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終焉の栞編

 それにしても人間逝く時は簡単にいくもんだとは言うが、あれだけ俺が太刀打ちできなかった強靭な肉体を持った人間がこうもあっさりやられるとは。一体あそこに立っている青年はいったいどれほどの力を持っているというんだ・・・。


「モスマンはオレがやる予定だったのに。怒りのやり場に困るなぁ。」


「まあ、そういうなよ。案外すんなり俺らの目的が達成できそうだからいいじゃないか。モスマンがいなくなったことでシャリ―ヌが次期女王になれそうだし、あの青年は俺らが保護してポリコレに触れさせなければいいんだ。彼を連れて帰ればもうそれでこの国の未来は変えることができたも同然だ。反抗期だって言ってたし、彼はモスマンの考えに不満を持ってるんだろう。」


「そんなもんかなぁ。なんか複雑な気分だぜ。」


「さぁ、長居は無用だ。さっさと帰ろうぜ。」


 泰河は崩壊した壁際に立っている青年に近づく。


「やあ、君、良かったら俺たちと一緒に帰らないかい。ここにいると堅苦しいし、変な考えを押し付けられちゃうみたいだしさ。」

 

「我が名はラミーク。この世界に顕現した終焉の栞なり。」


「ああ、ラミークっていうんだ、すまん。」


「それから、変な考えとはなんだ。」


「いや、国民に嗜好や考えを強制したり、弱者を偽ってそれを特権を得ることを得る考えのことさ、特に深い意味はないんだ。」


「私が父上と考えを違えると思うたか。」


「え?」


「私が奴を殺したのは、()()()()()()()からだ。王としてとして弱い者が統治するなどありえない。」


 彼の放つ異質な雰囲気に泰河は圧倒される。モスマンの威圧感は強い者が放つ気迫といった感じだったが、ラミークのそれはなんというか正体不明なものからくる違和感といった感じだ。

 

「殲滅と創生。それが私がこの世に生を受けた理由だ。この世の全ての生は不完全だ。最適解を示せないからこそ運命の回り合わせに振り回され、 宿世に悩み、苦悩する。君は自身の与えられた境遇に疑問を抱いたはないか?人間は酒樽ばかりの同じ重さを持った肉塊にも関わらず、たった厚さ2ミリの皮一枚の色や形で優劣が付いてしまう。あるものは生まれながらにしてその手の中に銀の匙を持つ一方で、君の掌中には何もない。そしてそれらの苦しみはどんなにもがこうが水底に沈むのみ。解放しなくては。故に私がその一切を終わらせよう。」

 

「な、何を言ってるんだ・・・。」

 

  そう言いつつも、泰河は視線と心が彼に釘付けになっていることに気が付いた。一瞬でも彼の姿を見ていないと、彼の声を聴いていないと耐えられない、そう思ってしまうほど彼の何かに引き寄せられていた。

 ラミークは右の手のひらを上に向けると、手のひらが少しずつモコモコと盛り上がり、小鳥の形に変形した。そしてそれは外に向かって羽ばたいて行った。それから兎、鹿、イノシシ、それから馬も同様に生み出し、辺りには草木が生い茂った。そのどれもが本物そっくりというか、本物だった。木になったリンゴを手に取りかじると、ラミークは再び語りだす。


 「私は全ての人類が()()()()()()()()()を創生する。私はこの右の手より何でも好きなだけ作り出すことができる。これより全ての人間は私が作り出す。全員が共通の意識を持ち、思想、外見、性的思考、すべてにおいて争いのない平和な世界のためだ。競うことなく、比べることもなく、僻むこともない。そうなって初めてこの世界は為すのだ。」


「そんなの一代限りの自己満足じゃないか!お前が死んだらその後の世界はどうするんだ。」


「新しい私を生み出せばいいだけの事。私に与えられた創造の力に不可能は無い。数多の無能な統治者は夢想するばかりだが私は実現するのだ。虹色に輝く我々だけの楽園を。」


 耐えかねたシモニが横から口を挟む。

 

「ふん!そんな面白みの無さそうな世界なんか見たくないぜ!一人でお人形遊びでもしてろよ!」


「従えなければ殲滅するのみ。我は終焉の栞。この忌々しき歴史を分節するためここにいる。」


 ラミークが構えると同時に後ろから大勢の兵士がやって来た。どうやら悲しみからどうにかして立ち直ったエドリックが城内の兵士を招集したらしい。前回ここに来た時は200人前後の数がいたから、今回もそのくらいいてもおかしくない。前後から挟み撃ちされる非常にまずい状況だ。


「タイガ、ここは私が後ろの兵士たちの相手をするわ。ここの兵士は精鋭揃いだから、道中出会った兵士の様にあっさりとはいかないけど、なんとかするわ。」


「頼むよ、シャリ―ヌ。」


「おれもあいつらの相手する。」


「大丈夫か。いくらボビィも強いといっても、あの数相手は只では済まないぞ。」


「タイガ、おれの友達はあいつらに好き放題された。みんな妖精とかエルフとか人気者になって最初は喜んでた。けど、だんだんホントの自分分からなくなって、みんな、おかしくなった。それでおれの友達みんな死んで、焼き肉になった。だからおれ、あいつら許せない。ぶっ飛ばしましょう。」


 そうだ、ボビィがなぜ俺に協力してくれていたのかその理由を聞いていなかった。いつもお気楽な奴だから深い理由はないんじゃないかと思ってたけど、自分の為じゃなくて犠牲になった仲間たちの為に力を貸してくれていたんだな。そして仲間達の未来を守るために。


