河は振り返り、シモニの方を向いて笑う。
「手伝ってくれるか?シモニ?」
「・・・・うんっ!」
それから、二人は小さな小屋に一緒に住み映画を撮った。時には街の皆にも協力してもらい、共に作品を作った。悪戦苦闘としながら完成したものを星空の下、手作りのスクリーンで鑑賞し、初めて見る自分たちの姿に笑い声や歓声を上げながら楽しんだ。泰河のつくる映画は単にこの国の名物になるだけではなく、やがて国民同士が共に過ごした時間と努力の結晶を祝う場となる。笑い、涙し、感動しながら団結を深め、ポリ国は発展していくのであった。めでたしめでたし。
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「・・・という体験をですね、私が不在の間、してきたんですけども、どうでしょうか?次回作のゲーム、こういうシナリオにできませんかね?」
しばしの静寂が部屋を包む。上司は顎を撫でたまま固まっている。時計の秒針の音だけが聞こえる。
「ボ・・・。いや、泰河君、もうちょっとここのセリフとかを推敲してみようか。」
「どこですか!?」
「例えば・・・。おっともうお昼の時間じゃないか。一緒にお昼を食べに行くぞ、続きはその後にしよう。」
「分かりました!」
二人は椅子から立ち上がり、食堂に向かう。
「そういえば君、奥さんとは順調かね?全く、暫くいなくなったかと思ったら奥さんまで連れてきて・・・。」
「いやあ、ちょっとまだ触手を隠すのが下手でしてね、こないだもちょっとした騒動を・・・。」
「君ぃ、まだ夜になってないのにそういう話題は良くないぞ!」
「いや、そういう訳ではなくてですね・・・・!」
二人の声が遠ざかる。空っぽの会議室机には泰河が書き残したシナリオが残っていた。