王女勧誘編
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次の町に着くには1週間くらいかかった。結構長かったが、シモニの気分転換にはちょうど良かったと思う。日中はなにか目が虚ろだし、夜になると一人で泣いていたり、とても戦えるような状態じゃなかったからだ。一週間も経つと、初めて会った時のようなさわやかな青年に戻っていた。
「すまないな、タイガ、たくさん迷惑かけちゃって。流れでついてきちゃったけどさ、オレも仲間に入れてくれないか?オレも、モスマンを倒してこの国を変えたいんだ!」
「いいよいいよ!むしろ、シモニがいなかったら、バレット・・・じゃなかった、あの川を渡ることができなかった訳だし、感謝するのはこっちの方さ。歓迎するよ!」
あぶないあぶない。ローグレスに小突かれてようやく気付いたが、まだしばらくはバレットマンの名前を出すのはよしとこう。
道中、特に盗賊や隣国の兵士に出くわすことはなく、平和に過ごすことができた。ただ、次の町まで後一日という所で泰河はちょっとした異変に気付いた。
「それにしてもシモニ、最近なまってるんじゃないか?」
「えっ?オレが?」
「そうだよ!なんか前に比べて、太ってる気がする。なんか太ももが太くなったし、顔もちょっと丸くなったなぁ。ケツなんか鏡餅みたいだぞ。」
「い、いや~。そうかなぁ。そう言われれば、そうかもしれないなぁ。」
少し恥ずかしそうにするシモニ。一週間移動ばっかりで剣の練習はできなかったとはいえ、こうなるもんだろうか。やっぱり、剣闘士ともなると代謝とかの関係で太りやすいのだろうか。
「それに、髪の毛だけじゃなくてまつ毛とかも結構伸びてるぞ。次の町で一緒に床屋行ってみようか。」
「わっ!」
ずいっと顔を覗いてくる泰河にシモニは思わずビンタした。シモニは顔を真っ赤にして向こうに行ってしまった。しまった、なんか怒らせたかな。でも、前はあんなことで怒らなかったけどなぁ。
「タイガ、まだ気づかないの?」
「えっ、何が?」
泰河の間の抜けた返事にため息をつくローグレス。ローグレスも最近なんだか機嫌が悪いぞ。
「もう、タイガはちょっと一人で考えておいてよ。ボクらはちょっとこの辺で遊んでくるね。ボビィ、行こう!」
「ばか、ばか。すいませんね。こんな程度で。」
急にどうしたんだ、みんな!1週間前までみんなで乾杯したりして最高だったじゃないか!アホの泰河をよそに、みんなどこかに行ってしまった。それ以降もささやかな異変は続いた。なんかやたらと飯の時にシモニが俺の隣に座ろうとするし、そうかと思ったら一緒の部屋には泊まりたがらない。ボビィとローグレスにこそこそ教わってたりするし、何を話してたのかを教えてくれない。なんなんだ、俺だけ仲間外れにされちゃってるなあ。
そんなこんながあったが、どうにか次の町、ロッテンタウンまで来た。馬をその辺に乗り捨て、バイバイする。馬はアリステアの方に帰っていった。ここに例の姫はいるはずだ。早速探しに行きたいが、今日は疲れた、体力的にもそうだが、みんなに気を使っていたから精神的にも疲れた。
「今日は疲れたから、俺は宿を探してとっとと寝るよ。みんな、今日は自由行動。遊んでおいで。」
「やった~!」
大はしゃぎするローグレスとボビィ。
「ボクたちはこの町で有名なスイーツのお店行ってくるね!そこでシュークリームの掴み放題やってるんだって!生クリームのドリンクサーバーもあるってさ!全世界からハムの原木みたいな人が集まってくるらしいよ!楽しみだなぁ!シモニも行く?」
「はは、そんな所のシュークリームは食いたくないなぁ。オレはちょっと行きたい所があるから、遠慮するよ。ボビィ、ローグレスをよろしくな。」
「あいあいさ~。」
パーティが解散すると、シモニはこの町の書店に向かった。少しメインストリートから離れた所にあるため、静かだ。古本特有の懐かしい香りがして、少し癒される。
「え~っと、どこにあるかな。」
