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プロローグ

くそったれ。


 泰河(たいが)は職場の天井を見つめながら悪態をついた。時計のカチコチという音が深夜のオフィスに響く。もう夜中の3時を回ってしばらく経つ。

 

 足立泰河は都内のゲーム会社で勤務しているシナリオライターだ。幼いころからアクション映画やゲームに熱中し、自分もそういった素晴らしい作品作りに携わりたいと思い、大学卒業後、4年前に就職した。しかし、泰河はこの決断を今猛烈に後悔していた。

 

 今朝、3日間徹夜して仕上げた原稿を上司に提出した。俺はその時ボツになるはずがないと確信していた。なぜならそれは、俺の全ての出しつくした最高傑作だったからだ。俺が大好きな1980年代のアクション映画のテイストで、ストーリーはシンプルな勧善懲悪の話にまとまっていて、かつ現代のオタク達にウケやすいように美少女たちとの少しエッチなやり取りも含まれている。マーケティング部からお願いされていた、グッズ展開をしやすいようにキャラ数を増やしてくれという要望も、しっかり押さえている。

 

 がぶ飲みしたエナジードリンクの影響で瞼がぴくぴくするし、寝不足のせいか地面が波打っている感じがするが、それでも晴れやかな気分だった。ちょっとまだやり残した部分はあるものの、一仕事終えたという達成感がそう感じさせてくれていた。

 

上司がシナリオを読んでる間に、脳内で上司からくるであろう指摘に対しての反論をシミュレーションする。

「第三章に入った辺りのキャラ達の絡みがちょっと薄いという件については、プレイヤーに世界観を味わってもらうための演出の一環なんです。ここで主人公が何も喋らないことで、次章で主人公がベルマークを無くして糞尿垂らして泣き叫ぶシーンが映える訳でして・・・」


「ボツだ。」


「・・・?」


 理解したくないという気持ちが強すぎて、思考が一瞬止まる。心臓が誰かに掴まれたかのように、冷たくなり、苦しくなる。


「あ・・の・・、」


「ボツだよ。足立君。君は流行というものを分かっていないようだね。」


 上司の発言が、さらに理解を妨げる。下唇を噛み、次の発言を待つしかない。


「今、巷ではポリコレ運動が盛んであることを、君は知らないのかね。君のシナリオにはどこにも、黒人や、トランスジェンダー、レズ、ゲイ、バイセクシャルといった、個性あふれるキャラクターが登場しないじゃないか。これでは、とてもじゃないが世の中には出せない。2ちゃんで叩かれてしまうからね。」


「しかし!現代の作品に、筋骨隆々で暴れまわる主人公はどこにもいません!むしろこれは個性があって、新しいと言えます!ヒロインにおいても、様々な苦悩の上に自立して強く生きていく様子は、現代の女性に共感されるはずです!私のキャラクター達には、人々から応援されるだけの個性が十分にあるはずです!」


「分かってないね。足立君。今の人々はそこまで深く人間を観察しないよ。ぱっと見で分かるその人の特性だったり、性的思考がないと、好かれないし、飽きられてしまうんだよ。とにかく、このシナリオは()()()()()|。あと3日あげるから、それらの要素をいれて、持ってきてくれ。また、LGBTQ同士の恋愛を描いた、追加のエピソードも頼むよ。他の部署には頭を下げておくから、早急に頼むよ。」


 そう言うと上司は部屋から出て行ってしまった。俺は取り残された。悔しい、というよりは虚しさがある。3日だって?急げば、できなくはない。が、3徹の後にこれはキツすぎる。こんな無理難題を言われても、何とかしなくちゃと思う自分と、もう何もしたくないと思う自分が戦っている。


