ラスボス編
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泰河は水の中に沈んでいく。しかし途中から水の中にいるという感覚は無くなり、 無重力空間を浮遊しているような感覚に変わった。
泰河はパフパフできなかったことを非常に残念に思っていた。はぁ。このモチベーションの低下はこの任務の成否に大きくかかわる。そうなったとき、あの女神は責任をとってくれるのだろうか。自分の世界の危機がかかっているのに、自分の乳くらい差し出さないのはおかしいだろ。もう終わりだよこの国。しかもおっぱいに気を取られて、肝心のどこで何をすればいいかを聞きそびれてしまった。これじゃあ向こうについてもなにをしたらいいか分からないじゃないか・・・
沈み始めてずいぶん経つが、あとどれくらいかかるんだろうか。もう3分くらいは経っているはずだ。だんだん無重力の感覚が気持ちよくなってきたし、ちょっと寝てしまおうか・・・・。否!なんか苦しくなってきた!気づけば周りに魚とかが泳いでいる。転生先は水中なのかよ!約3メートル上に水面が見える。アカン、めっちゃ苦しい。転生後1分で死亡は洒落にならんぞ!もがきながら水面を目指す。
「ぶはっ。」
顔を出した先はまたもや噴水の中だった。しかし今度は庭園の中だ。しかも辺りを見渡すと、途轍もなく広い。小学校5校分の運動会が一斉開催できてしまいそうだ。色とりどりの鮮やかな華、しっかりと手入れされて角が立っている植木。雑草が一本も生えていないチューリップ畑。雰囲気から察するに、ここは、相当立派な方が所有する宮殿に違いない。なるほど、流石に女神様、手筈がいいな。ここで最初の準備を整えるために、協力者となる人物の下に飛ばしてくれたんだな!
庭園を歩いてしばらく経つと、甲冑を着た警備兵らしき人達がいた。ちょうどいいや!この屋敷の主を探す手間が省けた!この人たちに案内してもらおう!駆け足で近寄り、手を振った。
「おーい!異世界から転生してきた、スーパーヒーローでーっす!この糞ったれな世界を、正しに来ました~!」
ガシャン。3分後には拘束具を取り付けられ、牢屋にぶち込まれていた。ええええええ!な、なんでこんなことになってんの?しかも俺につけられてるコレギロチン台に連れて行かれる人が着ける奴だよね!何?開始1日目で異世界生活終了?『多分これが一番早いと思います』をやってる場合じゃないよ!
牢屋の前には2人の兵士が番をしている。比較的優しそうな方に話しかけてみる。
「あ、あのぉぉお・・・。す、すみません。この後僕ってどうなるんですか?」
お兄さんは満面の笑みでこちらを向くと、
「うん。死刑!安心していいよ!死刑はギロチンで執行されて、痛みはほとんど感じないから!優しくするね!」
おいぃぃ!そういうお約束は期待してねえんだよ!優しくするねじゃねえよ!待遇をなんとかしてくれよ!世界一無駄な気遣いだからね!それ!
「ちなみにそれはいつ行われるんですか?」
「1時間後さ!」
「即日?仕事が早いんですね。あはははははは。」
終わった・・・・。白く燃え尽きる泰河。泰河の来世にご期待ください!