目当てのジャンルがある棚を探す。数分後、目当ての棚を見つけた。恋愛小説コーナーだ。シモニは少し頬を赤らめ、胸のどきどきを感じながらそこに入っていった。なに、悪いことをしている訳じゃないんだ。平常心を保とう。シモニはいろいろな本を手に取ってみた。自分の興味のある題名の本を見つけると、カウンターに向かった。その際、すれ違った人にシモニの装具が引っ掛かり、持っていた本をお互いに落としてしまった。
「あっ!すまない。すぐ拾うよ!」
「こちらこそ、ごめんなさい。あら、あなたの持っている本、『男同士の恋愛術 初めてのパンツレスリング』?あなた、もしかしてBL好きなの?」
しまったという顔で額に汗をかき、耳を真っ赤にするシモニ。
「いい、いや、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと恋愛について知りたくて・・・。」
「お相手、男なの?キャーッ!素敵!しかも、その見た目、どうやら剣士さんみたいね。剣士同士の熱い恋・・・。とっても気になるわ!」
「恋愛かどうかは分からないんだけど・・・。オレが気になる相手は友達なんだ。だけど、これがどういう気持ちなのかあんまり理解できなくてさ・・・。オレ、戦いばっかりやってきたからさ・・・。」
「だはっ!そんな甘酸っぱいの、最高だわ!是非取材させて頂戴!ちょっと今日は時間がないから、明日私の家に来て!これ持ってれば大体うちの人は分かってくれるわ。」
そういうと女の人は鼻血まみれのブローチを手渡した。
「あっ、これって・・・。」
「そういうことだから!じゃあね!」
瓶底メガネをくいとあげ、せわしなさそうに女の人は去って行ってしまった。シモニはブローチを服で拭いた。銀の台座に真っ赤なルビーがはめ込まれ、裏には獅子の紋章が入っている。なんだか高級そうだなぁと思いながらそれをポケットにしまい、再びカウンターに向かった。
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「あっ!シモニ!おーい!」
遠くから二人が手を振っている。
「よぉ。どうだった?例のお店は?」
「凄かったよ!みんなシュークリームだったものを片手に店内を押し合いへし合いして、ボビィがいなかったら押しつぶされてた所だったよ。風呂も入ってない人もたくさんいたから店内が甘い匂いじゃなくて寿司屋みたいな酸っぱい匂いでいっぱいだったよ。熱気も凄くて、店内の天井に、雲ができてたんだ。」
「ローグレス、お前の将来が心配だ。今度はオレと一緒にいこう。店はオレが決めるよ。」
「?」
きょとんとするローグレス。好奇心が旺盛なのはいいことだが、感性が斜め上過ぎて大気圏を突破しそうだ。
「それでさ、シモニはいつタイガに言うの?」
「あっ、ああ。まだ、自分も整理できてないところもあるから、もう少し先にするよ。モスマンを倒すことに比べたら、優先度はそんなに高くないからな。」
「わからますよぉ。まぶかしいね。」
「ああ、ちょっとまだ恥ずかしいんだ。」
「また苦しくなったら言ってね。相談に乗るから。」
「ありがとう。いい奴だな、ローグレス、ボビィ。」
「ローグでいいよ!」
「カニって呼んでぇ!」
「はは、ボビィはボビィでいいだろ。」
3人は仲良く話しながら泰河のいる宿に帰っていった。
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「昨日シモニの貰ったブローチをヒントに来たんだけど、本当にここで合ってるのか?」
「うん。昨日このブローチについて調べたら、びっくりしたよ。」
4人は町から少し離れた城の前に立っていた。正面には、ブローチと同じ獅子の紋章が刻まれている。どう考えても、領主の城だ。
「まさか、ラッキーすぎるな。」
「はなしが長くなるからね。」
「メタいぞボビィ。それで、シモニはそこで何の本を買ったんだ?」
「う、うっせー!タイガには関係ない。」
