奴隷市場編
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そこからさらに二日かけ、目的の町に到着した。その名もドレースキタウン。農園地帯の中に位置する都市だ。近くの農村でとれた作物の売買が主に行われているが、遠くの街から仕入れてきた商品などもここに集まってくるため、もの珍しさに惹かれた人々がたくさん来ていてとても栄えている。ちょっと観光したい気持ちもあったが、まず、この町の領主とシャリーヌ王女に関する情報を集めなければならない。泰河は手あたり次第、町ゆく人に聞いてみた。
「ああ、ここの領主さまは大変いろんなことに興味をお持ちになる方でねぇ、欲しいものがあるとなんでも手に入れたくなっちゃうんだよ。町の中に立っている領主様の屋敷には、なんでも世界各地から集めたたくさんの財宝があるらしいよ。一度お目にかかってみたいねぇ。」
「その人がよくあらわれる場所とか知らないですか?」
「ああ、領主様なら週一で開かれる競りによく来られるよ。そこでは、国中の珍しいものが出品されるんだ。運がいいね、ちょうど今日、大広場で開催されるから、言ってごらん。きっと拝見できるよ。」
「ありがとうございます。ちなみに、この町で王女様を見かけたりとかはしてないですか?」
「うんにゃ、そいつはしらないなぁ。」
ちなみにこの後も、王女様に関する情報は一切出てこなかった。ううん。まあ、どんな領主がここを治めているのかだけでも見ておくか。言われたとおりに大広場の会場に向かう。競りの会場は屋外劇場のようになっており、出品された商品がステージに上がり、それを観客席にいる人たちが競売するというかたちだった。珍しい商品を自分のものにしたいコレクターが血眼になって争っていて、新しい商品が出てくるたびに会場は凄い熱気に包まれた。
観客席の中ほどに座り、競りの様子を観察するとともに偉そうな人を探したが、どうやらここの領主はまだ現れていないらしい。出品されているものには絵画、家畜、工芸品、珍しい鉱石など、バラエティがあり、確かに興味を引くものがいくつかあって面白かった。しばらく経ち、競りも佳境に差し掛かった所で会場の雰囲気が少し変わったことに気が付いた。
「さあ皆さんお待ちかね、ここからは奴隷の競売に入ります!国中から集めて来た良質な奴隷たちをご覧ください!今回はハーピィなどの種族を始め、美男美女が盛りだくさんですよ!」
手かせを嵌められた奴隷たちがわらわらと出てきた。種族は多種多様だが、美男美女ばかりだ。登場した奴隷たちを見て、観客は大盛り上がりだ。会場内に声が反響し、体が震えるようだ。
「たべるの?」
「食べないよ!お前ももともと人間だったろ!働かせたりするの!」
「そうそう、そうでした。」
「それにしてもなんで美男美女ばかりなんだ?」
隣に座っていたおじさんが会話を聞いていたのか、話しかけてきた。
「モスマン様が制度を変えてくれたおかげさ、今までエルフや天使族を奴隷にすることは政治圧力が強すぎてできなかったんだが、ここ数年でできるようになったのさ。連中は寿命が長いから、とっても大助かりだよ。ほら、この辺は農村が多いだろ?人手がいるから、長い間働いてくれる良質な奴隷が必要なのさ。」
「でも、人間もまだ何人かいるみたいだけど。」
「そりゃ、お金欲しさに身内を売る人間なんてまだまだごまんといるさ。それにね、容姿にかまけて偉そうにしてた連中を通報できるようになったんだよ。そしたら、憲兵さんがやってきて、奴隷にされちまうって話だ。最近奴隷の容姿のレベルが上がってるもの、そういう理由かもなぁ。まぁ、こっちとしてはありがたい限りだが。ヘッヘッヘ。」
実質魔女狩りみたいなもんじゃないか。人間、いつの時代もやる事は変わらないという訳ね。で、それがモスマンによってより一層加速してるのか。
