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闘技場編

町から離れた所に着陸し、街道沿いに歩いていたところ、馬車が通りかかったのでヒッチハイクした。交渉の末、相場より格安で乗ることができた。ドレイスキータウンの町に農作物を売りに行った帰りの老夫婦らしく、朗らかな雰囲気の人たちだ。ボビィたちは疲れて荷台で眠っている。


「商品を売って来た帰りだから、馬車にも空きがある。こっちもちょっと小遣いが稼げてありがたいはなしだ。君たちの言っている闘技場のある場所っていうのは、アリステアのことだろ。歩きなら3日かかるが馬車なら1日あれば着いちゃうよ。せっかくだから、送って行ってあげるよ。」


 「おじいさん、ありがとうございます。おかげで助かります。」


「いいよいいよ。お兄さん、いきがいいみたいだから、どうせならちょっと闘技場の試合に参加してみたらどうだ?専属の剣闘士は純粋なデスマッチなんだが、それとは別枠で、木剣で戦うことができるんだ。デスマッチほどじゃないが、賞金も出るらしいよ。」


「コラ、あんた、そう言ってこの子が怪我でもしたらどうすんの。私は試合を若い時に一回見たっきりだけど、恐ろしくて進める気にはならないよ。あなたも嫌だったら嫌ですってはっきり言った方がいいからね。」


「うちの近所でやってる闘鶏とそんな変わらんだろ。男はロマンを求めてなんぼだ!今やアリステアは戦士たちの栄光と名誉を象徴する町。国内外から腕自慢が集まってくる。今は戦争中で参加者自体は少ないが、レベルはむしろ高くなってるよ。なんなら『戦争に飽きたからこっちきた。』って連中がいるくらいだからねぇ。」


「あんた、いい加減にしてよ!」


「まぁまぁ。俺も一応冒険者の端くれだし、そういった話にもちょっと興味あります。町の様子も知りたいし、詳しくお願いします。」


 馬車は古びた木製の車輪を軋ませながら、ゆったりとしたペースで進む。馬のひずめが砂利道を踏みしめる音がリズミカルに早朝の静寂に響く。東の地平線から太陽がゆっくりと顔を覗かせてきた。冷たい朝の空気が街道沿いの草むらに露を結び、キラキラと輝く小さな宝石のようだ。


 道中トラブルもなく、お昼過ぎにはアリステアに到着することができた。


「じゃあ、私たちはここまでだ。気をつけるんだよ。」


「おじいさん、ありがとう。最後にもう一つ、この辺で王女様の噂や、目撃情報を聞いたりしてませんか。」


 「いや、最近はこの辺には来てないから、知らないな。知りたいなら、実際に闘技場に行ってみるといい。それからお兄さん、結局一睡もしなかったけど大丈夫かい。」

 

 「大丈夫です。俺は社畜なんで、不眠不休には慣れてますよ。」

 

「社畜?はは、お兄さん、困ったらうちの農場に来なさい。エサもたくさんあげるし、豚の嫁さんならあてがってあげるよ!」


「はは、願ってもない待遇だ。」


 老夫婦の馬車を見送ると、3人は町の方を見た。町の通りを歩くと、鍛冶屋のカンカンという音が響き、熱気と鉄の匂いが漂ってくる。市場には人々のざわめきと、遠くから聞こえる闘技場の歓声が混じり合い、ドレイスキータウンとはまた違った独特の賑やかさを醸し出している。ここでは活気とエネルギーがはちきれんばかりに満ち溢れている。


「みんな、ここが戦いと栄光の町アリステアだ。」


「やった~。はははははは。」


「・・・・・。」


 ボビィはいつもどおりはしゃいでいるが、ローグレスはさっきまで寝ていたせいかまだ眠いようだ。昨日は徹夜に近かったし、しょうがない。


「とりあえず、ローグレスの服と、杖を買いに行こう。」

 

 「なんで?」


「奴隷服のままじゃみすぼらしいだろ。さあ、離れない様に手に掴まっててね。」


「うん。」


 それに、薄い奴隷服がさっきからネグリジェに見えて仕方がない。これはむしろローグレスのためというより俺の為だ!日光の下のログたんがこんなに眩しいとは思いもしなかったッ!油断してるとビーストモードになりそうだ。保護者面できている今のうちに何とかしなくちゃ!今この町で一番ログたんにとって危険なのは俺なのかもしれない。


 「タイガ、いもが落ちてた。これ、くえる?」


「わっ、それ、どうしたの?」


「もう歯形ついてるじゃないか!それはお供え物だから食べちゃダメだって!俺に食わせようとすんな!分かった!買い物はすぐに済ませるからその後ご飯たべよう!」


 仕立て屋に行き、ブラウス、ブーツ、スカートなどの服一式と、魔法用具店に行ってながさ90cmほどの杖を買った。丸一日ローグレスの着せ替えを堪能したかったが、これ以上ボビィが腹を空かせると何をしでかすか分からないので、一通り堪能した後できるだけ早く買い物は済ませた。


 「よしよし、仕立て屋のおばちゃんは驚いていたが、ちゃんとフリルがついた可愛いやつにして正解だったな。」


「うん!タイガ、ありがとう。」


「シャー。」


「なに、ボビィ?」


「そんなことより、おなかがすきすぎて、はらがなくなりそう。」


「闘技場の近くに食堂があるらしいからそこに行ってみようか。」


 食堂で3人の食事を頼む。豆や芋が中心の庶民派の店だったので値段はお手頃だったものの、それでもジョルシュから貰ったお小遣いが心もとなくなってきた。というかもう金欠寸前や。家を出た時パンパンだった財布が、今は轢かれたカエルみたいにぺしゃんこだ。やばいかもしれん。推しに貢ぐ感覚でローグレスの服を買っちゃったのはまずかったな。


「おねさん、おねぇさん、おかわりくさい。」


「ボビィ、だめだ。金がない。ちょっと今日の宿代も怪しくなってきた。」

 

「うぉくわぁわりぃ。」

 

「スローで言っても駄目なものは駄目!」


「タイガ、それならなおさら闘技場に行こうよ。ボクは前にお兄ちゃんと行って、勝ったことがあるんだ。子供の部だけどね。それでも結構な額がもらえたから、稼ぐにはちょうどいいかもよ。」

 

 くっ、くそ。やるしかないのか。馬車に乗せてくれたおじいさんの情報によると、闘技場は持ち込み武器は厳禁らしい。だから、俺のリライ刀は使えない。純粋な剣の腕前が試されるという訳だ。