「分かった。くれぐれも気をつけろよ。あと、死んでも普通はその人食べないからな。」


「そうそう。ワハハハハハ。」


「あなたも加勢してくれるのね。さあ、準備はいい?集団戦はスピード感が重要よ!ちんたらしてられないの。だからこれより一切の防御を捨て、前進するわ!防御に使っていた右手も、攻めの構えにっ!これぞ、総攻めの構えッ!行くわよっ!」

 

 シャリ―ヌとボビィは颯爽と兵士たちの集団の中に駆けて行き、戦い始めた。彼らがを足止めしている間に、俺らはこのラミークをなんとかしないといけない。長期戦になれば城外からも兵士が駆けつけるだろうから時間に余裕はない。


「まずはオレが相手してもらおうかなっ!」


 ダッシュで勢いよく飛び出したシモニがラミークに斬りかかり、高く振り上げた剣を力任せに強引に叩きつける。しかしそれをラミークは表情一つ変えずに受け切る。そこから連撃をシモニが繰り出すもラミークはそのすべてに対応し、防ぐ。シモニは触手をまだ使っていないとはいえ、あのシモニと互角に渡り歩いている姿が信じられない。つい先ほど生まれたばかりとは到底思えないほどの華麗な対裁きをしているのだから。


「や、ヤロウッ!」

 

 シモニが3本触手を展開した。付近に転がっていた剣を拾い、4刀流の構えを取る。


四刃螫鏖(モルティフェラ)


 三本の触手は絶えずゆらゆらと動いている。シモニの触手は好きなだけ伸ばせるため上下左右前後どこからでも攻撃できるはずだ。さっきの打ち合いでは実力が拮抗していたのだから、これは流石に受け切れないはずだ。


「す、凄いぞシモニ・・・!こんな技を隠し持っていたなんて。」


 しかし、それを見たラミークの反応は薄かった。そよ風が頬をなでた、せいぜいそのくらいのリアクションだ。


「ああ、君はそういうことができるんだね。それだと受け切れないから、私もやってみようかな。」


 ラミークは自身の胸に右手をそっと当て、ささやくように呟いた。


彩雲花海(ユーフォルビア)


 肉をかき分け、甲冑が割れる音が聞こえる。すると背中から剣を持った長い腕がラミークの背後から現れた。その数、優に10を超えているだろう。


 「な、なんだと・・・。」


 泰河やローグレスはもちろん、シモニも相当動揺しているようだ。俺らにもまだ見せたことが無かった技の上位互換をこうも簡単にだされてしまってはそういう反応になるだろう。しかもラミークはスライム族でも何でもないのだ。これが奴の創造の力なのか。


「く、くそっ、だからなんだっていうんだ!練度はオレの方が上だ!」


 果敢に挑むシモニ。縦横無尽に触手を振い、あらゆる方向から攻撃を繰り出していくも、それらは全て背中から生えた腕に撃墜されている。真後ろからの攻撃でさえも、見えていますと言わんばかりの反応で受け切られてしまった。シモニのように腕が伸ばせない分、リーチは負けているので距離を取っている分には攻撃されないが、さっきの様に近接攻撃を仕掛けるようにはいかなくなってしまった。実力で拮抗していようが、手数で負けている分近づくのはあまりにもリスキーだ。


「はぁっ、はあっ。この技出して受け切れる奴なんか今までいなかったんだけどな・・・。こいつは予想外だぜ。」


 これは加勢しないとどうにもならなそうだ。単独で行動するのは危険だがこっちにはローグレスがいる。


「ローグレス、おれにおぶさってくれないか?そして防御魔法で俺らを守ってくれ!」


「うん分かった!」


 一撃を与える隙さえあればどうにかなるはずだ。泰河は走りながら野球ボールほどの大きさの瓦礫を拾い集める。それをラミークに向かって投げつけた。


「こんな攻撃当たりもしないぞ。」


 そう言って剣で石を払おうとしたラミークだが、石は触れた瞬間大きな音をたてて破裂した。


「爆発?いや、体にダメージはない。音だけの様だ。」


「これはかんしゃく玉さ。強い衝撃を与えると大きな音をたてるおもちゃさ。だけどそのおもちゃに気を取られてていいのかな?」


「!」


 攻撃に意識を取られたせいでシモニの攻撃の対応が遅れ、剣が頬をかする。赤い血が頬を伝い、床に垂れた。


「いいぞタイガ、そのまま続けてくれ!」


 少し不快そうな表情になったラミークはおもむろに手のひらを上に向け、いくつかの光球を放った。 


燦燦矢車(さんさんやぐるま)


 煌めく光球からは幾つもの光の弾丸が放射状に発射される。傍から見ている分には綺麗なものだが技を食らう立場にある以上そんなことは言っていられない。弾丸は石を抉り、木の板位なら容易く貫通する。泰河やローグレスは防御魔法で守られているため大丈夫だが、問題はシモニだ。弾丸を躱したり防ぐことに精いっぱいで、攻撃に手が回らない。


「大丈夫か!?シモニ!」


「タイガ、オレのことは気にせず、妨害を続けてくれ!できるだけ合わせる!」


 同じ行動を続けてみるがそれでも防戦一光球方だ。光球からの攻撃は完全に自動で行われているらしく、ラミークは完全に意識を俺やシモニに集中できる。そのため、本体と光球攻撃とのコンビネーションは凶悪すぎるシナジーを生みだしている。シモニはじりじり距離を詰められ、壁際に追い詰められた。


()った。」


トドメの一撃を食らわせるべく大きく踏み込んだ次の瞬間、ラミークは足元の異変に気が付いた。


「足が動かない!?」


 足元を見るとなにやらとりもちのようなもので足が固まっている。ラミークが瓦礫だと思っていたものは泰河がとりもちに変えていたのだ。こそこそ逃げながら彼らは罠を仕掛けていた。

 