オッサンとの会話に集中していると、突然会場がさらに沸き上がった。なんだ、何が起こったんだ?周囲を見渡すと、理由はステージ上ではなく、会場の出入り口にあった。
「サントス!サントス!サントス!」
会場から湧き上がる歓声。それを浴びているのはこの町の領主、サントスだ。スキンヘッドで強面なのだが、性格の悪さが顔に出ていて、どうも好きになれない雰囲気を漂わせている。数人のお付きの者を連れていて、いかにも偉そうにしている。
「よお!諸君。盛り上がっているようで何より!私の町を楽しんでくれているかな?俺がこの町を治める限り、この町をもっとビッグにしていくから、よろしくな!ケケケケッ~!」
さらに沸き立つ会場。やっている事は奴隷売買で最低だが、なかなかに市民からの支持は厚いらしい。サントスはステージ横の特等席にどっかりと座ると、会場を一望した。
「ふぅ、ここの盛り上がりはいつ見ても最高だな!なあ、ブングル。」
「ウス。」
サントスの後ろに立っている2mはあろうかという大男は静かに返事をした。重装甲の甲冑を着てはいるが、顔は黒いズタ袋で隠され、手足は鎖でつながれていることから、この男も奴隷だということが分かる。
「それにしても、競りの商品が代わり映えしなくなってきたなぁ。エルフの女なんかもいいんだが、毎日見てると流石に飽きてくる。俺のコレクター魂を刺激する何かがその辺に無いかなァ・・・。」
サントスは会場に来ている連中を眺める。ああ、俺もこいつらみたいに奴隷売買でエキサイトできる時代に戻りたいぜ・・・。などと思っていると、会場中央の冒険者の腰に見たこともない短剣が刺さっていることに気が付いた。
「あ、あれは!古今東西様々な名刀を見て来た俺だが、あんな装飾は見たことがない。剣の形はしているものの、それを感じさせない、子供の玩具のような遊びのある造形よ・・・。現代の質実剛健を是とする風潮に逆らう、この世に新しい風を吹かせる逸品だ!欲しい、ぜひ欲しい。」
サントスはがばりと立ち上がった。
「おい、お前!妖精を連れているそこのお前だ!」
泰河は周囲を見渡すが、他の誰も妖精を連れていないことに気が付く。
「お、俺?」
「そうだ!こっちに来い!」
唐突な展開に戸惑うも、領主に接近するまたとないチャンスだと考え、逃げずにボビィと一緒に壇上へ向かうことにした。会話する機会があれば、姫に関する情報がもらえるかもしれない。ただ、周囲の視線は気になるなあ。こんなに顔が知れてしまうと、この町に長期間いるのはいい意味でも悪い意味でもよくなさそうだなぁ。
「お声がけ頂き、ありがとうございます。」
「よお兄ちゃん、俺が興味があるのはお前のようなブサイクじゃない。そっちの短剣だ。」
くぅ~、性格悪ぅ!わざわざそんなこと言わなくてもいいのになぁ。
「お前、これをどこで入手した?」
正直に言ってこちらの手の内を明かす必要もないだろう。信じても貰えないだろうし。
「気が付いたら持ってたんですよねぇ・・・。家宝、家宝みたいなもんです。」
「へへへ、タイガ、うそうまいね。」
「だまらっしゃい!ボビィ!静かにしてな!」
「俺はこの国周辺ののあらゆるものを知っているんだけどよぉ、このようなモンはを見たことがねぇんだよ。ぜひ兄ちゃんには譲って欲しいんだけどサ、いくら出して・・・」
ペシペシ。ボビィがサントスのスキンヘッドを叩きだした。
「あんた、ふゆになるとちいさくなりますか?」
「ボビィ!何やってんだ!ちょっと大人しくしとけ!あと、その人はたまきんじゃないからな!」
これ以上悪さをされても困るので、泰河はボビィを空き瓶に詰めた。
「まあいい、所詮妖精のしたことだしなぁ。で、いくら出して欲しいんだ。」
「ですから、これは家宝でお譲りするわけには・・・」
「チッ。おい、憲兵、逮捕状つくれ。」