 泰河は数分呆けた後に、力なく立ち上がり、デスクに戻った。そして、せっかく書き上げた理想のシーンがたくさん詰められたシナリオに、メスを入れるのだった。LGBTQ。このワードが流行り始めてから、俺らの業界はすっかり変わっちまった。大手から零細に至るまで、ゲーム会社は主人公を黒人にし始めたし、アニメ制作会社は主人公を不細工なレズにし始めた。俺はどちらも個人レベルで付き合うのは大好きだ。大学のキャンバスではアフリカからの留学生と一緒に遊んだこともあるし、従妹が急にBL本を布教してきたときも俺は喜んで読んだ。ただ、期待していた女主人公の映画の続編が、実はレズでしたの発言で始まり、佳境で可愛くもないモブとカメラ目線でディープキスし始めた時の虚しさは、なんとも言えないものがある。何というか、そういった演出は俺の()()()()が萎えちまうのである。


「なんで創りたくもない作品にこんなに力を入れなきゃいけないのかねぇ。」


 堪えていたため息が抑えきれずに出てしまう。視聴者やユーザーだって、娯楽の時間に説教じみた正しさなんて体験したくはないだろう。誰が得をするんだろうか。とはいえ、仕事は仕事。俺が携わる以上はどんなテーマにだって華を咲かせてみせるさ。

 

 こうして泰河はクリエイター魂を持って修正作業に取り掛かり始めた。


 そうして、どうにか根気を振り絞って作業を続けていたものの、限界が来た。猛烈な眠気が襲ってくる。いかん、ここで眠るわけにはいかないが・・・。流石の三大欲求のうちの睡眠欲である。どんなに屈強な男でもこいつの前ではアヘ声をあげて屈服するのみである。


「そうだ!」

 

 しかしひらめきの漢、泰河。隣の女同期の引き出しからパンストを引っ張り出すと、頭にかぶり、反対側を天井の扇風機に括り付けた。こうすると、まぶたが強制的にパンストが引っ張られるため、ずっと起きていられるのだ!


 スイッチON。ビィィィイイン!引っ張られるパンスト。それに抗う泰河。油断したらまぶたどころか首まで逝っちまいそうである。


「うおおおおおぉぉぉ!」


 命を燃やし、泰河は作業に励むのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 気づいた時、もう朝の8時45分だった。もう始業開始15分前だ。職場の方々もぼちぼち出勤してきている。


「あれ~。足立君、昨日徹夜だったの?」


「パートのおばさん。うん、ちょっと仕事が終わらなくてさ。」


「無理しちゃだめよ。それにあんまり不精だといい男が台無しよ。」


「そ、そうだね。」


 おばさんに罪は無いが、しょうもない会話に作業が中断されることは今の俺にとっては非常に腹立たしい。比較的暇そうなおばちゃんに不精呼ばわりもなんかムカつく。寝不足で怒りメーターがバグっている。そんなとき上司が出勤してきた。出勤するなり、


「オイオイ足立ィ!原稿まだかオラァ!」


 ブチィ!これが俺の我慢にとどめを刺した。


「今やってるヨォ!」


 近くにあったティッシュ箱を掴みぶん投げると、それが上司にヒットした。もうやってられるか!出てってやる!


「おうおぅおうおぅお~ぅ!」


 快感を覚えたのか知らないが、上司があげる嬌声を尻目に泰河はドアを蹴破りオフィスを出た。突然の事件とその後に訪れる静寂。頬を赤らめ、よだれを垂らし恍惚の表情を浮かべている上司の汚い余韻だけが残った。


 ーーーーーーーーーーーーー


「はぁ、どうするか。」


 数分後、泰河は自身のやってしまったことの重大さに気づき、頭を抱えていた。とりあえず自宅の方向には向かっているが、足取りがどうも重すぎる。投げてしまったティッシュ箱は限りなく退職届に近い存在だ。上司の変な汁が飛び散ったオフィスに帰るのもなんとなくはばかられる。