「ずっとこの瞬間を待っていたんだ!攻撃に集中して細かい変化に気づけなくなる時をね!いけ!シモニ!」


「うおおおぉ!」


 一転攻勢。全力のシモニの袈裟斬りが決まる。肩から見事に入ったその切り口は鎖骨を砕き、相当な深手を負わせ、ラミークの胸からは大量の血が噴き出した。


「や、やった!」


 シモニは泰河の下に辿り着くなり、仰向けに倒れ込んだ。


「はぁ、はぁ、10本以上の剣に対応しながら光球を避けるのはきつかったけど、何とかなったぜ。」


 ラミークは感慨深げにその傷口をみているが、表情に変化は見られない。しばらくした後、ラミークは右手を顔にかざす。


悲劇の仮面(ヴィクテムヅラー)

 

 ラミークは自身の顔面の皮を右手ではぎ取るとそれを投げ捨てた。すると彼の傷は一瞬にして回復し、あれほど派手に出血していた傷は完全に塞がった。それどころか、切ったはずの衣服や甲冑など、そのすべてが元通りになっていて、まるで何も起きていなかったかのようだ。


「な、なんだと・・・。一体何をしたんだ?」


 「ああ、ダメージを負っているかのように見せたり、実際より自分を弱く見せたりする。そう錯覚させるための仮面だよ。この仮面を被っている限り、ダメージはこの仮面が肩代わりしてくれる。弱き者を装ってロビー活動をしたり暗殺したりする集団から押収したものがこの城の地下金庫に保管してあったから、拝借したのさ。私なら複製も可能だけどな。こんな風に。」


 手のひらから不気味な仮面を作り出したラミークは再びそれを自分の顔に押し付けた。それは肉と癒着し、ラミークの顔の形に変化した。完全に変形した後はまったく仮面をつけているようには見えない。


「タイガ、つまり奴を倒したいなら代わりの仮面を創り出す前に倒すか、仮面ごと破壊しながら倒すしかないってことだよ。」


「いやぁ、それは流石にきついなあ。」


 まだやれそうだが、さっきローグレスを背負いながら走り回ったせいで結構足腰にきてる。シモニもまだダメージこそ負っていないが、さっきの攻防で結構体力を消耗しているはずだ。

 

「私を倒すということがいかに無謀か分かってなぜまだ抗う。特に泰河に背負われているお前。」


 ラミークはローグレスを指さす。


「ボ、ボク?」


「お前は私の考えに賛同できるはずだ。同性を愛することへの苦悩、障害、偏見、全て知っているはずだ。私に従えばそれらすべてから解放してやる。」


「う、ボクは・・・。」


「お前が思いを馳せる人を独占したいとは思わないのか?」


「ボクは・・・。」


 ローグレスが沈黙する。奴の思惑に乗せられるなと叫びたいところだが、それをしたらあいつらと同じになってしまう。ローグレス自身、思う所があるはずだ。自分で答えを出してもらうしかない。


「ボクはね、まだサントスのところにいた頃、制限されながらも不自由は感じてなかった。言えば庭に出してもらえたし、食事もそこそこのものを毎日出してもらえてた。だけどその後タイガが来て、外の世界に出て初めて、あれがいかに窮屈だったか気づいたんだ。そりゃ、歩き回ってクタクタになったり、お腹ペコペコになった時もあったけど、それでもタイガ達と過ごした日々は常に希望に溢れていて、楽しかったんだ。」

 

 ラミークを前に話す緊張や興奮ゆえか、ローグレスの体はカタカタと少し震えているように見える。しかし目はしっかりとラミークを見つめていた。


「ボクは与えられた自由なんかいらない!自分で得た不自由を楽しみたいんだ!それにね、ボクは好きな人に好きって言わせたいんじゃない!好きって言われたいんだ!そう心の底から言ってくれる人をボク自身の力で見つけるんだ!お前の力なんか借りないっ!」


「そうか。残念だよ。お前らの中で一番私に理解があると思ったんだけどね。そういうことなら消えろ。『無稽之理(トンデモセオリー)』。」

 

「!」


 ラミークが先ほどの光球とは比べ物にならないくらいでかい光球を出してきた。直径10m位はあるだろうか。いや、まだまだ大きくなる。あの攻撃に当たったら多分ひとたまりもない。


「シモニ!こっちに来い!ローグレスの防御壁の後ろに隠れるんだ!」


「壁裏に隠れようが防御壁に隠れようが同じこと。全て塵にしてくれる。」


 光球はまだ大きくなる。見ているだけで目がチカチカしてくる。十分に力が溜まったそれは一つの恒星のようだ。


「はあっ!」

 

 光球から放たれた極太のエネルギー波が三人を襲う!付近にあった瓦礫や壁が一瞬で蒸発して消し飛んだ。


「うぁあっ!ヤバいって!これ絶対ヤバいって!」


「落ち着けシモニ!ローグレスを信じろ!」


 ローグレスが後の口上を唱え防御壁を強化するも、削られてその厚さはどんどん薄くなっていく。圧倒的に出力の差が違い過ぎる。


「頑張れ!頑張れローグレス!俺らにはお前しかいないんだ!」


 ローグレスがあえて防御壁の幅を狭くした。もう幅60cmもない位細く、三人は一列になってどうにかその背後に収まっている。そうでもしないと耐えられないくらい奴の魔力が強いということなんだろう。溶けて溶岩となった城の床が泰河達の数センチ横を通過する。


 「アチッ!オレの甲冑が死ぬほど熱くなってる!」


「何言ってるんだシモニ!熱ッ!ホントだ!このままじゃシモニが焼きスライムになっちまう!」


 奥歯を噛みしめ防御壁に全力で魔力を込めるローグレス。今にも吹き飛ばされそうなその背中を支えてあげることくらいしか今の泰河達にしかできない。ローグレスは華奢な体から悲鳴に近い叫び声をあげ、何とか持ちこたえるももう限界が近い!