後ろにいた憲兵が返事をしたあと、何やら書状を書き始めた。
「あんた、何を?」
「俺は気に入ったものは何でも手に入れる。手段を選ばずにな。お前を通報したことで、お前は今後奴隷として扱われることになる。奴隷のものは、俺のもの。お前を牢屋にぶち込んだ後、そいつを貰っちまえばいいのさ。さっさとそいつをよこせば良かったものを。こんな仕組みを作ってくれたモスマン様には頭が上がらねえなァ。ブングル、気絶させて家連れ帰れェ。」
「ウス。」
しまった。ボビィは瓶詰めしたあとステージ脇に置いたままだ・・・。後ろにいた大男にぶん殴られ、泰河は意識を失った。
「サントス様、こいつの飼っていた妖精はいいんですか?」
「いいよ、妖精なんざ。虫取り網もって森に入ればすぐ捕まえられらァ。」
こうして泰河は意図せず領主の屋敷に連れていかれることになった。
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冷たい地面の感触と、反響する水滴の音で泰河は気が付いた。目を覚ますと、頑丈な鉄格子、微かに灯るロウソクの火、簡素なベットが目に入る。それらから推測するに、地下牢の中にの中に閉じ込められているということを悟った。腰を触ると、さっきまで持っていた短剣がない。もうすでにサントスに奪われてしまったようだ。
「しまったな、リライ刀さえあればなんとかなるだろうが、あれが無ければ何もできないぞ。俺は別にピッキングが得意なわけでもなければ脱獄に関する知識もない。非常に不味いっすね~。」
独り言を言いながらここから抜け出すための方法を考える。ボビィが来てくれたら一番いいが、あいつも監禁されている可能性もあるし、もしかしたらずっとあそこに放置されている可能性もある。泰河は保険をかけずに行動していた自分の愚かさを戒めた。
「脱獄するのは諦めた方がいいよ。お兄さんも見たでしょ。ブングルっていう物凄い強い人がここの敷地を監視してるんだ。」
「うわぁ!」
突然話しかけられて泰河は飛び上がってしまった。しかも声は檻の外からではなくて、内側から聞こえてきた。暗くて見えないが、よく目を凝らすと、ボロっちいベットの上に誰かが体育座りしているのが見えた。
「何人か隙をついて脱獄しようと試みた人がいたけど、みんな失敗して殺されちゃった。ここは売り飛ばす前の奴隷を入れておくための牢屋だから、生き残りたいなら何もしないのが正解だよ。奴隷になっちゃうけど、それでも、太陽の日はまた拝めるんだから。」
言葉一つ一つが花びらのように柔らかく、澄み切った声色。声の質的に、女の子だろうか。
「き、君は誰だい?」
ベッドからぴょんと降りると、ペタペタと裸足の足でこちらに歩いて来た。少女の姿があらわになる。彼女はまるでおとぎ話から抜け出してきたかのような、可憐で華奢な体型をしていた。柔らかなカールがかかったブロンズの髪。大きく、澄んだ茶色の瞳。
「ボクは、ローグレス・バーター。ここで、運ばれて来た人たちの手当てをしているんだ。お兄さん、頬っぺたの調子はどうだい。まだ痛む?」
「そ、そういえば全く痛まないな。失神したくらい物凄いパンチを食らったはずなのに。君が手当してくれたのかい、ありがとう。」
「礼には及ばないよ。どうせ、市場で高く売れるようにやれって命令されてるだけだから。ボク、魔法が使えるんだ。回復魔法と、防御魔法だけだけど。だから、ここで重宝されてるし、まだ売り飛ばされずに済んでるんだ。」
彼女の肌は透き通るように白く、ほのかにピンクが差す頬はまるで花びらのように柔らかそうだ。服装も薄い布一枚で、童貞の泰河にとっては女の子であっても大変刺激的だ。これなら、見えてない方が良かった!美少女キター!と心の中では思いつつも、必死に自分を抑える。こんな子に手を出したらポリスメンに捕まっちまう!
