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王都帰還~出産編

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日の朝。日が明ける前からシャリ―ヌは従者たちに指示を出しており、ようやく準備が整った。

 

 「さあ、準備はいい?王都に向けて出発するわよ。できる限り飛ばすから、休憩はあまり取らないで行くわよ!」


 さっさと出発したいが、泰河にはどうしても異常としか思えないことがあった。


「ちょっと待てぃ!後ろの荷台だが、食料はともかく、大量のBL本は何なんだ!急いでるんだったらいらないだろっ!」


 荷台の中にこんもりと積み重ねられたBL本。むしろこっちが最重要といわんばかりで、食料の肩身が狭そうだ。


「何言ってんの!急いでいるからこそ、こうして積んでるのよ!これが無かったら一回一回現地調達しないといけなくなって大変なんだから!それに、この国じゃBL本との物々交換が流行っているのよ!だからこれは金と同じなのよ!」


「そんな訳あるかぁっ!しかも同人誌の山から発する「腐」のオーラが早くも食料を腐らせ始めてるぞ!」


「熟成させてんの!BL本の近くに置いておいた食品は薔薇と菊のいい香りがするようになるのよ!」


 「やかましいっ!」


「やれやれ、急がないといけないんだから早くしてよね。」


 朝から騒がしい2人を放っておいて他の3人はとっとと姫の用意した馬車に乗り込む。流石に王族専用だけあってクッションなどの品質が良く、座り心地がいい。


 暫くすると泰河がスゴスゴと乗り込んできた。頭には大きなたんこぶができている。


 「口論では優勢だったが腕力の差で負けた。グスン。」


「じゃあ、出してくれる?」


 馬車は王都に向けて出発した。色々あったがシャリーナの説得に成功し、ようやく反撃の狼煙があがった。泰河は少しだけ安心し、窓の外を眺める。一度通ってきた道もこうしてみると感慨深い。

 早くも景色に退屈し始めたローグレスが話しかけてくる。


「ねえ、タイガはここじゃない世界から来たんでしょ?そこにはどういうものがあるの?」


「ええ、まあそうだな。俺らの世界には魔法はないが、科学技術っていう便利なものがあるんだ。それを使えば、100人以上載せて空を飛ぶことのできる乗り物だって作れるんだ。他には調理がしてあって加熱するだけで食べれる物、部屋の中を真夏でも冬みたいに冷やす機械、遠くの風景を映すことのできる機械だってあるぞ。全世界にある色んな本も読むことができる機械だってあるんだ。」


「えっ!そんな機械があったら私の趣味が止まらなくなっちゃうじゃない!」


 相変わらずこの手の話題になると目がキラキラして普段のちょっと堅苦しい感じがなくなる。

 

 「そうだな。シャリ―ヌが好きそうな本もたくさんあるし、読むだけじゃなくて作った本を見せ合って意見交換ができる仕組みもあるよ。」


「ああ、最高過ぎっ!好きなだけ好きなカップリングについて語りあえるのねっ!」


 そこで主に起きてるのはカップリング戦争だけどな!シャリ―ヌが現代社会に生きていたら思想に反する作品を発見し次第サーバーごと破壊しそうで怖い。


「へぇ~っ!面白そう!この世界よりだいぶ便利そうだね!オシャレも進んでるの?」


「ああ、ホント、色んな服が着れるよ。ローグレスやシモニがコスプレっていうオシャレな恰好したら、さぞ人気がでるだろうなぁ。」


「オ、オレはいいよ。おしゃれなんか。服なんて着られればそれでいいんだ。」


 目を背け恥ずかしそうにするシモニ。シャリ―ヌのスパルタ教育を受けたとはいえ、相変わらずこの手の話題になると気恥ずかしいらしい。


「え~っ。ボク、シモニのおしゃれな姿見てみたいな。シモニのワンピース姿も結局見逃しちゃったしなぁ。」


「だっ、だからいいんだって!オレはシンプルな服が好きなの!」


 確かに、この二人がコスプレした姿をネットに挙げたら日本中のいいねが枯渇するくらい人気になるかもしれない。有明のコミケに参加なんかしたら埋め立て地が沈むレベルで人が集まり、その沈んだ地面からローアングラーが出てきてその際どい写真で日本中が大騒動になる可能性だってある。

 