「ローグレスーッ!」


 もう残りの防御壁が溶けはじめ、もう駄目かと思った数秒後、攻撃がぴたりと止んだ。


「お、終わったのか?」


 周囲を見回すと、さっきまで辛うじて城の形を保っていたこの場所も、天井や壁が完全に吹き飛ばされただの屋外になっていた。そして光線が放たれた方向は、地平線が少し抉られており、先ほどの攻撃の凄まじさを物語っている。


「そうだ、奴は?」


 ラミークの方を見る。奴も立ってはいるがかなり消耗しているようだ。額にはじっとりとした汗をかき、髪が乱れている。目にも力が入っていない。やはり奴はまだ生後半日も経っていないから、奴にとってもこれはかなりエネルギーを消費する技だったに違いない。


「やったぞローグレス!お前の防御壁がアイツの攻撃に勝ったんだ!」


 だが、ローグレスはその場に頭から倒れ込んだ。倒れる寸前に泰河が体を支えたが、目は半開きで意識がない。


「ローグレス!しっかりしろ!ローグレス!」

 

 泰河は上着を脱ぎ、それをローグレスに覆いかぶせ抱きかかえた。まだ辛うじて残っている瓦礫の後ろに移動し、横たえる。脈と呼吸があるので少しは安心したが、危険な状況には変わりない。あの攻撃を受け切るために全ての魔力を出し切ってしまったのだろう。それこそ生命維持に必要な分まで。


「オレは奴を足止めしてくるぜ。」


「ああ、頼む!」


 魔力を回復する医療具を持っていないため、今できることはせいぜい汗を拭って水を飲ませるくらいだ。こんなになるまで頑張ってくれたんだなと感謝すると同時に自分自身の情けなさに腹が立った。あの時リライ刀を使えばもう少し加勢できたんじゃないのか?


「くそっ。すまない。この借りは必ず返す。奴を倒してくるからそこで休んでてくれ。」


 立ち上がって戦線復帰しようとした時、ローグレスが泰河のズボンの裾を掴んだ。


「・・・ボク、役に立った?」


 泰河の目に涙が溢れる。ローグレスはこの年で辛い経験をたくさんして、複雑な思いを抱えながらそれでも必死に戦ってくれた。ボロボロになってまで活躍してくれた健気な姿に泰河は胸が張り裂けそうになった。ローグレスを抱きしめる。


「ああ、役に立ったとも。ローグレスは俺の最高の魔術師だ。もう後は俺に任せろ。奴の顔面ぶっ飛ばしてやる。」


「へへ・・・。頼んだよ・・・。」


 力なく笑うローグレスを再び横たえると、泰河はラミークの方へ歩き出した。すでに奴は無稽之理(トンデモセオリー)を撃った反動から回復したらしく、シモニと交戦している。燦燦矢車(さんさんやぐるま)も展開しており、勝負は振り出しに戻ったといったところか。しかしこちらはローグレスを欠いている。俺もここは体を張るしかない。


「タイガ、またさっきみたいに援護を頼む!オレが攻勢に出るための隙を作ってくれ!」


 「分かった!」


 周囲を見渡し、また瓦礫を探すがさっきみたいに数が少ない。熱で床と一体化している物もあるため、そういったものは使えない。加えて部屋にに飾ってあったほとんどの内装は燃え尽きてしまって灰になった。床を別の素材に変えてから切り出して使うという手段もあるが、こんな近距離でラミークにそんな隙は晒せない。


「他に使えるものは・・・・。」


 慌てふためく俺を見て口角を少し上げるラミーク。くそっ、さっきの無稽之理(トンデモセオリー)を撃ったのは俺の攻撃手段を減らす、そういう意図もあったのか。


 必死に何かを探すが何も見つからない。泰河は焦燥感に駆られる。こうしている間にもシモニの体力は削られていく。ここで役にたてなければなんのためにここに来たんだ!ローグレスの方をチラリと見る。アイツは俺らの為に命まで張ってくれたんだ。俺も命を懸けなくてどうするんだ!


「あっ!・・・・『命を懸けろ』、ね。」

 

無数の背中に生えた腕から繰り出される斬撃がシモニを襲う。まさに紙一重でシモニはそれを回避したり受け流しているが、もう体中ボロボロだ。シモニはスライムだから斬撃も打撃も耐性があるのだが、体組織の維持に使う魔力が枯渇してきたらその限りではない。


「今は防御に集中するんだ。タイガがその内攻撃のチャンスを作ってくれる。」


 体を剣の嵐が霞め、光球の弾丸の雨が降り注いで傷まみれになってもシモニの目は死ななかった。骨の軋み、肉の呻きが聞こえる中、ただ真っすぐラミークを見つめ、その瞬間を待つ。シモニの感覚は剣の如く研ぎ澄まされていく。


「お前は確かシモニと言ったな。さっきと比べて動きが鈍っている。」


「ご忠告どうも。」


「さっきまでは反撃も出来ていたのに、今は防戦一方じゃないか。それではいつまで経っても勝てないぞ。ほら、攻撃して見ろ。こんな風に。」

 

 ラミークは乱撃を止め、10本の腕を一気に振り下ろした。


十日無窮花(じゅうじつむくげ)


 足にもガタがきていたシモニは回避することができず、やむを得ずそれを受け止めた。馬鹿げた衝撃が剣から体全体に伝わる。


「ぐっ。」


  斬撃は食らわなかったものの衝撃をもろに受けてしまった。交通事故にでもあったかのような激痛が全身に走る。口内の傷から血が溢れ、シモニの口元を伝う。


「弱き民を従えるためリーダーが生まれ、そのリーダーを従えるため貴族が生まれ、その貴族を従えるため、王は生まれるのだ。弱き民を救う為に王はいるのだから、王の方が強いに決まっている。そうだろう、()()()よ。」