「大丈夫だよタイガ。タイガはあんなにも強そうなブングルをやっつけたじゃないか。タイガにだって勝てる可能性はあるはずだよ。」


「そ、そうだな!俺はあの大男に勝ったんだ!そんじょそこらの一般人に負けるはずないね!よし、お前ら行くぞ!」


 泰河はそう言うと全速力で闘技場の方に駆けていった。


「ふふっ。タイガっておだてやすいね。」


「そうそう。アホまるだし。」

 

 簡単な手続きを受付で済ませると、地下の待機所に案内された。外は今でも大盛り上がりだろうが、石造りの壁は厚く、外の喧騒を遮断しているため、ここは緊張感と興奮が入り混じった独特の静かな重厚感が漂っている。空気には汗と革の匂いが混ざり合い、時折、戦士たちの低い声での会話や武器が擦れる音が聞こえる。地下の為窓なく、ロウソクの控えめな光が灯るだけだが、その薄暗さが一層の緊張感を高めている。


「ノリで参加してみたはいいものの、周りの人たちは俺と比べて一回りも二回りも違うじゃないか。場違い感が甚だしいな・・・。」


 筋肉から生まれてきたような人間がたくさんいる。こいつらは、桃太郎みたいに、誰かの二の腕の隆起から生まれてきたんだ。そうに違いない。

 気を紛らわせるため周囲を探索してみることにした。待合室を出て廊下に行くと、天井は高く、古びた木の梁がむき出しになっているが、そこには深紅の絨毯が引かれていた。その先は闘技場への入り口に繋がっている。ここは誇りある戦士にとって、栄光の道そのものなのだろう。その壁には闘士たちの歴史を物語る古い旗や盾が飾られている。中でも特に大きく飾られている肖像画があった。


「100戦100勝無敗の覇王、ジョン・バレットマン・・・・。」


 鋼のような肉体、大の大人くらいの大きさがありそうな巨大な剣、そして、険しくもどこかやさしさに満ちた瞳・・・。泰河は自然とその肖像画に魅了されていた。


「なんだ、アンタもバレットマンのファンなのか?」


 後ろから声を掛けられる。見た所二十歳くらいの青年のようだ。見た所、彼も試合にでる人らしい。他の連中と違い、華奢な印象がするが、背筋がピンとはり、強者の風格を漂わせている。整った顔立ちも相まって、殺し合いする剣闘士というより、騎士のように見える。


「ああ、いや、俺はこの人のことを良く知らないんだが、なんとなく、惹きつけられるものを感じてね。ちょっと見ていたのさ。」


「ふふ、分かるよ、その気持ち。バレットマン好きに悪い奴はいない。俺はシモニ。よろしくな。ここで剣闘士をやっているんだ。」


 ぼさっとした感じのカールした髪をかき上げ、俺に握手を求めて来た。手に触れた時、手の豆の硬さを感じる。やっぱりこの子は強そうだ。


「よろしく。俺は泰河。君は大人の部に出るの?それとも子供の部?」


 「バカ言え、剣闘士に階級なんかあるか。みんなアリーナに入ったら平等に殺し合うのさ。」


「え、じゃあ君はそのアリーナで、殺し合いしてるってこと?」


「オレはここに売られて来たときから、ずっと殺り合ってるよ。いつから始めたのか、もうわすれちゃったけど。」


 ここでも奴隷売買の被害者がいたのか。古代ローマの剣闘士も奴隷が多かったというし、ここじゃ珍しいことじゃないんだろうけど。


「す、すごいなぁ。軽いノリで参加してみたけど、俺は君やこのバレットマンみたいな人にはなれそうな気がしないなぁ。」


「俺もそうだけどバレットマンも奴隷の身分からのし上がったんだぜ。そうだ!今からバレットマンがいかに凄いか教えてやるよ!まだ時間あるだろ!?」


 ジョン・バレットマン。彼は史上最強の剣闘士として今も語り継がれている。戦闘中の彼の動きは、まるでダンスのように優雅でありながら、破壊的な力を秘めている。巨体でありながら、鋭い剣技と素早い身のこなしは、敵に隙を与えず、迅速かつ正確な攻撃で相手の弱点を瞬時に見抜き、一撃で仕留める。その技量と戦術はまさに無敵であり、観客は彼の戦いを見るたびに歓声を上げた。

 戦績は、100戦100勝、無敗。彼の名は恐れと尊敬をもって囁かれ、闘技場に彼が登場するたびに、会場はバレットマンの独壇場になり、その戦いを見逃すまいと熱い声援を送る熱烈なファンばかりになった。対戦相手ですらも、彼と戦って死ぬことはこの上ない名誉だとされ、闘技場でのその存在は神に等しかった。

 そんなバレットマンは100戦目を勝利で飾ると、地元の有力な領主の娘と駆け落ちした。それ以降、彼の消息を知る人は誰一人としていない。闘技場を離れた今でも、そんな彼の天衣無縫の振る舞いの魅力になる人は多く、今では剣闘士のなかで100勝して美人な嫁さんと駆け落ちすることを「バレットドリーム」と呼んでいる。


「すごくないか!?一人の女のために地位も名誉もかなぐり捨てて、どっかにいっちゃったんだぜ!なんか、そういう一途なところもバレットマンの魅力だよなぁ。オレもいつか100勝したら、綺麗な嫁さんを捕まえて、幸せな家庭を築きたいぜ!」


「ちなみに今君は何勝してるの?」


「51戦50勝1分けだ!途中、ゴーレム族の奴とやったんだけど、決着がつかずに引き分けになっちゃったんだ。でも、今なら勝てるぜ!」


「50勝!歴戦の猛者じゃないか!」


 こんな若さで殺し合いの世界にどっぷりと浸かっている。俺なんかが、かなう相手なんかじゃない。


「いやいや、バレットマンには及ばないよ。奴は18の時には50勝を達成していたし、その時には不死の化け物べべ・ブチャを倒してたんだ!奴は切られただけじゃ無限に再生するんだけど、バレットマンは奴の懐に潜り込んだのち、その剛剣でやつのコアを・・・」


 キラキラとした笑顔が溢れるシモニからバレットマンの逸話や魅力を30分くらいノンストップで聞いていたところ、俺の対戦の時間が来た。


「もう行かなくちゃ。あ、そういえば、ここにシャリーヌ王女が来てるって噂だけど、本当?」


「え?アンタ姫を見にに来たのか?姫なら先月隣国に亡命しちゃったぜ。「ここはうるさすぎる。」ってね。オレは遠くからしか見たことないけど、結構気品のある感じの人だったな。」