シモニがまた耳まで真っ赤にして怒っている。最近シモニの地雷が分かりづらくて大変だなぁ。ブローチを見せると、事情を察した門番にあっさり中に入れてもらえた。
「あら、ごきげんよう。旅のお連れ様もこんにちは。私はポリ国王女、シャリーヌと申します。」
「え、え~っ!シモニが町で出会った変態女って、シャリ―ヌ王女のことだったのぉ!?」
「すっげえおばちゃんだぁ。」
シャリ―ヌ王女は泰河とボビィに拳骨を食らわせた。たまらず二人はノックダウン。たん瘤が真っ赤に晴れ上がり、蒸気が出ている。
「タ、タイガ、大丈夫?」
「まあ、シモニちゃん、こんなデリカシーのない人がいいの?」
シモニは俯き、顔を真っ赤に染める。
「まあ、そこが可愛らしいポイントでもあるんですけどね。お友達はこの辺りにほおっておいて、私の部屋にいらっしゃい。いっぱい聞きたいことがあるわ!」
シャリ―ヌ王女はシモニを連れてドカンと自室の扉を閉めてしまった。意識が戻った泰河とボビィとローグレスは扉に耳を当てて中の会話を聞こうとする。
「私、実は小説家なの。主に、殿方同士の恋愛小説、BL本っていうのを作ってるのよ。今回シモニちゃんを呼んだのは、私の作家としての勘が、この人絶対素敵なエピソードを持ってるって反応したからなんだけど、お話聞いてもいい?」
シモニは椅子にちょこんと座り、頭を掻いている。
「ま、まあ、聞きたいことがあるなら、どうぞ。」
「それで、どうしてシモニちゃんは、あの、なんて言ったっけ、タイガという人が好きなの?」
シモニは赤面して大慌てで手を振って否定した。
「い、いや!好きとかじゃないと思う!ただ、凄く気になるっていうか、ずっと一緒に居たいとは思うけど・・・。」
シャリ―ヌは胸に手を当て、天を仰いだ。
「ああ、恋を知らない男の子が初めて知る不思議な感情。甘酸っぱいわぁ!キュン死にしそう!シモニちゃん、それを恋って言うのよ。」
「こ、恋?いやいや、オレとタイガは友達なんだから、そういうのはないと思うなぁ。」
「いいえ!間違いなく恋です!はかどるわぁ。これだけで短編小説かけちゃいそう。それで、いつから気になり始めたのっ!?」
「バレットマンっていう、俺の尊敬する人が、オレに家族を作るようにアドバイスしてくれたんだ。オレの周りにそういう人がいないかなって考えた時にタイガが思い浮かんだんだ。最初はアイツは男だしあり得ないって思ったんだけど、今までの思い出を振り返って結構カッコいい所もあるって気づいて来たんだ。」
シャリ―ヌは瓶底メガネをかけ、さっきから血走った眼でメモを書きとっている。鬼気迫る表情にタイガたちは恐怖を感じる。フシュル、フシュルという呼吸音が聞こえる。姫がしていい呼吸ではない。
「そこからだよ、オレの心も体も少しずつ変わってきちゃって、なんだか落ち着かないんだ。」
「TS物ってコト!?それはそれで美味しいわ!心は男のままゆえの葛藤・・・。香ばしい、香ばしいわよぉ!」
「でも、やっぱりおかしいよなぁ。オレらは友達なのに、恋人みたいなことになったら変だよ。」
「変じゃないっ!変じゃないわよ!ああ、この子がピュアすぎる。いやらしいことを考えちゃう私の腐った脳みそが憎いっ!」
脳みそまで掻き出しそうな勢いで頭を掻くシャリ―ヌ姫。べべ・ブチャの方が今は可愛く見える。
「だってオレら、一生友達だぞって約束したんだ。」
「一生セフレ発言!?ひどくないっ!?」
泰河は思わず噴き出した。
「タイガ、セフレってなあに?」
「あなたにはまだ早いっ!ちゃんとお話し聞いてなさいっ!」
泰河はこっちを向くローグレスの顔を無理やりドアの方向に向き直させた。ドアの向こうのシモニも意味が分からないらしく、きょとんとしている。
「あと、どんなこと言われたのっ!?」
「そうだなぁ。あっ、以前、タイガの前で家族と子供の話をしたんだけど、『まだ早い』って言われたな。オレ、頑張りがまだ足りてないみたいだ。」
おいっ!それだとオレが結婚をいつまでも拒否するクズ男みたいじゃないかっ!ボビィっ!そんな目で見るんじゃない!風評被害だ!