「他にも、飯なんかもめっちゃうまいぞ!高いお金なんか出さずとも食える料理もいっぱいあって、牛丼なんかは日本の誇りだ!徹夜明けの牛丼で俺は何度涙を流したことか!みんなにも一度食べて欲しい料理はまだまだあって、寿司、ラーメン、ハンバーガー、それからそれから・・・・。」

 

食べ物の話になりテンションが上がってきたのか饒舌に喋る泰河とは対照的に、シモニの顔が曇ってきた。


「なあ、タイガはやっぱりモスマンを倒したら自分の世界に帰りたいと思うのか?やっぱりそんなに便利だったり、美味しいものがたくさんある世界の方がいいんだろ?」


 それを聞き、はっとしたローグレスの顔も少し険しくなった。横目にそれに気づいてしまったので、少し答え辛い。


「ま、まぁそうだな。全部ことが終わったら元の世界に戻すっていうのは、転生時に女神様と約束したからな。俺もこの世界は大好きだよ。のどかでしがらみもないし、日々のストレスも日本にいた時と比べたら、全然大したことない。でも、やっぱりこっちで生活してみて俺は恵まれた環境にいたんだなって実感したよ。やっぱりあそこは俺が帰るべき場所なんだ。だから使命を果たしたら、俺は帰るつもりだ。」


 「そっか、そうだよね。」


「まあ、タイガが帰りたいっていうのは当然だな。オレも、辛い思い出がたくさんあっても、たまに闘技場に帰りたいって思っちゃう時があるくらいだし。」


 前向きな言葉を発しようと努力はしているが、二人は視線を落とし、少し残念そうだ。さっきまで盛り上がっていたのに、気まずい空気が流れる。やっぱりもう少し言葉を選ぶべきだったかなぁ。


「二人とも、タイガは元々違う世界の人間なのだから、この世界に引き留めておくというのは酷なものよ。縁もゆかりもないこの世界の為に必死に頑張ってくれてるんだから、それだけでも感謝しないと。自分の国や故郷に帰れなくなってしまったら皆辛いのは一緒。だから別れる時もむしろ笑って送り出してあげるくらいじゃないとダメでしょ!」


 シャリ―ヌがこちらに目配せをした。この空気を感じてフォローを入れてくれたのだろう。非常にありがたい。


「そ、そうだよ!タイガが胸を張って向こうの世界に帰れるように、ボクらも頑張らないと!」


「そうだ!オレらがしっかりしないと安心してあっちに帰れないからな!親友を無事に送り届けられないなんて、闘士の名折れだぜ!」


 「みんな、ありがとう。シャリ―ヌのこと、今までBLジャンキーチンパンゴリラだと思ってたけどやっぱり王女だけあって気遣いができる素晴らしい方だったんだね。」


「アンタそんなこと思ってたの!?もう!向こうの世界に帰る前に地獄に送ってやるわ!」


 プンスカと怒ったシャリ―ヌが泰河の胸ぐらを掴みゆさゆさと揺さぶってる。本人はじゃれているつもりだろうが振動で脳がはみ出そうだ。

 

「まっ!待て!口が滑っただけだ!ごめんごめん!」


「言い訳になってないっ!」


 ち、力が強すぎる。外見は全く似ていないが、流石モスマンの妹だけあってこういう所は似てるんだな。遊園地のアトラクションみたいにガタガタと派手に馬車が揺れてしまってる。


「やめてよ二人とも!馬車が壊れちゃうよ!タイガは早く謝って!ボビィも止めるの手伝ってよ!・・・あれっ?ボビィは?」


「そう言えばさっきから見てないな。荷台の方にいるんじゃないか?」


「それホント?なにか嫌な予感がするわね・・・。道端に落っこちて置いてけぼりになってたら困るし、一度馬車を止めて見てみましょうか。」


 シャリ―ヌは泰河を揺さぶるのをやめ、従者に馬車を止めるように指示した。4人は昇降口から降り後ろの車両に向かうととんでもない事実が発覚した。


「ボ、ボビィ・・・、お前・・・。何してくれとんじゃ~っ!」


 なんと荷台に積んでいた食料を食い散らかし、お腹がパンパンになってご満悦の表情で眠りこけていた。2週間分くらいあった食料の三分の一位は平らげてしまったようだ。どうやら道中お腹が空きすぎて我慢できなかったらしい。荷台には無残にも食べ物の食い残しが散らかっている。