「・・・ははっ。じゃあオレが勝ったらオレが新しい王な。」


「それを迷妄というのだ。」


 シモニの視界の焦点が合わなくなる。それでもシモニは触手で反撃した。左右からフェイントを織り交ぜて不規則な軌道で刺突を繰り出す。それをラミークは容易に回避した。


「当たらんよ。そんなもの。良き世の為安心して逝け。十日無窮花(じゅうじつむくげ)!」


 技を放ったその瞬間、ラミークは視界が90度傾いたことに気が付いた。そしてそのまま床に叩きつけられた。


「何が起きた!転倒したのか、俺は!?床についているこの液体は・・・、潤滑液!?なぜこんなものが?」


「学ばんね、君も。俺の存在を忘れるからそうなるんだ。()()()を使った特製ローション。良く滑るだろう。行け!シモニ!チャンスだ!」


「うぉおおっ!」


 床下に伸ばしていたシモニの触手が一斉にラミークを突き上げる。このためにずっとシモニは防戦に回っていたのだ。


「く、くそぉ!」


 シモニの渾身の一撃がラミークの脳天を串刺しにする。今の攻撃の合間では悲劇の仮面(ヴィクテムヅラー)を発動する暇はなかったはずだ。血まみれのラミークはピクリとも動かない。それを確認してから大急ぎでシモニの方向に駆け寄る。


 「シモニ!大丈夫か!」


「遅ェよ!もうこんなにボロボロになっちまった。それにしてもタイガ、あの潤滑液は何を使ったんだ?」


「ん?俺の血。」


「え。うわあぁ!なにやってんだお前!お前の腕、血だらけじゃないか!」


「他に手っ取り早い手段が思いつかなかったから、一番身近にある材料を使ったんだ。だけどほら、ローグレスも命を懸けたんだから、俺も命張らなくちゃって思ってさ。」


「他にいい手段なんかいっぱいあっただろ!全く、腕出してみろ。オレのポーチに止血薬入ってるから塗ってやるよ。」


「あっ、やだっ。もっと優しくしてっ。」


「だ、黙ってろっ!」


 シモニは顔を真っ赤にして怒り出した。怒っているというかは半分恥ずかしそうにしているが。


「応急処置が終わったらローグレス担いで、ボビィ拾って帰るからな!」


「シモニは元気だなぁ。俺も目立った傷はないけど血が抜けたからフラフラだよ。」


「死んだら困るだろ。もっと自分を大事にしろ。・・・ってタイガ、なんか近くないか?」


「えっ?」


 泰河の肩がシモニの肩に触れる。治療に集中していたせいか、いつの間にか二人の距離は密着していた。二人の手が重なり合う。シモニの顔が怒っていた時よりも真っ赤に染まる。


「待て待て、そんな急に迫られても、心の準備が・・・。というかどうやって尻だけで移動してるんだ!おかしいだろっ!」


「いや!俺はそんなことしてないっ!まるでシモニに勝手に引き寄せられてるみたいで・・・」


 「そんな恥ずかしいことここで言うなっ!せめて帰ってからにしろ!」


 そう言っている間にもタイガはシモニにどんどん近づいて行った。もうお互いの吐息を感じる位置まで顔が近づいている。シモニの腰に手を回し、もたれかかった。


「あの・・・。タイガ・・・初めてだから優しくしてくれよ・・・?」


「違うっ!そうじゃないっ!あれを見ろっ!」


 我に返ったシモニが振り返ると、泰河の視線の先にはラミークの死体、ではなくその上に浮く黒の球体があった。色んな色が混ざり合い、重なり合い、その結果見える黒。大きさ直径2メートルほどのそれは、どんどん大きくなっている。さっきまでは気づかなかったが、泰河達はジリジリとその球体に引き寄せられている。


「甲冑を着ている分シモニの方が重くて摩擦力が強かったんだ。」

 

「やかましいっ!だけど一体なんなんだ?あれは?」


「分からないけど、逃げ切れなくなる前にさっさとここを離れた方がいいかもしれない。あれっ、ミラークの様子が何かおかしい。」


 ミラークの死体がうつ伏せになったまま動かない。球体は彼のすぐ真上にあるはずだからあそこには一番強い力が働いているはずだ。


「よく見ろ!あいつの体は何かで床に張り付いているみたいだぞ!」


「ミラークは攻撃を食らう瞬間、あの球体を生み出すとともに、創生の力で前半身に接着剤を塗り付けたんだ・・・。仮面を自動ではがすために・・・!」


 ミラークの体が接着されていなかったつま先から順に床から離れ始める。そしてとうとう顔だけが床に張り付く状態になった。ゆっくりと顔に癒着した仮面が皮膚とともにべりべりとめくれ、顔が地面と離れると同時に仮面が顔から取れた。


悲劇の仮面(ヴィクテムヅラー)


 黒の球体が消滅し、ミラークの体が光り始めた。光が収まるとそこには完全に復活したミラークが立っていた。


「死後でも発動するのかは全くの賭けだったが、上手くいったようだな。それと周囲の魔力を吸収して成長する七色の完全体(メランジュノワール)・・・。これも初めてにしてはなかなか良かったじゃないか。」