「ま~ぁ!なんて男なの?シモニちゃんはこんなにも幸せになりたがってるのに!他にはなんて?」
「あと、タイガに狭い所に連れて行かれたあと、「誰にでも初めてはある」って言われて発射されたんだ。そのあと、「俺らの相性いいね」って言われたぞ。はは、なかなか気持ち良かったし、ちょっと嬉しかった。」
「出会ったばかりなのに手が早すぎるっ!何も知識のない子を強引に連れ込んでやる事やっちゃうなんて、最低だわ!」
「流石にちょっと待てぃッ!誤解だ!誤解っ!そんなつもりで言ってない!シモニもちょうどいい感じに話を切り取るんじゃないっ!」
会話の内容に耐えきれなくなった泰河は思わずドアを蹴飛ばし、ツッコミを入れた。
「まあ。乙女同士の会話を盗み聞きするなんて野暮な人ね!」
「タイガ、意外と節操ないんだね。」
「きんたまとろろん男。」
「お前らまで!どっちの味方なんだお前らはぁ!」
最初はびっくりした表情をしたシモニだったが、次第に残念そうな顔になった。
「じゃあ、相性がいいってもの、違ったのか・・・。」
「違うっ!違わないけど、違うんだっ!」
どうしたんだよシモニ!闘技場の空のようにさわやかだったお前はどこに行っちまったんだ!
「とにかく、分かった?タイガ。シモニはずっと一週間このことに悩んでたんだ。バレットマンの遺言のせいかどうかは分からないけど、シモニは泰河のことが好きなんだ。」
そうか。前にローグレスが話していたな。スライム族は自分のつがいを見つけると性別を変化させるって・・・。と、ということはシモニは今俺のことを・・・。泰河はちらりとバレットマンの武器を見た。気のせいか少しキラリと光った気がする。なんてことをしてくれたんだ、あのオッサン・・・。
「全く、落ち着いて同人誌作りに集中できやしない。せっかく亡命までしたっていうのに・・・・。」
「それがあんたが亡命した理由か。自分の国が今大変なことになってるのに、呑気なもんだな。」
「うるさいわね。呼んでもないくせに。とにかく、私はシモニちゃんとまだ話がしたいんだからとっとと出てって頂戴。」
きつい口調でキッパリと言われ、3人は部屋を追い出されてしまった。ノリでやってしまったとはいえ、姫に対する第一印象を最悪な形にしてしまった。城の中にある庭園で途方に暮れる。
「姫に対してあんた呼ばわりってさぁ・・・。ちょっとないんじゃないかな~。」
「す、すまない。ちょっと攻撃的になりすぎた。シモニのことでちょっと混乱して・・・。」
「いずれにせよ、シモニには今後どうするか話さないといけないよ。男のままでいて欲しいんだったら、はっきり断らないといけないんだ。それまで、ずっとシモニはタイガに縛られたままなんだから。」
う~む。確かに、俺にとってのシモニとは何かを考えないといけないな・・・。あいつとは親友でいたいとは思うが、シモニの気持ちを無下にしたくもない。男のままでいてくれたなら、細かいことを気にせず旅をすることができそうなんだが・・・。長い間思案していると、会話を終えたシモニが出て来た。
「どうだった?」
「うん。今日だけじゃ足りないから、明日も来てってさ。正直あの勢いで来られるとすっごい疲れるからやりたくなかったけど、明日来る代わりに、タイガの話も聞いてくれって頼んだよ。だから明日も一緒に来て、姫と交渉してみよう。」
「グッジョブ!じゃあ、今日は帰ろう。」
4人は宿に戻ることにした。途中、静かな小川があったのでローグレスは泰河に目配せした。
「シモニ、ちょっと二人で話さないか。」
「おう、いいぞ。」