「そ、そ、そうなんだ、君もたいへんなんだねぇ。君は、どうしてここにいるの?」
「ボクは奴隷狩りに会っちゃったんだ。前までは町で家族と暮らしてたんだけど、告発制度が始まってから、なぜか僕たちも通報されちゃったんだよ。何にも悪いことはしてないのにね。お父さんが家族を守って死んじゃった後、お母さんと、お兄ちゃんと森の中に静かに暮らしてたんだけど、それもまた束の間で、奴隷狩りに襲われてここにいるのさ。」
「そんなひどいことする連中がいるのか。」
「うん。特に今は他国との戦争中でしょ。兵隊さんもあまり国内に残っていないから、そういう連中が暴れてるのさ。そういう連中から家族を守るために一生懸命お兄ちゃんと防御魔法の練習したんだけど、MP切れしちゃって、結局さらわれちゃった。お母さんとも、お兄ちゃんともはぐれちゃって、今二人がどうしているのか分からないな。」
し、しまった!この会話が地雷原に繋がっているとも知らずに、興味本位で聞いてしまった。こんな年のお嬢さんがこんな辛い過去を持っているなんて、本人は今にも泣きたいだろうに・・・。ここは、年長者として元気づけてやらねば!
「お嬢さん。辛かったろう。でも、俺が来たからにはもう安心だ!俺は美の女神ファロディーネ様から遣われし勇者、泰河だ!授かったリライ刀を駆使して、この国の悪いやつらをバッタバッタとなぎ倒してやる!実際、おれはモスマンのラリアットを食らってもびくともしなかった!最強、最高の勇者だ!」
「ふ~ん。で、お兄さんその剣っていうのはどこにあるの?」
「取られた。」
「そんなもの無いんじゃないの?」
「本当だ!ちょっと油断して取られただけで、本気をだせばここの領主くらいササっとぶっ飛ばせるんだ!」
「大事な剣取られちゃう人が、最高の勇者ねぇ。」
く、くそっ、この子、案外精神年齢が高いな。これじゃこの子を馬鹿にしてるみたいじゃないか!
「はははっ。お兄さん、面白いね。もしその話が本当なら、アドバイスしてあげるよ。君の名前はタイガっていうんだね。よろしく。」
「あ、ああ。よろしく!」
「ボクは何度かこの牢屋の外に出たことがあるから、ここの建物については詳しいよ。だから、脱獄したいときのルートとか、教えてあげられるかも。」
「おお、助かるよ!」
「それから、タイガは本当のボクを知らないみたいだから、教えてあげるね。」
「な、なにが?」
「ボクのこと、『お嬢さん』って言ったでしょ。人を見かけで判断するのは良くないって、知ってるよね。だから、ちゃんと、確かめてみる?」
そう言うとローグレスは胸元を少しはだけさせ、いじわるそうな顔でこっちに近づいて来た。なッ!何ィィーーーーーー??今、何と言ったんだ・・・バカなッ!こ、こんな可愛い子が「男」なのかッ!い、いや待て!落ち着け!ただ単に『お前が思っているほど子供じゃないぞ』という意味の発言かもしれないッ・・・!馬鹿いえッ!こんなおしとやかそうな子がそんなことするはずないだろうッ!お、落ち着くんだ・・・。もっとよく観察して、奴の行動の真意を見極めるんだッ!
唇は淡いピンク色・・・。妖精のように華奢な体・・・。そしていい匂いがするッッッ!この際、男でもいいんだッ!ちんちんなど「飾り」に過ぎないッ!いかんそうじゃないだろう!だが、俺の理性のタガは今にも外れそうだッ!こんな可愛い子が俺の目の前に来ることなんて今までの人生であったか?いや、ない!この子に触れたら犯罪だろうが、警察もぶっ飛ばせばいいだけの話だ!
「~~~ッ!うぉぉおお!俺はやるぞーー!」
「なにを?」
「えっ、誰っ?」
ふと檻の外を見ると、ボビィがいた!しかもリライ刀ををもって!