「とりあえず、好物のレーズンパンだけスーパーで買って帰るか。」


 少し寄り道をすることにした。状況はなんら好転しないだろうが、とにかく腹が減った。何か食べたい。お腹をいっぱいにした後、しっかり寝ればなんかしらの対策も思い浮かぶかもしれない。眠気も相まって今は脳の思考能力が90%くらい停止している。今にもぶっ倒れそうだ。こうして、泰河は駅前のスーパーに向かった。


 歩いて数分後、駅前付近まできた。そしてなにやら、普段の様子と違って人だかりが多いことに気が付いた。なんだ、何が起こっているんだ?しかし眠気で思考能力0%になっており、ピリピリした様子の泰河にはそんなことは関心の外であり、ただの鬱陶しい人混みだ。最短距離でスーパーに向かう。


「うう・・・メシ・・・メシ。」


 さらに人混みの中を進むと、その原因が判明する。何とあの超有名ハリウッドスター、ロナウド・レーガンがいるではないか!彼は今度上映される映画の試写会イベントに参加するため、来日したようだ。今日は駅前の牛丼を食べに来たらしい。事前に情報があったのか、記者、テレビ局のアナウンサー、追っかけのファンが大量に押し寄せており、てんやわんやだ。それらの混雑を避けるための交通統制員も手に負えない状況らしく、額に大粒の汗をかいている。レーガンはボディーガードに護衛されながらその中をかき分けていく。


「テレビの前の皆さん、ご覧ください!あの超有名ハリウッドスター、ロナウド・レーガンが緊急来日です!彼は来月公開で前代未聞の木が主人公の映画、『森に生きる』で主人公「生き杉・加藤」を演じています!今日は好物のつゆだく牛丼を食べるためにここ、赤羽に来ています!」


 ファンの呼びかけに笑顔で答えるレーガン。チャームポイントである小鼻の脇のイボも自身たっぷりだ。

 

「そして今、牛丼屋に向かおうとしています!・・・え、誰でしょうか?ファンの一人が警備を潜り抜けてレーガンに接近しています!」


 そこにいたのは泰河だった!フラフラと道を歩いていたところ、思わず警備網をくぐり抜けてしまった。


「レーズン?レーズン・・・」


 もはや睡魔と空腹でゾンビと変わらない泰河は、何を思ったかレーガンのイボにしゃぶりついた!


「レーズン―!」


「くっ、なんだね君は!確かに私のそこはレーズンに見えるかもしれない!だが、私はレーガンだ!フヒィ!」


 羞恥と泰河のテクニックでレーガンの頬はみるみる紅潮していく。何を見せられているんだ!


「レーズン、レーズン、レーズン、レーズン・・・」


 もののけと化した泰河はもう聞く耳を持たない。美味しそうにレーズンを舐めている。ワンテンポ遅く状況を察したボディガードが銃を抜いた。


「貴様!レーガン様から離れろ!」


 そしてすぐさま警告なしの射撃!ビリー・ザ・キッドもビックリの早打ちが泰河の脇腹に直撃!


「ぐはぁ!」


「うおおおおおぉぉぉ!」


 ボディーガード達の目には泰河がバイオハザードのB.O.Wにでも見えているのだろうか。まだなお射撃をやめない!


「あひぃぃぃぃいい!」


 漏れなくレーガンにも直撃!ワンターンツーキル!実際お得だ!


「レ、レーガン様ぁぁああ!」


 ボディーガードたちは射撃を止め、レーガンの下に駆け寄る。素早く状況判断を行うが、もうだめだ。致命傷である。


「レーガン様、お気を確かに!」


「・・・気持ち良かったので、OK。」ガクッ


「レーガン様ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 突然の訃報。周囲が一斉に悲しみに包まれる。この世には神も仏もいないのか?