「ボクらは先に帰ってるね!」
小川沿いの原っぱに座る。まだ日が高く、ポカポカしており、心地がいい。
「天気がいいな。今日は。」
「そうだな。」
今思いついた唯一の話題が終了した。男のシモニならいくらでも湧いてきた話題が女だと意識した瞬間になんにも出てこない。気まずい時間が数分間続く。これは言っていい話題なのだろうか、これを言ったらどうシモニが反応するのか、脳内でシミュレーションはするものの、心配が募るばかりで、言葉に出せない。そこからまた少し経つと、シモニが喋りだした。
「ごめんな。タイガが気に入って、友達になりたいって思ったのは男のオレだもんな。急にこんな姿になっても困惑させるだけだ。できるだけ早く治すよ。オレ、元の姿なら結構モテるんだぜ。」
「いや、シモニ・・・。別に俺は今の姿のままでも・・・。」
「いいんだ。オレはちょっと気が早くなっちゃっただけなんだから。モスマンを倒して、この国が平和になったらまたそこから時間をかけて嫁さんを探せばいいだけなんだ。恋愛なんて今やってる場合じゃない。そうだろ。」
「そうっちゃそうだが・・・。」
「とっとと今日は宿に戻ろうぜ。二人が待ってるし。ボビィが今頃腹を空かせてるぜ。」
そういうとシモニは立ち上がって歩き始めた。泰河の中に悶々とした思考が巡る。いいのか?このまま返してしまって。シモニが割り切っているなら何も言うことは無い。ただ、それを許してしまうってことは、俺はシモニの優しさに、甘えてるだけなんじゃないのか?
「待ってくれ!」
シモニは立ち止まったが、背を向けたままだ。
「俺がシモニと親友になりたいって思ったのは、お前がいい奴だったからだ!男だからとか、女だからとかって言うのは関係ない!
シモニがシモニでいてくれるから、俺はお前のことが好きなんだ!こんなこと、めったにないから今は考えがまとまらないけど、必ず俺にとってシモニが何なのか、伝えるから!だから少しだけ、待ってくれ!」
シモニは背を向けたまま袖で顔を拭った。
「ありがとう。」
そういうと町の方に駆けだして行った。爽やかな風が吹き抜ける。泰河はそれに身を任せるばかりで、立ってそれを見送る事しかできなかった。
近くの草むらがガサゴソと揺れる。ローグレスとボビィは帰ったふりをして近くからずっと見ていたのだ。
「ああやって保留にしておくと、チャンスを逃すんだからね。覚えておくんだよ。」
「わかった、わかった。へへへへ。」
四人は町に帰ると、そのあと何事も無かったかのように仲良く晩飯を食べに行った。
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翌日、4人は再びシャリ―ヌのいるお城に来ていた。
「とにかく、私は王都に戻る予定はありません。」
「今、この国を変えることができるのはあなただけなんです!」
「お兄様が好き勝手したところで、私には何の関係もありませんわ。それに、国内はこれでも安定している方です。無駄に内乱を起こして他人の命を犠牲にして権力を握るより、ここで大人しく創作活動に励んでいた方がよっぽどましよ!」
「だけど、国内で奴隷狩りが多発してるんだ!これを止めさせてくれないと、静かに暮らせないよ!」
「確かに人権問題ではあるけれど、奴隷が経済に貢献し、ポリ国の安定に繋がっていることもまた事実。他国の奴隷になるか、自国民の奴隷になるか、その程度の違いでしかないわ。」