「はは、そうなんだ。ありがとう。行ってくる。」


 「頑張れよ!」


 またも外れか。今度こそはと思っていたのに力がぬける。できるだけ早い段階で知ることができたのはいいものの、姫は一体なんで亡命なんかしたんだ。 

 

 待合室に戻り、支給された木剣と盾を受け取る。さっきの廊下に戻り、赤絨毯の上を歩くと、血が滾ってくる感覚が分かる。廊下に飾られた肖像画と目が合った。歴戦の戦士たちもこういう感じで試合に臨んでいたのだろうか。重厚な鉄の扉を開けると、そこはアリーナに続く階段になっていた。地下から光の差す入場口に向かって一歩一歩踏みしめて階段を上る泰河。手彫りの洞窟の様な壁に観客の歓声が反響し、えもいわれぬ高揚感に包まれる。


 アリーナに出ると、すでに対戦相手がそこに立っていた。向こうも飛び入り参加者らしく、俺と似たような体型だ。待合室で見かけたガタイのいい男とはかけ離れている。これは勝てる!圧倒的にブングルに比べたら楽勝だ!


「もらった!俺の刀の錆びになるがいい!ミシュランマンみたいになるまでやっつけてやるっ!はははははは~。」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 10分後、観客席で治療を受けるアホがいた。殴られ過ぎて至るところが腫れに腫れ、ミシュランマンみたいだ。


「前が見えねえ。」

 

「もう、タイガはリライ刀がなかったら弱いんだから、無理しちゃだめだよ。」


 横でボビィが大爆笑している。その後二人は俺の後にペアで出場し、難なく勝った。しかも大人の部で。ボビィの拳に防御魔法を展開し、ボクシンググローブのように装着し、戦っていた。これなら硬い敵相手にも戦える。しかもローグレスのみならず、ボビィ自体にも強力な防御魔法が展開されており、相手の攻撃は全く通らず、相手はほとんどなすすべがなかった。


「ちゃんとボビィの拳と本体の防御魔法が干渉しない様に術式も組んでたんだよ。はい、これ今回のファイトマネー。当面の生活費は僕たちで稼ぐから、タイガは少し休んでて。もう一回、行ってくるから。」


 子供と妖精に生活費をたかる俺。一人きりになった後、あまりの情けなさに泰河の頬に涙が伝う。ブヒィッ!シクシク。腫れの残る不細工な顔の大人が本気で泣く姿に周りはドン引きした。


「ママ、何あの人!?」


「負け犬よ。見ちゃダメ。」


 周囲に誰も座らないため、景色が良く見える。そんな時に見える空はひたすらに青かった。

 

 二人の二戦目が終わると、今度は剣闘士同士の勝負が開始された。先ほどの戦いとは違い、問答無用の殺し合い。その激しい戦いに観客の興奮は一気にあがった。戻って来た二人と一緒に観戦したが、なるほど、迫力が全然違う。一瞬の判断が命取りになるその試合に、目が離せない。


「誰にでも得意、不得意はあるんだから、しょうがないよ。気にしないで。タイガはいつもがんばってるよ。」


 泰河の頭を撫で、涙をハンカチで拭いてあげるローグレス。おぎゃり度が高い。


「ま、ママァ・・・。」


「タイガ、バカやってんじゃねぇよ。」


 そうこうしているうちにさっき出会った青年、シモニの試合になった。シモニは最近注目の選手であるらしく、登場した瞬間わっと歓声があがった。対戦相手は背丈は180cmは超えていそうなガタイのいい男だ。手には定番の武器、グラディウスを持っている。ガタイではこっちが圧倒しているといったところか。


「シモニー!頑張れー!」


 声援を飛ばす泰河に気づいたシモニ。笑顔でひらひらと手を振った。


「お前の様なガキがここの注目選手とは、せっかく隣国から来たのにがっかりだ。」


「棺桶の下見はしておいたかい。もちろんアンタのだけどな。」


「ほざけぇ!」


 対戦相手の男は行きなり剣を振り下ろし、シモニに襲い掛かった。どうということはないという様子でヒラリと躱すシモニ。そこにさらに追撃をするグラディウス男。怒涛の連撃がニモニに降りかかる!どうにか躱したり、剣で受けるシモニだが、やはり体格の差は大きいらしく、徐々に余裕がなくなっていく。


「ここだ!」


 一瞬の隙を見計らい、グラディウス男が大きく踏み込んだ。反応が遅れてしまったシモニは剣で防ごうとするものの、なんと右腕を切り落とされてしまった。


「ぐああぁ!」


「他愛ない。さっさと殺してやるからじっとしてろ。」


 アリーナ内を逃げ回るシモニだが、右腕と武器を失った以上、もう圧倒的に不利だ。勝ち目はない。そしていよいよ壁際に追い詰められた。


「短い生涯だったな。心配するな。無敗の覇王の称号は俺が継ぐ。」


 男が剣を振りかぶった。もうだめだと思った次の瞬間、大量の血しぶきが飛んだ。泰河は青ざめ、闘技場の残酷さに絶望した。ああ、あんな好青年がこんな簡単に命を落としてしまうなんて。


「タイガ!よく見て!」


 よく見ると致命傷を負っていたのは男のほうだった。男の背後から剣が突き刺さっており、しかも切り落とされたはずのシモニの腕がくっついいる。


「悪いね。無敗の覇王は次は俺が貰うんだ。」


 返り血をぺろりと舐め不敵な笑みを浮かべるシモニ。男がうつ伏せに崩れ落ちると、それと同時に怒号の様な賞賛の嵐が巻き起こる。会場はもはやシモニの支配下といってもいい。泰河はその光景にただただ圧倒されるだけだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「えっ?スライム族の末裔?」


「へへん。おかげさまで斬られた部位も自在に操れるし、体にくっつければ元通り!頭や心臓を貫かれない限りはあんなことも出来ちゃうのさ。」


 すっかり意気投合したシモニと泰河たちは一緒に酒場に来ていた。シモニは剣闘士ともいえど、人気が高いスター選手のため、この町の中でのみ、一定の自由は保障されているようだった。ボビィは今日のファイトマネーで酒をがぶ飲みしているし、ローグレスもオレンジジュースを頼んでご満悦そうだ。


「でも、いいの?ネタバレなんかしちゃって。」


「知った所で対応できないのがオレの強みさ。別に体を切り落とされなくたって、体の好きなところから触手を生やすことだってできる。数に限りはあるが、好きなだけな。そいつを背後に回らしたり、地中を這わせて不意打ちを狙ったりして常に相手の意識の外から攻撃する。相手にとっては一対多数を強制させられてるようなもんさ。正直、タイマンじゃ負けないよ。」


「こらっ!ボビィ!ボクの唐揚げを食べるな!ちゃんと2人前頼んだんだから!って、食いかけを戻すな!歯形も見せなくていいよっ!」


「がははははは!」


 二人は店内で追いかけっこを始めてしまった。ボビィはともかく、ローグレスもまだまだ子供だなぁ。


「こらこら二人とも、他の客さんの邪魔にならないようにね。」


「そうだぞ。この辺は喧嘩っ早い連中も多いから、気をつけないと駄目だ。」


「はぁい。」


 ボビィを胸に抱えて大人しく席に座るローグレス。ボビィ、主にお前に言ってるんだぞ!