「この野郎ぉ!よくもレーガン様を!」


 死にかけの泰河の下に駆け寄り、胸ぐらを掴む。


「死ぬ前にレーガン様に謝罪しろ!」


俺、悪くなくね?と思いつつも泰河は必死に言葉を探す。どうあがいてもこれが最後の遺言になりそうだ。短い間だったが人生の酸いも甘いも体験したこの人生。シナリオライターとしての矜持もある。この状況を、最高にカッコいい文で締め括るんだ・・・


「・・・ アイ、ラブ、 ブラジャー… 」ガクッ


「ハッ・・・!ブラへの、愛・・・?なんと・・・」


 ボディーガードはゆっくりと泰河の亡骸を横たえるとすっくと立ちあげり、天を仰ぐ。彼のサングラスの下からは涙がこぼれる。


「死ぬ時まで、こいつは漢であったか。」


秋も中ごろといったところであろうか。晴れ渡った空に、高い雲が悠々と流れている。落ち葉舞う少し肌寒い風が背筋をくすぐりつつも、その空のさわやかさは何かに形容することが無粋なほど、美しかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目が覚めると、泰河は謎の空間に飛ばされていた。


「あれ、俺射撃されて死んだんじゃ・・・」


 シャツをめくり、打たれたところを確認する。弾痕どころか、痛みすらない。


「ムムッ。男根はある・・・か。」


 一番重要な点検を終えると、泰河は周囲を見回す。10畳ほどの広さのモルタルのような素材で出来た床。しかし、壁や天井が視認できない。暗闇で見えないというよりは、どこまでも広がっていってる、そんな印象を受けた。少し目を凝らすと、星々がそのなかで輝いているのがみえた。まるで宇宙みたいだ。そして、その部屋の中心に据えられているのはちょっとした大きさの噴水だ。無音の空間に、噴水の水音だけが反響しており、何やら幻想的な雰囲気を醸し出している。


 噴水の中を覗くと、そこの中もまた、底が見えなかった。ただ壁や天井と違い、深い部分が白く光っており、その先は、どこかに繋がっているかのようだった。その先をもっと詳しく見ようと目を凝らそうとしたその瞬間、噴水の中からザバリと何かが出て来た。


「うわぁ!」


 水の中から出てきたのは純白のドレスに身を包んだ、美しい女性だった。その出で立ちからはギリシアの彫刻を連想させる。カールした輝くブロンズの神はカチューシャで留められている。あらかわいい。

 

「初めまして。私は女神ファロディーネ。あなたは、足立泰河ですね。」


「誰やねんお前!プレデターみたいな登場しやがって!」


「私は世界の一端を担うものです。一部の地域では女神と称されています。」


 え、それは実際すごいな。水の中から出てきたのに息切れもしてないし、多分本物だろう。泰河は態度を少しだけ改めた。


「で、その神様が私に何の要件なんですか?」


「貴方にはこれから与える託宣を基に、やって頂きたいことがあるのです。」


「やって頂きたいこと?なぜそれに私が選ばれたんですか?」


「貴方は現世での生を終え、精神体となりました。私はその精神体に潜在価値を見出し、必ずや自分の期待に応えてくれると見込んだのです。そのため貴方が輪廻の螺旋に再び戻る前に、その精神を少しだけ拝借したという訳です。」


「え、俺やっぱり死んじゃったの?彼女もできたことないのに?うわぁ~ん一度でいいから砂浜から婚約指輪掘り出してプロポーズするのやってみたかったよ~!」


「ベタ過ぎて胃もたれするわ!」


 やっぱり俺は死んでいたのか。ここに来た時からなんとなく覚悟はしていたものの、そうだと確定するとやっぱりショックだ。泰河は先ほどまでのアホみたいな記憶が夢でないことを悟った。加えて、泰河はここにきてから自分の疲れが吹き飛んでいることに気が付いた。確かに、精神体であれば傷つくことは無いし疲れを感じることもない。どうやらこれは俗に言う異世界転生というもので間違いない。そしてこの女神は間違いなく本物だろう。涙を拭きとり、泰河は真面目に話を聞くことにした。