ぐぬぬぬぬ。シャリ―ヌ王女の説得は非常に難しそうだ。ちゃんと知識があって頭が切れるだけに、にわかな知識をぶつけると逆にコテンパンにされてしまう。たしかに、俺がモスマンをぶっ飛ばしたいから協力を求めているだけであって、シャリ―ヌが政権を握りたいという動機は一つもない。何か、何かないのか。
「これ以上話しても時間の無駄の様ね。私は忙しいの。シモニちゃんが星も嫉妬するような煌びやかな淑女になれるように、これから教育しなきゃいけないの。さあ、こっちにいらっしゃい。まずは挨拶100万回からよ。それから、テーブルマナー矯正ギプスを装着してフルコースを100食食べてもらうわ。それが終わったら100時間のマナー講座の受講よ。眠ったら、拳骨だからねっ!」
「ぎえええ!タイガ、助けてぇっ!」
ズルズルと姫はシモニを部屋に引きずっていく。説得するための何かいい案が思い浮かぶまで時間を稼いでもらうしかない。姫の遊び相手になる体のいいリカちゃん人形になっておくれ。シモニは犠牲になったのだ。
「英霊に対し、敬礼ッ!」
「お前ら、覚えてろ~っ!」
ただ、これと言って名案が思い付くことはなく、3日ほど過ぎてしまった。シモニは泊まり込みでみっちりと修行をしているから中の様子は分からないが、夜な夜な悲鳴が聞こえて来たり、脱獄を試みるシモニ捜索のためのサーチライトが城内を照らしていたりするから相当過酷なんだろう。ああ、お労しや。
そこからさらに3日が経ったある日、王都から早馬で伝令がやってきた。
「姫様!姫様~!ご報告があります!」
息を切らし、血相を変えて城内を駆け抜ける伝令兵。相当深刻な内容なのだろうか。
「なんですか、騒がしい。シモニちゃん、筋がいいのに恥ずかしがり屋だから教えるのが大変なのに。」
普段締め切られていた扉を開け、シャリ―ヌが出て来た。部屋を覗くと、隅にはしらたきの様にへにょへにょになったシモニがいる。
「いいですか、姫様、落ち着いてお聞きください。」
青白い顔で、それでも冷静を保とうとする兵士。足は疲れか恐怖からかガクガク震えている。
「回りくどいわ。さっさと言って。」
「モスマン女王が、ご懐妊いたしましたぁッ!」
『えええええっ~~~~!』
騒然とする一同。アイツが妊娠だとォ?想像しただけで吐き気が、じゃなかった恐ろしい!
「ど、どうやって男のモスマンが妊娠したんだ!」
「や、やおい穴を使用したかと思われます!」
「タイガ、やおい穴って何?」
「ローグレスちゃん!説明してあげるわ!やおい穴っていうのはね、男性同士が本当に愛し合った時だけ開かれる穴なの。そんなもの存在しないっていう人もいるんだけど、そんな人はBL愛好家失格よ。その歴史は古くて、紀元前の穴発見の時代まで遡るわ。八咫のマジックミラー号・ 草薙のディルド・ 八坂瓊のアナルビーズっていう三種の神器が発掘されたことからも明らかで・・・」
ヤマトタケルはホモ説やめろ。話に置いていかれるローグレスを見かねて、シャリ―ヌが生き生きと解説している。BL関係の話をしている時とそれ以外の話をしている時でトーンが全然違うんだが。あまりにも早口で長々と喋るので、ローグレスも目を回してきた。
「くそっ!どうして今まで気づかなかったんだ!俺は従妹のBL本でその存在を、知っていたじゃないか!まさか、モスマンは自分のやおい穴を使って予言にあった『やおいの穴より出でし獅子』を生もうとしているのか!?」
「それよ!私もすっかり予言のことを忘れていたわ!お兄様は希望の種をずっと探していたのに!ちょっと泰河ちゃん!どうして予言の事を知っていたなら早く言わないのっ!それで、お兄様のお相手は、どなたなの!」
