(3)
模範囚として1年間過ごした私は出所日を迎えた。
私の前には受刑者さんと看守さんの全員が並んで出所を悲しんでいる。受刑者さんを牢から外に出していいのかという判断は別にして、看守長さんが私の前に来て
『本音は出てほしくない!私個人としてはもう少し刑期を長くしてほしいのよ。ここまで惜しまれながら、刑期を長くしたいと思った人はいないわ。風邪など引かないで元気でいてね。マリアを助けてくれてありがとう。何か困ったことがあったら必ず連絡してね』と言ったと思ったらハグしてきた。
まあ、女性看守長だからいいけど、男だったら問題よね。
と思ったら目的は違っていた。
「すぐにこの国を出てください。1週間前に離縁された元シャルロット夫人は、やつにこき使われ旅先で風土病を患い、もう長くないと言われています。ウンベルト・スライキン伯爵が再びあなたを狙っています。昨日、執事のダルダがあなたの出所日を聞いてきました。シャルロット夫人の代わりとしてあなたを手に入れるつもりでしょう。出所日は明日と答えておきましたから、アルテノ王国に逃げてください。私の妹がいますから手紙を出しておきました。詳細はこれに書いていますから必ず訪ねてください。私も『Z計画』の準備が整い次第戻ります」
と耳元で囁いた。
「規則正しい生活をするのよ。野菜は沢山食べるのよ。喧嘩はしないのよ。仲良くしてね。元気でね!病気にならないように気をつけてねーー!!」
別れの挨拶を終えた私は看守長から渡された手紙と地図を持ち監獄の門を出た。これから新しい人生の始まりだ。
看守長の話によるとシャルロット子爵令嬢も可哀想な人だった。彼女には結婚間近の婚約者がいたが親の借金をすぐに返済しなければウンベルト・スライキン伯爵と結婚するように脅され、ウンベルトの名声のためにこき使われ、風土病に罹患し、今は死の淵にある。
私は投獄されていたが、健康的で文化的な生活ができていたからむしろ良かったかもしれない。そう思うとシャルロット子爵令嬢は気の毒だ。
私は看守長に教えてもらったソレット子爵邸を訪れた。
「こんにちは。誰かいらっしゃいますか?怪しい者ではありません。お嬢様が風土病に罹患していると聞いた薬師です。特効薬を持参しました。ぜひ治療させていただけませんか?今ならサービス期間なので料金は頂きませんよーー」
執事さんが出てきたので、改めて話そうとすると『お入りください』と小声で言うと私の手を引っ張って中に入れた。
ソファーに座って待っていると、ソレット子爵が髪を振り乱してきて治療を願った。
私は前もって準備していたヨモギの汁を入れた瓶を出してシャルロット子爵令嬢に飲ませようとしたが口からこぼれる。もう自分で飲むこともできないほど衰弱していた。彼女にはもう時間が残されていない。死んでしまう。急いでシャルロット子爵令嬢のお腹に手を置いて病気が治るように意識を集中した。
「ヤバイ。私の体が光った。しかも光っている時間が長い。彼女は死の直前だったんだ。バレる。でももう後戻りできない」
しばらくしてシャルロット子爵令嬢は目を開けた。
「私生きてますのね」
「ああ、この方が特効薬を飲ませてくださった」
「そうですか。ありがとうございました」
「いいえ。元気になってください。では、私は急ぎますのでこれで失礼します」
ウンベルト・スライキン伯爵の追手が迫っているからのんびりできない。さっさと隣国に行かなければ!