「具体的にその託宣の内容を教えていただけますか。」


「はい。今からあなたが転生する世界では、ポリコレという思想が流行っています。これは、この世界を掌握するもう一人の神、ニジイロオカチヒメによるものです。彼女はこの世界に住む人々の力を利用し、自らの権威を高めようとしています。今のところ影響はこの世界だけにとどまっていますが、彼女は力を付けたその暁には、他の世界にもこの影響は飛び火することでしょう。あなたはこれらの企みを阻止し、ポリコレの影響を最小限に留めて欲しいのです。」


「え~、この世界でもポリコレが流行ってんの?まじかよ!せっかく異世界転生して可愛いエルフとかケモ娘とかに会おうと思ったのによー。」


「現在エルフや獣人といった容姿に優れる種族は迫害対象です。」


「うわ!ありえねー!」


「そうよ!あり得なくない!?こんな思想が流行っちゃったせいで私の信仰もガタ落ちよ!今まで美の女神としてこの世界を収めてきたのになんなの?世界は荒れに荒れてもうめちゃくちゃ!どこもかしこも戦争ばかり!治安も悪化して私の彫刻にトマトスープとかぶっかけるやつとか現れたからね!もう最低よ!」


 いきなり年頃の女の子みたいな口調になったな。ようやく理解者に出会えたと思ったのか、ファロディーネが堰を切ったかのように不満をぶちまけて来た。


「信仰心が薄れた影響か知らないけど最近化粧の乗りも悪いの。それでね、こないだ髪の毛を櫛でとかしてたら途中で髪の毛切れちゃったの!もうヤダ泣きたい!」


「そんなことだったら自分でその女神に殴り込みに行けばいいじゃないか。」


「いやよ!ネイルが割れちゃったら嫌じゃない!」


「おい!ふざけんなよ!なんでそんな理由でわざわざ人様の代理戦争に巻き込まれなきゃならんのじゃ!」


「うるさいわね!こっちだってちゃんとやってくれたらお返し位するわよ!ちゃんと生き返らせてあげる!」


「俺の世界もポリコレに汚染されてうんざりしてるんだ!さっさとましな世界に転生させろ!とっととよその奴を探すんだな!」


「!まだ理解が足りてないみたいだけど、ニジイロオカチヒメを弱体化させれば当然あなたの世界のポリコレの影響力も薄れるわよ!」


 なに?俺の頑張り次第で生き返った時の世間の雰囲気が変わるだと?


「俺が頑張ったらコテコテのアクション映画がウケる世界に戻るか?」


「戻る。」


「俺らの作るゲームに人権団体が口出ししてこない世界になるか?」


「なる。」


「風呂に入らずコミケにいっても迷惑がられることは無くなるか?」


「人による!」


 チッ。うう~ん。正直とっても魅力的だ。そんな俺が俺らしくいても構わない世界なら頑張る価値はあるぞ。だが、一つだけ重大な問題がある。それは俺の運動能力だ。別に俺は運動部に所属したことはないし、大学でも小説サークルに入っていて、運動とは全く無縁の生活だった。異世界といっても、そこは危険なモンスターだらけのはずだ。生き残れなければ、この勅命は絶対に達成できない。