「はっ。お相手は側近のエドリック様かと思われます!」
「キャーッ!やっぱり幸せの青い鳥っていうのは近くにいるものなのね!熱い!熱すぎるわこの展開!やっぱりエドリックさんならやってくれると思ったわ!私だって強引に迫られちゃったらOKしちゃいそうだもん!あ”~テンション上がりすぎて水が欲しい!普段はクソ兄貴だから連絡なんか取りたくないけど、これは流石にお手紙書くわ!」
「ま、待ってくれシャリ―ヌ王女。そんな呑気にしている場合じゃないぞ!」
「なんでよ。」
「予言の内容を忘れたのか?『やおいの穴より出でし獅子、この国に永遠の平穏を与えん。』それをモスマンが産もうとしているってことは、この国は永遠にポリコレに支配された国になってしまうんだ!一生、普通の恋愛ができない、BLしかない世界が生まれてしまうんだ!」
「なっ!なんですって!BLっていうのはね、強制されるものじゃないの。本当に存在するかどうか分からない禁断の関係だからこそ、尊いし推せるのよ!だから私は命を賭して男性同士でしか書けないものを書いてるの!それを、強制ですって!?分かってない!分かってなさすぎる!そんなことしたら、腹がいっぱいになっても、心がいっぱいにならねぇんだよ!許さん、許さんぞぉ!モスマン~~ッ!」
なんか変な闘気をシャリ―ヌが出し始めた。筋肉が膨れ上がり、今にも手のひらからエネルギー波を出しそうだ。しかし、これはチャンスだ!
「シャリ―ヌ王女、一緒にモスマンを倒してください。そして、この国をあるべき姿に戻しましょう!」
「モスマン、コロス。」
やったぁ!説得は大成功だ!泰河とローグレスは手を取り合った。
「シュッパツ、ジカン、カカル。イチニチ、マテ。」
「よし、じゃあみんな準備を整えよう。移動手段は多分シャリ―ヌがなんとかしてくれるけど、それ以外の装備品は俺らでなんとかしないと。」
「ボクは魔法道具を揃えたいからそれを取り扱っているお店に行くよ。ちょっと時間がかかるから、もう行くね。用心棒としてボビィは借りていくよ。」
「まら飯くってねぇよ。」
「途中で何か買って食べよう!早くいかなきゃ。泰河たちの邪魔になったら困るしね。ぷぷぷ。」
ローグレスとボビィは足早にどこかに行ってしまった。気遣いはありがたいんだが・・・。気恥ずかしさと気まずさが入り混じったもやもやとした感情が泰河の中に残る。静かになった室内を見返すと、シモニが部屋の隅で寝ていた。ここ数日、まともに休む時間もなかったようだ。シャリ―ヌに着せ替えされたらしく、ワンピース姿ですやすやと寝ている。1週間前と比べて、さらに顔や体が女っぽくなっている。初見の人なら男でしたなんて、言われてもなんの冗談かと思うだろう。
「シモニ、起きて!はは、ひどくやられたな。」
「んにゃ。ごっ、ご機嫌麗しゅう。あたくしはシモニともうしますのよ。」
「しっかりして。明日俺らは王都に向かって出発することになったんだ。鎧のサイズが合わなくなったっていったろ?今日中に防具を預けてたお店で合わせてこなくちゃ。」
ハッとした表情でシモニが目覚める。
「おお、そんなことになってたのか。じゃあ急がなきゃな。でも、この格好で外に出るのは恥ずかしいな。オレの持ってきた服、どこにあるか分からないし。」
「オレのローブを貸してやるよ。そしたら、恥ずかしくないだろ。」
ローブを羽織らせ、ワンピースを隠した。これなら男の時のシモニと外見はそこまで変わらない。馬車を借り、町まで着くと二人は防具屋に向かって歩き出した。シモニの足元がおぼつかない。
「どうしたシモニ。まだ疲れてるのか?」