「はは・・・。マジか・・・。」


 冗談みたいなやり方で完全復活したミラークを見て、絶望よりも笑いがこみ上げて来た。こっちの体力はもう限界だ。


「・・・シモニ、まだやれるか?」


「当り前だろ。舐めるなよ。」


 そう言うシモニも明らかに疲労が溜まっている。立ち上がる動作が遅いし、剣を握る手がとても重そうだ。


 まだ交戦の意思を持っていると気づいたミラークが話しかけて来た。


「もう止めにしないか。どれだけ無意味なことをやっているか気づいただろう。私も別に命まで取ろうっていう訳じゃないんだ。君たちも私にとっては大事な一国民だからな。私の治世に口を噤み、死ぬまで野花の如く大人しくしていてくれればそれでいいんだ。」


「世界が滅茶苦茶になっていくのを黙って見てろってか?」


「だから最初に言ったじゃないか。私は新しい秩序を自分自身で作り出す。それだけの力が私にはある。」


「はは、はははっ!秩序、秩序ねぇ・・・。」


「何が可笑しい?」


「『正しさ』、『平等』、偉いですなぁ。教科書でも読んだのかい?確かにそれも大事なんだ。俺らが戦う大義名分もそれに乗っ取ってやってるんだから。だけどな、もっと大事なことをお前は見落としてるんだ。」


「なんだ、それは?」


「お前の創る未来じゃヌけないんだよ!」


「なんだと・・・!」


「お前の創る未来には巨乳JKもぴちぴちOLもちょっと色っぽいお隣さんも出てこない!これの意味することが分かるか?()()だよ。お前は世界を七色に染めたいらしいがその実やってることは世界の脱色だ!全世界の人間から煌めき(エロス)を奪い取って性の教科書のみを配布する!これでどうやってヌけばいい?せいぜい英語の教科書の先生のイラストが使える程度だ!」


「タ、タイガ・・・?」


「これのどこが自由?未来?ストレートの俺がニューハーフのオッサンを見て何処でヌけばいいんだ?これを絶望と呼ばずなんと呼ぶ!俺は俺たちの楽園を取り戻す!俺たちの子孫、いや、俺たちの息子たちの為に!」

 

「何を馬鹿なことを・・・っ。シモニ、お前はどうなんだ。こんな奴の為に命を懸けるのか。世界の秩序を犠牲にしてまで、こんな奴が望む世界に加担するのか。」


「・・・正直俺は秩序とか未来とかそういう難しいことは分からないんだ。だけどな、一つだけ心に決めてることがあるんだ。手段はどうであれ、タイガはオレの命を救ってくれた。だからコイツはあの時からオレの英雄なんだ。バレットマンを倒した時も、オレがちょっと変わっちまった時もずっと傍にいてくれた、かけがえのない存在だ。だから決めたのさ!オレの英雄は二度死なせはしない!」


「・・・シモニ。」


「チッ!そこまで私と相いれないのならしょうがあるまい。もう議論の余地はない。志がぶつかりどちらも折れない場合、どちらかの死が運命を決めるのは自明の理!不愉快な志を胸に抱いたまま死ね!」

 

苛立ちが頂点に達したミラークは光球を生成するとすぐさま泰河目掛けて発射した!拡散させていない分今までのものより弾速が速い!くそっガタが来ている足では回避が間に合わない。盾も無い。終わりかーーー。


「タイガァ!」

 

 鈍い音が周囲に響く。死ぬときは全く痛くないというが、今まさにそんな感じだ。全ての感覚が抜けるような感覚。目を開け、致命傷を負ったであろう自分の体を見る。アレッ。傷がない。泰河は目の前に何かが浮かんでいるのに気が付いた。金属製の重厚な盾・・・とそれを持った、妖精。

 

「ボビィーーーッ!」


「わははは。ばかじゃねぇの。なにやってんのおまえ。」


「何よ。まだ片付いていなかったの?こっちは今しがた兵士を全滅してきたっていうのに。疲れるわぁっ。」


「シャリ―ヌまで!」


 兵士を足止めしてくれていた二人が帰ってきた。まさか足止めどころか全滅させるとは。恐ろしい奴らだ。この二人が加わってくれるなら相当状況は良くなるぞ・・・・。と思ったが、泰河は盾を持つボビィの手が少し震えていることに気が付いた。シャリ―ヌも息がずっと上がっている。二人ともいち早くここに駆けつけるために相当無理をして兵士たちの相手をしていたに違いない。しかし、体力の限界を超えてもなおここに駆けつけてきてくれた。

 

「二人とも、ありがとう。あともう少しだけ協力してくれ!」


「当り前よ。コイツ倒さないと私が政権取れないからね。」


「そうそう。」


「役者は揃った。観念してもらうぞ、ラミーク。」


 だが奴は圧倒的に不利な状況になっても不敵に笑う。


「こんな状況は私にとっての準備体操に過ぎない。こういった連中を殲滅し、世界を一つにする。それがこれからの私の創生なのだから。七色の完全体(メランジュノワール)!」


 またもや黒い球体を出す。見えない綱を括り付けられて球体の中心に引っ張られているようだ。


「まずいぞ!やつの剣の間合いに強制的に入れられてしまう!」


「うごぉ~ッ!何かにしがみつけっ!」

 

 そんな中シャリ―ヌは引力に逆らうのではなくむしろ中心に向かって飛び込んでいった!