「うわっ、酒臭っ!って、私が楽しみにしていた地元のワインまで開けられてる・・・。これ結構いいやつだったんだけどなぁ。」


「ごめん、シャリ―ヌ!ほら、ボビィ起きろ!ごめんなさいってちゃんと言いなさい!」


 ワイン一本飲んでベロベロに酔ったボビィを叩き起こす。この小さい妖精の体のどこに食料や酒が消えていったんだか。


「ごめんごめん。でも、めっちゃおいしかったよぉ~~。ハハハハハ。」


「美味しかった?良かったわね。」

 

「全くこいつは。もう少しちゃんと反省しろ!」


 泰河は起きるなりすぐまた寝てしまったボビィの頭をペシンと叩いた。


「・・・もうっ。しょうがないわ。食料はまた町で仕入れればいいから大丈夫よ。とにかくボビィが馬車から転げ落ちてなくて良かったわ。とっとと王都に向かいましょう!でも、しばらくご飯は質素になるし、3人は今後こういうことが無いようにしっかり見張っておくこと!いい!?」


『はぁ~い。』


 こういうことにはもう慣れているものの、3人は呆れかえって力なく返事した。まぁシャリ―ヌが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。シャリ―ヌの懐の深さに感謝しよう。「太っ腹ですね」なんて言ったらもっと怒らせかねないので泰河は自重して大人しく馬車にまた乗り込んだ。


 再び王都に向かって走り出す。しばらくすると、朝早かったせいもあり、ボビィだけではなく他の三人も寝てしまった。静かな田舎道の中に馬車の車輪の音だけが聞こえる。窓の外の平和な風景を眺めながら泰河はぼんやりと将来について思案している。


「そうだな。向こうに帰ってしまったらこういう慣れあいももう出来ないな。」


 俺はこの世界の歪みを直すため一時的にここに転生しただけの存在だ。ここはローグレスたちの世界であって、俺の世界じゃない。俺はもとの世界に帰るべきだし、必要以上の干渉は避けるべきだろう。それに、向こうには両親や友人だっている。元の世界の人間関係だって、俺にとってはかけがいのない存在だ。そう簡単に捨てられるもんじゃない。だから、すべてが終わったら早急にこっちの世界を去ろう。未練が残らないうちにね。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから1週間ほどが経ち、王都に近づいて来た。今まではシャリ―ヌと親睦があった領主の土地を走行してきたから別に足止めも食らわなかったが、王都となれば話が違う。王の親衛隊が何かしらの妨害を俺らに仕掛けてきてもおかしくない。なにしろ、シャリ―ヌは兄貴と仲が良くないし、俺は王に喧嘩を吹っ掛けた奴だからな。


「ねぇねぇ見てよ!この間撮った転写魔法!」


 そういった状況だが呑気にシャリ―ヌが話しかけて来た。


「転写魔法?ああ、なんだ、俺らが寝ている間に写真撮ったのか!姫様なのにまだいたずらが好きなんだな。」

 

 「シモニちゃんもローグレスちゃんもタイガに寄りかかって寝ちゃって可愛い~っ。二人とも、よだれなんか垂らしちゃって油断しかしてないわねぇ~」


 いつの間に取ったんだか。ボビィを膝に乗せたローグレスは天使の様な眠り顔だし、シモニも剣闘士だったとは思えないくらいにゆるけ切った表情だ。ちょっと欲しいかも。

 

「あっ、どうりであの時マントとズボンが湿ってたんだな。」


「ちょっと!恥ずかしいよ!タイガに見せないで!」


「わっ、わっ!消せ!今すぐそれ消せ!」


 大慌てで写真を奪おうとする二人だが、シャリ―ヌに軽くあしらわれてしまう。こんなドタバタと緊張感無く騒がしくなっていいのだろうか。もう少しで俺らあのモスマンと戦わなきゃいけないんだぞ。全く。

 呆れていた泰河だが、その時馬車が全力で急停止した。予期せぬ事態に全員勢い余って前方に倒れ、団子のようにもみくちゃになる。


「いてて、みんな大丈夫か?」


「あっタイガ、そこ触らないで・・・。」


「す、すまんローグレス!」


 すぐに手を引っ込める泰河。何を触ったかは分からないが、手のひらに柔らかい感触が残っている。ローグレスの方を見ると、赤面して泰河から顔をそらしており、わざとじゃないにしても何か罪悪感のようなものが残る。いやむしろ背徳感か。