「はは、子供がいる家庭ってのはこんな感じなのかな。バレットマンは今こんな感じで幸せに暮らしてるんだろうか。オレも、いつか手に入れてみたいな、自分の家庭ってやつを。」


「待て待て。ちょっとまだ気が早いんじゃないか?あと50勝しないと自由には慣れないんだろぉ?油断してると脳天かち割られてところてんになっちゃうよん?」


 酒も周り、ちょっと意地悪そうな顔で茶化す泰河。


「おうおう!今日お前は何見てたんだ?オレは最強らぁ!その辺の雑魚なんかオレの触手でイチコロなんだよ!」


「最強?」


「最強!次の無敗の覇王はこのオレさ!きれいな嫁さんをゲットするのも、このオレ!」


「おいみんな、未来のチャンピョンに対して乾杯するぞ!イェーイ!乾杯!」


「Fooooo!」


 時間を忘れて4人は色んなことを語り合った。久々に心の底から楽しめた気がする。夜も更けて、途中でボビィが爆睡しはじめ、ローグレスも眠そうになってきたので、解散することにした。


「明日も良かったら見に来てくれよ!また勝つからさ!」


「もちろん見に行くさ!なんてったって俺らは一生友達だからな!」


「!・・・一生、友達!そうだな!」


 別れ際に熱いハグをすると、解散した。シモニは俺らが見えなくなるまで手を振ってくれていた。


「いい人だったね、タイガ。明日も試合、見に行こう!」


「そうだな!」


「シモニはなんでお嫁さんが欲しいんだろ。スライム族なんだからお婿さんでもいいはずなのに。」


「え?どういうこと?」


「スライム族は二十歳前後まで性別がないんだ。どっちにもなれる。でも、年頃になって()()()を見つけるとその反対の性別になって一生そのままなんだって!いいなぁ。羨ましいよ。だから闘技場に身に来た領主様と仲良くなって玉の輿も狙えるはずなのに。」


「ローグレス、シモニは伝説の剣闘士になることを夢見てるんだ。それを叶えるために頑張っているんだから、それを言うのは無粋ってもんさ。」


「そうかなぁ。」


 ローグレスは上目遣いで泰河の方を見る。ちょっとだけ不満そうだ。ふふ、いずれローグレスも分かるようになるさ、漢のロマンってやつが。

 

 宿に着き、二人をベットに寝かせると、泰河も床に就いた。明日、シモニはどんな試合をするんだろう。圧勝か、接戦をまた演じるのか。彼の演出もまた楽しみだ。そう思いながら眠った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「嘘だろ、シモニ・・・」

 

 翌日、泰河たちの前には衝撃の光景が広がっていた。シモニが片膝をつき、激しい息切れをしながらうめき声を漏らしている。その痛々しい様子は、まさに満身創痍といったところか。おぼろげになった視界でシモニは対戦相手を見つめる。真っ黒のねばりつくタールの様な皮膚、ピンポン玉をねじ込んだようなぎょろりとした血走った目、パンパンのゴミ袋の様に膨れ上がった歪な体躯、そして、そこから生える6本の脚。そう、今日の相手はバレットマンも戦ったことのある不死の怪物、べべ・ブチャだ。

 シモニは自身の能力を使い、必死に背後を取ったり、相手の急所に一撃をくらわそうとするが、べべ・ブチャの固まりかけたタールのような外皮はそれを受け付けない。たまに上手くダメージがを与えることができるものの、驚異の再生能力によって実質ノーダメだ。奴の動きは鈍いが、シモニが疲労して態勢が崩したところを狙って確実に一撃をかましてくる。これによりシモニのコアとなる心臓に確実にダメージが蓄積していく。

 

「奴のコアにさえ、コアにさえ攻撃が届きさえすれば・・・」

 

 シモニは自身の非力さを呪った。奴の弱点は分かっている。下腹部の奥にあるコアだ。そこに傷をつけることができたら、奴は体を維持できず崩壊していく。だが、シモニの剣はそこに届かない。バレットマンは剛剣の持ち主だ。だからこそ、奴の体躯ごとコアを一刀両断することができたのだが、シモニにはそれができない。


「こいつを倒さなきゃ、俺はバレットマンを超えられないんだッ・・・!」


 傷ついてもなお諦めないシモニを見て泰河は胸が痛んだ。


「なんでこんな奴の相手をやらされてるんだよ・・・。」


 隣に座っていたおじいさんが話しかけて来た。


「お兄さん、こういうのはたまにあるんだよ。ここは色んな領主様がお金を出し合ってくれるから経営できてるんだが、たまにわがままな奴がいるんだ。やれ、『こいつを勝たせろ、負けさせろ』ってね。ほら、あそこにいるのが見えるかい?」


 一般市民とは隔絶された王族専用、貴族専用エリアに一際うるさい集団がいる。その中に特にご満悦そうな奴がいるのが見えた。


「あそこの領主は男色家で有名でね。容姿が良くて評判も高いシモニを何度も買収しようとしたらしい。しかし、いくら大金を積まれてもシモニは毎回それを断った。あの子は本当に1番を目指してるそうだからねぇ。だから、これは私の予想なんだが、シモニの対応に怒った領主様は手に入れられないならむしろ殺してしまえって思ったんじゃないか?」


「そ、そんな馬鹿な話あるか!それにここの人気選手をそんな扱いしていいのかよ!」


「ここも商売だからねぇ。スポンサーの意向には逆らえないのさ。私は何回もこういったものを見てきたよ。大金を積めば、どんなやつの人生も台無しにできる。それが連中にとっては愉快でたまらんのだろう。」


 「ひ、ひどいよ!そんなこと!シモニが可哀そう・・・。」


 ローグレスも不満を漏らす。ボビィも不服そうだ。おい、うんこを投げるのはやめろ。


 目線を再びアリーナに戻す。さっきよりもシモニの表情が歪んでいる。状況はさらに悪化しており、彼は今にも倒れそうだ。会場にいる観客ももシモニに対する仕打ちに怒り心頭らしく、ブーイングの嵐だ。


