(2)
ゲルバッハ監獄に収監された日は私以外の新規収監者はいなかった。
入所初日は身体検査から始まる。通常、入所初日に看守長の前で裸になり、いけない薬とか脱獄用具や危険物など隠していないか検査されるのだけど、看守長は書類を見て私に言った。
「あなたは聖女と偽った罪で収監されたのですが、聖女力123でしたらこれまでの基準であれば聖女です。国王の告示をそのまま適用したら国王も収監されなければいけません。念のためにもう一度正規の検査を受けて頂きますね」
私の目前に正規聖女測定器が置かれ、看守が私の手を持ち測定器に置く。現れた聖女力は『123』だった。
看守長は『生きてる間に本物の”聖女様”に会えると思いませんでした』と言うと、いきなり跪き『私には不治の病に冒された娘がいます。医師にはもう初代聖女様しか助けることしかできないと言われています。お願いがあります。どうぞお助けください』と話すと私にすがりついてきた。
「?……」
「あなた様は本物の『聖女様』です。測定値は12の3乗です。12×12×12=1,728なのでこれまでの聖女など問題にならないほどの能力です。初代聖女様でさえ1,000でした。あなた様ならばどんな病気でも怪我でも死んでさえいなければ治すことができるはずです。どうぞ私の娘をお救いください」
「はぃ……?そんな能力あると思いませんが。もしあるのならばやってみます。お子様はどこに?」
「この監獄内の病棟にいます。一緒に行って頂けますか?」
「治るかどうかわかりませんが、やってみます」
看守長は病棟を歩きながら自分のことを紹介してくれた。本名はクラリス・バンズ、子はマリア・バンズといいアルテノ王国出身だった。ゲルバッハ監獄は政治犯が多いのでこの国に関係のない国外出身者が看守をしているということだった。
しばらくしてうす暗い病棟の一室に案内された。そこではどす黒い肌色の少女が浅い呼吸をしていた。素人の私でさえそう長くないとわかる。私は聖女のことについては何も知らないから看守長に聞いてみた。
「どうしたらいいのですか?初めてなのでわかりません。教えてください」
「私が調べた文献ではご自身の手に治るよう意識を集中すれば自然に発生するようです」
「どこに手を置くのですか?」
「どこでもいいみたいですよ」
(はあーーー?できるのかなぁ?)
マリアのお腹に手を置いて病気が治るように意識を集中してみた。
薄暗い部屋がパッと明るくなった。私の体が光っている。マリアの顔がどす黒い色から徐々に明るくなりピンクに変わった。マリアは目を覚まし『おかあさん。私起きられそう』と言うと、ベッドから起きるなり看守長に抱きついた。
「ああ!!!ああ!!!……」
看守長はマリアを抱いたままずっと泣いていた。
私も思わずもらい泣きしてしまった。
よかった。私のような孤児でも人の役にたつことができた。
それから監獄に案内されたが、看守長は私に何度も謝りながら、
「禁固刑1年は国王の裁定まで出ているため覆えりません。無実とわかっていますが1年間我慢してください。できるだけ便宜を図ります」と話すと大部屋に案内された。
看守長は「何かあったら必ず私に連絡してください」と言うと牢の扉を開けた。
牢の中に入ると、目のつり上がった女性が『お前は何をしてここに入った!』と質問してきたので『何もしていません』と答えた。
目のつり上がった女性は
『ふざけるな!』と叫んだが、奥にいた女性が『まあ、待て。まだ若いな。本当は何をやった!』と同じ質問をしてきた。
「何もしていませんが、『聖女』と偽ったとしてここに入れられました」
「聖女とはおもしろい。で、聖女力はいくつと出たのだ」
「123と報告されたようです」
「ん!それじゃ本物じゃないか?」
「いいえ、200以上になったらしいので偽物らしいです」
「だったら世の中の聖女は全部偽物だぞ。ちょっとこっちに来てくれ。我は長年の牢獄暮しで右足が動かんし体もこのとおりゆっくりしか動かせない。悪いが見てほしい!!」
牢名主と名乗る女性も政治犯らしい。しかもこの牢獄のほとんどの人は無実だけど貴族の都合で投獄されているということだった。
私は背中に手を当て治るように意識を集中した。また私の体が光り牢内が明るくなった。光が収まったので、彼女の方を向くとお婆さんに見えた人は若くて綺麗な人だった。
牢名主さんが急に立ち上がってピョンピョン跳ねた。
「ああ!!また動いた……」
「カトリーヌ様、お顔が元に戻っています。いいえ、前よりももっと綺麗になっています」
目のつり上がった女性はマリアンヌといい牢名主さんの元護衛騎士だったようで、手に持っていた鏡を牢名主さんに見せると、二人で抱き合って泣き始めた。
牢名主さんは私の前に跪いて「『聖女様』あなたは初代様にも勝る本物の『聖女様』です。勝手ですがお願いがあります。このゲルバッハ監獄はあなた様と同じくほとんどの者が無実です。私も含めて長い監獄生活で病気を患っている者が多いのです。どうぞ皆をお助けください」
とお願いされた。
牢名主さんはカトリーヌ・オラールといい、まだ25歳だった。元は公爵家の重鎮だったが、国王の悪政に反対したら家臣とともに投獄され、カトリーヌさんに追従した貴族もまとめて投獄された。女性なのにすごい人だったんだ。
看守長が牢獄内の移動を自由に認めてくれたことで1,000人の収監者を治療した。
私は孤児院で育ったことで教会の掃除や食事の準備をやらされていた。だから収監者には真っ先に汚い部屋を綺麗にしてもらった。そして監獄内を開墾して野菜を育てることもやった。適度な運動と監獄の食糧事情もよくなったことで新たな病人が出ることもなくなった。
私の入っている牢は病院に変わり、監獄から病気の人はいなくなったが怪我人はどうしても出るので運ばれてくる。看守も具合が悪くなると私の元に来た。そのうち看守の家族と収監者の家族も私の牢に来て治療を求めたので治した。ゲルバッハ監獄に収監されて半年が過ぎたころには地域の人たちも来るようになった。看守長は牢の鍵を掛けないように指示していた。元々無実なのだから必要ないと判断し、王都検査官の検査のときだけ鍵をかけた。
あるとき若い王都検査官が『見張り棟』を巡回中に足を滑らせて滑落してしまい、マリアンヌが瀕死の状態の彼女を抱えてきた。とても危ない状態だったのですぐに胸に手をあて治るように意識を集中したらみるみる間に傷が塞がり彼女は全快した。
彼女はエミリーといい監獄にいりびたるようになった。今ではカトリーヌの秘書となり外部とのパイプ役をしている。看守と収監者そしてその家族と地域の人たちの口はとても固く、私が聖女であることや治療したことが外部に漏れることはなかった。
出所の前日にはカトリーヌさんが私を訪ねてきた。
「『聖女様』には私を含め部下だけでなく家族まで治療していただき何と言ってお礼してよいか分かりません。何かあったら必ず協力します。これで頓挫していた『Z計画』を実行できます。この1年間でほぼ準備ができました。またお会いしましょう」