「せっかくからかってたのに、タイミング悪いなあ!」
「そうだぞ!ボビィ~~~ッ!こういう時はもうちょっと遅く来るんだ!」
ボビィはあの後近所の子供たちに瓶の中から救出されたそうだ。
「ばかじゃないの!おれ、はんけつになった。」
「『酸欠』ね。瓶の中に閉じ込められてケツ出してたらただの変態だよ!」
「うるせーばか。」
「ま、まあ今回は俺も悪かったな。すまん。でも、どうして俺のリライ刀場所が分かったの?」
「おれのざんにょうつけた。」
「ざんにょう?あ、くっさ!ホントに残尿ついてんじゃねえかよ!そこは日本語間違っててくれよ!」
いつの間につけてたんだ。正直めちゃくちゃ洗いたいがこういうこともあるからそのままにしておこう。
「ボビィ、この子はローグレスだよ。回復や防御魔法が得意なんだ。」
「ボビィ、よろしくね。」
「ウへへへへへへへ。」
ボビィも下心丸見えじゃないか。
ちんたらしている暇はないので、夜の内に脱出しなくては。さっさとリライ刀を受けとり、鉄格子を「こんにゃく」に変える。
「えっ!え~~~!タイガの言ってたこと、本当だったんだ!すごいよ!」
「どうする、ローグレス。俺と一緒にここから出るかい?」
「うん。ボクはお母さんとお兄ちゃんを探したい。一緒にここを抜け出そう!」
ローグレスの柔らかい手を取り、一緒に牢屋から出る。うははは。これが役得というものよ。ボビィが下って来た階段みつけ、上り始める。
「ローグレス、上り切ったらどっちにいけばいい?」
「右手に裏口があるから、そっちから出よう!正面に比べたら警備が手薄で、逃げ切りやすいはずだ!」
しかし、地上着いたとき、状況は普段と変わっていた。
「サントス様のコレクションが盗まれた!総員、敷地内を捜索せよ!この周辺にいるはずだ!」
状況が悪くなった。ローグレスが知っているより警備が多くなっている。裏口も人が多すぎてこれじゃあ突破できない。四方に囲まれた壁の上には警備が立っていて、壁に近づくことすら難しそうだ。
「どうするか、地下牢にいた他の連中も解き放って混乱させるか。」
「あの人たちは基本何の罪もない人だよ。殺されちゃうのはかわいそうだよ。」
「分かった。作戦変更だ。あの中央に立っている塔は人は結構いるのかな?」
「あそこはサントスの住居になってるんだ。基本兵士の立ち入りは認められていないから、サントス以外に見つかる可能性はないけど、どうするの?あそこは敷地の真ん中だよ。」
「リライ刀の出番さ。塔の頂上まで登ったら、俺らを『空気』に書き換えるんだ。後はボビィに飛んで行ってもらう。簡単さ。」
重さは変更後の物質によることは森の中の実験によって実証済みだ。
「なにそれ、面白そう!」
子供相当の反応がめちゃくちゃカワイイ。ログたんまぢ天使。兵士の目線をかいくぐって、塔にたどり着き、一気に駆け上る。言われていたとおり、中はほとんど無人で、誰もいなかった。すんなりと最上階まで来ることができた。
「この上が屋上だよ。この部屋を抜ければ、もうすぐさ。」
「はぁはぁ、その前に、呼吸を、整えさせて、くれないか、喉もからからで、吐きそうだ。」
「だせぇ、だせぇ。」
一呼吸置いた後、扉を開く。最上階は広間になっていて、サントスのコレクションが飾られている。金銀財宝とまではいかないが、芸術作品や年代を感じる家具などがおいてあり、なかなかシックにまとまっている。そんな中、サントスが窓際に佇んでいた。
「よぉ。俺のコレクションが盗まれたとかいって下が騒がしかったが、やっぱりお前らの仕業だったかァ。俺もたかが妖精一匹と侮らずに、さっさと殺っちまうべきだったなァ。」
「おかげさまでこの剣を取り戻せたよ。さぁ、痛い目見たくないならさっさとどいてくれ。」
「まぁまぁまってくれや。せめてその剣がどのくらい凄いのか見せてもらえんかねェ。俺もコレクターの端くれ。とっても気になるなァ。」
見たけりゃ見せてやるよと剣を抜き意気込んだその瞬間、轟音とともに天井が落ちて来た。
「な、なに!」
現れたのはブングルだ!屋上で待機していたのか!
