(5)最終話
3日後王都に着いた。
門番に手紙を渡そうと思ったが、カミルが全員に一緒についてくるように言ったので『この手紙を宰相に渡したいのよ』と話すと『僕が渡すよ』と応えた。
とても立派な宮殿だから、だんだん心細くなる。カミルがどんどん先に行くからついて行くけど、すれ違う人達はみな頭を下げる。
国王謁見の間に着いた。
カミルがドアを開け、
『ただいま!!』
と走って母親に抱きつく。
隣にいる父親が寂しそうだ(父親なんてそんなもんだよ)。
こちらに声は届かないが、カミルが父親と母親に一生懸命話しをしている。
「父さん、母さん、お話があります。あそこにいる子が風土病で死にかけている僕を救ってくれました。僕は一度死にました。彼女に出会ってからはもう彼女のことしか考えられません。彼女は孤児です。きっと反対されるでしょう。でも僕は彼女と人生を歩みたい。たとえ父さんの後を継げなくてもいいです。国王の座よりもサーラの方が遥かに重たい。ですが、できれば許して欲しいのです」
「あなた!!カミルを留学に出して良かったですね。卒業式のときとはまるで違う子になったようです。きっとあの子のおかげね。あのまま玉座に就いたら国民が不幸になってしまうと危惧していました。この子を変えてくれるほどいい子ならばいいではありませんか?」
「儂もそう思っていた。儂の先祖も遡ればただの百姓だ。そのへんの貴族だって同じだ。遡ればみな一緒だ」
「そうね。そんな貴方だから兄弟と国王の座を争うことになったものね」
「そうだな。儂は兄弟の国民を物扱いする姿が許せなかった。カミルを留学させたのも広い世界を知って欲しかったからだ。だがカミルの卒業式での答辞は国民を納税者としか思わぬ言動で儂の期待に反していた。いや、がっかりした」
国王が私を呼んでいる。どうしよう。雲の上の人に呼ばれて緊張するわ。
「あなたがカミルの命を救ってくれた方ですね。しかもカミルを立派に変えていただいた。ありがとうございます。こんな世間知らずですが助けてやってください」
え、えーー!!孤児なのに結婚を許された。信じられない。この国の国王?
それからカミルが国王と王妃に私を正式に紹介した。
「彼女は、サーラ・グランデといいます。年齢は13歳です」
国王と王妃の顔がみるみる変わっていった。
やっぱり反対なのかな……?
カミルは『あっ、忘れてた!!』と言って、クラリス・シモンからの手紙をエリク宰相に渡してくれた。エリク宰相は差出人に心当たりがあったようで、すぐに読み始めた。
読み終える頃には手紙がポトポトと濡れていく。懐かしい人からの手紙に感動したのだろうか。
あ!!エリク宰相が私の方を見ている!
国王と王妃の顔は“わなわな”しているし、やっぱりここに来るには身分が低すぎたかな?
もう遅いかも知れないけど土下座でもしようか?
エリク宰相は膝を着こうとする私を起こして抱きしめてきた。
「ひぇーーーー!!」
おっさんからいきなり抱きつかれたわ。
「サーラ生きてたんだね。会えると思っていなかった」
「?……」
「私はエリク・グランデという。お前の名は私が付けた。13年前私と妻はブルーノ王国に出かけたときに敵の刺客に襲われた。私は今の国王マクシム・アルテノの唯一の味方だったから狙われた。そのときお前をいちばん信頼できる侍女に預けたが侍女は死体で発見された。儂はアルテノ王国がブルーノ王国とは敵対していたから表だってお前を捜すことができなかった。すまない。あれから妻のコレットも病気になってしまった」
(この人が父親?まだ実感が湧かない)
アルテノ国王が立ち上がり
「やはりそうか。息子を助けてもらったのがエリクの子だったとは不思議な縁だな。コレットが喜ぶぞ。エリク!今日はもう帰っていい。それにカミルも結婚が決まったから一緒に行ってコレットに報告したらいい」
エリク・グランデ宰相の身分は侯爵だった。
侯爵邸に行くと母のところに案内された。母はこの世と離別したようなうつろな瞳をしていた。エリク父さんがコレット母さんに私を紹介したが全く反応しなかった。突然知らない子を自分の子だと言われても実感わかないよね。と思っていたが、どうも違うようだ。長い失望感から心を病んで意識が外に向かっていない。
お母さんの手を握って私の気持ちを伝えるように意識を集中した。
「おかあさん!」
私の体が光ると母さんの目が輝きだした。
「あら!あなたもう帰ってらっしゃったの?ところでこの子は誰?」
「気がついたか!!」
「何言ってるのですか。わたしはしばらく寝てましたがしっかりしてますよ。そうだわ。あの子を捜しに行かなくては!それにミルクも用意しなくては!!」
「お前!あれからもう13年経っているのだぞ」
「?……」
「この子は『あの子』だ!」
「?……」
「儂らの子、サーラだよ」
「?……」
「大きくなったサーラだ」
「あの子……?」
「そうだ」
「だったらお尻を見せてください」
「えーーー!お尻ですか?」
「親子で恥ずかしがることないわ」
親子といっても初めて会う人だ。お尻を見せるの?