「い、今のはローグレスのおっぱいなのか、それともチソチソなのか、どっちだったんだッ・・・・・。くそっ、気になる!気になるぞ!だが、どっちだっていいじゃないか!我が生涯に一片の悔いなしッ・・・!」


 ほかほかの右手を天に掲げる泰河をよそに、外から大声が聞こえて来た。



「モスマン女王のご命令により国家転覆首謀者に対して逮捕状が出ている!捜索中のため、全員速やかに馬車を降り身元を明らかにしろ!大人しくしていれば危害は加えない!」


 外の様子をチラリと覗くと15人ほどの兵士がずらりと並んでいる。しまった、さっそく憲兵に捕まってしまったらしい。この人数じゃ逃げるわけにはいかないぞ。どうする。シャリ―ヌ王女に対応してもらえばなんとかなるだろうか。泰河はシャリ―ヌに目配せをする。それに気づいたシャリ―ヌはゆっくりと頷いた。


「分かったわ。とりあえずやってみるから見つからない様に大人しくしててね。」

 

 コツリとハイヒールで馬車を降り、甲高い声で彼女が叫ぶ。


「誰に対して物を申しているの?私はシャリ―ヌ・ファンフェッティ・シャンポーレ!正真正銘前王・バルトマンの娘よ!この馬車に描かれた薔薇の紋章が見えなくて?私はご懐妊を祝いにお兄様に会いに来ただけよ!分かったらさっさとそこをどきなさい!」

 

おお、やっぱり外向きの顔をしている時のシャリ―ヌは凛々しくて頼もしい限りだ。兵士たちも思わぬ相手に少し動揺しているようだ。しかし、彼らの指揮官は違った。

 

 「これはシャリ―ヌ様。失礼ですが、貴方にも逮捕状が出ています。我が国の領地以外でお過ごしならともかく、王都に侵入するとなれば話は別。王に造反する疑いある故、モスマン様より見つけ次第確保せよとの命令を頂いております。」


「あら、案外お兄様も()()が小さいのね。こんなにもカワイイ妹に逮捕状を出すなんてね。」


 まずいな。結構楽観的にモスマンのとこまで行けると思っていたがこのままだとブタ箱行きだ。やむを得ないが、ここは強行突破するしかない。そう考えた泰河が馬車の扉を開けた時、その音に気づいたシャリ―ヌが制止した。


「出てくる必要はないわ。私も一応シャンポーレ家の一員。武に生きる一族として武術の心得はあるのよ。この程度の数ならどうとでもなるわ。」


片足を馬車の外まで出していた泰河は言われるなり足をすぐさまひっこめた。そうは言っても外の様子が気になる泰河達は窓から少しだけ顔を出して状況を見守る。そうすると、シャリ―ヌが闘気を放ち始めた。その闘気は以前見たモスマンのものと酷似している。確かに血は争えないとはいうが、どうなってんだこの王族は。感心より恐怖の方が勝るぞ。


「私の拳は太陰太極図(たいいんたいきょくず)の如く、陽と陰という全く別のエネルギーとの調和から生み出される。左手は()()を!そして右手は()()を!攻めは受け無しに存在せず、受けも攻めなしには存在できない!攻めの中にも受けがあり、受けの中にも攻めがある!まさしく陰陽の理と同じなり!これぞBL神拳!さあ、これを見たものでおしりが無事だった奴はいないわ。覚悟しなさい」

 

 シャリ―ヌの闘気が両腕に纏われる。左手が赤、右手に青の禍々しいオーラであり、お尻を刈り取る形をしている。そして次の瞬間兵士たちにそのおぞましい両腕を振うべく襲い掛かった!