「おいブングル!派手にやれとは言ったが戦闘前にしてはやりすぎだ!」
「ウス。」
「さて、ローグレスちゃんもそこにいるみたいだがいいのかなァ、俺に逆らっても。」
「あんたの言いなりになるのはもうやめたんだ。ボクは家族を探しに行くよ!」
「せっかく長い間可愛がってあげたのになんだいその言いぐさァ。」
「タイガみたいな人はめったにこない。ボクは彼に賭けたんだ!タイガが負けるなら、ボクはどうなっても構わない!」
「まあいいさ、ブングル、三人まとめてやっちまえ。」
「ウス。」
ブングルは剣を抜くと、前方に構えた。
「狂奔規定。」
剣身を地面と平行にし、右手はグリップを、左手はガードを握り、完全なる刺突の構えをとった。突っ込んで来る気か。構えた姿はまるで野生のサイでも相手にしているくらいのプレッシャーを放っている。知らんけど。コイツは一体どれくらいの速度で来るんだ。
そして、グッとふくらはぎに力を込めたかと思うと、予想どおりダッシュでこっちに突っ込んできた!早い!暴走した軽自動車くらいの速度がある!動きは直線的だが、多少誘導されてこっちにやってくる。三人は紙一重で回避する。
奴の体力がどれほど持つかは分からんが、こっちにもちんたらしてる時間はなさそうだ。なんせ、こっちはインドア派だからな。何回もさっきの回避ができるとは思わない。
「おい、さっさとアップを終わらせろ。」
何?またブングルが突っ込んで来る。さっきよりも速い!どうにか回避するがさっきよりも余裕がない。
「? 痛っ。」
ブングルの甲冑にかすった部分があざになっている。さっきのは軽自動車だとするなら、これは新幹線だ!初速でほぼトップスピードになるので、想像以上に回避しづらい。
「えっへっへ~。やべぇ、やめとこう。」
さっきまでは反撃の機会を伺っていたボビィだが、すっかり縮こまってしまった。どのみち、素手じゃあの重装甲に対して有効打は与えられないだろう。攻撃手段をもたないローグレスも、お手上げ状態だ。
「ごめんタイガ、ボクは杖がないと魔法の出力が全然でないんだ。あの物理攻撃を耐えるとなると、ボクの周りしか守れないよ。」
「いいよ。部屋の隅でボビィを守ってて。俺がなんとかするから。」
どうにかして奴に近づき、リライ刀で特性を書き換えたい。突進が自慢なら、突進できない様に質量の軽い物体にしてしまえば無力化できるはずだ。空気、綿、それこそ水素なんてどうだろうか。だけど全然近づけない。突進終わりの振り返りを狙いたいのだが、俺から遠い位置で突進が終わってしまう。手だてを考えなくては。手元にちょうどいい大きさの絵画があった。
「チタン!」
また奴が突っ込んでくる。さっきよりさらに速い。もはや避けるのが困難と悟った泰河は、絵画を盾のようにして、ブングルの突きをいなした!
「お、思ったとおり。かわすのは無理でも、いなすことはできる。しかも上手く剣をいなせば、剣自身の重さでブングル自身もそれていくぞ。」
「へェ。物の性質を変えられるのか。いいねェ。ますます欲しくなったぜ。」
しかし、攻めに回れるようになったわけではない。手や手首に与えられるダメージが蓄積していき、じりじりと追い詰められる。
「おい、どうしたァ。反撃しないとやられちゃうよォ。」
サントスが勝ち誇った表情で煽ってくる。
「どうしよう。タイガの近くまで行けば回復魔法を使えるけど、こんななか近づくのは難しいよ。」
「部屋の隅で這いつくばってるそいつをさっさと始末しろォ!」
「ウス。」
いつの間にか泰河は壁際に追い詰められていた。容赦なくブングルが突っ込んで来る。
「違うさ、待ってたんだ!壁際で攻撃を受ければお前は壁に刺さるか減速せざるを得ない!それはリライ刀を使う絶好のチャンスだ!追い込まれてたのはお前の方だ!」
「何ッ!ブングル、罠だ!何とかしろぉ~!・・・・なんてな。」
ブングルは壁際に近づくにつれて、減速するどころかむしろ加速した!そして、水泳のクイックターンの要領で空中で上体をひねり壁を蹴ると、そのままの勢いで反対方向から突進、泰河に直撃した!