「~~~~ッ!ローグレス!ボビィ!今すぐここ出るぞ!」


「えっ!せめてボクらは最後まで応援してあげないと!」


「いいから早く!」


 泰河はそそくさと闘技場から出て行った。


 さっきから幾度となく剣と外皮がぶつかる音が闘技場に響いてきたが、それも少なくなってきた。シモニにはもはや剣を握る力すら残っておらず、立っているだけで精一杯だ。


「はは、膝まで笑ってきた。」


 正直手の内が尽きた。試せる策や技は全部試した。後できることは試合時間を長引かせることだけだ。意外にもシモニの心の中は晴れやかであり、やり切ったという感覚で満たされていたからだ。


「本来こいつを倒すには炎のエンチャントを掛けた武器が必要なんだ。それをこんな長い間一人で、しかも只の剣で相手できるなんて、オレ、凄くないか?」


 正直、分かっていた。ここは、俺らの場所ではない。市民の場所でもない。そこにふんぞり返っている貴族どもの娯楽の場に過ぎない。どんなに俺らが頑張ったって、どんなに俺らが誇りを持っていたって、そんなものは奴らにとってはゴミ同然なんだ。

 シモニは会場を見渡す。そこに泰河の姿は無い。

 

「タイガ、帰っちゃったか。そうだよな。こんな情けない姿見てられないよな。オレも、見せたくなかったなぁ。」


 ちくしょう。どうして今日に限ってこうなんだ。そう思うと、堪えていたはずの悔しさが胸の奥底からこみ上げてくる。玉の様な涙が零れ落ちる。いくら拭おうが途切れることは無い。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」

 

 べべ・ブチャの追撃がシモニを襲う。ガードの為に腕を上げることすらできないシモニは触手の攻撃をまともに食らい、吹き飛ばされた。激しく壁に叩きつけられ、倒れ込む。もはや立ち上がることすらままならない。混濁する意識の中で、聞こえる嘲笑、声援、怒号。ああ、これは俺が相手に止めを刺すときに聞いていた音だ。もう俺は駄目なんだ。


 せめて戦士として死ぬべく、最後の気力を振り絞り四つん這いになる。背を向けてたまるか。だが、こんな状況になってなお涙はまだ止まらない。くそっ、この体たらくで、何が最強、何が無敗の覇王・・・・。

 

「バレットマンみたいに、なりたかったなぁ・・・ッ!」


 無念の涙を流すシモニ。涙でぼやけた視界にべべ・ブチャが映る。にじり寄り、止めを刺すべく鋭利な触手を生やし始めた。シモニはとうとう死を受け入れた。


「ちょっとまったぁ~っ!」


「だ、誰だあいつは!」


 会場の目線が一斉に選手登場口に向かう。その大きな声にべべ・ブチャの注意すらもそちらを向く。


「無法には!無法をだ!そこの剣士に、助太刀させてもらうっ!」


 そこに立っていたのはなんと泰河だった!汗を滝のように流し、息をゼイゼイと切らすあまりにも頼りなさそうな男の行動に、一同が騒然とする。


「誰だお前は!神聖な闘技場を汚しおって!お前のせいで素晴らしい試合が台無しじゃないか!おい衛兵!こいつを捕まえてつるし上げろ!」


 闘技場のオーナーらしき人物が怒鳴り散らす。

 

「知るか!こんな茶番なんざ!俺は俺の描いたストーリーを作り上げるッ!シナリオの書き直しは、得意なんでね!」


 すぐさまシモニの所に駆けて行った。近くで見ると本当にボロボロだ。


「タ、タイガ・・・!お前、こんな事したら・・・。」


 「大丈夫!退路は確保してあるから!大変だったな!もう大丈夫だぞ!」


 肩を支え、選手登場口に逃げる。衛兵俺らを捕まえる前に、早くここを脱出しなくては。安堵したのか分からないがシモニの目に再び涙が浮かぶ。 幸いにも、べべ・ブチャはいきなり現れた男と盛り上がって来た会場の雰囲気に驚き、警戒して攻撃してもなかった。


「でも、入場口に逃げても待ち伏せされてるぞ!」


「行ったろ!大丈夫だって!そら、飛び込めっ!」


「えっ?うわっ!滑り台みたいだ!」


 走って来た勢いのまま飛び込み、滑り落ちる二人。シモニは驚きを隠せない。


「赤絨毯を引き延ばして「鋼鉄」にしといたんだ!リライ刀でね!」


「タイガ、魔法が使えたのか!しかもよく見たら天井や壁までも鋼鉄に変わってる!」


 「もちろん扉もね!」


 「えっ。出口がないなら出られないぞ!」


 一番下に辿り着いた。深さは10m位はあるだろうか。泰河の言うとおり出口は無く、その代わり何か粘土状のものが敷き詰められている。


 「な、なんだよこれ?」


「そいつは爆薬。象さんくらいの重さはあるぞ!そんでそこに転がってるのは雷汞(らいこう)の固まりさ。つまりこの階段は今、簡易大砲となっているのだ!2000mmアルティメットスーパーミラクルデスダイアリーア砲の威力、みんなに見せてやる!砲弾は俺ら自身だ!」


「ええ~っ!無理!無理だ!第一俺らだって助からないぞ!」


「大丈夫!肉片さえ残ってたら我らがローグレスがなんとかしてくれるさ!」


 そう言いながら泰河はローグレスの遅効性防御術式を発動させた。球状の防御陣が二人を包む。


「そ、そういう問題じゃない!」


「誰にだって、初めてはあるっ!いくぞ!カウントダウンは無し!発射()~~~~ッ!」


 泰河は思いっきりリライ刀の柄を床に叩きつけるとそこから火花が散った!雷汞が信管として作用し、重さ1トン以上のバカげた量の火薬に着火した!


「~~~~~~~ッ!」


 天地がひっくり返るほどの爆音とともに二人は空高く打ち出された!様子を見に来ていたべべ・ブチャは爆発四散!観客は突然の爆音に騒然となったが状況が飲み込めるにつれ大歓声があがり大盛り上がりのお祭り騒ぎだ!