「はあっ!ワン、ツー!そして渴望小倅(ショタコンアッパー)!」


 見たこともない技を目の前にどんどんなぎ倒されていく兵士たち。彼らは武装しているが、その鎧などはシャリ―ヌの拳の前では紙っぺら同然でなんの役にも立っていない。シャリ―ヌの素早い動きに対応できず、むしろ足枷にしかなっていないようだ。


「落ち着くんだお前たち!残っている者、今すぐ密集陣形を組め!全方位をカバーするように盾を構えるんだ!奴は徒手格闘だ!盾で受け止めた所を槍で突けばいい!」

 

 指揮官はこんな状況でも冷静さを失わず、残っている兵士たちに指示を出した。シャリ―ヌの攻撃に阻まれながらも彼らは陣形を組んだ。片手に盾、もう片方の手には槍を持ち、体を寄せ合いガチガチに一か所に固まっている。その姿はさながらファランクスの様だ。


「ハァ、ハァ。これで迂闊に手出しはできまい。この陣形に近づいた途端奴を串刺しにしてやる!これで態勢が整うまでの時間を稼ぐんだ!」

 

 勝負は拮抗状態に入ったかと思われたが、シャリ―ヌはそんなことを意にも介さず前に進む。


「なにっ!貴様この陣形が見えていないのか!拳で殴ったところで盾で防いでくれるわ!」


「BL神拳に不可能などないの。BLにカップリングの数だけ可能性があるように。」


 そう言うとオーラを左腕に集中させた。赤色と青色が合わさり濁った紫色になる。


「な、なんて歪んだオーラなんだ・・・」

 

 泰河はその恐ろしい気配のオーラに固唾をのんだ。もっと近くで見ている兵士なんぞは失禁ものだろう。


 シャリ―ヌは左手を抱え込み、溜めの姿勢を作って呼吸を整えると、相手に突撃した!


貴腐食中毒(ブロマンス)!」


 激しいオーラの輝きが彼らに襲い掛かる。兵士達は恐怖で目をつぶりながらも必死の思いでその攻撃を受け止めた。


「あ、あれ?意外と大した衝撃じゃないぞ。」


 両手は少し痺れたものの、大きなダメージを受けたわけではない兵士たちは反撃のチャンスと思い口角を上げ、槍を握る手に力を込めた。しかし先頭の兵士が異変に気付いた。


「うわぁ!た、盾が腐ってる!」


 盾がカビの生えた玉ねぎのようにグジュグジュと腐り始めていた。槍で溶けた盾を突くとなんと槍の穂先も腐り始めた。この腐る効果はどうやら伝播するらしい。その光景を見て武器を握っていた兵士たちに動揺が広がる。


「因みにさっき溜め動作をしてたのはあなた達を溶かさない様に力を調節してたのよ。出力を上げたらあなた達ごと腐らせることができたんだからね。これ以上やろうっていうなら、あなた達の尻子玉引っこ抜くわよ。」


 それを聞いた兵士たちは武器を手放した。指揮官も観念したらしく、両手を上げ、跪いている。


「くっ、シャリ―ヌ様、モスマン様の計画を止めようとしているようですが無駄ですよっ・・・!」


「あら、まだ私たちは諦めていないわよ。皆、出てらっしゃい。こいつから聞きたいことがあれば聞いていいわよ。」


 兵士たちが無力化されたことを確認して、泰河達が馬車から出て来た。指揮官も泰河の存在に気付く。


「そいつは我々が追っていた異世界人!やはりそいつと同行していたのですね・・・。でも、もう既に遅すぎる!」


「ど、どういうことだ!?」


 「モスマン様の出産はもう今日から始まっているのだ!今から行ったところでもう止められない!」


「嘘!私たちが妊娠の報告を受けてからまだ一か月も経っていないわ!妊娠から報告までに時間差があったとしても、早すぎるわ!」


「どうやらやおい穴のことを甘く見ていたようだな!やおい穴というのは、お前たちが考えているよりずっとずっとすごい穴なのだ!」


 すると、王都の方から強烈な光と振動が発生した。グラグラと地面は揺らめき、今にも裂けそうだ。揺れが収まったところで王都の方を見る。すると異様な光景が広がっていた。


「なんだ・・・あれは・・・虹色の光が天から差している・・・ッ!」


 雲の晴れ間から、虹色の光芒が溢れ出していた。それらの光は王都全体を照らし、まるで王都自身が虹色に輝いているような、神々しささえ感じる。


「噂をすればなんとやらだ。もう獅子は生まれたのだ!もうこの国の安寧は永遠のものになる!」


「タイガ、今すぐ王都に向かおう!モスマンの出産は止められなかったけど、出産直後ならモスマンを倒して赤ん坊を奪えるかもしれない!その子の教育を間違えなければまだきっと何とかなるよ!」