「わかりました」
私は、下着を脱ぎスカートをまくってお尻をコレット母さんに向けた。
「……」
「う!」
コレット母さんが私のお尻をなで始めた。
「この傷、この形、あの子です。私はずっと後悔していました。おむつかぶれに気づかず、この子のお尻に傷跡ができてしまいました。女の子なのに申し訳なくて、傷跡の形も忘れられませんでした。確かにこの傷跡はサーラです」
母さんは私の顔をまじまじと見ていた。
「よく生きてくれました……」
それから言葉はなかった。ただ、私を抱いてくれた。
どれくらい時間が経過したかわからないが、カミルがぼそっと呟いた。
「お義父さん、お義母さん、よかったですね」
コレット母さんはカミル王子が私の結婚相手と聞き、目を丸くしていた。
「そうですか。よかったですね。でも結婚式はもう少し後にしていただけませんこと。しばらくサーラと親子水入らず過ごしたいですわ」
結婚式は1年後に決まった。
私は結婚式までの間金銭の都合で病院に行けない人や不治の病にかかった人たちを巡回した。特に元ブラウン王国の状態は悲惨だった。孤児院は1日1食だったが、餓死すらしている人たちが沢山いた。私は孤児院暮らしで孤児より酷い状態の人がいるとはわからなかった。世間知らずだった。
私の護衛は正式に王家親衛隊となった元山賊の頭領と子分だ。カミルはいつも一緒に来る。患者さんの案内をしたり、現場の設営などを手伝ってくれる。頭領によると本音は悪い虫がつくのが心配らしい。現国王も若いときは王妃と一緒に医師団と国内を巡回していたらしい。そんな人が国王となったからこそこの国は治安がよかった。
~今日は結婚式だ~
当初は王城で行う予定だったが、国民からクレームがきて、そのまま放置していたらデモが起きた。
急遽、王城前の広場に特設会場を作って結婚式を挙げることになった。
最前列には元看守長のクラリス・シモンがいる。彼女はとても優秀で私の特設秘書をしてもらっている。
すぐ側には元牢名主のカトリーヌ・オラール財務大臣もいる。その側には目のつり上がった騎士のマリアンヌと元王都検査官で現財務補佐官のエミリーもいる。
私が出所して2週間後にゲルバッハ監獄に投獄されていた人たちと看守を含めて国王の悪政に反対する人達がクーデターを成功させた。
カトリーヌが私を訪ねてきてアルテノ王国に編入させてくれと言ってきた。カトリーヌはエリク父さんとも知り合いだったから二人で編入計画を練っていた。
エリク父さんは宰相になる前は貴族学校の教師をしていた。カトリーヌはそのときの留学生だった。
『Z計画』の実行者とアルテノ王国が話し合い、兄弟喧嘩が元で分離した両国だから、分離する前の国の姿に戻るのが一番いいということになった。
カトリーヌは貴族学校始まって以来の秀才だった。この人がいればこの国は万全だ。財政破綻するようなことは起こらない。
カトリーヌの側にはシャルロットがいた。彼女はカトリーヌの秘書をしている。
聖女は私一人となった。本来の聖女とは聖女力1,000以上だったが初代聖女以来1,000以上は出てこなかったのでどんどん基準を下げたというのが実情だった。
神官が宣言した。
これよりカミル・アルテノと聖女サーラ・グランデの結婚式を行う。
民衆から「ウォーーーーー!!」と歓声があがった。
「Fin」
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