そそくさと去ろうとする私をソレット子爵とシャルロット子爵令嬢が玄関口まで見送ってくれた。
「『聖女サーラ様』、私の娘を助けていただき感謝してもしきれません」
(バレてた)
「昨日ウンベルト・スライキン伯爵が来てサーラ様を見かけたらすぐに連絡するよう命令しました。娘が嫁いだことで借金は棒引きになりましたが、私はまた娘を失うところでした。もうウンベルト伯爵の命令を聞くつもりはありません。このようにサーラ様の人相書きが出回っています。この金髪のカツラを付けてズボンはこのスカートに穿き替えてください。この国ではあなたの黒髪はとても目立ちます。急いでアルテノ王国までお逃げください」
と言うと金貨の入った袋をくれた。
私はその場ですぐに着替えて金髪のカツラをかぶった。着ていた服はソレット子爵が焼いてくれた。
ソレット子爵邸を数日後ウンベルト伯爵の追手に変装がバレた。風でカツラの下の黒髪が出てしまった。
「キャー。痴漢よ」と言って逃げたが、それから追手はこなかった。ウンベルト伯爵はシャルロット子爵令嬢の風土病が移って急死していた。しかもそれまでの悪事が国王にバレてしまいスライキン伯爵家は爵位を没収されてしまった。
国王はウンベルトを上回る極悪人だったが前々から自分より高位の聖女を嫁にしていたウンベルトのことが気に入らなかったようだ。
執事のダルダは職を失った。ダルダは国王に恨まれているから誰も雇ってくれない。
アルテノ王国に入った私は看守長の妹を訪ねた。彼女は庭の花に水やりをしていた。
「こんにちはーーー! 」
彼女が気づいてこちらを向いて、『あ、聖女様』と言うと、私の元に急いで来ようとしたが躓いてしまった。彼女は右足が不自由のようだ。
私は急いで彼女の元に行き、彼女を起こしながら背中に手をあてて足が治るように意識を集中した。
いつものように私の体が光ったが、足程度の治療にしては長く光った。
彼女はダリア・シモンと名乗ったが、小さいときから体も弱く普通はベッドに寝ていると言った。
なるほど。他にも悪い場所があったから長く光ったのね。少しずつ聖女の力のことがわかってきた。
ダリアの右足は自由に動き、体も元気になり走れるようになった。
「『聖女様』私の体と足を治して頂きありがとうございます。こんな奇跡が起こるなんて信じられません」
「いいえ、構いません。使っている本人が一番信じていないのですから!」
「もし行くところがなければしばらく一緒に暮していただけませんか?」
「特に目的があってこの国に来たわけではないのでしばらくお世話になります」
「むしろ歓迎します」
「お聞きしたいことがあるのですが?私と会ったことがないのになぜ聖女とわかったのですか」
「姉から聖女様は黒髪だからすぐにわかると書いてありました」
「そうですか。それは……」
他国だから安心してカツラを脱いでいた。人相書きも出ていたし、これから当分カツラを被らないといけないわ。
ダリアの家に滞在して1週間後看守長がマリアと一緒に帰ってきた。
「サーラ・グランデ様2週間ぶりですね。『Z計画』の準備が完了しましたから私もここで暮すことにしました。娘も元気になりましたし、妹も健康になりましたからブラウン王国で働く必要がなくなりました。それにあの国はもう持ちません。私はアルテノ王国の出身ですし看守をしていたのは給料が良かったことと病棟が併設されていたからです。夫にも先立たれていますから妹とマリアとここで暮したいと思います。ダリアの足を治していただき、体も健康にしていただき本当にありがとうございました」
「いいえ、安心しました。私もそろそろここを旅立とうと思います」
「え!せっかくお会いできたのに!」
「この国のことも少し分かってきたので、両親を探してみようと思います」
「それについては、ブラウン王国とアルテノ王国が敵対しているため監獄では話せなかったことがあります。まずあなたの黒い髪ですが、この国では黒髪は稀にしか生まれません。初代聖女様も黒髪だったそうです。あなたはもしかしたらこの国の中枢の貴族にゆかりのある方かもしれません。行くならば王都を目指すのがいいと思います」
「そうですか?そんなうまい話はないと思いますが、行くあてもないので明日出発して王都を目指してみます」
「私はブラウン王国で結婚する前は、クラリス・シモンといいました。アルテノ王国ではエリク宰相の秘書官をしておりましたので、役に立つか分かりませんがエリク様宛に手紙を書いておきましたから、王都に着いたらこれを門番にお渡しください」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、あなたに受けた恩はこれぐらいで返せるものではありません」
翌日、私はアルテノ王国の王都を目指して旅立った。