「もしこの世界で死んだら、俺はどうなる?」


「普通に死ぬわ。それで終わり。次の転生は約束してあげるけど、記憶もなく新しい肉体で全く新しい人生を過ごすのよ。もっとも、人かどうかは不明だけど。」


「断ったら?」


「現世で死んだ時と同じ扱いをするわ。すぐに新しい命に転生させてあげる。ただ、生まれ変わった所でポリコレの影響は大して変わってないでしょうね。」


「ぐっ・・・拒否するメリットは限りなく薄いということか。ただ、俺は痛いとか苦しいってのが嫌なんだ。異世界は当然俺のいた世界に比べたら過酷な世界なんだろう?」


「そうね。」


「なら、俺はできることなら拒否したい。ただ、ある条件を加えてくれるなら、喜んでその託宣、お受けしよう。」


「条件っていうのは?」


 真剣な眼差しでファロディーネの方を見る。目に力が籠り、額には汗がジワリと滲んでいる。拳をぎゅっと握りしめ、息を深く吸って決意を固くしてから、条件を申し出た。


「パフパフ、させて下さい。」


「は?」


 真剣な眼差しの先にあったのはファロディーネの濡れたドレスだ。水の中から出てきたのでまだ乾いておらずピチピチスケスケだ!エッチすぎる!そして泰河の明晰な頭脳は、ファロディーネの胸部は十分にパフパフに対応できるだけの能力があると分析していた。


「パフパフというのは・・・」


「知ってるわよ。そんなんでいいわけ?」


「無論。私の中には、先祖から承りし侍の血が流れている。多くは欲しがらぬ。しかし野望の為なら、命をも捨てる。というか、こんな美人にお願いできるチャンスなんてめったにないんだ!彼女だっていたことないのに死んじゃうなんていやだいやだいやだ~!」


 ファロディーネは内心あほくさと思いながらも、その提案を受け入れた。


「いいわよ。あと、流石に手持ちの武器位は持たせてあげる。これよ。」


 泰河の目の前で光が発生する。その中から、短剣サイズのペンが出て来た。


「これは?」


「それはリライ(とう)よ。万物の特性を10分間だけ変換できる能力があるの。試しに何か水に書き込んでみなさい。」


ファロディーネは人の頭ほどのサイズの水球を作ると、泰河の目の前に浮かばせた。泰河は少し考えた後、水に「石」と書き込んだ。

その瞬間、水の揺らめきが収まり、泰河の足の上に落ちてきた。ゴスッ。


「痛って~~~~!」


 その塊はゴロリをと床を転がっていった。


「あなたは前職でシナリオライターだったんでしょ。想像力は豊かそうだから、きっと役に立つと思うわ。」


「あ、ありがとうございますぅ。」


 足の先をふうふうする。確かに、これなら俺も扱えそうだ。扱えもしない大剣なんぞよりよっぽどいい。


「さぁ、心の準備はいい?さっさと現場に行ってもらうわよ。」


「その前にですね女神様、まだやってもらいたいことが・・・」


 いやらしい目つきで手もみをしながらファロディーネににじり寄る泰河。


「ハァ。こっちに来なさい。」


 秒で噴水の近くに行く泰河。ファロディーネは泰河の頭に両手を添える。泰河はニタニタと気持ち悪く笑っている。近くでみるとやっぱりボリュームがあるぞ!勇気を振り絞って提案して良かった~!早く触れたい!いや、同化したい!宇宙の真理が今ここにあるんだ!そんなことを思いながら今まさに二つの桃源郷に顔が着こうとしたその瞬間、ファロディーネは思いっきり泰河の頭を噴水の中に突っ込んだ!


「させる訳ねぇだろボケェ!さっさと行ってこい!」


 ガボガボと音を立てて沈んでいく泰河。


「ひ、ひどいよ~!」


 噴水の底はポータルになっていて、不思議な光が変態男を包んでいき、消えていった。ファロディーネは奴を見送ると、ため息をついて、首や肩を動かす。


「ふぅ、やっぱり彼を招いたのは間違って無かったわ。醜い、汚らわしいと現代では忌み嫌われてしまう人間の欲。でも人間の善意で漂白された世界に、本物なんてないわ。欲と善意は表裏一体。どちらも、人間の本質。どちらもあることが、自然なのよ。私が呼び寄せた彼はちゃんと欲望を持っていた。それこそ、ドン引きするくらいにね。あなたの心で、しっかり、あばれて来なさいね。」


「さて、ゲームでもしよ~!」


 こうして泰河の異世界転生が始まった。


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