「な、何ィ~~~ッ!」
泰河は身をよじりブングルの攻撃を躱そうとしたが右わき腹に攻撃が当たり、出血する。
「ブングルは喋れないが馬鹿じゃねェのよ。こいつの突進はむしろ屋内でこそ輝く。数年前アリーナで大金はたいて買ってよかったぜ。」
「くそ~っ。」
決して浅くない傷を負ってしまった。自信のある策だけだっただけに、精神的ダメージも大きかった。
「ブングル、フルスピードでいってさっさと3人を始末しろォ。」
「ウス。」
ブングルは一直線には泰河に向かってこなかった。壁から壁へ、天井から床に向かってターンを重ね、その速度をどんどん加速させていく。音速に近づき、もう人の形とは視認できない!
「いいぞ、ブングルゥ!もっと加速しろ!・・・ん?グバァーッ!」
サントス自身もソニックブームにやられてやがる、ざまぁみろ!だが、次は俺だ!全速全開フルパワーの突進が来る。泰河は盾を構えるも、その直撃をもろに受けてしまった!壁に吹き飛び、激しく全身を強打する。壁にズルズルと倒れ込んだ。
「タ、タイガ~~~ッ!」
何とか上体を起こすが、泰河に返事をする余裕はない。
「つ、次はてめぇらの番だぞ、ローグレスゥ。次で勇者様、死んじゃうからなァ。」
ブングルが再度加速していく。朦朧とした意識のなかで、サントスのやられ声が聞こえる。ブングルが再び音速を突破した合図だ。奴はここで確実に息の根を止めにくる。泰河は死を覚悟し、今までの人生を振り返る。そして、決意を固めた後、何を思ったか、ブングルに背を向けて走りだした!
「タイガ?な、何を?」
「ざまぁみろ!勇者様が逃げたしたぞ!情けねェ~~~ッ!」
最後のクイックターンが終わり、背後からブングルの突進が泰河の心臓を目掛けて迫ってくる!
「タイガ!危ない!」
ここで泰河の口角がニタリと上がった。
「逃げてるんじゃない!後ろの壁を、『紙』に変えていたんだ!」
「!」
気づいたときにはもう遅かった。ブングルは急ブレーキをかけ、止まろうとするが、最高速まで到達してしまった勢いは殺しきれない。泰河は後ろの壁をリライ刀でそのまま破くと、その切れ端にしがみついた。破れた壁はブングルの速度を受け止めることができず、びりびりと破け、ブングルは音速で屋外に放りだされた。
「ウオオオォ!」
ブングルは全員の視界からあっという間に消えてしまった。予期せぬ一発退場にサントスが落胆する。
「ば、馬鹿なぁ。俺の、ブングルがァ・・・。」
一方で、泰河は命からがら、紙をつたって部屋に登って来た。崖から上りきると、部屋に仰向けに倒れ込んだ。
「敵に警戒されないように一発もらう必要があったけど、流石にキツすぎた・・・もう、死ぬ・・・」
視界がぼやけ、意識が朦朧とする中、可愛い天使のようなものが見える。とうとう天界からお迎えが来たのかと思ったらそれはローグレスだった。
「タイガ!今治すからね!」
目に涙をいっぱいに溜めながら一生懸命治療魔法を使うローグレス。バキバキに折れていた背骨などが速攻で回復する感覚が気持ちい。回復魔法ってこんなに気持ちがいいものなのか。ヤバイ。これは病みつきになりそうだ。
「治療魔法なら杖なしでも使えるんだ。偉いでしょ!」
エロいとかじゃなくて、もう尊い。汗をいっぱいにかいて頑張るローグレスを見て俺は成仏しそうになった。ちくしょう、なぜ俺はスポイトを持ってくるのを忘れたんだ。一滴あればアフリカの子供たちも救えるでしょ。
怪我の治療と並行して、サントスに手錠をかけて拘束する。鉄を飴細工に変えて固まるまで待つ。その間ボビィに見張って貰った。