「いや、シャリ―ヌに履かされた靴が歩きづらいんだ。ハイヒールっていうんだっけ。こういうタイプ。」
「手、貸そうか?」
「手は、ちょっと・・・。オレの手、豆だらけでゴツゴツして気持ち悪いだろ?触手なら・・・・。」
ローブの袖から触手が出て来た。ふにゃんとした感触の触手を泰河はしっかりと握る。
「あと、どうしてローブのフードを被ってるんだ?」
「そ、それは寝不足で日光がちょっと眩しく感じるから・・・。」
シモニは深くフードを被り、こちらに目を合わせようとしない。暫く無言で歩いていたが、急に泰河は立ち止まった。今度沈黙を破るのは俺の方だ。
「シモニ。スライム族の血が流れる人間にとって、性別が変わるのは当たり前なんだろ?」
「うん。まあ・・・。」
「だったら、これは練習だよ。シモニがスライム族らしく生きる練習。どっちの性別であっても、ちゃんと生きていけるようにさ。剣の稽古と一緒だ。何回も失敗して、上達していけばいいんだ。失敗するのは恥ずかしいかもしれないけど、それもまた上達への近道だ。だから恥ずかしがらずに俺と練習しよう!」
「練習、練習か。はは、そうだな。練習なら、やってみようかな・・・。」
シモニは深くかぶっていたフードをおろした。ちょっとはにかんだ表情で泰河の方を向き、白い歯をみせる。ちょっとだけ、普段のシモニが帰ってきたみたいだ。
「ほらっ、触手もしまって!行くぞ!」
「うわっ!」
強引にシモニの手を引っ張り出すと、二人はまた歩き出した。歩き方はぎこちなさが残るが、少しずつ慣れてきたように見える。防具やまであと少しといった所でシモニが喋り始めた。
「タイガと闘技場を脱出したあの日、オレは二つの目標を失ったんだ。無敗の帝王になる夢と、憧れていたバレットマン彼自身。だからオレ、何をやればいいか分からなくなってたんだ。今までその2つだけがオレを支えてきたんだから。」
泰河は黙って話を聞く。
「オレは、タイガに新しい心の支えになって欲しかったのかもしれない。オレにとって、タイガは命を救ってくれた救世主だからな。でもそれじゃなにも進歩してない。他人の功績を追っかけたり、他人の言葉に従って、結局他人に依存してるだけだから。オレ、一つ決意したことがあるんだ。タイガと一緒にモスマンを倒した後は、自分自身の考えで何をやりたいのか探したい。オレはオレだけの夢をまた見つけるんだ!タイガと親友であり続けるために。・・・・どうかな?」
「その結果、まだ俺のことが好きだったら、シモニちゃんはどうするのかなぁ~ッ?」
泰河は顎をしゃくらせていやらしい顔でシモニの顔を覗き込んだ。
「て、てめぇっ!人が真剣に話してるのに、茶化すんじゃねぇっ!ぶっ飛ばしてやる!」
シモニは顔を真っ赤にして泰河を追いかけ始めた。
「あはははははははは。ハイヒールで追いつけるかな~っ?」
「殺す!」
余裕の表情で煽る泰河を見てプッツンきたシモニはハイヒールを脱いで裸足で全力ダッシュしてきた。
「うわっ!それは反則っ!タイムタイム!」
数秒の内に追いつき、首根っこを掴んでぶん殴ろうとすると泰河はけらけらと笑っている。
「ようやく、らしくなったな。」
ハッとしたシモニは拳を下げると、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「そういえば、そうだな。やっぱりオレはオレのままだ。タイガ、ありがとう。」
「どういたしまして。じゃあ、靴履いて防具屋行こうか。」
「うん。」
二人はまた手を繋ぐと仲良く防具屋に歩いて行った。