 眼下には見慣れた街並みが広がっている。普段見ることのできない景色にシモニは心が震えた。


「バレットマンが闘技場から姫と駆け落ちしたときも、こんな感じだったのかね?」


 泰河の顔をみてびっくりするシモニ。不覚にも、一瞬カッコいいと思ってしまった。


「そうだったかな・・・。あ”っ!それじゃあ、俺が姫みたいじゃないか!オレがバレットマンの側なの!」


 「いだっ~!殴るなよ!まだ全然元気じゃん!お前は治療いらね~よ!」


 大興奮する観客たちの前から颯爽と逃亡してしまった二人。その様子に支配人も椅子から転げ落ち、茫然としていたがなんとか気を取り戻し、すぐさま衛兵に奴らを追いかけるように命令した。


「こんな舐めたまねしてくれやがって!絶対逃がすな!逃がしたら俺らの信用問題だぞ!」


 苦虫を嚙み潰したような顔で椅子を蹴り飛ばす。大金を貰ってわざわざこんな対戦を組んだのに、それが無駄に終わってしまっては貴族たちの信用を損なう。支配人は非常に苛立っていた。


「支配人。帝都からお客様がお見えになっています。」


「誰だ!客なぞ招待しておらんわ!何でこんなときにわざわざ・・・。」


 立っていたのは帝都からきた役人のようだった。


「支配人様、ご機嫌いかがかな?・・・。会場がずいぶん荒れているようですが、何かありましたか?」


「お前が知った事ではないわ!要件はなんだ?」


「昨日、帝都で国家転覆を企てる冒険者がこの闘技場で目撃したという情報があったもので、急いで転送魔法でここまで来た次第です。たしか、名前は足立泰河・・・。」


「なんだと!そいつなら、今この会場を台無しにして出てったよ!今ここの衛兵たちを捕獲のため向かわせているわい!」


「なんと、それはそれは奇遇ですな。私たちもぜひ協力させて頂きたいのですがよろしいですか?こちらも強力な助っ人を用意しているので、必ずや力になると思いますよ。」


 そういうと、役人の後ろから転生魔法の魔法陣が出現した。その中からもう一人男が出てくる。


「あっ!お、お前は・・・・ッ!」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「タイガ、アリステアの外で待機しておけって言ってたけど大丈夫かなあ・・・。後は俺がやるって言ってたけど・・・。」


 3人で邪魔な警備を片付けた後ローグレスとボビィは町の外で泰河の指示を待っていた。思ったより時間が経過しているので、不安が高まる。


「あっ。ボビィ、念のための馬は借りてきてくれたんだね。」


 ボビィがニコニコで馬を連れて来た。気が強そうな、なかなか凛々しい良馬だ。


「これね、乗り捨てかのう。」


「ええ・・・。乗り捨てしていいんだ・・・。」


 待ちぼうけていると、闘技場から突如猛烈な光と爆炎が放たれた。


「な、なに?」


 上空になにか放たれたのが見える。小さな豆粒のようなものはこっちに向かってきている。


「砲弾・・・?あっ!あれはボクの防御陣だ!タイガだよあれは!」


 近づいてくるにつれてそのシルエットがはっきり分かってくる。シモニも一緒だ!


「ぎぃやぁぁあぁああ!助けてっぇええええ!」


 「ボビィ!キャッチ!キャッチ!」


「えっ?あっ、はいはい。つまみますね。」


猛スピードで着地地点に向かい、捕球姿勢をとるボビィ。流石!頼りになる。 


「・・・・。やっぱこえ~。やめよう。ははははは。」


「キャッチしないんかいっ!」


 泰河は顔面から着地した!どうせもともとブサイクな顔面なので良かったが、他の部位から着地していたら危なかった。シモニはスライムの様な体で衝撃を吸収していたので着地はノーダメージのようだが戦いのダメージがひどく、立ち上がれない。すぐさまローグレスが治療に駆け出す。


「いてててて。即興にしては上手くいったな!」


「はぁ、ハァ。オレは、二度とごめんだね。」


二人は見つめ合って笑った。

 

ローグレスの治療が終わり立ち上がる二人。一呼吸置きたいところだが、そんな余裕はない。あんな大騒ぎを起こしたんだ。きっとすでに追手が来ている。ボビィ以外の飛べない3人は借りた馬に乗り、次の町の方向に走り出す。


「まずいよタイガ、追手がもう遠くに見えてるよ!結構な数がいる!」

 

「くそっ、なかなかこの馬、スピードが出ないな。3人も馬に乗っかってるからかな。」 


「きっと、お腹が減っているんだ!ボビィ!このニンジンをお馬さんに食わせてくれ!」


「にんじん、ぶちこみます。」


 そういうとボビィはニンジンをお馬さんのお尻の穴にズボリと突っ込んだ。


「!ヒヒィーン!」


 いななきとともにお馬さんが恍惚の表情に変わる。顔が紅潮し、目がとろんとしている。


「い、いかん!嬉しそうだッ!スピードがさらに落ちるぞッ!」


「しまったッ!お尻の穴は食べ物をいれる場所ではないッ!ボビィ!いますぐニンジンを抜くんだ~~~~ッ!」


「いやです。」


 さすがにボビィも汚いと思ったのか、露骨に嫌そうな顔をしている。


「ふざけるな~~ッ!そうだ!ローグレス、お前、杖があるだろ!それ使ってほじくりだせッ!」


「い、いやだよ!タイガが買ってくれた大事な杖なんだ!」


「杖と俺ら4人の命、どっちが大事なんだ!」


「杖っ!」


「貴様ッ~!」


「みんな!もうふざけてる場合じゃないぞ!追手がもうそこまで来てる!」


 泰河たちの後方約100mの位置まで追手が迫っていた。およそ30騎。体力を回復したとはいえ、さすがに俺らだけでは対応しきれないかもしれない。


「そうだ!シモニ、君の触手は最大何mまで伸ばせるんだ?」

 

「なんだ急に?70mくらいまでなら伸ばせるけど!」


「奴らがあと50mくらいまで迫ってきたら、後方までめいいっぱい伸ばしてくれないか?俺に策がある!」


「お、おう!分かった!」


 そうこうしている内にもうかなり近づいてきた。もう追手たちの弓矢の射程圏内だ。いつ打ち込まれてもおかしくない。


「今だ!シモニ、触手を伸ばせ~!」


 めいいっぱい触手を伸ばすシモニ。しかし風にはためくくらい細い触手で、あたった所で大したダメージにはならなそうだが。


「そいつを思いっきり振りぬけっ!」 


 シモニはその触手を騎馬部隊に向けて振りぬく。その瞬間、泰河がシモニの触手を鉄に変える。それは加速した超大型の鎌となり、追手たちに襲い掛かる。


「ぐあああぁ~!」


ズバズバと彼らは切り裂かれ、致命傷に至らないものの深手を負ったり落馬した。傷を負わなかった者も、その圧倒的な攻撃に戦意を喪失し、引き返していった。その様子を見て、泰河はシモニの鉄化を解除。見事な撃退劇に一同は喜んだ。