「おう!どの道俺らはあそこに行くしかないんだ!今すぐ行こう!」


 泰河達は馬車から馬を切り離してそれに跨った。去り際にシャリ―ヌは指揮官にピシャリと釘を刺した。


「あんた達が私に剣を向けたことと、無礼な言葉遣いをしたことはちゃんと覚えておくわ。私が実権を握ったらキチンと対処するから、覚えておきなさい!」


「うっ!申し訳ありませんでした・・・っ。覚悟しておきます。」


 王都に近づくにつれ、感じる異様な雰囲気。今までよりのどの町とも違う違和感が瘴気のように町中に満ちているのを感じた。泰河は急に背筋を指でなぞられた時の様なぞわっとする感覚を覚えつつ、着いたら何をすればいいのかを考えた。

 

 モスマン。奴は出産直後だから弱っているには違いないが、奴の事だからピンピンしているに違いない。今は奴に匹敵する仲間たちを揃えてきたからなんとかなるとは思うが、油断は禁物だ。それと問題は例の()()だ。生まれた物が何なのか全く見当もつかない。モスマンも一応人間だから人間であるとは思うが、俺らの知らない未知の生命体だったらどうしよう。やおい穴とかいう訳の分からん所から生まれたから、その可能性も十分にあり得る。

 それから、シャリ―ヌを連れてきたから今回のクーデターに正当性はあるものの、果たして俺らは助かるのだろうか。モスマンの討伐に失敗すれば確実に助からないし、成功したとて、敵陣のど真ん中だ。捕らえられて反逆者として殺される可能性もあるんじゃないだろうか・・・。一度は考えて吹っ切れたはずの様々な雑念が頭を巡る。


「タイガ、表情が硬いよ。ボク達が付いてるんだから大丈夫だよ。一蓮托生ってやつさ。」


「そうだぜ。俺はバレットマンにあんな酷いことしたモスマンは絶対にぶっ飛ばしたいんだ!オレが絶対って言ったんだから絶対だ!タイガは安心して見てろ!」


「タイガ、おれもみんなぶっ飛ばすから期待してろ。」


「こういう時は案外どうにでもなるのよ。シャキッとしなさいな!」


「ありがとう、みんな。そうだな!ここまで来たらもうやるしかないんだ!力を合わせて絶対にモスマンを倒すぞ!」


 泰河は頼れる味方に心の底から感謝した。こうやって頼れる仲間を見つけ、出会えたことが今回の一番の成果なのかもしれない。馬の速度を速め、全速力でモスマンの待つ城の方向に進んだ。


 街中に入ると、町ゆく人々も先ほど起きた出来事が何事かと騒然としていた。人々は先ほどの地震で動揺し右往左往しており、中には世界の崩壊だと勘違いして略奪を行う人たちもいた。そんな状況だったので道中兵士を見かけたが、彼らは全く泰河達に気づくことは無かった。

 城に辿り着くなり、ボビィ、シモニ、シャリ―ヌの武闘派三人があっという間に門番を一蹴し、中に入った。城内はモスマンの出産騒ぎに相当動揺しており、出産の対応や祝いの儀礼の準備など誰もが作業に追われていて、てんやわんやといった感じだった。そしてとうとう息も切れ切れながらどうにか宮廷内部、王室の謁見の間に辿り着いた。しかし目に映った光景は全員の予想を裏切るものだった。


「なんだここ、滅茶苦茶になってるじゃないか!壁や天井には空が見えるくらいの大穴が開いているし、あんなに綺麗だった内装は台風でも来たかの様に散乱している!ここで一体何が起きたんだ!?」

 

 ここで既に戦闘でもあったのかと勘違いするほどの荒れ具合だ。

 

「あそこの部屋の隅に人だかりができてるよ!あの人たちに聞いてみよう!」


 城の兵士やら、メイドやら医療関係者らしき人達の人だかりをかき分け、中心に飛び込むと、そこにはモスマンが血だらけで倒れていた。床に直接仰向けで倒れており、やっとのことで意識を保っているくらいの瀕死の重傷だ。体中に無数の傷があり、どうやら難産だっただけではないらしい。周囲に立っている人たちは必死に救命処置を取ろうとしたり、気が動転して泣いている人もいる。