「こういうのはね、度胸が大事なのよ!加速した私の拳を食らいなさい。」


「チッ!」


 ラミークはとっさに七色の完全体(メランジュノワール)を横方向に動かした。


「うわわっ!」


 シャリ―ヌの攻撃ももそちらの方向に逸れてしまい、当たらなかった。


「うら若き姫だというのにずいぶんと勇猛果敢な人だ。叔母様(おばさま)。」


「おばさん言うな!」


 引力が一時的に解除されて泰河達も自由になる。とは言え、ただでさえラミーク本体の攻撃と光球からの攻撃でいっぱいいっぱいなのにここに七色の完全体(メランジュノワール)の妨害も入ると極めて厄介だ。人数有利で良くなったはずの状況はまた五分五分に戻された。


「常にラミークを包囲して戦おう!誰かが引っ張られても誰かに攻撃チャンスが生まれるように!」

 

「分かった!」


 泰河自身も剣を抜く。大した戦力になりはしないだろうが四方を囲まれているというプレッシャーにはなるはずだ。状況を伺う為奴もこちらの様子を見ており、膠着状態になる。


「おらぁっ!」


 ボビィが隙を見てラミークの背後から殴りかかる。振り向き、後ろを向く前にはボビィはすでに懐に入っていた。


七色の完全体(メランジュノワール)


「おわっ!」


 惜しいがまた寸前で妨害される。だがシモニがその隙を見逃さなかった。すかさず距離を詰めて斬りかかる。


「おらぁっ!」


「本体はブラフ、だろ?」


「!?」


 ラミークはシモニの剣を受けるとともに床下から突き上げる触手の攻撃を回避した。冷静さを失わず、風の如く軽やかに。そのまま閃光の様に鋭い剣閃ををシモニに食らわせた。刃は甲冑ごとシモニの右肩を切り裂き、深い傷を与える。


「シモニ!」


「はは。・・・一度見た技は食らわないってか。大丈夫。まだ動ける。」


 魔力が付きかけているシモニの体はスライムの特性を上手く発揮できず、ダメージを負ってしまった。迫りくる激しい追撃をシャリ―ヌとボビィのカバーでなんとかやり過ごしたが、傷口からは血が流れ、右腕がだらんと力なくぶら下がる。泰河は急いで駆け寄る。


「シモニ!大丈夫か!」


「くそ、やらかしたなぁ。普段ならどうってことないんだが、今はちょっと・・・。」


 その眼差しに諦めの色はなく、心には不屈の炎が灯っているがどうみてもこれ以上は厳しい。額には脂汗をかき、ひとつひとつの呼吸が苦しげに胸を揺らす。足元がふらついたシモニを泰河が肩を組み支える。

 叫び声と金属のぶつかる音が響き渡る中、泰河は止血処置をしながら考えを巡らせていた。あの七色の完全体(メランジュノワール)は、どうやらブラックホールの様な物でなく、引きつけの魔法らしい。そうでなかったら奴自身もあれの影響を受けているはずだからだ。それから、七色の完全体(メランジュノワール)の効果を発動するには奴自身が対象を視認していなければいけないみたいだ。ボビィは奴が振り返るまで引っ張られなかったし、シモニの触手をアイツは避けた。視認しなければいけないという仮説を立てられる。


「問題はどうやってそういう攻撃をするかなんだが・・・。」


 泰河は辺りを見渡し、ヒントを探す。そしてシモニの方を見ると、しばらく悩んだのち、ニッコリと笑った。


「面白いアイディアがあるんだけどさ、やってみない?」


 泰河の表情を見て色々と察したシモニは少しだけ口角を上げた。


「いいぜ、乗るよ。何をやらかそうっていうんだ?」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 シャリ―ヌとボビィの体力も限界にきていた。大勢の兵士を相手にして大きな怪我はしなかったものの、体力を大幅に消費してしまったからだ。加えてシモニの激しい攻撃に晒されて、息をする暇すらない。距離を取りたいが、そうしたらシモニと泰河の方に攻撃が行ってしまう。


「おれ、もう疲れた。」


「泣き言をいうんじゃない!こいつの顔面にデカいの一発食らわしたら終わりなんだから我慢しなさい!」


 シャリ―ヌも奮闘しているが、攻略の糸口を掴めずにいた。先ほどから何度か悲劇の仮面(ヴィクテムヅラー)を使われて怪我を全回復されているし、自分たちの戦い方もだんだん読まれてきている。


「叔母様の型においては攻めに使う左腕さえ警戒していればどうということはない。両腕を攻めに使う余裕もないだろう。」


「だから、おばさんって、言うな!」


 シャリ―ヌの放った渾身の左ストレートをラミークは右ストレートで撃墜してきた!

 

「ッッッ!」


 左手の骨が砕ける。手には打撃の感触ではなく激痛だけがのこる。なんてこと。この子に筋力を魔力量で補われて力負けするとは。涼しい顔をしているラミークをシャリ―ヌはじっと見つめる。この子、馬鹿げた魔力量はもちろんのこととんでもない戦闘能力を秘めているわ。潜在能力でいったらお兄様を優に超えている!今はまだ未熟だけど、このまま世界に解き放ったら間違いなく世界のバランスは崩壊する!ここで止めなくちゃいけないけど、どうしたら・・・!

 

次の攻め手に考えを逡巡させるも全くいいアイデアが思いつかない。全く!BL本の時はこんなこと起きないのに!


「攻め手がないならこっちから行きますよ。叔母様。」


「だからおばさんって・・・・ん?煙?」


「な、なんだあれは?」


 ふと泰河がいた方向を見ると大量の煙が発生していることに気づく。1m先も見えないほどの濃い煙が当たり一面を覆っている。おおかた泰河が何かを煙に変えたのだろう。まもなく戦っていた三人も煙に包まれた。


「ボビィ!シャリ―ヌ!一回退くんだ!」


 泰河の声が煙の中から聞こえる。それを聞いた二人は様子を見て煙の中に隠れていく。


「またあの泰河という奴、妙なことを考えているな。」


 撤退か?いや、奴らの目的は私を倒すことなのだからそれは無いだろう。私が生まれて間もないこの機会を逃したら次は無いことは奴らも重々承知のはず。煙に紛れて奇襲攻撃を狙っているはずだ。