1時間後て・・・。俺の服選びより早く決まるやん?俺の死刑・・・。
リライ刀はオモチャみたいな外見が幸いして、没収こそされなかったものの、この拘束具がつけられたままじゃ使いようがないよう。絶望し、檻の隅っこの方で消しカスになる泰河だったが、その直後、背の高いスラっとした男が入室してきた。
「立て!不法侵入者!命により、我が君がお前に会って話がしたいと仰っている!」
「た、助かった・・・」
「運のいいやつめ!我が君に無礼のないように口臭対策にこの草でも食っとけ!」
流石にそうだよね。俺のミスでもないのに転生先でいきなりゲームオーバーなんてことになるはずがないんだ。泰河は安心したが顔は涙でくそ汚くぐちゃぐちゃになっている。さらに兵士に口臭対策にハーブのようなものを口に突っ込まれ、泰河は土砂降りの中に一日放置されたヤギの様なありさまになっている。
「私はエドリック。我が君の要望により仕方なく対応しているが、本来はこういうことはあってはならない。万が一我が君に無礼をはたらいたら、反対を押し切ってでも死刑を即執行してやる。」
彼は王の側に仕える側近だそうだ。その姿はまるで彫刻のように整った堂々たるものだ。背が高く、すらりとした体つきは彼の鍛錬された身体を示し、常に自信と威厳を漂わせている。
エドリックに連れられて彼らの主君への謁見の場に案内された。その道中、泰河は宮殿の豪華さに圧倒された。正面には、高くそびえる塔と精巧な彫刻が施されたファサードや、金箔が輝く装飾が散りばめられている。こんな広大な大理石の階段なんて、映画のセットでしか見たことがないぞ。一体、ここの宮殿の主とは。
途中、俺の死刑に使うギロチンの刃を研いでいる連中に出くわしたので、アゴをしゃくらせて彼らをおちょくるように横を通り過ぎた。
「お待たせいたしました!我が君!こちらが先ほど捕まえた国家転覆を企てる不法侵入者であります!」
「あら、野蛮な男と聞くから、もっとむさ苦しい感じの男かとおもったら、結構顔は可愛げがあるじゃない。」
広い空間に案内されると、王が玉座に・・・ではなくメリーゴーランドに座っている!
「初めまして。私はこ・・・・・・。そういう訳だからアナタ・・・・・・・・・・。ていうことなの。」
メリーゴーランドの向こうに行ってる間何言ってるか全くわからん!
「あの、私も同席してもよろしいでしょうか。」
「アナタ、失礼ね。まあいいわ、異世界人らしいし。乗りなさい。」
泰河はメリーゴーランドに乗り込み、となりの白馬の上に座る。 う、うわぁ、いかにもって感じの人がでてきたな。猫なで声で女っぽく喋ってはいるが、男だと分かる野太さの残る声。190センチはある背丈に若い娘のウエストくらいある太い腕。サンタクロースみたいに立派なあごひげ。今にもラグビーの試合に出場して選手を2、3人ぶち殺した後にハカでも踊りだしそうな威圧感。にもかかわらずまとっているのは女もののドレス。顔には厚い化粧を施している。その異様な容姿に泰河は汗を垂らさずにはいれれなかった。
「はあぃ。この宮殿の主にして、この国、ポリ国の現女王。モスマンよ。転生者をひっ捕らえたって聞いたから、面白い話が聞けるかと思ってあなたを呼んだのよ。」
「お初にお目にかかります。日本という国から来ました。足立泰河ともうします。」
なるほど、ファロディーネが言ってたことはどうやら本当のことの様だ。初めて会った王様がトランスジェンダーだなんてそうそうない。同時に、この宮殿がなぜこんなに豪勢なのか合点がいった。一国の長の住まいなら、この豪勢さは納得である。それにしてもモスマンて。女王についてていい名前じゃないだろ。それに、なんだあのガタイ。椅子が可哀そうになってくるくらいだ!俺が椅子だったら泣いてる!
「ああ、何人かその国から来たことあるわよ。たしか、あなたで3人目。」
「そ、そうなんですね!それは意外だなぁ~。」
「で、アナタ。この国で革命を起こしたいって、本当?」
ギクーッ!どんな立場の人がここに住んでいるか知らなかったとはいえ、迂闊に口走るべきではなかったぜ。
「いいいいいいい、いえいえ。今殿下の治世で、その平穏を乱そうとする連中がいると聞いたものですから・・・。そいつらを倒して、世の中を正そう!っていう意味ですよ。決して、殿下に逆らおうとしたわけでは・・・。」
「あら、そう。それをきいて安心したわ。ホントに最近私に歯向かおうとする連中が多くて嫌になっちゃうわ。私だって、苦労して今の安定した国を作ってきたのに、それを台無しにするなんて、酷いわよね。」
話が分かる人で良かった~!意外とすんなり受け入れてくれたぞ!ここはちょっとおだてる感じで行ってみよう。俺が社会人になって身につけたゴマすりスキルをとくと味わえ!自分にベロベロに酔わしてやるわ!