 「モスマン!何があったんだ!」


 「お前は先日の異世界人じゃないか!どうやってここまで侵入したんだ!」


 その場にいた人達がさらに動揺する。まあ逮捕状を出すようなやつが急に城内に現れたらそうなるが。


「モスマン様に近づくなこの無礼者!それ以上近づこうものなら即座に切り捨てる!」


 泰河に気づいたエドリックが鬼の形相で激昂する。そうかこの人がモスマンの相手か・・・・、マジかぁ・・・。


「・・・・あら、アナタ久しぶりね・・・。いいわエドリック、大丈夫よ。下がりなさい。」


「・・・わかりました。」


 少しの沈黙の後エドリックが意外にも大人しく下がった。


 「アナタのこと、私がこんな状態でなければ私がぶん殴ってやりたい所だけど、今はそれどころじゃなくてね・・・。こんな情けない姿見せたくは無かったわ・・・。」


「オホン。お兄様が()()()()だって聞いたから駆けつけたのよ。まさか、こんな風になってるなんてね。何が起きたのか説明してくれるかしら。」

 

「アラ、シャリ―ヌ。・・・私にはもう2度と会わないって話じゃなかったの?兄妹の情っていうのがまだ残ってたのね。」

 

 「違うわ、『モス×エド』か『エド×モス』を聞きに来たの。あと、ついでにクーデターするつもりだったけど。まあ、貴方がこんな状態じゃもうするまでもなさそうね。」


「・・・まあ、そんなところよね。知ってた。『エド×モス』よ。」


「キャ~ッ!そっちなの!?私はずっと王道の『エド×モス』かと思ってたけど、実際は『モス×エド』だったなんて!ギャップ萌えが過ぎるわ!エドリックさんならきっとやってくれると思ったわ!」


「お、おう・・・」


 嬉しそうにするシャリ―ヌを前にモスマンとエドリックがが恥ずかしそうに顔を赤らめる。二人でなにしとんねん。


「・・・だけどね、もうクーデターする相手は違うわ。・・・だってもう生まれてしまったもの。」


「え!?」


「・・・生まれた瞬間から反抗期のクソ息子でこんなんにされちゃったけど、彼こそが人種、外見、性的マイノリティを救う為に長年を掛けた私の夢よ。これで、世界の人々は救われる・・・。ようやく平等な世界が作られるのね・・・。」


「何が平等な世界だ!結局お前らがやってることは他人の排斥じゃないか!そのせいでボビィは全く違う種族にされ、ローグレスは差別の対象に、シモニは奴隷として闘技場で戦ってたんだ!これは新しい秩序の確立なんかじゃない!お前らは真っ当に生きる人たちを見下して嘘つきが得をする混沌を作り出しているだけだ!」


「・・・やっぱりワタシのやってることは否定したいようね。いいわできるものならやってみなさい。ワタシの息子を倒せるならね。」


「お前の息子にだってそういう考えを強制させるものか!俺らが代わりにきちんと育ててやる!どこにいるんだ!お前の赤ん坊は!」


「まだ気づかないの・・・?そこよ。」


モスマンは壊れた壁の方を指さした。指の方向を向くと、そこには一人の青年が立っていた。この部屋に入って来た時は彫刻かと思って気づきもしなかったが、確かにそこにいた。赤子かと思ったら、生まれながらにしてもうあんなに成長していたのか!?周囲を流れる風さえ遮らない滑らかで完璧なバランスを保つその体は、一瞬の静寂の中に永遠の美を閉じ込めているかのようだ。その深い知恵を感じる瞳は只外を見つめ、周囲の空間に神聖なオーラを放っている。どこから持ってきたか知らないが、漆黒の鎧を見に纏う姿は威風すら感じる。

 

 モスマンの状態が悪化する。顔面は蒼白で、肺もやられているらしく、さっきから呼吸のたびに水が泡立つ様な音が聞こえてきたが、それすらも弱くなりつつある。

 

「・・・もうあの子をこの腕で抱きしめ、愛を直接教えることはできないけど、それでも・・いいの。あの子が私の夢を叶えてくれさえすれば・・・この国は、永遠に・・・平和に・・・・」


「モスマン様~~~~!」


 モスマンが逝った。エドリックを筆頭に、周囲の人間全員が泣き崩れた。その様子を見ていると確かにこの人には人望があり、良き王だったのだろうと思える。ただ、俺らとは相いれない考えを持っていただけで。泰河達は少しだけ感傷に浸った。

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