 

「やったぜ!俺とシモニ、案外相性がいいのかもな!形を自在に変えることのできる触手なんて、発想次第でなんでもできる気がするよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何とか国境沿いまで来た4人は一安心した。この辺りまでくればもう追手が来る心配をしなくていいからだ。とはいえ、国境沿いでウロチョロしているとどちらの国の兵士からも目をつけられ面倒くさいことになりかねないので、さっさと国境を超えることにした。


「もう疲れちゃったよ~。休みたいよ~。」


 ローグレスが地図とコンパスを出して現在地を確認する。


「あとちょっと行けば川があるんだ。そこの橋を渡るまではまだポリ国だから、休めないよ!それまで頑張って!」


 準備周到だししっかりし過ぎやしませんかね。彼。俺がその年の頃は毎日しょうもないことしか考えてないアホだった気がするが。


「手も洗いたいなぁ。」


 馬のニンジンはじゃんけんで負けてしまった泰河が引っこ抜いた。なかなかキツかったがゴム手袋越しに命の暖かさを感じ、いい経験になったと思うことにして、それ以外の記憶を消した。引っこ抜いたニンジンはスタッフが美味しく頂いたので環境配慮もばっちりだ。


 暫くするとローグレスの言うとおり川が見えて来た。ようやく休めるし手も洗えると安堵した泰河だったが、その時シモニが異変に気付いた。


「橋の手前に誰か立っているぞ。」


 本当だ。川の手前に誰かいる。それも、正統派の剣闘士の防具を身に着け、一切の隙無く佇む男が。尋常じゃないオーラ。相手の殺気やら気配などが一切読めない泰河だが、この時ばかりはそういったものを感じた。一体あれは何者なんだ。異常を感じつつも川を渡る手段がこの橋しかないため、近づくほかない。


「バレットマン。」


 シモニがポツリと呟いた。眉間にしわが少し寄っているがほぼ無表情のままだ。シモニもどんな顔をしたらいいか分からないらしい。無敗の覇王は生きていた。今目の前に立っているのがその男。ただそこに存在するだけで大気は震え、大地が波打つ。


「君が、足立泰河君だね。」


「そうだ。」

 

 「俺は王の命令により君を捕らえに来た。なぜ君は国家反逆などを考えようと思ったんだね。」


「いやぁ、モスマン如きが他人の趣向に口だしたり他人の価値観をコントロールしようとするのが気に食わなくてね。」


「面白い男だな。さっきの逃走劇も聞いたよ。闘技場をめちゃくちゃにしてくれたそうじゃないか。」


 「おいっ!バレットマン!オレを覚えているか!シモニ・コンニャックだ!」


 横からシモニが堪えきれず口を出してきた。握りしめた拳は震え、鬼の仇が如くにらみつけている。


「! すっかり大きくなったな。私がいた頃とは大違いだ。もちろん覚えているさ。」


「なぜ、王なんかの言いなりになってこんな所にいるんだ!家族はどうしたんだ!」

 

「情けない話だが、その家族が、王に捕らえられているんだ。私が留守だったとはいえ、油断したよ。王は私の命と引き換えに私の家族を開放すると約束した。この首輪が、その契約の証だ。これは強力な魔法アイテムでね。逆らった瞬間に締まり、絞殺されるようになってるんだ。」


「そ、そんな・・・。じゃあ、またアンタは奴隷になっちまったのか・・・。」


「そういうことだな。今までも不本意ながら色んなことをやらされて来たが、今回は君たちを捕獲しに来たわけだ。故に、君の冒険はここでお仕舞だ。大人しくしてくれれば、悪いようにはしない。」


「いやだよ!タイガはこれからモスマンを倒してこの国を変えるんだ!種族や容姿が理由で奴隷にされることがない世界にね!」


「そうそう。」


 ローグレスやボビィが石ころなどをバレットマンに投げ始めた。あっ!ボビィ、それは俺が道中大事にしてた俺の枕!


 バレットマンは剣を抜き地面に向かって下方向に振り払うと、大地が一直線にパクリと割れた。そのものすごい剣圧で石ころや枕は霧になった。


 俺の枕ーーーーー。


「ならば、この俺を超えて見せよ。それまでこの線を超えることは一切許されない。」


 バレットマンは自分の作った線を指さし、宣言した。く、くそっやらなければならないのか、今ここで。ブングルの時と同じく、俺の能力は一対一には非常に弱い。今回はシモニがいるから、何とかなるか・・・?


「タイガ、ここはオレにやらせろ。」


「シモニ!」


「オレは今まで、こいつを目指して戦ってきたんだ。十数年間、途方もない時間をかけていくつもの勝利を収めてな。だから、オレには挑む資格があるはずだ。そして、超える資格もなぁッ!」


 そう叫ぶなり、シモニはバレットマンに突っ込んだ!


「いきなり突っ込むのは危ないぞ!様子を見るんだ!」


 その瞬間、バレットマンが剣を振り落とした!再び周囲に拡散する凄まじい剣圧。砂ぼこりが舞い、一瞬二人の姿が隠れる。シモニは大丈夫なのか・・・。

 砂ぼこりが晴れると、なんとシモニは攻撃を受け止めていた。剣圧で頬の部分に切り傷があるものの、触手を剣に添えることで自身の不足する腕力を補い、バレットマンの攻撃を見事受け切った。


 「い、言ったろ。オレはタイマンなら負けない。」


「そうか、君はスライム族の末裔だったな。」


 凄まじい技の応酬が始まった。二人の剣が交わる度、大気がビリビリと震える。3人はござを敷いて2人の戦いを眺めることしかできない。バレットマンの剛剣を剣で何度も受け止めるシモニも凄いが、シモニの触手を使った死角からの攻撃を野性的ともいえる反射神経で反応するバレットマンも凄い。もう既に3分は経っているだろうが、彼らの戦闘は収まるどころか激しさを増していく。


この拮抗状態を先に崩したのはシモニだった。この数分間のやり取りの間にシモニは悟られない様に、地下に無数の触手を伸ばしていた。劣勢を装いながらバレットマンを触手の中央に誘導し、全方向から一気に攻撃を仕掛けた。この包囲攻撃をまともに食らったバレットマンはいくつか傷を受けてしまったが、そのどれもが浅く、決定打にはなりえなかった。大技を繰り出してもなお健在であるバレットマンを見て、埒が明かないと判断したのかシモニは距離を取った。