「酷いですね!許せませんよそんなやつら!私もぶん殴ってやりたいくらいですよ!ちなみになんですけどぉ、初めてお話を聞いた時からモスマン様もこと憧れててぇ、もっとカッコいい部分を知りたいのでぇ、もしよかったらモスマン様のポリ国における偉業や武勇伝をお聞かせ願えますかぁ・・?」
「そうね。私がこの国の女王になってから全ての国民が等しく活躍できるように努力してきたわ。以前、この国では容姿の優劣によってどんな側面においても得をする、そんな国だったの。例えば、容姿に優れるエルフや天使族、人間の美男美女の家系、そういった人は優先的に重要な役職に当てられたし、いい仕事の機会をもらうことができたわ。」
現代でもよくある話だな。でもそれは広告塔としてイメージアップのために仕方がない側面もあるだろうが。交渉の場でも、誠実そうであるっていう印象や、逆に相手に舐められないような外観は武器になるからな。
「でも、それは容姿に恵まれなかった人たちにとって不公平だった。自分の努力でどうにもならない部分で差別されるなんて、見えない身分を押し付けているようなものよ。さらに、これにはもっと悪い側面もあった。皆上っ面しか見なくなったのよ。容姿さえ良ければ、得をする。こういった考えが流行り始めた時から、国民は土を、鉄を、そして自分の本質すらみることを止めて、自分の外面だけを意識するようになった。そこからの国の産業の衰退は当時かなりひどかったのよ。」
泰河は黙って聞いている。
「そんな苦悩をしていた私に、ある日突然天啓が来たの。『虐げられている国中のマイノリティを助けなさい。さすれば国は栄え、永久に繫栄する。』と。この国で同性愛はご法度だったけど、自分を自由に表現できないっていう点で、可哀そうな容姿を持っている人や差別されている人種の人と同じ苦しみを味わっている人たちだから、当時王子だった私は立ち上がり、彼らを助けることに決めたわ。」
こ、これがファロディーネの言っていたニジイロオカチヒメの影響かぁ。この人も根は真面目そうだし、うまいこと神にそそのかされてしまったに違いない。
「そ、そうなんですね。やっぱり、聞いていたとおり、優しく、勇敢な方なんですね!」
「そうなのよ!私ってば『ちょっとやりすぎよ!』って言われるくらい行動することがあるんだけど、そこを取柄だと思って勇気を持って頑張ってきたのよ!そうだ、やだ、せっかく客人が来たのにおもてなしするの忘れちゃった。アナタ、ジュース飲む?エドリック、持ってきて。」
「あ、ええ。せっかくなんで、いただきます。」
なんだ。結構気さくな人で良かった。外見から判断すると、なんかちょっと偏った考えをもったような人だと思ってたけど、話を聞いてみるとちゃんとしてるじゃないか。少し打ち解けられるような気がするぞ。
暫くすると、エドリックがガラスボウルとフルーツの盛り合わせを持ってきた。あれ、ジュースじゃなかったっけ。まあ、異世界と元いた世界でジュースの定義に違いがあるのかもしれないな。そう考えていると、モスマンはおもむろにココナッツを持ち上げた。それをガラスボウルの上まで持ってくると、なんとそのまま握りつぶした!
「~~~~っ!」
驚愕と恐怖で言葉にならない声が出た。ボタボタと垂れる汁をボウルに入れるモスマン。かと思うと今度はパイナップルをグシャリと握りつぶした。言っときますけどね、それそうやって食べるやつじゃないんですよ。ナイフとか使ってようやく食べるものなの。
「うん。特製ジュースが美味しそうにできたわ。さあ、どうぞ。」
「あ、ははは・・・飲むのがもったいないくらいですねぇ・・・」
「飲め。」
「は、はいぃぃぃ!」
う~ん。とっても南国テイストでフル~ティ。が、生暖かいし、あとちょっとオッサンの腕毛入ってんよ~。
「それでね、天啓のとおり行動したら本当に上手く行っちゃうわけ。今までいた連中全部追い出してやる気のあるブスたちをたくさん起用したおかげで荒れていた国内は最盛期を超える勢いで復活していくし、同性愛者がこの国の雰囲気を明るくしてくれるわけ。これは他の国にも広めなくちゃってことで、この国とった勢いで他国もめちゃめちゃ攻めちゃった。」
「Wow。」
「えっとね~。去年は3か国くらい落としたかな?それで今年はようやく1こ目が落とせそうなんだけど~・・・」
