香菜さんが体中痣だらけでした
猫さんがやってきて、2週間もしない頃、麻さんの家に、香菜さんが遊びに来た。そして居間に上がるなり言う。
「麻さん、なんで猫さんがいるのだい?」
麻さんがしらばっくれる。
「さて、私にも謎なんだよ」
香菜さんが乾いた笑い声を立てた。
「あははは」
同じ様に麻さんも笑った。
「あははは」
香菜さんは、いきなり笑うのをやめて、本気な顔をして言う。
「もう、そんな訳無いでしょう?押し付けられたんじゃないの?」
「う――ん」
「もう、麻さんは、すぐ押し付けられるから」
麻さんは、無理やりアイスで話題を変えた。
「アイス要る?」
そしてすぐ釣られる香菜さんが言う。
「いただこう」
麻さんが、アイスを渡しながら言う。
「ところで、急に何よ。香菜さんは、どうした?急に来て」
アイスを受け取りながら、香菜さんが答えた。
「あたしもさー。この家に置いてくんないかな」
「え?」
「猫さんみたいにさ」
「何?同棲中の彼氏と喧嘩した?」
「した。彼氏と大喧嘩よ。見て、これ見て」
香菜さんに、腕や太ともを見せられて、麻さんは声を上げた。
「あ――――――」
腕や太腿に痣がいっぱいだった。背中にも痣があった。香菜さんが痣を見ながら言う。
「でしょう?酷いよね?暴力はないよね?」
麻さんも同意見だ。
「暴力はないわ。でもなして、暴力よ」
「彼に、お金貸してって言われて、何度も貸したのよ。そしたらその金を女に貢いでいたのよ。問い詰めたら逆ギレで、暴力を振われてさぁ」
麻さんは深く同情した。
「あちゃー。絵に描いたような不幸」
「そうなの。そうなの。不幸よ。不幸。それで新居が見つかるまで置いてくんない?ただとは言わない。ちゃんとお金入れる。一月分、電気光熱費家賃・ワイファイ代含んで5万でどうよ」
「良いけど。でもさ。この家そうとう狭いんだよ。二人暮らしして、喧嘩にならないかな?」
「少しの間だから。お願い!次の家探すから。ほら私の仕事がアレだから。すぐ次の物件が見つからないの。ねっ。おねがい」
麻さんもそうだと思って、承諾した。
「仕方ないか」
香菜さんも言う。
「うん、うん。仕方ない」
麻さんが笑って、もう一度言う。
「仕方ない。でも香菜さんのマンションは、香菜さんの買ったマンションでしょう?自分のマンションから家出して、彼氏が住んでいるっておかしくない?」
香菜さんが玄関の扉を開けて、外にあった荷物を、玄関に入れながら言う。
「おかしいとは思うよ。でももうすでに全部おかしいんだからさぁ。後で彼氏を追い出すしかないね」
布団袋を運ぶ香菜さんを見て、麻さんが驚いて言う。
「布団まで、既に持って来たの?」
「そっ、マンションから持ってきた」
麻さんが言う。
「どうやって?香菜さんは、車持ってないよね」
香菜さんが答えた。
「タクシーだよ。タクシーで来た。私は、商売柄、いつも酒が抜けないから、タクシーか店の送迎車だからさ」
布団以外にも、トランクが2つもあった。香菜さんは、それを見せて言う。
「持てるだけ持ってきたん。それと換金出来る物とかさ。実印とかさ。あいつマジヤバいわ」
呆れ顔で麻さんが言う。
「私に宿泊を断られたら、どうするつもりだったの」
「ここに荷物置かせてもらって、ネカフェかな。もしくはカプセルホテル? でも麻さんは絶対私を置いてくれるもの」
麻さんは軽く息を吐き出して言う。
「ふーぅ。まぁ仕方ないか」
「そうそう、仕方ない。仕方ない」
麻さんが少しむっとした振りで言う。
「自分で言うな」
「あははは」
「あははは」
それから、二人で布団や荷物を、二階に運んだ。