「おい!サントス!お前のところにシャリーヌ王女が至って聞いたが、どこにいるんだ?」
「あ?あの王女なんかはとっくの昔に売っちまったよ!俺のコレクション強化に色々金が必要だったんでなァ。」
「お、おい!奴隷でもないのにそんなことよくできるな!」
「どうせあいつが生きてたところでモスマン様の政敵になる可能性が高いんだ。あんな爆弾になりかねない女、俺が抱えとくメリットないだろ!モスマン様には処罰されるどころかむしろ褒められちまうくらいだぜ。」
「ど、どんな相手に売ったんだ。」
「ここから西に行った所にある闘技場のオーナーに売ったよ。ブングルとトレードだっていうから、多少はまけてやったがね。王族も見に来る由緒正しい闘技場って箔が欲しかったんだとさ。その後は、知らねえな。」
む、むぅ~。ここはスカだったか。まあ、最初から上手くいくわけないし、しょうがないか。
「タイガ、サントスは生かしておくの?」
「ああ、そうだね。こいつはやっていることはクズだけど、それでも町のみんなに慕われてる。下手に痛めつけたりしたら、この町の関係者全員を敵に回しかねないだろ。こんな世の中じゃ、むしろ俺たちの方が邪魔者で、間違っているのかもしれないね。」
「そうなんだ。」
それに、みんなの前じゃ言えないが、こいつは一つだけとてもいいことをした。それは、ログたんと一緒の牢屋の中に俺を入れたことだ。実際グッジョブとしか言いようがないッ!それに免じて許すッ!これは漢の秘密だっ!
「タイガ、タイガ、てが、せいちょうした。」
「『手錠した』ね!手が急に大きくなったら恐ろしいよ!」
「そうそう。あってる。」
「よし、怪我も治ったし、警備がやってくる前にとっとと逃げよう!ボビィ、よろしく!」
リライ刀で俺たちを「綿毛」に変える。あんまり軽い物体だと逆に制御が難しそうだ。下手したら大気圏まで飛んで行ってしまうかもしれない。ボビィに掴まり、塔から離陸する。
「わっ、わっ、凄いや!飛んでるよ!」
「キリッ。危ないからしっかりと俺に抱きついていなさい。」
そこまでの速度はでないが、ゆっくりと、屋敷の境界線を越える。この時点で兵士たちに気が付かれていないから、多分大丈夫だろう。もう気が付いたら明け方になっていた。東の方角にそびえたっている山の端がうっすらと白んできている。高い人工物もないこの世界だから、空からみるこの光景はなかなか幻想的だ。さらに、森の間を吹く心地よい風が頬を撫で、すがすがしい。
「うわぁ、久々に外に出てみたけど、綺麗だなぁ。ねぇねぇ、タイガ、今後もまだ冒険続けるの?」
初めて見る景色に胸を躍らせるローグレス。輝く目で泰河を覗き込んだ。
「え?まあ、目当ての姫様に出会うまでは、当分続けるよ。」
「じゃあさ、ボクも一緒について行っていい?」
「もちろん!旅の仲間にヒーラーがいるのはとっても心強いよ!」
「やったぁ!」
ローグレスが俺の近くに寄り、俺をぎゅっと抱きしめる。
「これからも、タイガのこといっぱい元気にするねっ。」
柔らかな唇から発する囁きが耳を撫でる。耳元で感じるその微かな息遣いが、まるで魔法のように俺の心をくすぐった。この子、やっぱり只の人間じゃなくてサキュバスの末裔なんじゃないかしら!
「やばいやばい!空中で前かがみになると、姿勢が保てない!」
「ワハハ、タイガのちんこちっせえ。」
「だっ、黙れボビィ!」
「うわっ、おちるよばか。」
「ボビィ、もっとやって~~!」
こうして一同は次の目的地に向かうのだった。
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