「我が君!準備が整いました!」
会話を遮るように兵士がモスマンに報告しに来た。
「あら、結構早かったのね。っじゃあ行きましょうか。アナタもこっちに来なさい。面白いものが見られるわよ。」
言われるがままについていく。中庭に到着すると、三人の男女が1本の丸太に縛り付けられている。
「えっと・・・モスマン様、これは一体・・・」
「こいつらね、美人を使ったエロ広告とか出したり、劇の主演俳優に白人しか使わないって発言したりしたの。奥にいる面がちょっといい女は前王の時代に容姿だけで主要ポストについてたやつ。ま、政治犯ってことにしとこうか。」
「ということはこれは・・・」
「うん。処刑。たまには兵士のこいつらにも見せしめしとかないと規律が乱れちゃうでしょ。」
そう言うなり、モスマンは3人の方に駆け出し、モスマンのクマさんのパンツが見えた!モスマンは走りながら右腕の袖をまくる。そしてその太い右腕に渾身の力を込めると、全力で振りぬいた!ソニックブームの爆音が周囲に鳴り響く。あまりの衝撃に目をつぶってしまった泰河は、目を開いたときの光景が信じられなかった。
「た、対物ライフルでも撃ったのか?」
打撃とかいうレベルではない。3人の上半身は水風船みたいにはじけ飛んでいた。さっきまで生きていたのに。馬鹿な、せめてこれはCGであってくれ。パンツとか言っている場合ではない。恐怖で異世界に来た当初の泰河の心の高揚感は、一瞬にして消し飛んだ。泰河の畏怖の対象が、ゆっくりと泰河の方向に振り返る。
「そうだ、アナタ。こいつらの前に処刑された人間、誰か知ってる?」
「え?」
「日本人2人。」
ああ、なんてこった。こいつがラスボスだったのか。そして、あの糞女神のことだ。なんの考えもなく、事態を早く解決したいがために、ここに飛ばしたんだ。俺らを。
「さっきは『噂に聞いていた』なんて言っていけど、転生したばっかなんだからこっちの情報なんて知ってるわけないだろ。さしずめお前もファロディーネに送り出されてここに来たといったところよね。」
こちらの手のうちもお見通しということか。
「あんたの話を聞いて、ちょっとはいい奴かと思ったけど、やっぱり俺の直感は正しかったよ。あんたこそ差別主義者じゃないか。自分の気の食わない連中を排除して、自分のやりたいようにやってるだけじゃないか。殺した連中と、何が違うんだい。」
「私は、やろうと思ったことは成し遂げるわ。そしてその意思は、何人にも折られやしない。その点で、こういった連中とは違うの。障害になるようなものは存在すら消してやる。王でさえも。」
「やっぱりな。俺の世界にいた連中とそっくりだ。多様性という割には、他人の意見なんか聞きやしない。結局お前がやってきたことは弱者の救済じゃなくて、既存の権力者の排斥だ。決めたよ。お前らの国、俺が滅ぼす!こんな国のシナリオは、俺が書き換えてやる!」
女王を前にして啖呵を切る様子をみて、兵士たちに動揺が走る。エドリックなんかは鬼の様な形相だ。女王は冷たく、突き刺さるような目線でこちらを見ている。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。で、次はお前。さっきのはジュースはお前の為の死に水だよ。」
こちらに向かって歩いてくるモスマン。やるしかない。が、やれんのか、このリライ刀で。まだ何の実験もしてないけど、うまくいかなきゃどの道おしまいだ!モスマンはすでにこちらに向かって助走を始めている!
「リライ刀!ゴムに変えろ!」
そう言って泰河がゴムの字を書き込んだのは、なんと自分自身だった。モスマンのラリアットが上半身を直撃!ギリギリと音をたてて軋む泰河の体。
「な、何ッ?」
驚くモスマン。泰河の体は衝撃を受けて限界まで引き延ばされたのち、尋常じゃない速度であさっての方向に飛んで行った!飛んでいく物体を見送るモスマン。流石にあの速度では追いつけないと判断したらしい。
「まあいいわ。ああいった奴が一人か二人いたところで何も変わらないわ。それより、早く希望の種を見つけなくては。いい、アンタ達!これはこの世界の安定がかかった大事な使命よ!いち早く探してきなさい!」
モスマンは兵士たちにはっぱをかけると、宮殿の中に入っていった。