燦燦矢車(さんさんやぐるま)。」


 光球を幾つか放ち、煙の中に向かって闇雲に攻撃してみる。


「いでっ!ばかかてめぇコノヤロー。」


 攻撃してみるも馬鹿に当たっただけで手ごたえは無い。


「どうした。隠れてばかりじゃ勝てないぞ。じきに城の外から兵士がさらにやってくる。降伏したほうが身のためだぞ。」


 返事は無い。しばらく静観していると、足元に何かが飛んできた。


「・・・・瓦礫?」


 大小さまざまな物が飛んできた。 大きな瓦礫は床に当てるたびに鈍重な音をたてるので特に煩わしい。これは攻撃ではないな。敵が近づいてくる音を消すためのおとりでしかない。良く音を聞いて、石ころが飛んでくる音とそうでないものを聞き分けるんだ。そうすれば分かるはずだ。


「こんな風にな!」


 ラミークは振り返り、後ろを通過しようとする影に剣を突き刺した。


「ぐはっ!」


 剣は泰河の左わき腹に確実に突き刺さり、血が噴き出す。泰河が持っていた短剣が床に落ちる。


「その短剣で不意打ちしようと考えたのだろうが、爪が甘かったな。素人の足跡なぞ簡単に分かる。最期の賭けも失敗だったな。」


「ぐっ・・・。俺だってホントはやりたくなかったさ。だけどここまできたら行くとこまで行こうと思ってね。お前にも届けたいものがあったし。」

 

「お届け物・・・?」


 ラミークは足元を見る。煙に隠れて微かにしか見えないが、何かがある。


 「金属片をたらふく突き刺した、()()()()()()。くそ食らえってさ!」


「ッ!」


 中指が立った右腕が落ちていた。腕には鋭利な金属片が剣山の様に刺さっている。コイツ、仲間の右腕を爆弾に!?泰河は頭を隠し地面にうずくまる。


「しまっ・・・・!」

 

 強烈な光と共に爆風がラミークの体を吹き飛ばす。なんだ?何が起きた?聴覚も一時的に失った彼は平衡感覚を失った。ふらふらとようやく立ち上がるも全身を強く打ち体が上手く動かせない。早く、早く悲劇の仮面(ヴィクテムヅラー)を発動させなくては。ラミークは右手で顔を触るが仮面が無い。しまった!今の爆風の衝撃で仮面を割られた!

 

「今だ!シャリ―ヌ!ボビィ!」


 煙が爆風で消散し、お互いの位置が明らかになった。仮面が剥がれたラミークはもう丸裸同然だ。追撃が来るッ!どうにかして奴らを遠ざけなければ!


七色の完全体(メランジュノワール)!」


 霞んだ目で苦し紛れに放った七色の完全体(メランジュノワール)はなんとラミークと二人の間に現れた。この位置ならどうあがいても攻撃される前に引き寄せられてしまう。


「ハハハ!やはり私は生まれながらの王!ツキでさえもお前達とは違うのだよッ!」


「ボビィ!俺がさっき指示した方向にシャリ―ヌを投げろッ!」

 

ボビィはシャリ―ヌを抱えてぶん投げる。しかし彼女ははてんで的外れな方向に飛んで行ってしまった。


「ハハ!どこに投げているんだ!それじゃあ七色の完全体(メランジュノワール)があってもなくても変わらなかったなぁ~ッ!」


だが、あさっての方向に投げられたはずのシャリ―ヌは、その強大過ぎる七色の完全体(メランジュノワール)の引力によって軌道が変わり、それどころか加速した!


「これがスイング・バイだっ!」


「なにッ!スイング・バイだとっ!だが、奴の攻めの拳はすでに潰している!攻撃は届かんぞッ!」


 「甘いわ。BL神拳の極意はその破壊力にあらず。ありとあらゆるカップリングに対応するための柔軟性にあり!右手を受けから攻めに!逆リバの構え!奥義!逆リバ純愛右ストレートッ!」

 

 「うおおおぉ!」


 シャリ―ヌの右ストレートがラミークの顔面を直撃する。凄まじい威力の拳を受けたラミークは吹き飛ばされ、ぶつかった壁を崩壊させた。彼は瓦礫の下に埋もれていった。


「はぁ、はぁ、やった!やったぞ!俺らの連係プレーが決まった!」


「もう駄目かと思ったけど、何とかなったわね。」


「やったぁ~。」


 シモニが右腕の傷を抑えながら駆け足でこっちに来る。

 

「オレの右腕まで使わせてやったんだから当然だろ。この傷は2、3日は治らないから本当の奥の手だったんだぞ。」


 「すまなかったな、シモニ!でもシモニの腕を見た時のアイツ、めっちゃ驚いてたぞ!」


「問題は奴にどれだけダメージを与えられたかだ。仮面が無い状態でクリーンヒットしたから多少は効いているだろうが・・・」

 

 瓦礫の崩れる音がした。ラミークがゆっくりと立ち上がる。


「嘘だろアイツ・・・。まだ立てるのかよ・・・。」


 全身が血だらけになり、着ていた甲冑ももうボロボロだ。膝も笑っていて足元もおぼつかないうえ、焦点が定まらないおぼろな目でぶつぶつと小声で何かつぶやいている。


「・・・だけじゃない・・・。」


「おい、ラミーク・・・?お前、もうボロボロだぞ。いい加減、諦めたらどうだ?」


 奴の目の色が変わりこちらを睨みつけた。


「・・・七色の完全体(メランジュノワール)は、引力だけじゃない!斥力も生み出せるんだよ!」


 次の瞬間、ラミークの前に黒い球体がまた現れ、炸裂。爆撃にでも遭遇したかの様な力で泰河達は吹き飛ばされる。そこまでは覚えていたが、泰河の頭に何かが強くぶつかったところで泰河の意識が途切れた。

 

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