「はあ、ハァ、流石、『無敗の覇王』。あれでやられないなんて、相当タフだな。」


「俺に傷を与えたのは闘技場でも2人はいなかった。見事。」


 やはり、彼を倒すには渾身の一撃を繰り出すしかない。そのためには体力を削りきるか、捨て身の一撃を繰り出すかのどちらかだ。シモニは体力的にキツイと判断し、後者を選択しようとしたが、それはバレットマンも同じだった。今までバレットマンは右手にグラディウス、左手に盾という伝統的な剣闘士スタイルをとっていたが、盾を捨て、両手で剣を持った。あの構え、そしてあのプレッシャー。シモニはすぐに察した。


天赦今世終鳴閃てんじゃこんぜしゅうめいせん・・・ッ!避ける者は避ける間もなく両断され、受ける者は剣ごと叩き切られる剛剣中の剛剣。その剣音を聞いたものは確実にあの世に行けるバレットマンの必殺剣だ。構えただけで迫力が倍になった。立っているだけで精一杯なほど足がすくみ、手が震える。体中が命が惜しいと警告音を発する。


「シモニ。私がターゲットにしているのは泰河君だけだ。命が惜しいなら、逃げたっていいんだ。そこまでして彼を助ける必要があるのか?」


 シモニは後ろを振り返り、泰河の顔を見る。そして再びバレットマンに正対すると、覚悟を決めた。


「冗談言うんじゃねぇ。オレはここでお前を超えて、次の無敵の覇王になるのさ。それに、タイガはこのクソッタレみたいな世界を変えられる人間さ。命を懸けるに値する野郎だぜ!」

 

「そうか。」

 

 短く答えると、バレットマンは脱力した。嵐の前の静寂の如く、辺り一面が静かになる。そして今度はバレットマンから放たれる闘気が上昇気流を生み、周囲の大気を引き寄せ、渦を発生させる。まるで彼自身が一つの台風かの様だ。片手で大地をも裂く人間が、今度は両手持ちで放つ本気の一撃。威力は想像を絶する。シモニの手足の震えが止まらない。自分で選んだ道だ。覚悟を決めろ!


「いざ!天赦今世終鳴閃ッ!」


 目にも留まらぬ速度で突っ込んで来る。避けても死。受けても死。なら、やることは一つ。シモニは全ての触手をゴムのように限界まで引き締め、それを開放。バレットマンに全速力で突っ込んだ!避けられぬ死なら、自ら向かうのみ!予想外の加速でバレットマンの懐に入り、彼の柄の部分に頭突きする。振り下ろしが一瞬遅れたのをシモニは見逃さなかった。

 

「うおぉぉぉおおっ!」


 突撃の勢いのまま、シモニはバレットマンの胸に剣を突き刺した。


「あいつ、やりやがった!」


 一瞬の静寂の後、バレットマンは自分に刺さった剣を見ると、口角を少し上げた。


「そうだ、そうだとも。死を遠ざけるには、死に立ち向かっていくしかないんだ。」


 上体がゆらりと傾き、バレットマンは仰向けに倒れた。常軌を逸した生命力のおかげか、心臓を突き刺されてもなお、喋れるようだ。


「ふふ、よくやったなシモニ。あのちびっ子が、よくぞここまで・・・。」


 シモニの目には涙が溜まっている。勝利の余韻に浸るどころか、バレットマンに対して激怒した。


「なんでだよっ!なんで、こんな局面で天赦今世終鳴閃なんて打ったんだ!確かに、あれは必殺剣・・・。だけど、弱った相手や傷を負った相手にのみ必中する剣だ!アンタだってそれを分かってただろッ!なんでこんな舐めたマネするんだッ!」


「私はずっと、私に代わって王を討つ人間を探していたんだ。死をも恐れず立ち向かって行けるような人間をね。私は君を試し、君はそれを見事乗り越えた。だから、私は満足だ。」


「オレは今までアンタみたいになりたくて、無敵の覇王の称号が欲しくて、戦って来たんだ!死にかけても、罵倒されても、あきらめずやって来た!それなのになんだ!オレが望んでたのはこんな決着じゃないッ!」


「喚くなッッッ!」


 耳鳴りがするくらいの大声。死の淵にあってなお、とんでもない覇気を放つバレットマンにシモニは圧倒された。


「強さとは、称号に宿るものにあらず。ましてや、剣に宿るものでもないっ!強さは、自分を捨てても大切な物を守ろうとする、心に宿るのだ。」


 口から血を流すバレットマン。シモニは今にも泣き崩れそうだ。


「こっちに来なさい。シモニ。私は、もう家族に会う資格がないんだ。王のいいなりとはいえ、多くの罪もない人を手にかけてしまった。私の子供くらい幼い子たちでさえこの手で・・・。だが、君は違う。これから君は王を倒し、多くの人を救うんだ。私は知っている。君にはそれができる勇気がある。その勇気で、泰河君を助けてあげなさい。そして、私に代わって私の家族も助けてくれないか・・・。」


「守るさ・・・。守ってやるよ!」

 

 跪き、ボロボロと涙を流すシモニの頭をバレットマンが撫でる。強く、優しい手の平だ。


「ありがとう。いいかい。それと、家族を作りなさい。そうしたら、君はもっと強くなれる。守るべき人々の痛みを君は知っているんだから。」


「うん・・・。うん・・・っ!」


 どんどんバレットマンの力が弱まっていくのをシモニは感じた。


「弱者を名乗り国内を荒らす連中や、私たちの家族を自分のオモチャ扱いする王には心底うんざりしていたが・・・。最期に君たちに会えて良かった・・・。いつも・・・見守っているよ・・・・。」


 頭に添えられていた手が力なく地に落ちる。バレットマンの手は闘技場で見せてくれた闘志のように、死ぬ寸前まで熱かった。泰河が土を掘り起こし、簡易的な墓を作ってやるとそこにみんなで埋葬してあげた。バレットマンの剣はシモニが譲り受けることにし、墓標にはシモニの剣を代わりに差した。


「誰よりも優しい人だったんだね。」

 

「そうだよ。誰よりも強くて、優しかったんだ!本当に皆の憧れに値する、最高のヒーローだッ!」 


 そう言うと今までの思い出が溢れ出し、シモニはまた目にいっぱいに涙を溜める。泰河のマントにすがりつき、涙を流す。


「すまないっ・・・。もう少し、もう少しだけッ!こうさせてくれっ・・・。」


 広々とした荒野に夕日が沈んでいく。バレットマンの心のように晴れ渡った夕焼けは雲一つなく、嘘みたいに綺麗だった。

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